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第五話 フィーラの実力、ニコラの実力

「どうして、こんなことに?」

「……すまん」

「別に謝ってほしかったわけではありませんが」


 シエステラたちは今、雨の中、大樹の下で足止めをされていた。


 本来、シエステラならば、この程度の雨で足止めされることはないはずだった。しかし、今の彼女たちには先を急いだところで意味がなかった。



 シエステラは目の前に流れる川を眺める。川は雨の影響で激しい勢いを増し、その水は茶色く濁り、轟音を立てていた。


 その状況が、まさに彼らの前途多難な旅路を象徴しているかのようだった。


 それを見て、シエステラが溜息を溢す。


「まさか、私の紅茶セットやお菓子の煎餅セットまで流されるとは」



 ◇◇◇◇◇◇



 旅に出たシエステラたちは、最初の目的地に向かってとある森を歩いていた。


 そこには綺麗な川が流れており、シエステラたちは一度休憩を取ることにした。


 穏やかな川の流れと水の音が心地よくて、しばらくのんびりした時間を楽しんでいたシエステラたちだったが、それは突如として訪れる。


「シエステラ様。雨が降りそうです」

「あら、確かにそうですね。それでは、雨宿りできる場所を探して……」


 そうシエステラが口にした時。


「ゴアァァァァ!」

「うおっ! 魔物かっ!」


 突然、空から大型の魔物が現れた。

 それは三本の蛇のような頭を持ち、鷲にも似た巨大な翼を広げ、そして虎のような鋭い爪と強大な身体を持つ、見るからに凶悪な姿だった。


「これは、中々の大物です。こんなところで見るような魔物ではありませんよ」

「そのようですね。まだ町からそんなに離れていないのに」


 この辺りはまだ町からも近く、整備が行き届いており、人の通りも多いため、魔物が現れることはそうそうないはずだった。

 ましてや、これほど強そうな魔物ならなおさら。


 シエステラとフィーラは、無言でニコラの方を見た。


「うっ。俺のせい、なのか?」


 見つめられたニコラは、気まずそうに目をそらした。


「いえ、まだニコラ様の影響だと決まったわけではないのですが」


 シエステラはそう言ったものの、十中八九そうなのだろうと考えていた。


(運が悪いということは、魔物を引き寄せやすいとも言えるのでしょう)


 街道を歩いていて魔物と遭遇する可能性というのは、そう高いものではない。


 しかも、シエステラたちが通っているのは、国の騎士団が定期的に巡回もしている、非常に安全な道だ。そんな場所で襲われるのは、誰がどう見ても強烈な不運だろう。


(これでは、村の外れに一人で暮らしていたというのも納得です)


