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第六十三話 帰還

「今回の事件は、なんとも言えない結末でしたね。いえ、終わったとも言えませんが」


 揺れる馬車の窓辺で、シエステラは重い溜息を吐き出した。一行は町から町へと繋ぐ貸切馬車の中。

 フィーラとニコラはスキルによる不運が起きないよう、常に外を監視していた。


「そうですね。ですが、後の調査は騎士団に任せましょう。私たちにできることはそう多くはありません」

「それはそうですが」


 シエステラは子供のように唇を尖らせ、不貞腐れた。


 そんな彼女の寂しさを察したのか、隣に座っていたコットンが、そっと寄り添うように肩に頭を預けてきた。


「…………」

「コットンさんも複雑ですよね?」


 無言の温もり。シエステラは吸い寄せられるように、コットンの柔らかな髪に自身の頭を乗せた。幸い、窓の外に神経を尖らせているフィーラは、この甘い光景に気づいていない。


「……ギルバートの強さ、ありゃあ化け物だったな」


 ニコラが苦々しく呟いた。

 脳裏に焼き付いているのは、圧倒的な暴力の奔流。ニコラ一人の力では、まともな勝負にすらならなかった。


 シエステラの剣を借りてようやく拮抗できたという事実は、彼のプライドに深い影を落としている。


「同じ槍使いとして、あの洗練された技の数々には鳥肌が立ちました。あれがルシフル教団の幹部……、その組織の凶悪さを思い知らされます」


 フィーラの言葉に、車内の空気は一段と重く沈み込む。その停滞した空気を切り裂いたのは、誰よりも静かなはずの少年だった。


「シエ、ステラのこと……、……守る、よ?」


 消え入りそうな、けれど確かな意志を宿した声。


「コットンさん!」

「えぇ!」

「お、おいっ! 今!」


 三人が弾かれたようにコットンを凝視する。しかし、当の本人は「何か変なこと言った?」とでも言いたげに首を傾げ、すでにその唇は固く閉じられていた。


 今のは幻聴だったのか、それとも。


「今、私のことを守ってくれると言ってくれましたか?」


 シエステラが潤んだ瞳で覗き込む。


 コットンはじっと彼女を見つめ返し、やがて気恥ずかしそうに視線を落とした。その頬は、夕焼けよりも赤く染まっている。


「あぁ、コットンさん……!」


 我慢できず、シエステラは彼を力いっぱい抱きしめた。そのあまりの密着ぶりに、ようやくフィーラが顔を真っ赤にして振り向く。


「シ、シエステラ様! そんなに体を密着させるのは、教育上よろしくないかと!」

「何を言ってるのですか。コットンさんがほんの少しでも自分の気持ちを話せるようになったのは、こうしたスキンシップのお陰ですよ」


 ぐうの音も出ない。コットンの過酷な状況を知ったフィーラには、彼を無下に突き放すことができなかった。


 満足げにシエステラの腕に収まるコットンを、フィーラは恨めしげに睨むことしかできない。


 しかし、フィーラはただで転ぶ女ではなかった。


「……そういえば、ミシェルさんから伝言があったのを忘れていました」

「え? ミシェルさんから?」


 シエステラの動きが止まる。フィーラは邪悪な笑みを浮かべ、決定的な一撃を放った。


「もう帰ってくんな、だそうです」

「ええぇぇぇぇ! な、なぜ……?」


 驚愕のあまり、シエステラは馬車の天井に頭をぶつけそうになりながら立ち上がる。


「理由がお分かりになりませんか?」


 フィーラの目が、冷徹に据わっていた。


「勝手に買い物中に姿を消し……」

「うっ」


 シエステラが目をそらす。


「人攫いに拐われ……」

「それは……」


 ニコラも「あー」と納得していた。


「連絡が来たと思ったら、帰ってくることもなく他の町に行って……」

「………………」


 シエステラの額から大量の汗が流れる。


「ミシェルさんやルーシィさんは大変心配しておられました。それなのに、勝手に行ってしまったシエステラ様に大変ご立腹でしたよ」


