第六十一話 意外な援軍
「コットンには、リミッター解除の魔法が施されてるんですよ。自分の身体が壊れようと、目的を遂行するように、ね」
「なん、だと?」
「その魔法を発動させると、死ぬまで命令を遂行しようとします。普段はコスパが悪いのであまり使いませんが、今回は仕方ありませんね」
ギルバートの非情な説明に、ニコラは血の気が引いた。
「じゃあ、コットンは……」
「今頃、聖女様たちと戦ってるでしょうね。ですが、どちらかが死ぬまで止まることはない」
ニコラは血が滲む程に拳を握る。
「外道め」
ニコラの恨み言にも、ギルバートは反応を返さず、興味なさげに話題を変えた。
「いやぁ、それにしても驚きましたよ。この魔方陣。まさか自分に施された魔方陣を認識できていたとは」
「あ! それは」
ギルバートが持っていたのは、コットンがシエステラにプレゼントしたアクセサリーだった。
そのアクセサリーは幾何学的で不思議な模様をしている。
「……まさかそれが、コットンにかけられた魔方陣なのか?」
ギルバートは答えなかったが、その笑みが答えのようなものだった。
「まあ、コットンには相手の魔法を解析する目を植え付けてますから、見えるのも不思議ではないかもしれませんが」
ギルバートはそのアクセサリーを見ながら、少し可笑しそうに笑った。
「もしかして、この魔法を解いてほしいっていう意思表示だったんですかね。まあ、そんなことないでしょうけど」
ギルバートは馬鹿にしたように言う。あり得ないと思い込んでいるような物言いだ。
しかし、ニコラはそれが当たっているかもしれないと思っていた。
(コットンはシエステラを信用していた。だから、深層心理で助けてほしいと思っていたとしても不思議じゃない)
「もしかして、その魔法がわかれば、魔法を解除することも可能なのか?」
「そうですね。リミッター解除の魔法の方は解除できますね。ただ、聖女様では無理でしょうね」
「どうしてだ?」
ギルバートが嘲笑する。
「聖女様、相当、手先が不器用ですよね? この魔方陣を解除するためには、かなり正確に魔方陣を描いて消すことが必要ですから」
「シエステラが、不器用?」
ニコラは首を傾げた。
シエステラの独特なセンスは知っていたが、不器用な印象はなかった。むしろ脳内のイメージを完璧に再現する力があると思っていたくらいだ。
ニコラの反応に、ギルバートはやや怪訝な表情を浮かべる。
「コットンの首にかかっているアクセサリーは、聖女様が作ったんでしょ?」
「……あぁ」
ニコラはそれで合点がいった。
コットンが首にかけているアクセサリーは、シエステラが作ったものだが、誰の顔をイメージしたのか言われてもわからないような出来だ。
しかしそれは、シエステラが不器用だからなのではなく、シエステラの独特なセンス故だ。
あのアクセサリーはシエステラの脳内のイメージを完璧に表している。
(まあ、そう思うのも仕方ないけど)
先日、ルーシィのために作ったプレゼントも、本気で作ったニコラのものと大差がない出来だった。
(でも、実際は真逆。なら……)
ギルバートの勘違いに、ニコラは一縷の望みを感じた。
「そうか。だからお前は、ずっと余裕でいるんだな? シエステラがコットンを見捨てないのを知っていて」
「そうです。聖女様はお優しいですからね」
シエステラがコットンを見捨てることはあり得ない。それはニコラも同じ考えだった。
コットンの魔法が解除できなければ、ギルバートの言う通り、どちらかが死ぬまで戦い続けるだろう。ここに援軍に来ることはない。
しかし、ニコラの結論は別のものだった。
「たとえ援軍が来なかったとしても、諦めることはできないな」
ニコラはギルバートの話に乗ることにした。
ギルバートは微かに訝しげだったが、ニコラの思考までは読めなかった。
「何を企んでるのやら。まあ、さっさと終わらせればいいだけの話ですけどね」
ギルバートが槍を突く。それはニコラの心臓を正確に捉えていた。
「くっ」
ニコラは地面を転がりながらギリギリでかわす。しかし、転がった先にギルバートは槍ごと落ちてきた。
「おあっ!」
「あぁ、惜しい」
頬が切れて血が流れる。それを拭い姿勢を低くして次の攻撃に備えた。
「仕掛けてこないんですか?」
「反撃のチャンスを探ってるんだよ」
「そんなのは一生ないですけどね」
流麗な槍さばきは一縷の隙もない。なんとか致命傷は避けつつも、ニコラの傷は増えていった。
(悔しいけど、本当に勝てる気がしないな)
「しぶといですね」
「それだけが自慢だからな」
ニコラは不敵に笑う。しかし、すでに満身創痍で肩が上下していた。動きも鈍くなっており、限界が近かった。
「そろそろ終わりにしましょうか」
ギルバートが槍を構える。
そこでニコラは、その後ろに人影を見た。
「やっと来たか」
ニコラの一言で急激に速度を上げて迫ってきた人影。それは迷うことなく、ギルバートに突っ込んでいった。
「っ! お前はっ!」
ギルバートは驚きに怯み、バックステップで引き下がった。その目は驚愕に見開かれ、攻撃をしてきた存在に向けられる。
「ニコラ様! 大丈夫ですか?」
そして、少し遅れてやって来たのはシエステラが、ニコラに駆け寄る。
「シエステラ。俺は大丈夫だ。それよりも、ヘカティアさんが……」
「っ! わかりました、すぐに」
