第四十五話 コットンの感情復活大作戦
騎士団が調査を進めている傍ら、シエステラたちもコットンのことを知るために色々なことを試していた。
「コットンさんは何処の生まれですか?」
「………………」
シエステラの質問にコットンは答えない。ただジッとシエステラを見つめるだけで、口を開こうとすらしなかった。
「言葉がわからないのかな?」
「いえ、恐らくは何も喋らないように制限をかけられているのでしょう」
ニコラの疑問にシエステラが答える。
コットンは無感情のまま、何を考えているのかもわからなかった。
「やはり、コットンさんは道具として利用されていたのです」
「確かに、今のコットンさんは正常な状態には見えませんね」
シエステラの言葉に、フィーラも同意する。
しかし、フィーラの双眸には警戒の火が灯ったままだ。彼女は常にニコラと共に、シエステラの盾となる位置を崩さない。例え本人の意志でなかろうと、主を脅かす刃になるのであれば、フィーラに容赦するつもりはなかった。
「魔法を解く術はないのか?」
「どのような制約のある魔法かわからないと安全に解除することはできません。精神にどのような影響を与えるかわからないので」
コットンに施されているのは、人を無理やり操る禁忌の魔法だ。安全性など一切考慮されておらず、無理に解こうとすれば、元の精神まで破壊しかねない。
「コットンの今の動きが、術者に伝わっている可能性は?」
ニコラの懸念にシエステラは一瞬だけ思考し、すぐに否定した。
「それは考えづらいでしょう。人を操る魔法と言っても、できるのは簡単な命令に従わせるだけ。おそらくコットンさんは特定の人の指示に従うようにしか命令されていないのでしょう」
シエステラの分析にフィーラも補足する。
「だからこそ、今は何も動けないのですね。その特定の人物からの指示がないから」
フィーラが補足する通り、コットンの挙動は常にワンテンポ遅れていた。歩き出すのも、視線を動かすのも、シエステラたちの行動に引きずられているに過ぎない。
自分の意思など何もない。ただひたすらに指示を待っているだけのようだった。
「私を殺せという命令は遂行できず、かといって次の指示はない。そんなところでしょうか」
「ええ。命を捨ててでも遂行せよ、というほどの強硬な優先順位ではなかったのが、せめてもの救いですね」
二人が分析を深める中、魔法の深淵に疎いニコラは、ただ一点だけが気にかかっていた。
「元に戻す方法はないのか?」
今回の事件の犯人がどうであれ、今のコットンの状況は普通ではない。
どうにかして元に戻したい。
それがニコラの純粋な思いだった。
しかし、シエステラが有する膨大な魔法の知識においても、人を操る魔法の情報は少ない。
禁忌の魔法の手法は一般的には広められないため、一部の高等な魔法師が外に広まることのないように、記録を厳重に管理していた。
記録を見ることができる者は限りなく少なく、聖女であり、魔法の裏も表も知っているシエステラですら、例外ではない。
そして、なけなしの情報にあるのは、真偽が不明の対処方法くらい。
「人を操る魔法は外部からの力は拒絶しますが、内部からの力には反応しません。つまり自力での解除は可能ということです」
「自力での解除?」
「人の精神に深く結び付く魔法は、その人物の強い精神で跳ね返すことができる。と、言われています。実際、それができた例は聞いたことがありませんが」
あまりにも荒唐無稽な話。
今のコットンが己の精神力のみで魔法を跳ね返すことができるとは誰も思わないだろう。
シエステラでさえも、そんなことができるとは思っていない表情だ。
誰も声を出せないような気まずい空気の中、少しの沈黙が流れ、ニコラがコットンを見る。
相変わらず何を考えているのかわからないコットンは、見つめてくるニコラを見返した。
ニコラはそんなコットンに、ニカッと笑顔を見せた。
「よし。コットンが自分の感情を取り戻せるように特訓だ!」
「は?」
◇◇◇◇◇◇
「とにかく、何か楽しいことをしてみよう!」
ニコラたちは街に出て、コットンに遊びを教えることにした。
まず始めにやって来たのは、街の子供たちがよく来るという駄菓子屋だ。ここでは駄菓子を買えるのはもちろん、射的などのちょっとした遊びもできるようだ。
コットンは数枚のお金を渡されており、自由に使うように言われている。
「どれでも好きなものを買っていいですよ?」
最初はニコラの提案に戸惑っていたシエステラだったが、段々ノリ気になってきたようで、コットンの手を引き、棚を見て回る。
「はぁ、そんな無防備な」
フィーラは呆れ果てていたが、楽しそうな主を止める無粋な真似はしなかった。
コットンは歩き回りながら、店内を一通り物色した後、特に何かを気にした素振りもなく一周してしまった。
何故、ここに来たのかも理解していなさそうなコットンにシエステラは一つお菓子を見せる。
「ふふ、私も駄菓子というものには疎いですが、これなんて面白そうではありませんか?」
シエステラが手に取ったのは、口の中でパチパチとはじける刺激が売りの駄菓子だ。
コットンはその値段を確認すると、無言で店主にぴったりの小銭を差し出した。
「お、毎度あり」
駄菓子を買ったコットンは、それを迷わずシエステラへ差し出す。
「え? 私のために買ってくれたのですか?」
「買ってほしいという催促だと思ったのでしょうね」
「あー、あはは。それは失敗」
苦笑したシエステラは、袋を開けて一粒つまみ、もう一粒をコットンの唇へ運んだ。
「はい、あーん」
「なっ! ずるいっ! 私だってシーラにあーんされたことなんてほとんどないのに!」
フィーラが反射的に奪い取ろうとするが、シエステラの流麗な防御魔法に阻まれる。「パクッ」と、コットンの口にお菓子が放り込まれた。
「あ、あぁ」
膝から崩れ落ち、絶望に染まるフィーラ。
ニコラが助け舟のつもりで、自分のお菓子を差し出す。
「あ、あの、そんなに食べたいなら、これでもどうだ?」
「あ?」
「ごめんなさい」
射抜くような氷の視線に、ニコラは音速で手を引っ込めた。
「美味しいですか?」
シエステラが覗き込むと、コットンの動きが止まった。
数秒後、口の中で弾ける感覚に驚いたのか、コットンは微かに目を見開いた。
それはほんの一瞬、氷が溶けるような「驚き」という名の感情が、その顔に宿った瞬間だった。
「あははは! びっくりしましたか?」
楽しげに笑うシエステラを見て、コットンは不思議そうに首を傾げる。
二人は一袋の菓子を分け合い、静かに咀嚼した。




