表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/64

第五十九話 裏切りの事実

「ギルバートッ!」

「おっと、ヘカティア隊長ですか?」


 街路を裂くような絶叫とともに、ヘカティアが立ちはだかった。


 颯爽と風を切っていたギルバートは、まるで行く先に石ころでも落ちていたかのように、酷く億劫そうに足を止める。


「……ヘカティア隊長。そんなに血相を変えて、どうしたんです?」


 ヘカティアの瞳は激しく動揺に揺れ、それでも真っ直ぐに部下であった男を見据えていた。


 対するギルバートは、彼女の視線を避けるように、斜め上の空を眺めながら鼻を鳴らす。


「どけてもらえません?」

「ルシフル教団の人間を殺したのはお前か?」


 ヘカティアが尋ねると、ギルバートは「えぇ」と軽く頷いた。


「そうですね。あのコットンは教団からの預かり物でして。自分が操作権を持ってたんですよ」

「コットンはお前の影に入って移動したのか」

「えぇ、事情聴取を担当したのは自分なんで、チャンスはいくらでもありましたから」


 淡々と紡がれる裏切りの告白。


 一縷の望みを抱いていたヘカティアの心は、音を立てて砕け散った。


「信じられませんか?」

「……いや、納得したよ。だからお前はあの時、こいつも、と言ったんだな」


 へカティアは苦虫を噛み潰したように言う。


「あの時?」

「ネブラに偽装していたコットンを見つけた時のことだ」

「……あー、確かに」


 その言葉でギルバートも思い出した。


『間違いありませんね! こいつも影潜りのスキルを持ってるみたいですし!』


 へカティアはギルバートが怪しまれている間、ずっと心の中にモヤモヤしたものが残っていた。


 それが何かわからなかったが、ようやく思い出すことができた。


「こいつも、というのは、目の前の相手以外にも影潜りのスキルを持った者がいると知っていなければ、口から出ることはないだろう」

「あちゃー、それは凡ミスです」


 ギルバートはさして落ち込むこともなく、白々しい態度で反省するように額に手を乗せる。


 馬鹿にしたような態度に、へカティアはさらに顔を歪めた。


 そして、静かに口を開く。


「……どうして、騎士団を裏切った?」


 絞り出すような、あまりに素朴な問い。しかしギルバートは心底面倒そうに頭をかきむしり、感情の失せた声で突き放した。


「別に騎士団に忠誠を誓ったことなんてありませんけど?」


 その言葉が終わるより早く、ヘカティアが動いた。銀光が幾重にも重なり、嵐のような猛攻がギルバートを襲う。


 しかし、ギルバートの槍は、最小限の動きでその全てを弾き飛ばした。


 これまでの訓練の日々が虚飾であったことを証明するかのように、その槍筋は今までのそれとは遥かに遠く、恐ろしいほど洗練されている。


「私は、お前のことを仲間だと思っていた」

「いい演技だったでしょ? 隊長がそう言ってくれるなら、自信がつきました」


 ギルバートの槍が蛇のようにうねり、ヘカティアの側頭部を掠める。


 ヘカティアは身を沈め、渾身の突きを放つが、ギルバートは半身でそれをかわすと、槍の石突で彼女の鳩尾を無慈悲に打ち抜いた。


「ぐっ……!」


 わずかに後退するヘカティア。目の前の男は笑っている。かつて自分に向けたのと同じような、快活で、それでいて、中身の空っぽな笑顔で。


「ギルバートッ!」

「隊長では、自分には勝てないですよ」


 まるで子供をあやすような口調。

 実力の差は残酷なまでに明白だった。


 ヘカティアの剣は遠く届かず、その差は一目瞭然。それがついさっきまで自分の部下だと思っていた男で、ヘカティアは悔しさで頭が割れそうだった。


 それでも、ここでギルバートを逃がすわけにはいかなかった。


「時間稼ぎですか? 隊長」

「……そうだ。私ではお前に勝てないようだからな」


 ヘカティアは素直に認めた。

 今のままではギルバートに勝てないと。


「もう少しすれば、他の騎士たちも来るはずだ。そうすればお前にも逃げ場はない」


