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第四十七話 襲撃

 町での買い物を終えた帰り道。

 少し遅くなってしまったシエステラたちは、薄暗くなった道を歩いていた。


「少し遅くなってしまいましたね」

「えぇ、ですが結局、コットンの感情を取り戻すことはできませんでしたね」


 フィーラがはっきりと言う。ニコラは難しい顔で「ううむ」と唸った。


 今日一日、コットンと遊んだシエステラたちだったが、コットンはずっとシエステラたちの動きに追随するだけで、自発的な意志を見せることはなかった。


 その瞳は今も、硝子玉のように虚無を映している。


 沈黙が降りようとしたその時、シエステラは愛おしそうに胸元のアクセサリーに手を触れた。


「ですが、確実に前進はしています。……だってこれは、コットンさんが私のために一生懸命作ってくれたものですから」


 慈愛に満ちたシエステラの言葉に、コットンは意味がわからないといった様子で小さく首を傾げる。そんな何気ない動作ひとつに、シエステラは「心」の萌芽を感じて微笑んだ。


「そのアクセサリー。シエステラ様が作ったと言わないでくださいね」


 ただし、フィーラがコットンの首にかかるアクセサリーを指差して釘を刺す。


 フィーラとしては、あの醜悪なアクセサリーがシエステラの作ったものだという事実を世に広めたくなかったのだ。


 そんなフィーラにシエステラは頬を膨らませ、不満げに抗議する。


「まったく。こんなに可愛く作ることができたというのに」


 シエステラが、対になるコットンの首飾りを指先でつんっと突いた。


 カラン、と乾いた音を立てて揺れるそれは、やはりどう見ても歪で、彫られた顔が誰なのか判別不能な代物だった。


「そんなものが聖女様の作品だと広まれば、末代までの恥ですよ」

「臆面もなく言うようになりましたね。遂に」


 シエステラが恨めしそうに睨むと、板挟みになったニコラが慌てて割って入った。


「ま、まあまあ、重要なのはデザインじゃないだろ。お互いのことをちゃんと考えて作ったっていうのが重要で……」


 ニコラのフォローが空回りした、その瞬間だった。ニコラは肌を刺すような違和感に、鋭く目を細めた。


「……なんだ?」

「人の気配がなくなりましたね」


 フィーラも同時に異変を察知し、瞬時にシエステラを背後に庇う。


 つい先ほどまで聞こえていた生活音や遠くの喧騒が、まるで幕を引いたように消失していた。


(これは、魔法で人が無意識に近付かないような空間が作られている?)


 異常な光景に緊張が走るなか、不意にコットンがふらりと前に出た。


「コットンさん?」


 コットンの視線の先、暗がりの路地から、滲み出すように複数の人影が現れた。


 フードを深く被り、表情を隠した集団。彼らは音もなく、シエステラたちを包囲するように展開する。


「いつの間にっ!」


 フィーラが槍を構え、ニコラが背後を固める。

しかし、コットンはその警戒をよそに吸い寄せられるようにフードの集団を見つめていた。


 シエステラはそんなコットンに不穏な空気を感じながらも、フードの集団を睨み付ける。


「あなた方は何者ですか?」


 沈黙の後、集団の一人が一歩前へ出た。その声は魔導具で加工されたかのように、性別も年齢も判別できない無機質な響きだった。


「同胞を取り戻しに来た」

「同胞?」


 シエステラはハッとしてコットンを見る。コットンは無反応のままだが、集団の殺気は明らかにコットンへ向けられていた。


「ということは、あなた方はあの時の人攫いの仲間ですね」


 その問いに対する答えはなかった。


「シエステラ様。相手が誰であろうと、狙いがコットンさんなのは変わりないですよ」

「そう、ですね」


 シエステラは周りを観察する。

 目には見えないものの、この空間には広範囲に魔法がかけられていることがわかった。


(かなり高度な魔法ですね。人を寄せ付けず、しかも、中からの外へ連絡することもできないようにしている)


