第五十四話 騎士団の闇
「裏切り者がいるとは、どういうことですか?」
フィーラに倣い、シエステラも声を潜めて問い返す。
「今回のコットンさんの行動には、明らかに違和感があります」
「コットンさんの行動にですか? 特に不自然なことはないと思いますが」
コットンがルシフル教団の人間だった場合、その手がかりとなり得る人間が捕まらないように援護するのは当然の流れだ。
しかし、フィーラは全く別の結論に行き着いていた。
「コットンさんは自発的な行動ができません。その前提で話をしますが、そうであるなら、今回の行動はどう考えてもおかしいです」
フィーラの指摘に、傍らで聞いていたニコラがポンと手を打った。
「なるほど、確かに。コットンが自分からあんな行動を取れるはずがない。つまり、あの場で誰かに指示を出されていたということか」
「その通りです」
シエステラはハッとする。
コットンはいつも、シエステラたちの行動に追随するようにしか動かなかった。
最初にシエステラを狙ったのも、人攫いグループが最後に指示したことを忠実に守るためだ。
しかし、それが失敗した後は、新たな指示はなく、ただシエステラたちに付いてくるだけとなった。その後も、コットンはシエステラたちの指示に従うような形でしか行動はしていない。
「もちろん、コットンさんが最初から私たちを騙していた可能性も否定できませんが、シエステラ様はどう考えますか?」
フィーラの問いかけに、シエステラは真剣に考えを巡らせる。コットンを救いたいという願望で、結論を誤らないように。
それでもシエステラの結論は変わらなかった。
「コットンさんは、誰かの指示を受けた。そう思います」
「わかりました。その前提で動くとしましょう」
フィーラはすんなりと受け入れた。あまりにも簡単に受け入れるので、シエステラは拍子抜けしてしまった。
「信じるのですか?」
「当たり前です。シエステラ様のお考えを否定することなんてありませんから。それに、そうお答えされると思っていたので、すでに布石は打っています」
「え?」
フィーラは深刻な顔で告げた。
「騎士団内に裏切り者がいる可能性については、ヘイム団長にも伝えています」
「え? いつの間に? あ!」
シエステラはそこでふと、フィーラが会議の後にヘイムと二人で話しているのを思い出した。
「あの時に?」
「ええ、ヘイム団長も最初は懐疑的でしたが、いくつか根拠を説明したら、真剣に考えてくれました」
シエステラは絶句した。フィーラの仕事の早さは知っていたつもりだが、まさか騎士団長相手に裏切り者探しへの協定まで結んでいるとは。
「ですが、騎士団内に裏切り者がいるということは、つまりルシフル教団の影響力が騎士団にも及んでいるかもしれないということですよ?」
「えぇ、その可能性が高いと、考えています」
はっきりと言い放つフィーラに、シエステラは二の句が継げなくなった。
「シエステラ様も、なんとなく考えていたのではありませんか?」
「それは、ですが……」
その言い淀む様子が、フィーラの問いに対する明確な答えだった。
「今回の作戦、ニコラ様の不運によるアクシデントはありましたが、それでなくても、上手く機能しなかった可能性が高いです」
フィーラは当日の作戦における騎士団の動きが記録された行動調書だ。
「これはヘイム団長の許可を得て、借りたものですが、かなり詳細な記録が記載されています」
フィーラが広げた調書には地図も載っており、そこには事細かな各部隊の動きや包囲網の様子が記載されていた。
そして、騎士団の調査によって導き出された影狼の牙の逃走ルートも記載されている。
「今回の包囲網は影狼の牙の逃走ルートをカバーできていませんでした」
フィーラは当日に構築された包囲網を指でなぞり、さらに影狼の牙の逃走ルートをなぞった。それらは確かに、狙い済ましたかのように包囲網の外を通っている。
「なるほど。裏切り者はさりげなく作戦の内容を操作し、影狼の牙が逃げやすいようにしたということですね」
「えぇ、その通りです」
しかし、そこでふとシエステラは疑問を抱いた。
「ですが、今回の包囲網は、アクシデントによって急遽構築されたもののはずですが?」
「その通りです。ニコラ様の不運は、神ですら予測不可能ですから」
さらりと失礼なことを言われたニコラが「うぐっ」と苦悶の声を上げる。
ニコラの不運は誰も想像できない。いつも一緒に行動し、不運に慣れてきたシエステラたちですら予測は困難だ。
裏切り者がニコラの不運のことを知っていたとしても、それを予測し、作戦を細工することは難しいだろう。
「つまり、あの抜け道を使うのは、裏切り者にとっても突発的な判断だったと考えられます」
フィーラの指摘にシエステラも納得する。
「今回の作戦では、各部隊との連携のために魔法具による通信をしていました。そして、騎士団が持つ魔法具は盗聴防止のため、登録していない魔法具による通信が行われた場合、すぐに関知するようになっています」
フィーラはそう言いながら、新たに魔法具を取り出した。それはシエステラが持つ連絡用の魔法具に形は似ている。
しかし、そこには何かを映すような画面のようなものが付いていた。
「そしてここには、魔法具による通信記録が残っています。そこまで詳細な情報が残るわけではありませんので、あくまで参考程度ですが」
フィーラが魔法具を操作すると、先ほどの画面に数字の羅列が流れていく。
「こちらが通信を行った日時。そして、この数字は、その通信が登録された魔法具から発信されたものかを示しています」
フィーラが数字の羅列について説明する。
一つ一つの意味はわからないが、説明の通りだと、影狼の牙の拠点において、騎士団の登録がされていない魔法具は使用されていなかった。
