第五十一話 不運の先に
「ヘカティア様。ご無事ですか?」
「えぇ、助かった」
ヘカティアを助け起こし、フィーラがフードの人物の方へ視線を向けた。フードの人物はフィーラを見ているのか、動きを止めている。
「あれが、まさか?」
「はい。ネブラだと思われます」
ヘカティアの言葉にフィーラは首を傾げた。
(あの体格で、ネブラ?)
フィーラもヘカティアと同様、事前情報との違いに怪訝な表情を浮かべていた。
「あれが、本当にネブラですか?」
「言いたいことはわかります。ですが、あの人物がスキル『影潜り』を所有していることは確認しました」
(となると……)
確かに事前情報では、スキル『影潜り』を持つのは、影狼の牙の中では、ネブラ一人という話だった。
しかし、フィーラは知っている。この場において、スキル『影潜り』を持つ者は、ネブラ一人ではないということを。
(しかも、そのままコットンさんの体格と同じとなると……)
フィーラは心の中で頭を抱えた。
目の前にいる人物は、どう考えてもコットンとしか思えない。
顔は見えないものの、巨漢とされるネブラとは似ても似つかない小柄な体躯。むしろ、コットンを想起させる華奢なシルエット。
極めつけは、構えている武器がシエステラとの戦闘の時に使っていたとされるナイフそのものだということ。
同一人物とする条件は揃いすぎていた。
ヘカティアとフィーラを前にし、フードの人物は微動だにしない。
ヘカティアから見れば、二人に増えたことで警戒を強めたように思えるだろう。
しかし、フィーラから見れば、突然現れた知人に動揺しているようにも見える。
フィーラが槍を構えると、フードの人物は一歩後ろへ下がる。そしてクルリと背を向け、影の中へと潜っていった。
「っ! 気を付けてください! 奴は武器を自在に影から放つことができます!」
「……なるほど。そんな芸当もできるのですね」
フィーラは全方位を警戒した。が、なんとなく攻撃など来ないだろうという直感があった。
そして実際、しばらく待っても、ナイフが飛んでくることも、フードの人物自身が襲ってくることもなかった。
何も来ないことを確認したフィーラは、槍を下ろし、戦闘態勢を解いた。
「逃げたようですね」
「そのようですね。どういうことでしょう?」
ヘカティアは困惑していた。
つい先程まで、騎士団の一部隊に対しても果敢に攻めてきたフードの人物が、実力者とはいえ、たった一人増えただけで、一度も攻撃せずに去っていったことを。
フィーラは少し悩んだが、シエステラが何も言わないことを自分の口から話すこともできず、何も言うことはなく、ただ必要なことだけを口にした。
「今はそれよりも、盗賊たちの確保が先決です。わからないことは後で考えましょう」
「……そうですね。今は何よりも時間が惜しい」
フィーラの言葉に気を取り直したヘカティアは、洞窟を奥へと進んでいった。
それを追いかけようとしたフィーラは、ふと先程一瞬だけ見えたものを思い出し、足を止めた。
(あの、不格好で誰の顔かわからないアクセサリーは、おそらく……)
フードの人物が背を向けた一瞬、フードの隙間から見えたものは、フィーラの見覚えのあるものだった。
フィーラは頭を振り、気持ちを切り替える。そして、改めてヘカティアを追いかけるのだった。
◇◇◇◇◇◇
「もう。やっと終わりましたね」
「あぁ、助かった。ありがとう」
シエステラとニコラは、眠らせたオオヤマトリを安全な場所へと移動させ終えた。
数が多く、時間がかかってしまったため、すでに騎士団は全部隊が洞窟の中で戦闘を始めているようで、周りには誰もいなかった。
「完全に出遅れましたね。洞窟からも離れてしまいましたし」
オオヤマトリを安全な場所へと考えている内に、シエステラたちは鉱山跡地から少し離れた位置までやってきていた。
戦場の喧騒すら聞こえない程に離れた場所で、シエステラはどうしたものかと頭を悩ませる。
(先にフィーラを行かせてしまいましたが、この後の行動をどうすればいいのかわかりませんね)
シエステラも作戦を頭に入れていないわけではない。作戦通りに事が進んでいるのなら、フィーラがいなくても問題はなかった。
しかし、すでに今は最初の作戦が破綻した状態だ。シエステラの見立てでは、各部隊がその場の状況に応じて行動している。
(勝手に動いて、連携を乱すのも問題ですよね)
シエステラの強力な魔法も、味方との連携がなければ、その破壊力が逆に味方の邪魔をしてしまう可能性があった。
(とりあえずまずは、フィーラに連絡をして状況の確認ですね)
シエステラが魔法具を取り出した。
「ん?」
その時、不意に人の気配を感じた。ニコラも同じように気配を感じたようで、シエステラを背中に庇い、気配のする方を見る。
