第四十話 事件の調査
「ようこそおいでくださいました」
「ヘイム様、お久しぶりです」
シエステラたちは、トリトーラ騎士団の駐屯地へとやってきていた。
騎士団にはすでにフィーラが連絡しており、迅速にトリトーラ騎士団長のヘイムと面会することができた。
その引き締まった顔には、捜査の難航による疲労が色濃く浮かんでいる。
「今回は聖女神エルミ教会の調査協力をいただけるとのことでお話は伺っております。ただ、急な話で、十分な準備はできていませんが」
「いえ、こちらこそ、無理を言ってしまい申し訳ありません」
シエステラは軽く頭を下げた。
「いえ、とんでもありません。聖女様にご協力いただけること、大変心強く思っております」
それからヘイムの視線が、シエステラの背後、少し離れた場所に立つ少年に向いた。
「あの、シエステラ様。そちらの少年は?」
視線の先には、シエステラの影のように佇むコットンがいた。コットンの前にはシエステラと彼の間を隔てるようにニコラが立っている。
「あぁ、彼は少し事情があって、少しの間保護しているのです」
「保護、ですか。なるほど」
聖女神教会が孤児を保護するのは自然な話だ。
だが、聖女本人が直接連れ歩いているとなれば何かしらの裏事情があるに違いない。
ヘイムの目にそうした探る色が一瞬だけ浮かんだが、彼はすぐにそれを押し殺し頷いた。
「わかりました。それでは早速、事件について詳しくご説明したいと思います。入れ!」
「はっ!」
ヘイムの声に導かれるように入ってきたのは、真鍮色の装飾が施された重装鎧を纏った女性騎士団員だった。
その鎧の意匠は、彼女が相当な高位の階級にあることを示唆している。
「彼女は今回の事件を担当しているヘカティアと言います」
「ヘカティア・エルミナと申します。どうぞよろしくお願いいたします!」
ヘカティアはキリッとした敬礼を見せる。その風格はヘイムにも劣らない威厳を持っていた。
「ヘカティア様。シエステラと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
若く、端正な容姿を持ちながら、威厳に満ちた雰囲気を漂わせるヘカティアにシエステラは信頼感を持った。
「それでは、まず今回の事件に関する調書をお見せしたいと思います」
ヘカティアが持ってきた調書は、急拵えではあったが、要点は綺麗にまとめられており、その迅速な対応にシエステラは内心で舌を巻く。
(この短い時間で作ったにしては見事ですね。フィーラが動いた影響もあるのでしょうけど)
仕事の早さは、騎士団の技量だけではなく、フィーラが教会上層部を動かし、騎士団のトップに直接圧力をかけた結果だろう。
やや強引な手段だが、聖女シエステラの名を使えば不可能ではない。とはいえそれは、シエステラの全権を掌握する神官長フィーラにしかできない芸当だ。
シエステラがフィーラの手腕に感心しつつ、調書を確認する。調書には今回の事件の詳細が記されていた。
事情聴取の際、ルシフル教団員たちは一貫して黙秘を続けた。抵抗の様子はなく、ただ静かに拘置されていた。
しかし、何の予兆もなく、ある日牢屋を確認したところ、全員が首を切られ絶命しているところが発見された。
それらが現場の状況も含めて、克明に記載されている。
シエステラは調書を読み終えると、口元に指を添え、複雑な表情を浮かべる。
「なるほど。まさか事件が起きたのが、騎士団の牢屋の中とは」
「えぇ、お恥ずかしい話です」
ヘイムは頭を抱えていた。
騎士団の牢屋は地下にあり、窓はなく、入り口は一つだけ。そこは常に監視員が付いており、入室者の検査は徹底されている。
そして、武器になりうる物の持ち込みは禁止されており、一部の認められた騎士団員のみが持ち込みを可能としていた。
その情報だけを見れば、外部の人間が教団員を殺害する隙はどこにも見当たらない。
「首を切られていた、と。凶器は?」
シエステラの隣で調書を見ていたフィーラが尋ねる。それにヘカティアが答えた。
「不明です。現場には残されていませんでした」
「魔法による工作がされた痕跡は?」
「少なくとも、騎士団直轄の魔法師では関知できませんでした」
魔法師とは、魔法を用いた仕事をする人たちの総称だ。特に騎士団直轄の魔法師たちは、事件発生時に魔法の痕跡を探る専門家でもある。
魔法師が痕跡を探れないとなれば、通常、その事件では魔法は使われていないと判断される。
「犯人の目撃情報もなく、魔法の使用も確認されていないということで、我々はスキルを持った者の犯行である可能性が高いと考えております」
ヘカティアは現時点で最も考えうる可能性を指摘した。
「なるほど。確かにその通りですね」
ヘカティアの推測にフィーラも同意する。
スキルによる力は魔力を伴わないため、魔法師では探知できない。そして、スキルが使われたかどうかを調べる技術は、現時点では存在しない。
それらの特徴から、現実的に実現不可能な事態が起こった場合、スキルによるものだと考えるのが自然なのだ。
調書にも、今回の状況から考えられるスキルが羅列されていたが、騎士団の情報網には怪しいスキル保有者は浮上しておらず、捜査は難航しているという。
「相手がルシフル教団であることも踏まえると、我々の知り得ない存在が動いている可能性もあると考えております」
