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第六十二話 後味の悪い幕切れ

『ルシフル教団の幹部が、騎士団内部に潜んでいた、か』

「はい、おそらくあの一人だけということはないでしょう」


 シエステラは今回の事件について、教皇カリウスヘ報告していた。


 魔法具越しに聞こえてくるカリウスの声は、いつものように重厚で、シエステラは緊張に拳を握りしめていた。


『して、ルシフル教団の道具は?』

「……コットンです」


 シエステラは、教皇の言葉を断ち切るようにその名を呼んだ。普段の彼女からは想像もつかない、明確な拒絶を孕んだ不敬。


 魔法具を通じても伝わるほどの冷たい沈黙が、部屋の空気を凍らせる。しかし、彼女は一歩も退かなかった。


 しばらくの沈黙の後、カリウスは冷徹に、だが言葉を選び直した。


『ルシフル教団に使われていた子供は、どうしている?』

「ここに。私が保護しています」


 シエステラはすぐ後ろに控えていたコットンを引き寄せながら言った。まるでカリウスに見せつけるように。


 魔法具越しでは姿など見ることはできないのだが、それでもシエステラは見せつけるようにコットンを抱き寄せる。


 コットンは声だけが聞こえる魔法具を無表情で見下ろしていた。


『今度はしくじるなよ』


 それ以上の追及はなかった。


 通信が切れると同時に、シエステラは深い溜息と共に椅子へ崩れ落ちた。


「ふぅ……、一件落着、で良いのでしょうか?」

「えぇ、叱責が来なかったということは、一応の合格ラインは越えたということですよ」


 フィーラが淹れたての紅茶を差し出す。


 芳醇な香りが、強張っていたシエステラの心を少しずつ解きほぐしていく。


「いつもこんな感じなのか? 正直、何を考えてるのかわからないんだが」


 ニコラが不満げに鼻を鳴らすと、フィーラは淡々と応じた。


「こんな感じですよ。教皇様のお考えを私たちが推し量ることはできません」

「それでも、コットンさんのことが事実上黙認されたのは大きな前進です」


 カリウスへの報告を終えたシエステラは、荷が下りたように笑みを浮かべていた。


 シエステラはコットンを抱き締めながら、嬉しそうに頬ずりをする。


 ちなみにこの行動は、コットンの頭を撫でることなく愛情表現をするためのものだ。


 以前よりも遥かに濃厚なスキンシップになり、フィーラは激怒していたが、


『コットンさんの感情はまだ戻っていません。こういったスキンシップを続けることは、彼にとって重要なことなのです』


 という一言で押しきられてしまったのだ。


 とはいえ、今でもフィーラはその行動を快く思っておらず、常にコットンを呪うような視線を向けていた。


 コットンもそれには気付いているようで、無表情ながらも、フィーラから視線をそらし続けていた。


 微笑ましい、とは、言いがたいが、それでも以前よりも打ち解けた雰囲気を感じつつ、ニコラは思い出したように言う。


「そういえば、今日は騎士団に顔を出すんだよな」


 その一言で、部屋の空気が変わった。


「えぇ、ギルバートのことについて、報告があるようです。騎士団内での調査が終わったようですね」


 ギルバートがルシフル教団の幹部であった事実は、騎士団にとって信じがたい失態だった。


 すぐに全騎士団に通達が入り、ルシフル教団のスパイがいないかの調査が始められた。


「まあ、何処まで効果があるか疑問ですけど」


 フィーラは懐疑的な意見を言う。


 騎士団の入団には、当然、その人物の経歴を調べる。そこで何もわからなかったものを、今になって見つけることができるとは思えなかった。


「それでも、騎士団が意識し始めた。という事実に意味があるのです」


 ルシフル教団の影響力の大きさは、シエステラたちが思っている以上だった。それは騎士団も同じ認識だ。


 シエステラたちの間には、張り詰めた空気が流れる。


「……そうかもしれませんね。さて、そろそろ出ましょうか」



 ◇◇◇◇◇◇



「…………、今回の調査において、トリトーラ騎士団において、ルシフル教団のスパイの発見には至らず、調査は完了となりました」


 今回の調査のために臨時で作られた組織。『騎士団特別調査機関』の調査員は、そう報告した。


