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第五十五話 へカティアの逡巡

 騎士団内では、先日のシエステラの行動が波紋を呼び、少し異様な雰囲気が漂っていた。


 聖女が犯罪者と繋がっていた?

 騎士団を裏切った?

 聖女神教会は、どう考えているんだ?


 末端の騎士たちには、ほとんど降りてこない情報にやきもきする者がいるのは仕方のないことだった。


 そして、そんな思いを抱いているのは、何も末端の騎士だけではない。


「シエステラ様は、何をお考えなのだろうか」


 そう一人呟いたのはヘカティアだった。


 ヘカティアは容疑者であるコットンを捜索するチームのリーダーとして、町での聞き込みを終えたところだった。


 騎士団長のヘイムより、緊急の用事があるとのことで団長室へと向かっている途中だが、思い出すのは、聖女シエステラの曇った表情ばかり。


 ヘカティアはシエステラのことを悪だと思ったわけではない。


 しかし、今回の事件における最重要容疑者となり得る人物を匿っていたことも事実。


 ヘカティアは自分の信じるべきが何なのかを決めかねていた。


「コットンが犯人かもしれないとなった時の、あの表情。本当にショックを受けていたようだったが……」


 シエステラの表情を思い出しながら、ヘカティアは駐屯地内の廊下を歩いていた。


 そんな時、廊下の奥にシエステラたちとヘイムの姿を見かけた。シエステラたちはヘイムに連れられて部屋へと入っていく。


「シエステラ様? こんな所にどうしたんだ?」


 ヘカティアは首を傾げ、ふと思い出した。



『とにかく、今回の件については、慎重に判断する必要があります。処罰についても、です』



 先日の会議の際、ヘイムはシエステラに向かって、そう発言していた。その後どうなったのかはヘカティアも知らない。


 しかし、相手が聖女である以上、事情を知るのは騎士団の中でも相当な位にいる者だけだろう。


 ヘカティアは心がざわつくのを感じた。


(シエステラ様が悪だとは思えない。やはり何か事情があったんじゃ……)


 ヘカティアは、悪いとわかっていながらも、中の話を盗み聞きすることにした。チラッと周りを確認し、扉へと耳を澄ます。


「……、では、………………、しかし」

「…………さん、……きけ……………………」


(よく聞こえないな)


 話しているのはシエステラとヘイムのようだった。しかし、会話の内容までは聞き取れず、ヘカティアはさらに扉に耳を近付ける。


「うらぎりものは…………、…………」


(裏切り者?)


 ヘカティアは聞こえてきた単語に目を見開く。


 話していたのはシエステラの方だ。シエステラから言うということは、裏切り者というのは、


(まさか、騎士団の内部に裏切り者がいると言いたいのか?)


