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第四十九話 作戦開始……?

 作戦の決行日。

 シエステラたちは、ヘカティアの部隊について嘆きの森を進んでいた。


 今回の作戦では、影狼の牙の拠点と思われる鉱山跡地を完全に包囲し、一人も逃がすことなく確保することが目的だった。


 ヘカティアたちの部隊は、鉱山跡地の南西から攻める部隊であり、総勢二十名に、シエステラ、フィーラ、ニコラ、コットンの四名を含めた二十四名での作戦になる。


 ヘカティアたちは影狼の牙との戦闘に備え、集中を高めていたが、シエステラたちは違う意味で緊張していた。


「シエステラ様。魔物の方はどうですか?」

「うーん。やはりものすごく集まってますね」


 今回の作戦において、シエステラはトリトーラ町を遠く離れることになった。


 ニコラ一人で町に残せば、町にどのような被害が出るかわからない。かといって、一人でニコラを行動させても何が起こるかわからない。


 結局、シエステラたちはニコラを連れていくという選択肢しかなかった。


 しかしそうなると、ニコラのスキルにより魔物が集まってくることは明らかだった。

 そのためシエステラは魔法による結界により、広範囲に魔物を近寄らせないようにしていた。


 これが魔物討伐任務であれば、討伐する魔物すらも遠ざけてしまうため使用することはできないが、今回の相手は人間であるため、魔法によるゴリ押しを選んだのだった。


「シエステラ様が参加する作戦で失敗なんて許されません。ニコラ様は、いつも以上に気を引き閉めてくださいね」

「あぁ、わかってるよ。俺も、これだけの大人数で作戦をするのは初めてだからな」


 今までのニコラは、単独で任務に向かうことがほとんどだった。誰かとの任務となっても、シエステラとのコンビでの任務であり、今回のように大人数での作戦は初めてだ。


 ニコラのスキル『不運』が、大人数を相手にどのような作用をするのかは予想が付かず、シエステラたちも万全を期す以外に方法がなかった。


「今のところ何も起きていないのが、むしろ不気味ですけどね」


 フィーラの指摘にシエステラは無言だった。

 しかし、その表情はフィーラと同じものを感じているようで、なんとも言えないものだった。


「どうかしたのですか!」


 そんなシエステラにギルバートが突然大きな声で問いかけた。ビクッと肩を震わせたシエステラは、振り向く時には平静な顔に戻していた。


「いえ、特に何もありませんが、どうかなさいましたか?」

「いえ! 心配そうな顔をしていたので!」


 ギルバートの大声に、シエステラは少しだけ困ったような表情を浮かべる。


(この騒々しさ。やはり好きになれません)


