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第五十六話 裏切り者の誤算

 部屋の中の雰囲気は異質だった。


 いるのはヘイムとシエステラ、フィーラ、ニコラ。そして、ヘカティアとギルバートだけ。


 団長であるヘイムと聖女であるシエステラが会談をしているのは、まだ理解できる。


 しかし、その場にヘカティアとギルバートだけが呼ばれる意味がわからず、ヘカティアは動揺を隠せなかった。


「何かあったのですか!」


 反対にギルバートはいつも通りの調子で、少しも動揺した様子を見せない。

 そんな姿を見ていると、ヘカティアも少しは落ち着くことができた。


 ギルバートの質問に、ヘイムは重々しい声を出した。


「二人を呼んだのは、先日の影狼の牙掃討作戦でのことで、聞きたいことがあってな」

「え?」


 ヘカティアは首を傾げる。


 先日の影狼の牙掃討作戦の報告は、すでに会議においてされた後だ。


 取り調べや鑑識による結果の報告は残っているが、どちらもヘカティアたちの担当ではない。この場で聞かれるようなことはないはずだ。


 それなのに、二人だけが呼ばれたことに、ヘカティアの心はざわついていた。


 しかし、部下であるギルバートの前で、動揺した姿を見せるわけにもいかず、ヘカティアは毅然とした態度を崩さないように振る舞った。


「どのようなことですか?」

「作戦当日、お前たちは謎のフードの人物と遭遇したな。その事について聞きたい」


 その質問でヘカティアは少しだけホッとした。


 確かにあの日、フードの人物と遭遇したのはヘカティアたちのチームしかいない。


 そのリーダーと副リーダーが話を聞くために呼ばれるのは不思議なことではない。


 ヘカティアは微かに気を緩めながら、ギルバートの方へ視線を送る。


(ん?)


 すると、ギルバートはいつもの調子の良い笑みの中で、何か含むものがあるように見えた。それが何かはわからなかったが。


 しかし、それは一瞬のことで、ギルバートはいつもの快活な声で敬礼をする。


「はっ! なんなりとお聞きください!」


 ギルバートの返事に頷き、ヘイムがシエステラの方を見た。シエステラもそこで頷いて、ギルバートの方を見る。


「ギルバート様。作戦当日、あなたはフードの人物の気配をいち早く察知し、それをヘカティア様に伝えましたよね?」


 シエステラの質問は、ヘカティアが当時のことを説明した時の内容についてだ。


 ヘカティアがフードの人物に切りかかった時、部下の声により、ギリギリで相手の攻撃を避けることができたという話だ。


「はい! 間に合ってよかったです!」

「そうですね。ちなみに、どうして危険だと判断されたのですか?」

「勘です!」


 ギルバートは迷うことなく言う。


 根拠もへったくれもない主張だが、ギルバートらしいはっきりとした主張で、ヘカティアは特に気にならなかった。


 しかし、シエステラは違うようで。


「素晴らしい勘ですね。では、すぐにフードの人物がネブラであると判断したのも勘ですか?」

「そうです! スキル『影潜り』を持ってるのはネブラだけだと思ったので」


 そこで、ヘカティアは違和感を覚えた。


(何だ? 何か、引っ掛かることがあるような)


 ヘカティアの疑問をよそに、シエステラがさらに質問を続ける。


「そうですよね。では、フードの人物がヘカティア様に狙いを絞った理由は何だと思いますか?」

「え? そ、そうですね! うーん、強いからでは!」


 ギルバートの短絡的な答えに、シエステラたちは何も言わず、ヘイムまでもが難しい表情で黙っている。


 まるでギルバートを断罪するかのような空気に、ヘカティアが口を挟んだ。


「あの、シエステラ様。どうしてギルバートにばかり質問をするのですか? あの場には私もいたのですよ」


 ヘカティアの抗議に、シエステラは真っ直ぐな目を向ける。冷徹な執行人のような瞳に、ヘカティアはゾクリと肩を震わせる。


 しかし、部下に向けられる『不当と思われる』詰問に、ヘカティアは黙っていられなかった。


「それに、狙いを絞ったとはどういうことですか! あれはギルバートたちを、私の判断で先に行かせたからで……」

「何故、先に行かせたのですか?」


 間髪を入れないシエステラの質問に、ヘカティアが少しだけ気圧される。


「そ、れは、奴が部下たちを狙い、時間稼ぎをし始めたから……」

「それに最初に気付いたのは、誰ですか?」

「……ギルバート、です」


 あの時、ヘカティアは部下たちを襲われ動揺していた。しかし、ギルバートの言葉に諭され、一人残ることを決断した。


 ヘカティアの額に汗が滲む。シエステラの言わんとすることが少しずつ鮮明になり、動悸が早くなる。


 必死に頭で否定しても、何故か完全に否定することができないでいた。


「フードの人物と戦っている時の記録を読ませてもらいましたが、ヘカティア様は相手を影に潜らせないように立ち回りましたよね。ですが、聞く限り、ギルバート様の戦い方はそんなことを気にしていないようでした」