 ヘカティアは一気に血の気が引いた。


 自分たちの仲間が疑われているという事実に腹が立たないわけではないが、聖女であるシエステラが適当なことを言うとは思えなかった。


 少なくとも、何かそう判断せざるを得ない何かがあったということになる。


「ヘカティア隊長! どうかされたのですか!」

「っ! ギルバート、静かにしろ」


 突然後ろから声をかけられ、ヘカティアは飛び上がりそうになるのをなんとか堪えた。

 そしてすぐにギルバートの口を塞ぎ、ヒソヒソ声で尋ねる。


「何故、おまえがここに……」


 ギルバートは口を塞がれながらも、衰えない大きな声で答えた。


「ヘイム団長に呼ばれました!」

「……お前も?」


 すると、ガチャリと扉が開き、中から人が現れた。扉を開けたのはもちろんヘイムだった。


 ヘイムは驚いた表情をしながら、ヘカティアとギルバートを見る。


「あ! ヘイム団長、こ、これは……」


 しどろもどろになって言い訳を考えるヘカティアに、ヘイムは神妙な視線を向ける。


 そして、今度はそれをシエステラの方へと視線を向けると、シエステラは無言で頷いた。


 それに応えるようにヘイムは一度目を瞑り、ヘカティアたちの方へ向き直る。


「二人とも中に入れ」

「え?」

「……はい!」


 ヘカティアは戸惑いながら、そして、ギルバートはいつも通り元気よく部屋へと入った。



 ◇◇◇◇◇◇



 部屋の中の雰囲気は異質だった。


 いるのはヘイムとシエステラ、フィーラ、ニコラ。そして、ヘカティアとギルバートだけ。


 団長であるヘイムと聖女であるシエステラが会談をしているのは、まだ理解できる。


 しかし、その場にヘカティアとギルバートだけが呼ばれる意味がわからず、ヘカティアは動揺を隠せなかった。


「何かあったのですか!」


 反対にギルバートはいつも通りの調子で、少しも動揺した様子を見せない。

 そんな姿を見ていると、ヘカティアも少しは落ち着くことができた。


 ギルバートの質問に、ヘイムは重々しい声を出した。


「二人を呼んだのは、先日の影狼の牙掃討作戦でのことで、聞きたいことがあってな」

「え?」


 ヘカティアは首を傾げる。


 先日の影狼の牙掃討作戦の報告は、すでに会議においてされた後だ。


 取り調べや鑑識による結果の報告は残っているが、どちらもヘカティアたちの担当ではない。この場で聞かれるようなことはないはずだ。


 それなのに、二人だけが呼ばれたことに、ヘカティアの心はざわついていた。


 しかし、部下であるギルバートの前で、動揺した姿を見せるわけにもいかず、ヘカティアは毅然とした態度を崩さないように振る舞った。


「どのようなことですか?」

「作戦当日、お前たちは謎のフードの人物と遭遇したな。その事について聞きたい」


 その質問でヘカティアは少しだけホッとした。


 確かにあの日、フードの人物と遭遇したのはヘカティアたちのチームしかいない。


 そのリーダーと副リーダーが話を聞くために呼ばれるのは不思議なことではない。


 ヘカティアは微かに気を緩めながら、ギルバートの方へ視線を送る。


(ん?)


 すると、ギルバートはいつもの調子の良い笑みの中で、何か含むものがあるように見えた。それが何かはわからなかったが。


 しかし、それは一瞬のことで、ギルバートはいつもの快活な声で敬礼をする。


「はっ! なんなりとお聞きください!」


 ギルバートの返事に頷き、ヘイムがシエステラの方を見た。シエステラもそこで頷いて、ギルバートの方を見る。


「ギルバート様。作戦当日、あなたはフードの人物の気配をいち早く察知し、それをヘカティア様に伝えましたよね?」


 シエステラの質問は、ヘカティアが当時のことを説明した時の内容についてだ。


 ヘカティアがフードの人物に切りかかった時、部下の声により、ギリギリで相手の攻撃を避けることができたという話だ。


「はい! 間に合ってよかったです!」

「そうですね。ちなみに、どうして危険だと判断されたのですか?」

「勘です!」


 ギルバートは迷うことなく言う。


 根拠もへったくれもない主張だが、ギルバートらしいはっきりとした主張で、ヘカティアは特に気にならなかった。


 しかし、シエステラは違うようで。


「素晴らしい勘ですね。では、すぐにフードの人物がネブラであると判断したのも勘ですか?」

「そうです! スキル『影潜り』を持ってるのはネブラだけだと思ったので」


 そこで、ヘカティアは違和感を覚えた。


(何だ? 何か、引っ掛かることがあるような)


 ヘカティアの疑問をよそに、シエステラがさらに質問を続ける。


「そうですよね。では、フードの人物がヘカティア様に狙いを絞った理由は何だと思いますか?」

「え? そ、そうですね! うーん、強いからでは!」


 ギルバートの短絡的な答えに、シエステラたちは何も言わず、ヘイムまでもが難しい表情で黙っている。


 まるでギルバートを断罪するかのような空気に、ヘカティアが口を挟んだ。


「あの、シエステラ様。どうしてギルバートにばかり質問をするのですか? あの場には私もいたのですよ」


 ヘカティアの抗議に、シエステラは真っ直ぐな目を向ける。冷徹な執行人のような瞳に、ヘカティアはゾクリと肩を震わせる。


 しかし、部下に向けられる『不当と思われる』詰問に、ヘカティアは黙っていられなかった。


「それに、狙いを絞ったとはどういうことですか! あれはギルバートたちを、私の判断で先に行かせたからで……」

「何故、先に行かせたのですか?」


 間髪を入れないシエステラの質問に、ヘカティアが少しだけ気圧される。


「そ、れは、奴が部下たちを狙い、時間稼ぎをし始めたから……」

「それに最初に気付いたのは、誰ですか?」

「……ギルバート、です」


 あの時、ヘカティアは部下たちを襲われ動揺していた。しかし、ギルバートの言葉に諭され、一人残ることを決断した。


 ヘカティアの額に汗が滲む。シエステラの言わんとすることが少しずつ鮮明になり、動悸が早くなる。


 必死に頭で否定しても、何故か完全に否定することができないでいた。


「フードの人物と戦っている時の記録を読ませてもらいましたが、ヘカティア様は相手を影に潜らせないように立ち回りましたよね。ですが、聞く限り、ギルバート様の戦い方はそんなことを気にしていないようでした」