 シエステラは辟易した表情をいつもの笑顔の仮面で隠し、なんとか平静を保つ。


 ギルバートはそんなシエステラを見て、何かを閃いたようにポンッと手を打ち鳴らした。そんな大袈裟な反応もシエステラにはうるさくて仕方なかったのだが。


「あ、もしかして、ニコラ様の運の悪さを心配してるんですね!」


 すでに目の当たりにしていたヘカティアやギルバートを含め、騎士団にはニコラの運の悪さを伝えていた。


 騎士団は半信半疑ながらも、シエステラの対策には同意しており、それも踏まえてかなり入念な作戦を立てている。


 しかし、ギルバートはそのことにあまり気にしていないようだった。


「大丈夫ですよ! これでも自分たちは数多くの修羅場を経験してますから!」


 ギルバートは自信満々に笑いながら、安心させるように、近くにいたコットンの頭を軽くポンポンと撫でる。


「いえ、ニコラ様のこれは、そんなレベルではなく……」

「問題ありません!」


 ギルバートの快活な笑顔にシエステラは何も言えなくなってしまった。


「おい、ギルバート。作戦の最中だぞ。私語は慎め」

「はい! すみません!」


 反省した様子のないギルバートに、ヘカティアは疲れたように額に手を当てる。


「もうすぐ目的地だ。全員、持ち場につけ」


 ◇◇◇◇◇◇


 シエステラたちが持ち場に辿り着くと、他の部隊も配置に付いたようで、ヘカティアは魔法具による通信で作戦の最終確認を行う。


 先に見える鉱山跡地には、いくつもの洞窟が並んでおり、壊れたトロッコやレールが放置され、草木は無造作に生えている。


 人がいる気配はない。ように見えたが、


「やはり、我々の推測は正しかったようだな」


 ヘカティアが確信を込めた声音で言う。


「隊長! それはどういうことです、っかぁ!」

「声を抑えろ、馬鹿がっ!」


 この場においても大声で話すギルバートに、ヘカティアは遂に拳骨を落とす。籠手を省みずに全力の拳骨に、ギルバートは目を回していた。


 そして、聞いているのかわからない状況のまま、ヘカティアはギルバートの質問に答える。


「上手く偽造はしているが、草木が生えている中に規則的な跡がある。人が通っていることを草木で隠している証拠だ」


 ヘカティアが言う部分を見るが、シエステラにはその跡が見えない。フィーラも目を凝らしているが、よくわかっていないようだった。


(この辺りは流石、と言うべきですね)


 ヘカティアの観察眼の高さに、シエステラが舌を巻いていた。


「あー、なるほど。確かに」


 しかし、ギルバートもその跡に気付いているようで、少し楽しそうな笑みを浮かべる。


「人数は何人くらいだと思う?」

「そうっすねぇ。五十人くらいです!」

「根拠は?」

「ほとんど勘ですが、立地条件的に、そのくらいの人数がいないと監視ができないですし、物資の流れ的にも、そのくらいはいるかなと!」


 ギルバートは飄々とした態度のまま、極めて論理的な説明を口にした。


 思いがけないギルバートの発言にシエステラが目を丸くしていると、ヘカティアが少し苦笑いを浮かべて口を開いた。


「普段のこいつからは想像できないでしょうが、ギルバートが優秀なのは間違いないのです」


 他の騎士たちを見ても、概ねヘカティアと同じ感想を持っているようだった。


「そうですか。頼もしいですね」

「ありがとうございます!」


 ギルバートがシエステラの手を、無遠慮に掴んだ。


(やっぱり好きにはなれませんが)