 本来であれば、すぐにでも騎士団に連絡し、応援を呼ぶべきだろう。しかし、今の状況では外との連絡手段なかった。


(とにかく、魔法を解除すれば……)


 そう思った時、フードの集団が突然襲いかかってきた。


「させませんっ!」


 前から襲いくる影をフィーラが鋭い連撃で弾き飛ばし、背後からの強襲をニコラが重い一撃で迎撃する。


 だが、敵は練度は思いの外高く、決定打を避けつつ、絶妙な間合いで時間を稼いでいるような動きだった。


 フィーラやニコラはシエステラを守るために、その場を動くことができず、上手く反撃ができないでいた。


「くっ。ちょこまかと」


 練度で言えば、フィーラたちの方が上だ。しかし、その実力差を完全に理解したように立ち回るため、中々決定的な攻撃が通らない。


「すぐに魔法を解析します。解除するまで、耐えてください。なるべく、周りに被害を出さないように」


 襲われている状況とはいえ、聖女であるシエステラが市民の建物を壊すというのは、許されないことだった。


「えぇ、わかっています。気を付けてくださいね、ニコラ様」

「俺かっ! ……まあ、俺か」


 ニコラは一瞬不服そうにしながらも、その意図を瞬時に察し、素直に受け入れた。


 ただでさえ戦闘時は、いつも何か不運なことが起きるのに、こんな町中で戦うとなっては、より危険度は高いだろう。


 ニコラは細心の注意を払いながら、フードの集団を迎撃する。


 しかし、そんな中で不穏なオーラを纏った人物がいた。この乱戦の中で、たった一人、微動だにせず、ただ静観している人物。


 他の構成員とは明らかに違う威圧的なオーラ。フードの奥から放たれる視線は、執念深くコットンだけを射抜いている。


(あれが、ボス!)