 作戦会議における戦いの記録は、記憶にあるかぎり鮮明に調書に残す決まりがある。


 それは、相手が犯罪者であっても、不当な攻撃を行わないことを証明するためだ。


 もちろん、記憶の中の話であるため、全てが記載されているわけではない。


 しかし、それだけでもシエステラたちが引っ掛かる部分はあった。


「ギルバート様の戦い方は一度、見たことがあります。普段の騒がしさからは想像できない、静かで洗練された動きでした。ですが、当時の戦い方はかなり大袈裟な動きが多かったようですね」

「し、しかし! 戦場では、普段通りの動きができないのは当然のことで!」


 ヘカティアが震える声で反論する。しかしその言葉は、ヘカティア自身ですら、信じきれない曖昧なものだった。


「ヘカティア様もわかっていると思いますが、ギルバート様の戦闘技術は極めて高いです。そんな初歩的なミスをするとは思えません」


 ヘカティアは言葉に詰まる。


「ギルバート様の動きは、ヘカティア様と他の騎士の方々の場所を繋ぐ役割がありました。大振りな攻撃は、フードの人物が影に潜る隙を作りやすいですからね」


 ヘカティアは思い出す。


『みんな! 避けろよっ!』


 ギルバートはフードの人物を攻撃しつつ、他の騎士たちがその攻撃に巻き込まれないよう、フードの人物から離れる瞬間が何度かあったことを。


「ヘカティア様も心当たりがあるようですね」

「し、しかし、それが何だというのですか? 戦闘時の状況でそうなることなんて、あり得ないことではないでしょう」


 ヘカティアは必死に反論する。ギルバートの無実を証明するために。


「えぇ、そうかもしれません。ですが、決定的な理由は他にあります」


 シエステラは立ち上がり、ヘカティアたちの前に一つの魔法具を見せた。それは騎士団が連絡用に使う魔法具で、何の変哲もないものだった。


「作戦当時、思わぬ不運が起きたのは覚えていますか?」

「え? えぇ、それはもちろん」


 影狼の牙掃討作戦において、作戦決行前に発動したニコラのスキルにより、オオヤマトリが大量に襲来するという不運が起きた。


 そのせいで影狼の牙には気付かれ、あわや逃げられそうな状況になった。


「そのせいで騎士団の作戦は崩壊しました。しかしそれは、ある人物にとっても想定外でした。そのため、どうしても影狼の牙と連絡を取る必要があったのです」


 ヘカティアは意味がわからなかったが、それを見るギルバートの視線が僅かに鋭くなった。


「もしかして、魔法具の通信履歴か何かを調べました? でも、それはすでに騎士団で調べてありますよ。そうですよね、ヘイム団長?」


 そこで久しぶりにギルバートが発言をした。


「あ、あぁ」

「ほらね。自分が何を疑われてるのか知りませんが、それは何の証拠にもなりませんよ」


 ギルバートが目を細めて笑う。


(ここです。ここで、攻める)


 そこで、シエステラは首を横に振った。


「いいえ、私は魔法により、それを復元することができるのです」

「は? ……いやいや、まさかそんなことが……」


 ギルバートの反応を見て、シエステラはさらに畳み掛ける。


「できるはずがないと? 私は聖女ですよ?」


 ギルバートの視線が鋭くなる。


 シエステラは微かに額に汗を滲ませていた。しかし、それを悟らせることのないように、止まらずに言葉を紡ぐ。


「復元した結果、あなたが影狼の牙と通信している記録がありました」


 シエステラの言葉に、ギルバートが驚いたように目を丸くする。


「まさか、そんなことができるとは思いませんでしたか?」


 シエステラの言葉に、ギルバートはしばらく黙ったままだった。


 それから、一つ溜息を漏らした。


「……いえ、流石は聖女様。すごいですね」


 ギルバートは静かだった。

 いつもの快活な声ではない落ち着いた声。しかし、それは決定的な言葉だった。シエステラの今までの質問が、この瞬間に繋がる。


 ヘカティアとヘイムの疑惑の目が、ギルバートへ向いた。


「ギルバート様。あなたは、影狼の牙と手を組んでいましたね?」

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