「シエステラ様から手を離してください!」


 フィーラはガルルッと獣のように鋭く睨みながら、ギルバートの手を払い除ける。ギルバートは悪びれずに笑っていた。



 そんなことをしている間に、作戦の決行時刻が迫っていた。部隊の準備も整い、あとは号令がかかるのを待つだけ。


 ヘカティアは周りの騎士たちを見て、手振りで鼓舞をする。それを見た騎士たちも一層真剣な表情へと変貌した。


 そして、号令がかかる。

 その寸前のところで。


「ん?」


 ニコラは何かを気配を感じて振り向いた。


「クルルルッ」

「……お、お前は」


 そこにいたのは、ニコラがよく知る、大きな鳥だった。その鳥はニコラに対して、憎しみにも似た視線を送っている。


「な、なんだ? この鳥は?」

「どうしていきなりこんな所に?」


 騎士たちも困惑する。

 しかし、ニコラには心当たりがあった。


「お前、まさかあの時の、オオヤマトリ?」

「グワッ」


 その鳥が鳴き声で返事をする。


 それは以前にニコラからお土産を奪っていったオオヤマトリだった。オオヤマトリはニコラを睨み、翼を大きく広げて威嚇をしているようだ。


「な、なんだ? どうしたんだ?」

「あ、そういえば」


 シエステラがそんなオオヤマトリを見て、あることを思い出した。


「確か、オオヤマトリは知能が高く、一度覚えた人間の顔は忘れず、さらに一度覚えた恨みは一生をかけても晴らすのだとか」

「え? じ、じゃあ、まさか、お土産を取り返されたことを恨んで?」


 ニコラがドキッと焦る。オオヤマトリの表情の意味は、鳥であるためわからないが、どう見ても友好的な雰囲気ではない。


 騎士たちも何が起きているのかわからず、困惑していた。


「ギャアギャア! ギャアギャア!」


 騎士たちの集中が乱れざわめき始めた頃、オオヤマトリが大声で鳴き声を上げた。それは何度も繰り返され、辺り一帯に響き渡る。


「これは……? っ! まさか、仲間を呼んでいる? しまった!」


 シエステラはすかさず魔法によりオオヤマトリを眠らせようとした。


「彼の者に眠りを。スリープ!」

「グワッ」


 魔法にかけられたオオヤマトリは、すぐに意識を失って眠りについたが、その時にはすべてが遅かった。


「なんという失態。私としたことが」

「ギャアギャア!」

「キュルルルル!」


 鳴き声に空を見上げると、オオヤマトリの群れが空を覆い尽くすように飛び回っていた。


 辺りが薄暗くなるような大量のオオヤマトリという異様な光景に動揺が走る。


「なっ! まずい、こんな騒ぎが起こったら……」


 ヘカティアの懸念はすぐに現実に変わった。


「隊長! 盗賊たちが逃走を図ったようです!」

「くっ。やはりな」


 ヘカティアは舌打ちをする。


 影狼の牙の盗賊たちは外の騒がしさにいち早く気付いたようで、すぐに逃走を始めていた。


 その行動の早さは、流石に騎士団の追跡を躱し続けていただけはあると言えるものだったが、ヘカティアたちの作戦は完全に瓦解してしまった。


「最悪のタイミングだな」

「申し訳ありません」

「え? シ、シエステラ様が謝ることではありません。ただ、運が悪かっただけで、あぁ……」


 シエステラの言わんとすることを察し、ヘカティアは何とも言えない表情を浮かべた。


 ニコラの不運に対して、魔物に対する対策はしていたものの、野生の動物への対策はしていなかった。


(ニコラの不運はニコラにしか影響しない。唯一影響を受けてしまう魔物さえなんとかすればいいと思ったのにっ!)


 ニコラの不運は基本的にはニコラにしか影響を与えない。例えば、木が倒れてこようと、地面が抜けようと、被害を受けるのはニコラだけ。


 それならば、騎士団には被害は出ない。


 しかし、どうしても魔物だけは騎士団も無視できない。逆を言えば、魔物さえ封じれば、騎士団には被害が出ないはずだった。


 いや、シエステラはそう思っていた。

 しかし、シエステラはそんな自分の認識の甘さを痛感した。


(魔物の被害がないなら、野生の動物の被害が出る。予想できたことでした!)


「と、とにかく、一人も逃がすな! 行けっ!」

「はっ!」


 そうして、騎士団と影狼の牙との戦闘が突発的に始まってしまったのだった。


「私たちもすぐに!」

「あ、ですが、オオヤマトリが!」


 すぐに駆け出したシエステラだったが、フィーラの制止の声に振り向く。


 そこではニコラが大量のオオヤマトリに襲われ、身動きが取れなくなっていた。


(あぁ、もう! 早く行かないといけないのに!)


「フィーラは先に行ってください」

「……わかりました」


 フィーラを先に行かせ、シエステラはニコラに群がるオオヤマトリに向けて魔法を唱えた。


「彼の者に眠りを。スリープ」


 シエステラの魔法が、空を飛び回るすべてのオオヤマトリを眠らせる。


 次々と地面に落ちてくるオオヤマトリを、シエステラは魔法で受け止め、ゆっくりと地面に下ろしていく。


「た、助かった、シエステラ」

「お礼はいいですから。早くオオヤマトリたちを安全な場所へ移動させるのを手伝ってください」


 シエステラは魔法でオオヤマトリたちを、鉱山跡地から遠ざけていく。


 襲われたとはいえ、野生の動物たちを戦場の近くに放置することは、聖女として許されない行為だからだ。


 しかし、数が多く、乱暴に扱うこともできないため、どうしても時間がかかってしまう。


「コットンさん。あなたも手伝ってください」


 シエステラは焦りながら、近くにいたはずのコットンに呼び掛ける。

 しかし。


「コットンさん?」


 コットンからの返事は期待していなかったが、それにしてもあまりにも反応がなかったため、シエステラが振り向くと、ついさっきまでいたはずのコットンがいなくなっていた。


「コットンさん? コットンさん!」

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