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第五十二話 シエステラの失態

1月17日より、タイトルとあらすじをリニューアルしました。(旧:スキル『不運』には、聖女の加護も効果がないようです。)

「ギルバート! 状況を報告しろ!」


 洞窟の最奥に辿り着いたヘカティアは、そこで部下たちに指示を出していたギルバートに状況を確認する。


 ギルバートは突然現れたヘカティアに、かなり驚いているようだった。


「え? ヘカティア隊長! ネブラは?」

「逃げられた。とにかく状況は?」

「は、はい! ここまでの通路をくまなく探しましたが、盗賊たちは見つかりませんでした! 他の部隊からの報告でも捕らえた人数は、当初想定よりも遥かに少ないそうです!」

「くっ。そうか」


 ギルバートからの報告に、ヘカティアは悔しそうに唇を噛み締める。


 盗賊たちの主力と思われた人間は影一つなく、もぬけの殻だ。


 何より、今回の最重要ターゲットであるスキル『影潜り』を持ったネブラを確保したという報告がない。


 今も追跡は続いているが、すでに出入り口はすべて封鎖済みだ。現在も見つかっていないとなれば、もう外に逃げてしまった後だろう。


「隊長! 次の指示を!」


 ギルバートの大声が、虚しいほどに洞窟の静寂に響き渡る。ヘカティアは冷たい岩肌の天井を見上げて深く息を吐き出し、頭を抱えた。


 紛うことなき失敗。

 それ以外に言い様のない結果だった。


 失敗の重みに打ちひしがれるヘカティアに、フィーラは申し訳なさそうに声をかけた。


「あの、申し訳ありません」

「……いえ、フィーラ様が謝るようなことでは。こうした事態を予想できなかった我々のミスです」

「いや、あれの予想は難しいと言いますか」


 ニコラの不運を何度も経験しているフィーラには、あれが予想できるようなものではないということを痛い程に理解していた。


 どれだけ入念な作戦を立てようと、どれだけ完璧な対策をしようと、ニコラの不運は的確に状況を悪化させる。


 その原因を作ってしまった側のフィーラは、どうしたものかと思っていると、ふと魔法具から緊急の報告が流れてきた。


「ん? なんだ? ……何、ネブラが?」


 報告を聞き終えたヘカティアは驚きの表情を浮かべていたが、その報告はフィーラにとっても吉報だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 フィーラたちが報告のあった場所へ向かうと、拘束された盗賊たちが大量に捕まっており、そこにはシエステラとニコラもいた。


 そして、他と一線を画した雰囲気の男がいた。魔法による鎖で厳重に拘束されており、常にニコラが監視している。


「シエステラ様、これは、いったい?」

「ヘカティア様。お待ちしておりました。この方が影狼の牙のネブラです」

「えっ!」


 ヘカティアが驚きの声を上げた。


 ネブラと説明された男は、先程ヘカティアが見たフードの男の体格とは似ても似つかない。どう見ても先程のフードの人物とは別人だった。


 ヘカティアは戸惑った表情でギルバートたちの方を見る。ギルバートも少し困惑した表情を浮かべていたが、一人、フィーラだけは冷や汗を流していた。


 そんな微妙な雰囲気を感じたシエステラは、フィーラに問いかける。


「どうかしたのですか?」

「えっと、実は先程、スキル『影潜り』を持っていると思われる人物と遭遇したのですが、その人物はもっと小柄だったもので」


 フィーラの説明に、シエステラはハッと目を見開いた。そして、すべての事情を察したシエステラは周囲を一望する。しかし、彼女が探している人影は、どこにも見当たらなかった。