 シエステラはそう判断した。


 そのボスと思われる人物は、周りの動きを観察しながら、コットンの方に目を向けている。そして、スッと手を伸ばしてきた。


「同胞よ。貴様の使命を思い出せ」

「っ!」


 その無機質な声に、コットンが反応した。普段は表情の変わらないコットンが、明らかに苦痛に歪んだ表情を浮かべる。


 そして、頭を押さえるように踞り、「ううっ」と小さく呻きを漏らす。


「コットンさん! 大丈夫ですか?」


 シエステラがすぐにコットンの背中を擦るが、瞬間、コットンの目に殺意が浮かんだ。


「っ!」


 シエステラは反射的に顔をそらしたが、そのすぐ横をコットンのナイフが横切る。

 それはシエステラの肌を掠め、首にかかっていたアクセサリーを弾き飛ばしてしまった。


「っ! シーラ!」


 フィーラが駆け寄ろうとするが、それをフードの集団が束になって妨げる。


「くっ。こんの、邪魔をっ!」


 フィーラが槍をグルンと大きく回す。


「ライトニング・スピン!」

「ぐあっ!」


 魔力を解放した槍を旋回させると、激しい放電が周囲の構成員を一気に無力化していく。周囲には焦げつくような臭いが漂う。


 辛うじて周りの建物には被害が出ていないが、一歩間違えれば、火事になりかねない威力だ。


 それでも今は、シエステラの方が心配だった。しかし、シエステラはそんなフィーラに叫ぶ。


「フィーラは目の前の相手に集中して!」

「ですが……、くっ」


 電撃で気絶させても、動ける人間はまだ多い。フィーラの背中を狙う輩をいなしながら、シエステラに近付けさせないように牽制した。


 シエステラは背中をフィーラに預け、コットンに向き直る。コットンはシエステラを睨みながらナイフを持ち直していた。


「コットンさん。落ち着いてください。あの人の言うことなんて聞かないで」


 シエステラがコットンに語りかける。コットンは光の失った目に忠実な命令だけを乗せて、シエステラを狙っているようだった。


 シエステラはコットンに近付き手を伸ばす。コットンはそれを弾こうとするが、その時不意に、コットンの首にかかったアクセサリーがカランと揺れた。


 それが目に入ったコットンは、一瞬だけ動きを止める。それと同時にシエステラはコットンの頭を撫でて抱き締めた。


「コットンさん。抗ってください。あなたは、あんな人たちに利用されるべきではありません」


 シエステラの呼び掛けが届いたのか否か、とにかくコットンは動きを止め、手をダランと落とした。ナイフも地面に落ち、戦意喪失していた。


 そして、いつもの感情のない瞳をシエステラへ向けるのだった。


「よかった。コットンさん」

「……使えない不良品め」


 ボスから漏れてきたのは軽蔑するような声。シエステラはその声に激しい怒りを覚えた。


「……よくもそんな言葉を。許せません。解析は完了しました。消えなさい!」

「やらせるな! 全員で叩き潰せ!」


 ボスの命令で残党が一斉に動く。

 その時、後方でニコラの悲鳴が響いた。


「おわぁ! なんだこれ!」


 運悪く、どこかの家から飛ばされてきたシーツがニコラの頭をスッポリと包んだ。


 視界を奪われ、よろめいたニコラは大技の予備動作中。制御不能になった彼の剣が、明後日の方向へと凄まじい衝撃波を放つ。


「えっ」


 それはシエステラとフィーラの間を針の穴を通すような精度で抜け、油断していたボスを真正面から捉えた。


「ぐはぁっ!?」


 予期せぬ攻撃にボスは対応できず、まともにそれを受けて吹き飛んでしまう。


「ニコラ様ぁぁぁ! 建物には被害を出さないようにと言ったのにぃ!」

「す、すまん! ふ、不可抗力で!」


 しかし、ニコラの攻撃は間一髪周りの建物の隙間を縫って飛んでいった。シエステラはホッと胸を撫でおろし、フードの集団の方を見る。


 あまりにも予想外な攻撃に、フードの集団も動きを止めてしまっていた。その隙を逃さず、シエステラが魔法を唱える。


「真理を照らす聖なる光、ステラ・パークス」


 シエステラが放った魔法は、この空間を支配していた魔法を破壊する。


 その瞬間、辺りを満たす異様な雰囲気が崩れていくのを感じた。そして、少し遠くから人々の喧騒が聞こえてくる。


 無意識下において妨げられていた人々の流れが再び動き出したようだ。


「まだですよ。我が窮地を報せよ。ステラ・ビーコン!」


 シエステラが手を上げると、空で花火のように光が弾けた。それは遠くまで届く信号となり、報せるべき相手にシエステラの窮地が知れ渡る。


「これですぐに騎士団の方々が駆けつけます」

「っ! 面倒な」


 ボスは吐き捨てるように言って舌打ちをする。その時、ふと地面に落ちたアクセサリーを見つけて手に取った。


「これは?」

「あぁ! コットンさんが作ってくれたアクセサリーが……」


 シエステラが自分の首に触れて気付く。先程のコットンの攻撃で外れてしまったアクセサリーがボスの足元まで飛んでいたらしい。


「この模様は……」


 ボスは何かを思案するように、そのアクセサリーを見ていた。


 シエステラが警戒するようにそれを見ていると、少し遠くからガチャガチャと金属音が近付いてくる音が聞こえてきた。


 それは騎士団の甲冑の音だった。


「ちっ」


 ボスもそれが聞こえたようで、すぐに背を向けて逃げ出した。シエステラはそれを追いかけようとするが。


「あ! アクセサリーが!」

「シエステラ様。不用意に追いかけないでください! 罠の可能性もあります」


 シエステラをフィーラが引き止める。周りには気絶したフードの集団が転がっており、大きな被害はないものの、これを放置しておくとはできなさそうだった。


「シエステラ様! ご無事ですか!」


 少し遅れてやってきたのはヘカティアたちだった。ヘカティアたちは、状況を見て驚いているようだった。


 そして、シエステラたちは事の顛末をヘカティアたちに説明するのだった。

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