第六十話 残酷な真実
「ここまでの不運が起きるものなのか? いや、これはもはや不運というか、呪い?」
ギルバートは興味深そうに観察していた。自分が逃げている状況だということすらも忘れて。
「これを上手く使えば、聖女を始末することだって可能なんじゃ……」
ギルバートは内心でほくそ笑む。宿敵の聖女の弱点を見つけたとばかりに。しかし、そのせいで反応が遅れた。
「うおぉ、おおおぉぉ!」
「あ、やばっ!」
瓦礫の下から唸るような咆哮が聞こえてくる。ゴゴゴッとまるで地震のように岩が崩れ始め、一気に崩壊した。
ギルバートはすぐにその場から飛び退くが、一瞬前までいた場所は、粉砕によって飛んできた瓦礫によって抉れていた。
「はは、つくづく常識外れですね」
ギルバートは面白そうに槍を構える。
そこに飛び込んできたのは、武器も失くし、服もビリビリに裂けたニコラだった。
ニコラはただ己の拳をもって、ギルバートに殴りかかる。
ギルバートはそれを華麗にかわし、槍の腹でニコラのこめかみを殴り付けた。
一瞬、よろめいたニコラだったが、大してダメージはなく、そのままギルバートを蹴り飛ばす。
「ぐふっ!」
ギルバートは吹き飛ばされながら、木に足をついて衝撃を受け流す。木は木っ端微塵に吹き飛びながらも、ギルバートはバネのようにニコラに返ってきた。
「はは、いいですね。その強靭な体。観察し甲斐があります」
楽しそうに笑うギルバートは、ニコラの攻撃をギリギリでかわしながら、観察するようにニコラに攻撃を仕掛ける。
「このっ! ふざけてんじゃねぇ!」
ニコラは激昂して攻めるが、ギルバートはそんなニコラでも、全く怯む様子がなかった。
(くっそ、こいつめちゃくちゃ強いぞ)
ニコラは戦いの中で、異様な空気を纏うギルバートに戦慄していた。
(この前戦ったブラックドラゴンや魔神に匹敵、いや、もしかしたらそれ以上かも)
ギルバートは狂気的な笑みを浮かべ、ニコラの攻撃を紙一重でかわしながら、まるでデータを採取するように攻撃を刻んでいく。
「ふんふん、なるほど。やっぱりニコラ様の実力では、あの魔神とかは倒せなさそうですね。となると、ほとんど聖女様の力かな?」
ギルバートは自分で納得したように一人言を呟く。その目はニコラに向いているが、意識は何処か遠くに向いているようだった。
「お前、何者だよ」
ニコラは恐怖を覚えながらも問いかけた。
ギルバートは槍を地面に下ろし、それにもたれながら目を細めて口を開いた。
「あぁ、そういえば改めて名乗ってなかったですね」
ギルバートはポンッと手を打ち鳴らし、改まって槍を構えると、流麗に名乗りを上げた。
「自分はルシフル教団の幹部、魔槍のギルバートです」
「魔槍のギルバート? いやそれより、ルシフル教団の幹部、だと?」
ニコラの驚愕した顔にギルバートがやや疲れた様子で肩を竦める。
「いや、本当は自分が出るつもりはなかったんですよ。でも、いきなりルシフル教団の老いぼれたちが捕まって」
ギルバートの口調は、まるで友達に愚痴るような感覚だった。
「あいつらって弱いくせに情報はたんまり持ってるから、早めに消せって。それで一番近くにいた自分が直々にやることになったんですよ」
面倒臭そうな声音にニコラは頭に血が上るのを感じながら、さらに質問を続ける。
「じゃあ、あの人攫いの組織は」
「あれは資金源です。組織を運営するにはお金が必要ですから。失うのは惜しかったんで、手助けしましたけど。ちょっと欲張っちゃったなぁ」
ギルバートは苦笑を浮かべる。
「じゃあ、コットンは!」
ニコラの怒りの拳。
しかしギルバートはそれを首筋を傾けてかわし、逆に鋭い一撃を叩き込む。
「身寄りのない子供を集めて鉄砲玉にしてるだけですよ。コットンに限ったことじゃない。意思がなくても動く。すごく便利でしょ?」
ニコラは怒りに任せて拳を振るう。しかし、ギルバートに当たることはなく、逆に槍の猛攻を受けてしまう。
「ぐ、がはっ!」
「これでもほとんどダメージなし、か。面白いですね。今後のためにも、どうしたらダメージが入るのか、検証しておいた方がいいかも?」
ギルバートの槍が、蛇のようにニコラを絡めとる。逃げ場などない不規則な攻撃に、ニコラは対処できなくなっていく。
しかし、ニコラは攻撃から身を守ることもなく、ただギルバートに一撃を与えるために足を踏み出していた。
槍の先端を鷲掴み、引き寄せてギルバートの腹を殴る。
「ぐっ、かってぇな」
「鎧の上から素手で殴ったらそうなるでしょ」
ギルバートは腹を押さえて後ろに下がった。ダメージがないわけではないが、ギルバートを追い込む程ではない。
「しかし、その強靭な体。脅威的なフィジカル。どう考えても普通じゃない。これに聖女の力が加わったら、魔神を打ち倒す程の力になる、か」
ギルバートの表情が険しいものに変わる。
今までとは一線を画す空気に、ニコラは危機を感じた。
そして、ニコラの目掛けて槍が飛んできた。あわや貫かれるところだったニコラは、尻餅をついて避ける。
「逃げようと思ってましたけど、今ここで、貴方は始末しておいた方がいいかもしれませんね」
ギルバートの槍はニコラの逃げ場をなくし、そな動きに対応するように、徐々にニコラを追い込んでいく。
「くっ。この前の模擬戦より……」
「そりゃあ、手加減してましたからね」
ギルバートの突きがニコラの横っ腹を掠めた。それはニコラの強靭な体でも傷をつけることができる一撃だった。
ニコラはギルバートの強烈な一撃に、顔をしかめる。
「これが、ルシフル教団の幹部の実力か」
ニコラは悔しそうに拳を握り構える。ギルバートの一撃を辛うじて避けながら、なんとか反撃の隙を探っていた。
しかし、ギルバートに隙はなく、一向に反撃のチャンスはない。
(せめて、シエステラたちが来るまで時間稼ぎできれば……)
ニコラが必死に足掻く。すると、ギルバートは不敵な笑みを見せた。
「もしかして、聖女様の援軍でも期待してるんですか?」
「……バレてたのか」
ニコラは隠しても無駄だと思い、素直に白状した。しかし、ギルバートは余裕そうな表情を崩さない。
「多分、聖女様がここに来るのは無理ですよ」
「どういうことだ?」
「コットンには、別の魔法も仕込んでありますからね。精神操作とは、また別の……凶悪なやつが」
「なん、だと……?」