 フィーラのトドメのような言葉に、シエステラは目を泳がせていた。


「ま、まさか、ルーシィさんも?」

「えぇ、初めて見ましたよ。あんなに怒っている姿は」


 シエステラの顔から血の気が引き、青白く変わっていく。


「フ、フィーラ! ど、どうしましょう! ゆ、許してくれるでしょうか?」


 フィーラは勝ち誇ったような、意地悪そうな笑みを向ける。


「さぁ? トリトーラに来てからも、一度も連絡していませんし、もう見限られてるかも?」

「そ、そんな……」


 シエステラの表情が絶望色に染まる。


 しかし、フィーラは知っていた。


 ミシェルとルーシィが、どれだけシエステラのことを心配しているのかを。


 ◇◇◇◇◇◇


『シエステラさんは無事だったんですか?』

『えぇ、人騒がせでしたが』


 シエステラと合流した後、フィーラはすぐにミシェルたちに連絡をしていた。


 シエステラが無事だったことを伝えると、ルーシィは安堵の声を漏らしていた。

 その後ろにはミシェルもいるようで、微かに溜め息が聞こえてくる。


『……帰ってきたら、覚えてなさいって言っておいて』


 ミシェルの声は震えていた。それは怒りも含まれているのだろうが、それ以上に安堵を隠すためのように、フィーラは感じていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 そんな感じで、ミシェルとルーシィは、シエステラを心配し、早く会いたがっていることを知っていたフィーラだったが、シエステラへの意趣返しとして、わざと煽るような言い方をしたのだ。


 その効果が絶大で、シエステラは慌てふためいていた。


「は、早く帰らないと……、御者さん! できる限りの急いでくれませ……」


 シエステラが御者にお願いしようとした瞬間、


「クルルルルルッ!」

「え?」


 空を裂く、けたたましい鳴き声。

 それも、一匹や二匹ではない。


「これは、まさか?」


 シエステラは嫌な予感がして空を見上げる。すると、そこには想像した通り、見覚えのある動物が空を旋回していた。


「嘘だろ! あいつら、どこまで追いかけてきやがるんだ!」


 見上げれば、空を覆い尽くさんばかりのオオヤマトリの群れ。


 彼らの狙いはただ一人。

 前回の雪辱を果たさんと、執念深くニコラをロックオンしていた。


「あー、またですか。どうしてもニコラ様に一子報いたいようですね」

「いや、そんな悠長なこと言ってないで、早く逃げないと」


 しかし、空を飛ぶオオヤマトリから馬車が逃げきれるはずもない。


「ニコラ様。一度、もみくちゃにされてください」

「何、そのお願い!」


 ニコラは叫ぶが、フィーラは問答無用でニコラを馬車から追い出した。


「復讐するまで、オオヤマトリは何度でもやって来ます。一度、やられるしか方法はありません」

「う、うわあぁぁぁぁ!」


 ニコラは悲鳴を上げて、オオヤマトリにもみくちゃにされるのだった。


 オオヤマトリたちの宴が終わるまで、馬車は一歩も進めない。


 早く帰って謝罪したいシエステラは、鳥の群れに埋もれるニコラを見捨てたい衝動を抑え、空を仰いだ。


「もう! もう! やっぱりニコラ様の不運は早く治さないと!」


 そうしてシエステラは、改めてニコラのスキル『不運』を治すために決意をするのだった。

これにて第二章が完結です。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

皆様からの感想や評価が、何よりも執筆の原動力になります。もし少しでも「面白いな」と思っていただけましたら、一言でもいただけると飛び上がるほど嬉しいです!

なお、続く第三章の準備・執筆のため、少しだけ更新の間隔をいただこうと思います。

お待ちいただいている皆様には申し訳ありませんが、最高に楽しんでいただける内容にして戻ってきますので、どうか楽しみにお待ちいただければ幸いです!

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