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第四十六話 コットンの感情復活大作戦 その2

「次はこれだ」


 ニコラたちは、駄菓子屋の中にある射的をすることにした。


 手に入るのは小さな駄菓子で、金額から考えると、普通に買った方が安いのだが、自分で撃ち落としたものを手に入れるという快感が子供に人気だった。


「じゃあ、まずは俺からお手本を見せるぞ」

「なんとなく、結果が見えるようです」


 フィーラはシラけた目でニコラを見ていた。


 ニコラはおもちゃの銃を構えて、駄菓子に狙いを絞る。そして、引き金を引いた。


 のだが、銃口からは何も出てこなかった。


「ん? 故障か?」

「あ、お客さん! 自分に銃口を向けたら、あぶなっ……」


 店主の制止も虚しく、ニコラが筒の中を覗き込んだ瞬間。


「え? いっだぁっ!」

「そんな遅れて発射されることあります?」


 何がトリガーになったのか、ニコラがちょうど銃口を覗き込んだ瞬間に弾が発射され、ニコラの眼球を撃ち抜いた。


 ニコラは「ぐおぉ」と呻き声を上げてのたうち回る。流石のニコラもまともに裸眼に食らった一撃は辛いようだった。


「はぁ、そんなことだろうと思いました」


 フィーラはやれやれと肩を竦める。シエステラはアワアワとしながらも、少しだけ笑いを堪えていて、コットンはそんな三人を不思議そうに眺めていたのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「よし、次は何処に行く?」