 ヘカティアは感情を殺して言った。


「お前を逮捕する」

「……見逃してもらえません? 隊長」


 ギルバートが優しく語りかける。

 ヘカティアの瞳は揺るがなかった。


「はは、流石に惑わされませんか。なら、いつもみたいに言いますね。ヘカティア隊長! 許してもらえませんか!」

「っ!」


 いつもの騒々しい、快活な声、表情。それにヘカティアは動揺し、致命的な隙が生じた。


 その隙に、ギルバートの瞳が冷酷な光を宿す。


「っ! がはっ!」


 ギルバートの瞳から光が消える。

 鈍い音が響いた。槍の穂先が、彼女の腹部を深く貫通していた。


「ぐふっ」


 口腔に広がる鉄の味。ヘカティアの視界が急速に白んでいく。


 ギルバートは一切の躊躇なく槍を引き抜いた。肉が裂ける音が響き、彼女の身体は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「さて、せめて苦しませずに終わらせますか」

「ギ、ル、……バート」


 顔を上げることすらできず、ヘカティアは目を閉じかけた。



「やめろぉぉぉ!」

「おっと」


 上空から叩きつけられたのは、暴力的なまでの殺気だった。


 ニコラの剣がギルバートの槍と衝突し、石畳が円形に爆ぜる。その衝撃波だけで、周囲の建物の窓ガラスが粉砕された。


「……おっと。危ないですね、ニコラさん」


 軽やかに距離を取るギルバート。

 ニコラの瞳には、鮮血の海に沈むヘカティアの姿が映っていた。


「お前、ヘカティアさんをよくも」

「ニコラさんには、あまり関係ないんじゃないですか?」


 ギルバートは心底不思議そうに頭を傾げる。


「ヘカティアさんは、お前の仲間だったんじゃないのかよ」

「それ、さっきも聞きましたよ。二番煎じ」


 ギルバートが地を蹴った。超高速の連撃がニコラを襲う。


 だがニコラは避けない。正面から突っ込んだ彼の額を、槍の必殺の一撃が捉えた。


 ギィィンと鋭い金属音が響く。


「……は?」


 槍の先端は、ニコラの肉を貫くどころか、硬質な音を立てて弾かれた。


 初めてギルバートの眉が跳ねる。その驚愕を逃さず、ニコラの拳がギルバートの顔面を粉砕せんと打ち抜かれた。


「ごふっ……!」


 吹っ飛ぶギルバート。彼は空中で体勢を立て直し、着地と同時に殴られた頬を指で拭った。皮膚が裂け、鮮血が滴っている。


「……刃が通らない? どんな身体の構造してるんですか、あなたは」

「知るかよ。地獄に落ちてから調べろ!」


 ニコラの猛攻が再開される。剣の重さで空気を叩き潰すような、理不尽なまでの筋力。ギルバートは舌打ちし、槍を地面に深く突き立てた。


「……穿てっ!」


 魔力が地面を伝い、ニコラの足元から巨大な岩の棘が突き出す。


「邪魔だッ!」


 ニコラはそれを拳で粉砕するが、砕け散った瓦礫が不自然に彼の進路を塞ぐように降り注ぐ。


「……はは、やっぱり運が悪い」


 ギルバートは嘲笑を浮かべ、さらに広範囲の石畳を隆起させた。


 迷路のように組み上がる瓦礫の山。本来ならニコラの瞬発力で追いつける距離だが、彼が踏み出そうとするたびに、地面が沈み、頭上から破片が降り、服の裾が瓦礫に引っかかる。


「くっそ! 待て、ギルバート!」


 それでも力任せに瓦礫を砕き、なんとか追いかけるニコラに、ギルバートは困ったような笑みを向ける。


「大丈夫ですか? へカティア隊長の具合が悪そうですが」

「ぐっ。くっそぉ」


 失血し、意識を失ったヘカティア。放置すれば死ぬのは時間の問題だ。


 ニコラが焦燥に駆られて瓦礫の壁を殴りつけると、それが予想外の方向へ崩れ、ニコラ自身を下敷きにしてしまった。


「えっ? おわあぁぁ!」


 ニコラはどうすることもできずに、瓦礫の下敷きになってしまったのだった。


「んー。流石にそれは予想外……」


 ギルバートは頭をポリポリとかいて、苦笑いを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