「しかし、これでわかるのは、発信した魔法具が登録されているかどうかということ。この魔法具が何処に発信したかは記録されません」
「なるほど。つまり、隠れて影狼の牙に連絡することはできるということですね」
シエステラは眉間にシワを寄せた。
行動調書を見る限り、魔法具を誰かに貸与した記録はない。
つまり、作戦当日に魔法具を持っていたのは二十四人。その中に裏切り者がいる可能性が高いということだ。それらの人物は、騎士団員の中でも、それなりの地位にいる者が多い。
それだけ騎士団の内部に、ルシフル教団の影が入り込んでいる可能性を示唆していた。
「魔法具を持っていた中で、作戦の立案にも介入できる人物となると、かなり絞られますね」
「えぇ、しかも今回はもう一つ、イレギュラーな要素があります」
「それは?」
「コットンさんです」
シエステラはハッとした。
「コットンさんですか?」
コットンのことになると、悲しそうな表情になるシエステラにフィーラが微妙な気持ちになりながら、話を続けた。
「えぇ、今回の作戦でコットンさんが動いたのは、先程話した通り、誰かの指示である可能性が高いです。ですが、その指示は上手く達成できなかったものと考えられます」
フィーラは当時のことを思い出しながら言う。
「あの時のコットンさんは、明らかに私を見て動きを止めました。私があの場に行ったのは、偶然でしかありません。あそこでコットンさんが引くのは、裏切り者も予想できないはず」
フィーラとコットンが対峙した時、コットンは一度動きを止めて、そのまま何処かへと去ってしまった。
フィーラがあの場にいなければ、コットンは確実にヘカティアにトドメを刺していただろう。それをしない理由もない。
「なるほど、それは考えられますね。そして、与えられた指示というのは、やはり……」
「ネブラの代わりに捕まることでしょうね」
シエステラは腹を立てたように目付きが鋭くなり、フィーラも険しい表情を浮かべていた。
「コットンさんなら、ルシフル教団の情報が漏れる心配もありませんし、元々、使い捨てのような扱いをされていましたからね」
「なんだよ、それ。コットンを、そんな、道具みたいに」
コットンの扱いにニコラは顔を歪めて怒る。
「気持ちは同じです。ですが、だからこそ、それが裏切り者にとっての誤算なのです」
シエステラは怒りを滲ませた表情を浮かべつつも、冷静な声で言った。
「末端の人間がどれだけ捕まろうと、ネブラさえ捕まらなければいい。そう考えたのでしょう」
「でも、コットンが捕まったら、すぐにネブラじゃないとわかるんじゃないのか? ヘカティアさんとかは知ってるんだし」
ニコラの言うことは正しかった。
ヘイムやヘカティアは、コットンの姿を見たことがある。フードで顔を隠している時に気付かなかったとしても、捕らえた時に顔を見られれば、コットンであることは丸わかりだ。
「仮に時間稼ぎだとしても、大して稼げないんじゃないか?」
「普通ならそうですね。でも、その場にコットンさんのことを知っている者がいなければ、時間は稼げます」
「それって……、あ! だから、ヘカティアさんが狙われたのか!」
ニコラは気付いた。
騎士団の中で、コットンの姿を見たことがあるのは少ない。しかも、作戦の現場に来ていた人物となると、さらに少なくなる。
その数少ない人物の中で、ヘカティアはコットンに狙われ、危険な状況だった。
もし、フィーラが助けに入らなければ、少なくとも、戦線離脱はしていただろう。
そうなった時、スキル『影潜り』を持つ者が捕まったとして、それがネブラではないと発覚するまでには時間がかかる。
その間に本物のネブラが逃げるという可能性は十分に考えられた。
「えぇ、そうです。おそらくコットンさんは、自分の姿を見たことがある人間を消すように指示をされていたのでしょう。だから、真っ先にヘカティア様を狙った」
そこで一度言葉を区切り、シエステラはすべてを見通すような瞳で告げる。
「しかし、その際、同じくコットンの姿を見たことがあるはずなのに、コットンさんが全く気にしなかった人物がいますよね?」
「え? あ!」
ニコラは一人、思い付いた人間がいたようで、閃いたように声を上げる。そして、信じられないような表情で呟いた。
「でも、まさか……」
「私も信じられません。ですが、今考えられるのは、その一人です」
シエステラははっきりと言った。しかし、フィーラの表情は重いままだった。
「ですが、それはあくまで状況証拠。決定的な証拠がなければ、その人を追い詰めることはできないでしょう」
現在、シエステラたちが怪しいと考える人物は一人しかいない。しかし、その人物が裏切り者であるという決定的な証拠はなかった。
「ヘイム団長を説得するには、決定的な証拠がないと無理でしょうね」
フィーラの言葉に、シエステラはしばし黙考した。そして、その唇に、慈愛の聖女らしからぬ「悪い笑み」を浮かべる。
「証拠がなければ、作れば良いのです」
「は? シエステラ様、何を?」
シエステラは二人を呼び寄せ、耳元でその「悪どい」作戦を囁いた。
それを聞いたフィーラとニコラは、一瞬呆気に取られた後、眉を潜めながらも頷いた。
「聖女らしくない作戦だよな」
「言わないであげてください」
「そこ。効率的だと言ってください」
ビシッと言い放つシエステラに、二人は苦笑しながら部屋を後にした。
一人残されたシエステラは、重いため息をついて天井を見上げた。
「ですが、少し残念ですね」
視線の先には、窓から差し込む冷たい月光。
「私はまだコットンさんに受け入れられたわけではなかったようです」