 なんとか痛みの引いたニコラが、コットンを誘う。コットンはまだ何が起きているのか理解できない様子だったが、何を求められているかは伝わったようだ。


 コットンは微かに視線をずらした後、一点を見つめて止まった。


 そこにあるのは、雑貨屋だ。


「ここに興味あるのか?」


 ニコラは尋ねるが、コットンは何も言わない。そして、視線を前に戻してしまうが、シエステラは興味深そうに店を見ていた。


「これ、あ! コットンさん。入りましょう!」


 個性的なデザインの雑貨が並ぶ中、そこに面白そうな一文を見つけて、シエステラは嬉々としてコットンの手を引く。


「ちょっと、シ、……アンナ様。勝手に行かないでください」


 フィーラはシエステラの偽名を呼びながら、店内に入っていく。


 ニコラはシエステラが目にした看板を見る。そこにはポップな字体で宣伝が書いてあった。


「手作り雑貨体験ができます?」


 ◇◇◇◇◇◇


「それでは、さっそく雑貨作り体験を始めたいと思います」

「はい」


 シエステラは元気よく返事をした。コットンはその横で無言で座っている。


 フィーラとニコラはそんな二人の少し後ろで、シエステラたちを見守っていた。


「ニコラ様は参加されないのですか?」

「あぁ、絶対に成功しないからな」

「まあ、そうかもしれませんね」


 以前にミシェルの誕生日プレゼントを作った時のことを思い出し、ニコラは乾いた笑みを漏らした。


 その表情には、もはや諦念すら漂っている。


「今日は木材を使ったアクセサリーです。まずはここにどんなものを作りたいか、デザインしてみてください」


 店主の言葉に、シエステラが弾む声でコットンに提案した。


「わかりました。じゃあ、私はコットンさんにプレゼントするので、コットンさんは私にプレゼントすると思ってデザインしてくださいね」


 シエステラは嬉しそうに紙に鉛筆を走らせる。淀みない指の動きを眺めながら、コットンは呆然と見つめていた。


 鉛筆は手に持っているが、それをどう動かせばいいのかはわかっていないようだ。


 そんなコットンを見かねたように、フィーラが不本意そうな顔で話しかける。


「難しく考えなくていいですよ。どんな絵を描きたいのかだけ考えてください」


 フィーラの言葉に、コットンはゆっくりと視線を上げ、ジッと彼女を見つめた。

 何かを測るような、問いただすような、いつもの無感情な視線。だが、フィーラは動じない。


 やがて、コットンはおもむろに紙に向かい、慎重に、まるで一筆一筆が重大な秘密であるかのように、デザインを描き始めた。

 しかし、少し描くと手が止まる。何かを恐れているように、ためらっているように。


「自信がないのですか? 大丈夫です。あなたが描きたいと思ったものなら、アンナ様はなんでも喜んでくれますよ」


 フィーラの表情は無愛想だったが、その声音は幼い子供を諭すように優しかった。


 コットンはフィーラとシエステラの方を見て、もう一度鉛筆を走らせる。すると、今度は止まることなく最後まで描いていった。



「うん。二人とも描けたみたいですね。えっと、おぉ! これは大作だ!」


 店主がコットンの絵を見て、驚きに声を上げた。


 そこには、ただの子供の落書きではない、独創的かつ、どこか深淵を覗き込むような芸術的なデザインが描かれていた。


 動物や果物といった具象ではなく、流れるような線と幾何学的な模様が組み合わされ、まるで古代の魔方陣や紋章のようにも見える。


「ふんふん。まあ、これを木材で再現するのは難しそうですが、挑戦してみましょう。それで、アンナさんの方は、……んん?」


 次にシエステラのデザインを見た店主は、ピタリと固まってしまった。


 描かれていたのは、異形としか言いようのない何か。辛うじて人の顔だと推測はできるが、目、鼻、口の位置は不規則で、誰の顔の特徴も捉えられていないため、フィーラたちにも正体はわからない。


 しかし、シエステラの行動と言葉から、フィーラは察することができた。


「コットンさんの顔、ですか?」

「っ! その通りです!」


 シエステラは満面の笑みで頷いた。


 常人には理解不能なシエステラ特有の美的センスは、いつも近くにいるフィーラでさえも、解読は困難を極める。


 だが今回は、『コットンへのプレゼント』と『辛うじて人の顔とわかるデザイン』という二つのヒントから、奇跡的に答えを導き出すことに成功した。


(まあ、答えがわかっても、永遠に理解できそうにありませんが)


 フィーラはそれがコットンの顔なのだと自分に言い聞かせてもなお、誰の顔かわからないデザインに微妙な顔を浮かべた。


「ま、まあ、芸術は人それぞれですからね。それでは今度は木材にそのデザインを写します」


 紙に描いたデザインを木材に写すのは、専用の魔法具が用意されていた。小さな丸形の木型にコットンとシエステラのデザインが写される。


 そして、二人は店主の指導の元、アクセサリーを作り進めていった。


 ◇◇◇◇◇◇


「できました!」


 完成したのは、二人のデザイン通りのアクセサリー。その完璧な仕上がりは、まるで商業品のようで、店主も目を丸くして驚いていた。


「あのデザインで、これが? え?」


 店主は、素人の手作りと思えない高い完成度に言葉を失っている。


 特にコットンの作ったアクセサリーは、すぐにでも店頭に並べ、高値で売り出したいレベルだった。独創的なデザインは、現代のトレンドとは一線を画す、芸術品としての価値を秘めている。


「どうでしょう? ここで売ってみませんか? かなりの値がつきそうですが」


 店主が尋ねるが、コットンは何も言わずにアクセサリーを握りしめる。


 そこには渡したくないという気持ちが滲み出ており、店主は残念そうに肩を落とす。


「そうですよね。それはお互いへのプレゼント用でしたよね」

「はい、残念ながら、これを二人で交換っこするものなので」


 シエステラは得意気に言う。


 シエステラの方の完成度も、技術的にはコットンに引けを取らない。

 しかし、そのデザインのあまりに個性的すぎる独創性は、値段がつくか否かを、完全に未知数だった。


 それでも、コットンと同レベルの気でいるシエステラに、店主は複雑な顔を浮かべるしかない。


 フィーラは、心底、今の姿がシエステラ本人ではなく、かりそめの『アンナ』の姿でよかったと思うのだった。


 でなければ、この作品が後世に『聖女シエステラの作品』として残ってしまうのだから。



「さて、それでは交換ですね。はい、コットンさん」


 シエステラはコットンの首に、アクセサリーをかける。何処か可愛げがあるような、いや、かなり不気味なアクセサリーに、コットンはそれをまじまじと見つめた。


 そして、目を輝かせ、期待した様子で待っているシエステラに、コットンは自分が作ったアクセサリーをかけた。


 その嬉しそうな顔のシエステラに、コットンは視線が釘付けになっていた。


 普段、感情を表に出さないコットンが、まるで幼い子供が初めて何かを美しいと思ったかのように、シエステラだけを、ただ純粋に見つめ続けている。


 今までの、相手の隙を伺うような、殺気をまき散らすような、戦闘者の視線ではない。


 そこには、純粋に綺麗なものをずっと見ていたいという、初めて芽生えた感情が溢れているかのようだった。


「コットンさん? 邪なことは考えないでくださいよ?」


 そんなコットンに、フィーラが釘を刺す。


 コットンは、自分が何を言われたのかわからないという顔を見せつつも、言われた意味を理解したかのように、わずかに視線をそらして逃げているようだった。


「さて、体験はこれで終わりです。せっかくですから、ここにある商品でも見て行ってください」


 店主の誘いに、シエステラたちは互いにプレゼントされたアクセサリーを胸に、楽しげに店内を物色することにした。

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