「そう、ですか」


 シエステラは悲しそうに目を伏せ、胸の奥で重い溜息をついた。



 その後、シエステラたちは念入りにくまなく辺りを探したものの、コットンを見つけることはできなかった。



 ◇◇◇◇◇◇


 数時間後、ヘカティアたちは一度、駐屯地に戻り、作戦の結果報告の会議に臨むことになった。


 会議室の空気は、確保の喜びと、それに伴う新たな問題の発生で、複雑なものとなっていた。


「影狼の牙の人間は、計五十四名を確保。また、今回の最重要容疑者であるネブラについても確保ができました」


 ヘカティアの報告に、上官たちも「おぉ」と喜びの声を漏らす。しかし、ヘカティアの表情は重いまま結果を口にした。


「ですが、取り調べの結果、今回の発端となったルシフル教団殺害事件の犯人ではないことが判明しました」


 その瞬間、騎士団内部は水を打ったように静まり返った後、どよめきに包まれた。


「どういうことだ?」


 上官の一人が理由を尋ねた。ヘカティアは神妙な表情のまま説明する。


「今回の事件が発生したのがおよそ二週間前。ですが、その頃、ネブラは西の国キリンバスで活動をしていたことがわかりました」


 トリトーラはエルミ王国の中でも西に位置する町だ。もし本当に西の国にいたのなら、時間的な関係から犯行が不可能であるのは確かだった。


「それは事実なのか?」

「はい。ネブラの証言から調査を行いましたが、確かに西の国キリンバスでの活動の痕跡を確認することができました」


 その報告で、騎士団内部の空気は一気に鉛のように重くなった。


 影狼の牙の確保という喜ばしい成果はかすみ、唯一の手がかりだったネブラが外れたことで、ルシフル教団殺害事件は、再び振り出しに戻ってしまったのだ。


 重苦しい空気の中、少し違った雰囲気で黙っていたシエステラは、静かに手を上げた。


「ヘイム様。私から、よろしいでしょうか?」

「シエステラ様? えぇ、もちろん」


 シエステラ自らが発言するということに、ヘイムは驚きながら発言を許可した。こうした会議の場での発言は、通常、お付きの神官であるフィーラの役目だったからだ。


 シエステラは立ち上がり、そのまま深く、深く頭を下げた。


「なっ! シエステラ様っ!」


 会議室内が騒然とする。


 聖女たるシエステラが頭を下げる。それは、どういう意味であれ、誰もが予想し得なかった光景だ。ましてや、このような真剣な場で、最高位の人物が低頭することは、尋常ではない状況を示していた。


 誰もが唖然とする中、ヘイムだけはいち早く平静を取り戻し、その真意を尋ねた。


「どうしたのですか、シエステラ様。事情をお聞かせ願えますか?」

「はい。今回の事件、私の過ちにより、皆様に多大なご迷惑をお掛けしました」

「過ち?」


 聖女の口から出るとは思えない痛烈な言葉に、ヘイムは困惑した。


 フィーラはシエステラの後ろで静かに佇んでいた。しかし、彼女の両の拳は固く握りしめられており、主の言葉を聞きながら、耐えているようだった。

 それでも、主であるシエステラの発言を止めることは、断じてなかった。


「今回の事件の容疑者は、スキル『影潜り』を持つ者であると推測していました。そして、影狼の牙のネブラが容疑者として上がりました。ですが私は、他にもそのスキルを持った者を知っていたのです」

「なんとっ!」


 誰からともなく驚きの声が上がる。


 これは現状において唯一の朗報であった。


 ネブラが犯人ではないと判明し、手がかりが途絶えたと思っていた騎士団にとって、シエステラの情報はまさしく希望だった。


 だからこそ、彼女のこの悲壮な謝罪の態度が理解できなかった。


 しかし、ヘカティアやギルバートたちは、何かを察したように、厳しい表情を浮かべている。


 ヘイムはそんな二人の様子を見て、何か不穏な気配を感じ取り、神妙な声音で尋ねた。


「シエステラ様。その人物の情報を教えていただいても?」


 ヘイムの問いかけに、シエステラは頷く。


「私が知る人物は、コットンという少年です」

「コットン? それは、シエステラ様が現在、保護されている?」


 ヘイムの疑問にシエステラは首肯で答える。それでヘイムはだいたいの事情を察した。


 元々、聖女であるシエステラが、直々に保護していると語っていた少年だ。


 ヘイムも何かあるとは思っていた。まさかそれが、ルシフル教団殺害事件の容疑者であるとまでは思っていなかったが。


 ヘイムは固く口を結び、深く思考した。


 その間にシエステラがさらに詳しく説明する。


「コットンさんは、以前に人攫いグループに使われていました。私は彼を更正させようと、保護していました。ですが、スキル『影潜り』を持っていることも知っており、本来、皆様にお伝えすべきでした。本当に申し訳ありません」


 シエステラの謝罪に、騎士団内も動揺する。


 これが一個人からの話であれば、強い叱責も飛んだことだろう。しかし、相手が聖女となれば、簡単にそうすることもできない。


 たとえ相手に非があったとしても、聖女を咎めるということは、聖女神教を非難することに等しいからだ。


 誰もが口を閉ざす中、フィーラはシエステラの横に一歩踏み出し、シエステラよりもさらに深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。聖女様の失態は、補佐し、諌めるべき私に全責任があります。どのような処罰でも受ける所存です。この度は本当に申し訳ありませんでした」

「フ、フィーラ! どうして、あなたが」


 シエステラは小さな声でフィーラを咎めた。


 しかし、決して頭を上げることのないフィーラの揺るぎない覚悟に、シエステラは自身の業の深さを思い知らされるのだった。


 しばらくの沈黙の後、おもむろにヘイムが口を開いた。それは重々しく、そして、戸惑い混じりの声音だ。


 それでも、他の団員たちに威厳を見せつけるため、ヘイムはなるべく落ち着いた声を発していた。


「とにかく、今回の件については、慎重に判断する必要があります。処罰についても、です」


 ヘイムの言葉に、他の団員たちは戸惑いながらも頷くことしかできなかったのだった。

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