そこには地面に空いた小さな穴があり、そこから数人の男が這い出てくるところだった。
「へへ、騎士団の奴らめ。精々、雑魚狩りでもしてろ」
一人の男が前を歩きながら悪態をつく。雰囲気的に、その男がリーダー格なのだろう。そして、リーダーの男はシエステラたちを見かけると、鋭い殺気を放った。
「なんだ、お前ら?」
明らかに一般人ではない殺気に、シエステラたとは即座に臨戦態勢に入る。それにリーダーの男は面倒臭そうに舌打ちをした。
「ちっ。お前らも騎士団の仲間か。どうしてここにいる!」
もちろんシエステラたちは何も知らないが、こちら側が優勢であると思わせるため、事実を悟らせないよう、余裕そうな態度を見せる。
「逃げられると思ったのですか?」
「ったく、面倒くせぇなぁ!」
リーダーの男は状況を理解したようで、一気に雰囲気が変わった。あとに続く部下と思われる男たちも武器を抜き、殺気立つ。
対してニコラは素手で拳を構えた。シエステラは武器を持たないニコラに問いかける。
「あの、持っていた剣は?」
「さっきのオオヤマトリに盗られた」
安定の運の悪さに溜息を漏らしながら、シエステラは魔法による光の剣を生み出した。それを受け取ったニコラは、盗賊たちと対峙する。
「はっ! 二人でこの人数を相手にできると思ってんのか?」
言うが早いか、リーダーの男の姿が消えた。
まるで影の中に潜り込むように。
「っ! 今のは!」
「こいつがネブラか!」
影に潜る姿を見て、シエステラたちはすぐに察した。この屈強な男こそ、事前情報にあったネブラであると。
そして、シエステラはふと背後に冷たい気配を感じた。
「危ないっ!」
ネブラの剣がシエステラの首を狙ってきた。目前で蹴り弾いたニコラだったが、ネブラはすぐに影へと潜ってしまい、反撃の隙がなかった。
その動きは歴戦の戦士並みで、危機察知能力の高さは目を見張るものだった。
「ですが、影潜りの弱点は知っています」
そう言うと、シエステラは魔法を唱えた。
「彼の者を照らし出せ。ライトニング・スパーク」
シエステラの手から光が放たれ、影を小さくする。完全に影を消すことはできないが、移動できる範囲はかなり狭められた。
「よし、これなら、っ!」
ニコラが盗賊たちの方へと駆け出そうとした瞬間に、真横から何かが飛んできた。ニコラはそれを避けるが、そこへまた何かが飛んでくる。
「くっ」
ニコラは仕方なく後ろへ下がった。
「今のは?」
「銃弾ですね。影から飛んできたように見えましたが」
シエステラは冷静に分析していた。
「はっ! よくわかったな」
影が薄れ、移動範囲が狭まったはずのネブラだったが、そこに焦りはなく、余裕すら感じられた。
ネブラは身の丈程にある大剣と拳銃を持っていた。近くには部下の男たちの影。
シエステラの魔法によって、足元にしか広がっていない影だったが、ネブラにとってはそれで十分なようだった。
「くらえっ!」
ネブラが影に向かって拳銃を撃つ。するとそれは、影へと潜り、シエステラの真横の木の影から放たれた。
ギィンッと聖女の加護によって防いだが、何処から銃弾が飛んでくるのは予測できなかった。
「なるほど。これが、影潜りの能力ですか」
(以前は、一瞬で勝負がついてしまったせいで、こんなことができるとは知りませんでした。思っていた以上に有用なスキルのようですね)
シエステラが感心していると、ネブラの部下たちがシエステラへと襲いかかってきた。
ニコラがそれからシエステラを守るが、途中でそれを邪魔するようにネブラの銃弾が飛んでくる。
「っと、あぶねぇ」
しかし、ニコラは反射神経だけで、いつ、何処から来るかわからない銃弾を避けていた。
「へっ、女を守りながら、いつまで持つかな?」
「シエステラには、指一本触れさせない!」
宣言した通り、シエステラが一歩も動かず、ニコラは盗賊たちを圧倒していた。
最初は数の差で圧倒しようと考えていた盗賊たちも、全く動じないニコラとの実力差に、徐々に焦りが見え始める。
(不思議ですね)
そんな戦闘を眺めながら、シエステラは疑問に思っていた。
(銃弾が影を移動するのは脅威ですが、私やニコラの影から銃弾を出した方が遥かに効果的です)
ネブラの銃弾は、あくまでネブラの近く木々や部下の男たちの足元の影から飛んでくるだけ。シエステラたちの近くにある影から出てくることはなかった。
(恐らく何か条件があるのでしょう。ネブラの近くの影しか使われていない、となると)
シエステラは一つの可能性を閃いた。
「おらぁ!」
それと同時に、ニコラの声が聞こえた。
見るとすぐ後ろに現れた盗賊をニコラが殴り飛ばしてくれたようだった。
「流石に油断しすぎじゃないか?」