 調査員による報告は、簡素なもので、調査の手法や根拠の説明はなかった。


 その事について、騎士団内部からは不満の声が上がったが、調査員は機密事項だ、の一点張りだった。


 それがさらに反感を買うのだが、ヘイムやへカティアはそんな騎士たちを静止する。


「我々の中に裏切り者はいなかった。それだけでよかったじゃないか」

「えぇ、潔白が証明できたのなら、これ以上、追求する必要もない」


 他の団員たちも、騎士団長のヘイムやへカティアに言われてしまえば、それ以上何も言えなくなってしまう。


 しかし、その言葉とは裏腹に、二人の表情には深い影が落ちていた。


 シエステラは悟る。


(……表向きは「シロ」として幕を引き、水面下で監視を続けるつもりなのですね)


 シエステラは今回の裏にある、騎士団本部の思惑を察していた。


(今回の調査で尻尾を出すようなことはしないと、調査員も理解しているのでしょう。だから、表向きは怪しい者がいないと宣言し、秘密裏に調査を続けようとしている)


 それはつまりトリトーラ騎士団の人間を全く信用していない。という意味だ。

 ヘイムやへカティアも、その事には気付いているのだろう。


(ですが、今回の事態は、そう慎重になるのも仕方ないのもわかります)


 トリトーラ騎士団において、ギルバートはへカティアの補佐を勤める高い階級にいた。その若さを踏まえれば、かなりのエリートと言える。


 そんな裏切り者に気付けたなかった事実は、今後も根強く騎士団に禍根を残すことだろう。


「調査機関から報告があった通り、我が騎士団において裏切り者はいない。この件はこれで終わりだ」


 ヘイムの宣言で団員たちの不満は押し込めた。


「それより、ギルバートの行方は?」


 ヘイムがへカティアに投げ掛ける。


 へカティアは微かに眉を寄せながら、立ち上がって報告書を読み上げた。


「はっ! ルシフル教団幹部のギルバートは、聖女様方との戦闘の最中に逃亡し姿を消しました。現在、本部とも連携し捜索を続けていますが、難航しています」


 へカティアは淡々と声で報告しているが、その胸中は計り知れなかった。


 つい数日前までは、信頼できる部下だと思っていた存在が、自分達を裏切り、ましてや自分に刃を向けたなんて、信じたくない事実だ。


 シエステラはへカティアの表情を伺いながら、なんとも言えない気持ちを抱いていた。


「これから本格的な調査組織を立ち上げ、ルシフル教団の捜索を始める予定です」

「……わかった。それでは、次に……」


 それからも騎士団の報告は続いた。


 しかし、どの報告もシエステラたちにとって、喜ばしいものはなかったのだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「この度は本当にお世話になりました」

「いいえ、こちらこそ。我々の失態に聖女様を巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」


 町の境界で、ヘイムが深々と頭を下げた。見送りは彼一人。聖女がこの地にいたことを公にしないための配慮だ。


「ネブラについてはお任せを。二度と同じ失態は繰り返しません」

「えぇ、信じています」


 シエステラたちが捕らえたネブラと残党たちはすでに本部に引き取られており、以前のようにルシフル教団の侵入を許すことはないだろう。


 しかし、どちらにせよネブラたちもルシフル教団についての情報はあまり持っていなかった。

 それこそ、ギルバートが捨て置く程度に。


「あの、へカティア様は?」

「彼女は仕事です。今の彼女には忙しいくらいがちょうどいいのでしょう」


 ヘイムの言葉に、シエステラは痛みを分かち合うように目を伏せた。


「シエステラ様はお気になさらず。へカティアもわかっているはずです。自分が何をすべきなのかを」

「そう、ですね」


 シエステラは一度目を瞑り、余計な思考を排除した。


「ルシフル教団の関係では、聖女神教会も全面的に協力します。これからもどうかよろしくお願いいたします」

「えぇ、こちらこそ」


 二人は固く握手を交わした。


 しかし、差し込む夕日は長く伸び、これから訪れる不穏な闇を予感させるかのように、二人の影は深く伸びるのだった。

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