ニコラは血を流して倒れるヘカティアを指差した。シエステラは目を見開き、すぐに魔法で治療を始める。
すでにかなりの血を流していたヘカティアだったが、シエステラの魔法により、その表情には微かに血の気が戻った。
「……まさか、ニコラ様がここまで傷だらけになるとは」
その後ろからやって来たフィーラが信じられないといった様子で口を開く。
「あいつ。尋常じゃないぞ」
フィーラに助け起こされながら、ニコラの視線の先では、ギルバートと対等に戦う小柄な人影があった。
「コットンさん。下がってください」
シエステラの指示に従い、ギルバートに攻撃を仕掛けていた小柄な人影、コットンが下がった。
一度、体勢を整えたギルバートは、苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
「まさか、魔法を解除したんですか?」
「えぇ、コットンさんが私に教えてくれていたことに気付きましたから」
シエステラは空中に指をなぞり、光でギルバートが持っているアクセサリーと全く同じ魔方陣を描いた。
それは一分のズレもなく完璧なもので、ギルバートは舌打ちをする。
「聖女様。また自分を騙したんですか?」
「……騙す? 聖女が嘘を吐くはずないではありませんか」
シエステラは心底意味がわからないという表情を浮かべる。白々しいシエステラに、ニコラとフィーラはふと笑ってしまった。
ギルバートは腹の虫が収まらないのか、コットンの胸にかかるアクセサリーを指差す。
「自分は不器用だと思わせるために、そんな醜悪なアクセサリーを作ったんでしょう?」
「醜悪っ!」
雷に打たれたような衝撃がシエステラを襲う。
「……まさか、敵にまで、そんなことを言われるなんて」
「お、おい、侮辱するな! シエステラは脳内のイメージを完璧に表現してるんだぞ!」
ニコラの叫びは、この空間を静寂に変えた。
ギルバートは唖然としてから、気まずそうに目をそらす。
「そうでしたか。なんか、すみません」
「謝らないで! そんなことで、謝らないで!」
シエステラは顔を真っ赤にして怒りの表情を浮かべた。そして、魔力で作り上げた剣をニコラへ渡す。
「ニコラ様、早く、これで、ギルバートを」
「あぁ」
激しく憤っているシエステラが作り出した剣を構え、ニコラはギルバートと対峙した。
ギルバートも今までと違うニコラの雰囲気を感じとり、緊張感が深まる。
「っ!」
刃が重なり、衝撃波が辺りに弾ける。
のけ反ったのはギルバートの方だった。それを建て直す隙も与えずにニコラが猛攻を仕掛ける。
「武器一つでここまで変わるとは……」
ギルバートの表情から余裕が消えた。本気の構えを見せるギルバートは、今までよりもさらに異質な空気を纏う。
その空気はシエステラですら、ゾワッと背中に悪寒が走る程だった。
「本気の本気でいきますよ」
(この男、危険です!)
ギルバートの一撃が飛んでくる一瞬、シエステラは咄嗟に聖女の加護でニコラを守ろうとした。
「あ、違っ!」
ニコラに聖女の加護は効かない。そんな初歩的なことすらも忘れる程に、ギルバートの一撃に戦慄を覚えていた。
案の定、ニコラを守ろうとした聖女の加護は一瞬で消えてしまい、ニコラは真っ正面からギルバートの攻撃を受け止める。
「う、ぐお、おぉぉぉぉ!」
剣と槍が鎬を削る。暴風が吹き乱れ、木々を薙ぎ倒す。
およそ人間の一撃とは思えないぶつかり。シエステラはフィーラたちを聖女の加護で守護した。
「ニ、ニコラ様?」
砂煙が収まり、辺りの視界が明けると、そこに立っていたのニコラだけだった。
ニコラは片膝をつき、シエステラが作った剣は柄の部分しか残っていない。なんとか意識は保っているようだが、これまで見たことがない程に疲弊していた。
「ニコラ様!」
「シ、……エス、テラ」
シエステラが駆け寄ると、ニコラはフッと気を失って倒れてきた。
それを受け止めようとしたシエステラだったが、その間に入るようにコットンが受け止める。
「逃げられましたか」
フィーラは辺りを警戒するが、ギルバートの気配はすでになかった。
残るのは、シエステラたちだけ。
幸い、気を失っているヘカティアやニコラに大事はないようだった。
「失敗、ですね」
シエステラが悔しそうに下を向く。
「いいえ、これは収穫です」
フィーラは真剣な顔で言う。
「ルシフル教団は、その全貌がほとんどわかっていませんでした。ですが、幹部の存在を認識できたことは思った以上に重要な事柄です」
ギルバート。ルシフル教団の幹部。
その実力は、以前にシエステラが相対した魔神よりも遥かに凶悪な存在だった。
「ルシフル教団の脅威は、我々が認識しているよりも、さらに強いかもしれない。それがわかっただけでも十分でしょう」
「確かに、そう、かもしれませんね」
シエステラは確信した。
ルシフル教団の闇は、まだまだ深いのだと。
「それに、コットンさんも助けることができたようですし」
言いながらフィーラがコットンを見る。
コットンの表情には、まだ感情らしい感情は見られなかったが、それでも以前よりは遥かに柔らかい顔をしていた。
「そうですね。それだけでも、よかった」
シエステラはコットンの頬をなで、優しく微笑んだ。
それを見たコットンは、少しだけ目をそらし、誰にも気付かれないくらい、ほんのりと頬を赤らめていたのだった。