ニコラは汗を流しながら訴える。しかし、その姿を見ると、シエステラは不安など少しも感じなかった。
「ニコラ様が守ってくださるなら、何も心配はありませんからね」
これはシエステラの素直な気持ちだったが、ニコラはその言葉に少し顔を赤くする。
「俺の不運があるのを忘れてないか?」
「それは、まあ、頑張ってください」
締まらない返事に、シエステラは苦笑いを浮かべた。それからシエステラは、ネブラの方へ視線を向ける。
「ネブラ。あなたのスキルの詳細がわかりましたよ」
「あぁ?」
シエステラがネブラへと語りかける。
「どういうことだよ?」
「あなたのスキルは影を自由に移動し、武器すらも移動させることができる。ですが、無条件に使えるわけではありません」
シエステラの推理にネブラは何も言わない。その一言がヒントになってしまう可能性があるという配慮だろう。
揺さぶりが効かないのは流石だが、シエステラにはもうどうでもよかった。
「恐らく、あなた自身が移動する時は、影さえあれば潜れるのでしょう。ですが、あなたから離れたものは、あなたが触れた物体の影しか移動ができない。違いますか?」
ネブラの表情が僅かに変わった。それを見て、シエステラは自分の推測が正しいと悟った。
ネブラが銃弾を移動させているのは、部下の影や近くにある木々の影だけだ。そのどちらもネブラが普段から触れることができるもの。
「……ふん、頭の切れる女だな」
ネブラは言い訳しても無駄だと悟ったようで、素直に肯定した。
「だが、それがわかったところでどうするんだ? 何処から攻撃が飛んでくるかわからないのは変わらないだろ?」
ネブラが拳銃を二発撃つと、右と左から銃弾がシエステラを狙ってくる。
しかし、それら二つをニコラが弾いた。
その動きは先程までよりも無駄がなく、まるで撃たれる方向がわかっているかのようだった。
「あ?」
ネブラもニコラの動きが変わったことに気付いたようで、怪訝な表情を浮かべる。
そんなネブラに、シエステラは嘲笑うような笑みを向ける。
「ふふ、残念ですが、それさえわかれば、ニコラ様は十分ですよ」
シエステラの余裕の表情に、ネブラは焦りを感じ、銃を乱射した。それらは影を通り四方八方からシエステラたちを狙うが、ニコラはそれを無駄のない動きで弾いていく。
シエステラの表情は安心しきっているようで、攻撃が自分に届くことはないと確信しているようだった。
「ど、どういうことだ?」
「簡単なことです。これまでの動きで、あなたが移動させられる影は大体予想がつきました。そこから繋がっている影を辿れば、自ずと攻撃が飛んでくる位置を予測できます」
「はぁ? そんな馬鹿な! 俺の使える影はまだ他にもあるんだぞ」
ネブラがまた銃を撃つ。それは今まで飛んできていない方向から放たれた。しかしそれも、ニコラはなんなく弾き落とす。
しかし、弾き落としたニコラも驚いた表情を浮かべていた。
「流石、シエステラだな。教えてもらった通りだったよ」
「えぇ、当然です。短絡的な相手の行動を予測するのは簡単なことですから」
シエステラは微笑みながら、ネブラに言う。
「実はニコラ様には、あなたが使える影を教えていたのです。魔法でこっそりと、ね」
ネブラは驚愕した。そして、悟る。
勝ち目はない、と。
「お前ら! あの女を狙え!」
「おうっ!」
もっとも警戒するべき相手として、ネブラは部下たち全員にシエステラを狙わせた。
しかし、ニコラの前にそんな行動が許されるはずもなく。
「指一本触れさせないって言っただろ」
ニコラの重い一撃は、直接触れることがなくとも、盗賊たちを吹き飛ばす。そして、瞬く間に全員を制圧してしまった。
シエステラの援護など必要とせずに。
部下たちが全員、やられてしまったネブラは、腰を抜かしてその場に尻餅をついた。
「ば、馬鹿な」
「あなた方には威光を使う必要もありませんでしたね」
シエステラは動けないネブラに近付き、その額に手を添える。
「彼の者に眠りを。スリープ」
囁くように魔法を唱えると、ネブラは恐怖に満ちた顔を浮かべ、白目を剥いて、気を失ってしまったのだった。
【お知らせ:読み企画を始めました!】
いつも読んでいただきありがとうございます。
最近、この物語をもっと面白くするために、色々な作品に触れてインプットを増やしたいなと思い始めました。
そこで、活動報告にて「皆様の作品の読み企画」を開催しています!
もし「自分の作品を読んでほしい!」という作者様がいらっしゃいましたら、作品タグに 「見てって東雲さん」 と付けていただければ、隙間時間に拝読させていただきます。
詳細は昨日の活動報告に書いてありますので、よろしければチェックしてみてください。