 基本的にどの村や町にも、魔物の侵入を防ぎ、治安を維持するための自警隊という組織がある。

 しかし、このレベルの魔物を撃退できる自警隊はそう多くない。


 もし、ニコラがいるだけで毎日のようにこんな魔物の襲撃があるのだとすれば、小さな町や村はすぐに壊滅してしまうだろう。


 ニコラが村から離れて暮らしていたのは、そうした危険を避けるためだった。


「とにかく、近くの町や村に被害が出ないよう、ここで倒しておかなければいけませんね」


 発生原因がニコラであろうが、いや、原因がニコラであるからこそ、シエステラは魔物を見過ごすことはできなかった。


「シエステラ様。ここは私にお任せください」

「フィーラ。えぇ、お願いします」


 一言確認してから、フィーラはすかさず槍を取り出して、シエステラの前に出た。


「ニコラ様は、シエステラ様の護衛でもお願いします」

「あ、あぁ。でも、一人で大丈夫か?」

「私があの程度の魔物に遅れを取るとでも?」


 フィーラは鋭い目付きでニコラを睨む。


「い、いや、そういうわけじゃ」


 ニコラは完全に萎縮してしまっている。ここに至るまでで、ニコラは完全にフィーラを恐れてしまったようだ。


「大丈夫ですよ、ニコラ様。フィーラはあれで私の護衛もしているのですから」


 フィーラをはじめとするシエステラの護衛兼神官たちは、聖女を守るため、一国の騎士団に匹敵する実力を持つことが求められる。


 中でもフィーラは神官たちの指南役も担っており、その実力の高さは広く知られていた。



「ふふん。まあ、見ていなさい」


 シエステラに誉められたフィーラは得意気な顔でニコラを見やり、クルクルと槍を回した。

 そして、槍を魔物に向かって投げ放つと、槍は一本の線のような軌道を描き、的確に魔物の翼を撃ち抜く。


「ゴアァッ!」


 避ける暇さえなく翼を失った魔物の体勢が崩れた、その一瞬。フィーラは地面を蹴りつけ、重力を置き去りにするかのごとく、魔物の眼前まで飛び上がった。


 投げた槍は、主人の意思を汲み取ったかのようにあり得ない軌道を描いてフィーラの手に舞い戻る。


 フィーラはそれを突き出すことなく、全身を軸に高速で回転させ、魔物の脳天に雷のようなかかと落としを食らわせた。


「落ちろっ!」

「ガフッ!」


 地面に叩きつけられ、よろめきながら立ち上がろうとする魔物の前へ、フィーラはふわりと優しく降り立つ。


「グ、ガアァァ!」


 魔物が体勢を整えた時には、すでにフィーラの攻撃は終わっていた。


「まずは一つ」


 三つある首の一つが、鮮血と共に宙に舞い、残りの二つの首が同時に絶叫する。

 フィーラは飛び散る血飛沫を払うこともなく、瞬く間に次の首を切り落とした。


「グッ、グギャアォォ!」


 立て続けに首を失い、魔物は動揺を露にするが、本能のままに最後の首でフィーラを噛み砕かんと迫る。


「無駄な足掻きはやめておきなさい」


 しかし、フィーラは迫り来る首をスルリと避けて蹴り上げる。そして、よろけた魔物の心臓に槍を突き刺した。


「ゴアッ!」


 激しく血を吹き出しながら、魔物の腕が天を仰ぐ。やがて、その手がダランと力なく落ち、魔物の目からは生気が失せて息絶えたのだった。


 完全に動かなくなったのを確認し、フィーラが一息吐いた。それが合図となったようにニコラが驚嘆の声を漏らす。


「フィーラさんって、めちゃくちゃ強いんだな」

「えぇ、もちろんです」


 シエステラが自慢そうに言う。そしてフィーラも満面の笑みでシエステラに手を振り、魔物を倒したことをアピールしていた。


「シエステラ様! やりましたよ!」

「わかっていますよ。ですが、フィーラなら当然でしょう?」

「えぇ、もちろんです。シエステラ様をお守りするためならば、これくらいの実力がなければ」


 言いながらフィーラは、ニコラに向かって得意気に笑った。


 それでやっと、シエステラはフィーラの真意を理解したのだった。


(あぁ、なるほど。フィーラは自分の方が優れていると見せつけたかったのですね)


 フィーラは最初からニコラのことが気に入らない様子だった。


 シエステラの意向を汲み、一緒に旅に出ることは承諾したものの、誰がどう見ても敵意を向けていた。当人のニコラにもわかるくらいに。


 それもあって、フィーラはニコラに対抗心を燃やしていたのだ。


 自分の方がニコラよりも優れている。

 自分の方がニコラよりも役に立つ。

 それを見せつけることで、シエステラの中にあるニコラへの好感度を下げる作戦なのだろう。


 いかにもそんなことを匂わせる表情のフィーラに、シエステラは呆れた様子で溜息を吐いた。


(一緒に旅をするのですから少しは仲良くしてほしいところですが、おや?)


 シエステラがどうしたものかと考えていると、自分たちに迫る気配を感じ、そちらへ視線を向けた。それとほぼ同時に、フィーラとニコラも気付いたようで、全員の視線が一点に集まる。


「ゴギャアァァ!」

「もう一体!」


 シエステラたちの前に、先ほどと同じ魔物が現れた。


「しつこいですね。また私が……」

「いいえ、今度はニコラ様にお願いしましょう」

「え?」


 シエステラがニコラに目配せすると、ニコラはそれに頷いた。


「そうだな。俺の戦うところも見てもらった方がいいよな。せっかくフィーラさんが先に見せてくれたんだから」

「は? 私はそんなつもりでは」


 意図しない受け取り方をするニコラにフィーラが戸惑っている中、ニコラは剣を抜くと魔物に向かって飛び上がる。


(さて、お手並み拝見です)


 シエステラがニコラの戦いぶりを観察しようとした、が。


「うおっ!」


 ジャンプしようとしたところで、ニコラの前に突然、無数の鳥が突っ込んできた。

 そのせいで体勢を崩したニコラは後頭部から盛大に地面へ激突する。


「ぐへっ!」


 ゴキッと、人の首からは鳴ってはいけない嫌な音がして、そのままニコラは動かなくなってしまった。


「「………………………………」」


 あまりに突然の光景に、シエステラやフィーラだけでなく、魔物までもが「何が起きたのか?」という表情で、シエステラたちとニコラを交互に見る。


「……え?」

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