 作戦会議における戦いの記録は、記憶にあるかぎり鮮明に調書に残す決まりがある。


 それは、相手が犯罪者であっても、不当な攻撃を行わないことを証明するためだ。


 もちろん、記憶の中の話であるため、全てが記載されているわけではない。


 しかし、それだけでもシエステラたちが引っ掛かる部分はあった。


「ギルバート様の戦い方は一度、見たことがあります。普段の騒がしさからは想像できない、静かで洗練された動きでした。ですが、当時の戦い方はかなり大袈裟な動きが多かったようですね」

「し、しかし! 戦場では、普段通りの動きができないのは当然のことで!」


 ヘカティアが震える声で反論する。しかしその言葉は、ヘカティア自身ですら、信じきれない曖昧なものだった。


「ヘカティア様もわかっていると思いますが、ギルバート様の戦闘技術は極めて高いです。そんな初歩的なミスをするとは思えません」


 ヘカティアは言葉に詰まる。


「ギルバート様の動きは、ヘカティア様と他の騎士の方々の場所を繋ぐ役割がありました。大振りな攻撃は、フードの人物が影に潜る隙を作りやすいですからね」


 ヘカティアは思い出す。


『みんな! 避けろよっ!』


 ギルバートはフードの人物を攻撃しつつ、他の騎士たちがその攻撃に巻き込まれないよう、フードの人物から離れる瞬間が何度かあったことを。


「ヘカティア様も心当たりがあるようですね」

「し、しかし、それが何だというのですか? 戦闘時の状況でそうなることなんて、あり得ないことではないでしょう」


 ヘカティアは必死に反論する。ギルバートの無実を証明するために。


「えぇ、そうかもしれません。ですが、決定的な理由は他にあります」


 シエステラは立ち上がり、ヘカティアたちの前に一つの魔法具を見せた。それは騎士団が連絡用に使う魔法具で、何の変哲もないものだった。


「作戦当時、思わぬ不運が起きたのは覚えていますか?」

「え? えぇ、それはもちろん」


 影狼の牙掃討作戦において、作戦決行前に発動したニコラのスキルにより、オオヤマトリが大量に襲来するという不運が起きた。


 そのせいで影狼の牙には気付かれ、あわや逃げられそうな状況になった。


「そのせいで騎士団の作戦は崩壊しました。しかしそれは、ある人物にとっても想定外でした。そのため、どうしても影狼の牙と連絡を取る必要があったのです」


 ヘカティアは意味がわからなかったが、それを見るギルバートの視線が僅かに鋭くなった。


「もしかして、魔法具の通信履歴か何かを調べました? でも、それはすでに騎士団で調べてありますよ。そうですよね、ヘイム団長?」


 そこで久しぶりにギルバートが発言をした。


「あ、あぁ」

「ほらね。自分が何を疑われてるのか知りませんが、それは何の証拠にもなりませんよ」


 ギルバートが目を細めて笑う。しかし、シエステラは首を横に振った。


「いいえ、私は魔法により、それを復元することができるのです」

「……いやいや、まさかそんなことが……」

「できるはずがないと? 私は聖女ですよ?」


 ギルバートの視線が鋭くなる。


 シエステラは微かに額に汗を滲ませていた。しかし、それを悟らせないように止まらずに言葉を紡ぐ。


「復元した結果、あなたが影狼の牙と通信している記録がありました」


 シエステラの言葉に、ギルバートが驚いたように目を丸くする。


「まさか、そんなことができるとは思いませんでしたか?」


 シエステラの言葉に、ギルバートはしばらく黙ったままだった。


 それから、一つ溜息を漏らした。


「……いえ、流石は聖女様。すごいですね」


 ギルバートは静かだった。

 いつもの快活な声ではない落ち着いた声。しかし、それは決定的な言葉だった。シエステラの今までの質問が、この瞬間に繋がる。


 ヘカティアとヘイムの疑惑の目が、ギルバートへ向いた。


「ギルバート様。あなたは、影狼の牙と手を組んでいましたね?」

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