ルシフル教団の存在は、教会や国の上層部、騎士団の上層部には知られているが、その正体はほとんど知られていない。
騎士団も知らないスキル保有者が犯人だとしても、何ら不思議はなかった。
「他に何か手がかりは?」
「……残念ながら」
ヘカティアの返事からは、心なしか覇気が抜けていた。その疲労しきった顔色が状況の深刻さを物語っている。
「今回、シエステラ様の捜査には全面的に協力せよとの指示が出ております。何なりとお申し付けください」
「ありがとうございます」
シエステラは感謝の言葉を口にしながら、少し思案していた。
(この調査資料に書かれているスキルでは、今回の犯行は難しそうですね。まあ、だからこそヘイムたちも困っているのでしょうが)
資料に書かれたスキルは、確かに隠密性や密室への侵入に適したスキルだったが、今回の現場にはそぐわないものばかりだった。
フィーラも同様のことを考えているようで、記載されているスキルに関する意見を口にする。
「なるほど。壁抜け系統のスキルの使用ですか。ですが、現場は地下ですから、下からや横からは使えないですね」
「はい。唯一可能な上からの侵入は、ここが騎士団の駐屯地である以上、発見のリスクが高く難しいでしょう」
ヘカティアもフィーラに同調する。牢屋の上は騎士団の執務フロアが広がっており、常時巡回している。この状況で、誰にも目撃されずに侵入することは不可能に近かった。
「姿を消す系統のスキルなら侵入は可能ですが、鍵がかかった牢屋には入れませんね」
牢屋の中から凶器は見つかっていない。
仮に自決用の武器を投げ入れることができたとしても、持ち出すことができず、証拠が残ってしまう。鍵が盗まれた痕跡もなかった。
フィーラは可能性を一つずつ潰していく。
スキルは原則一人一つ。
その法則を基に考えると、資料に記載されているスキルでは、犯行を成立させるには決定的に何かが足りない。
(正体を隠すこと。牢屋の中に侵入すること。それらが同時にできるスキル、ですか)
シエステラは、ふと最近見かけたあるスキルのことを思い浮かべた。それは侵入に使うスキルではないため、ここには記載されていない、が。
シエステラは頭の中の推理を整理しつつ、一つの依頼をした。
「実際に、現場も見せていただけますか?」
「はい、もちろんです」
◇◇◇◇◇◇
シエステラたちは、ルシフル教団員たちが殺害された地下牢へと向かう。
現場となった牢屋は陰鬱な雰囲気で、じめじめと息苦しい。照明も少なく、薄暗い。決して長居したい場所ではない。
(捜査のためとはいえ、このようなうす汚い場所に来るなんて)
シエステラは内心で溜息をつく。
その表情は真剣そのものだったが、どこかうんざりとした目をする彼女に気づき、フィーラとニコラは苦笑いを浮かべた。
「今は誰かが勾留されているのですか?」
「いいえ、今はいません。元々ここはシュバッツ刑務所に移送されるまでの一時的な勾留場所ですから」
シュバッツ刑務所は、エルミ王国最大の刑務所だ。重度軽度問わず、様々な犯罪者が収監されており、厳重に管理されている。
騎士団で調査された犯罪者は、裁判を受け、罪が確定した後、シュバッツ刑務所へ移送される。
今回はルシフル教団に関する重要な調査であったため、時間を要したようだが、基本的には一時的な勾留場所であるようだ。
「ヘカティア隊長! お疲れ様です!」
牢屋にたどり着いたシエステラたちを待ち受けていたのは、大柄で明るい茶色の髪をした男の騎士が立っていた。
彼はヘカティアとは対照的に、動きやすい軽装のプレートアーマーを身に着けている。
その元気の良い、もしくは、うるさいとも言える声に、シエステラは悟らせるように眉を寄せながらヘイムに尋ねた。
「彼は?」
「自分はギルバート・バルカスと申します! ヘカティア隊長の補佐役です! よろしくお願いいたします!」
ヘイムが答えるよりも先に、ギルバート自身が自己紹介をした。
その何とも言えない無礼さに、シエステラだけではなく、フィーラまでもが眉間にシワを寄せた。
空気が悪くなってきたのを感じたニコラが、二人に変わって話題を振る。
「ギルバートさんは、どうしてここに?」
「ギルバートはルシフル教団の事情聴取を担当しており、私と同様、今回の事件の調査を担当しています」
ギルバートは快活な笑顔を見せながら、大仰に敬礼をして見せる。その騒がしい雰囲気に、シエステラは微かに辟易していた。
「そうでしたか。ギルバート様もよろしくお願いいたします」
「はい! よろしくお願いいたします!」
シエステラは早々にギルバートから目をそらすと、資料を見ながら牢屋を観察し始めた。
当時、牢屋の入り口には看守が二人配置されていた。入り口以外に入れる場所は見当たらない。死角となる場所も少なく、人が隠れられる場所はなかった。
唯一、牢屋の中は、入り口から奥まで見えず、壁際に行けば隠れることが可能だ。
実際、ルシフル教団の男たちの遺体は、看守たちには見えづらい壁際にあったようだ。
「この牢屋の中に、看守の方が入ることはありますか?」
「基本的にはありません! 事情聴取をする際にも、誰かが出入りすることはありません!」
「なるほど」
シエステラは、この質問で核心に近い情報を得た。まだ足りない情報も多いが、ここで確認すべきことは十分だ。
「なるほど。だいたいわかりました」
「えぇっ! この短時間で、何かわかったのですか?」
シエステラの呟きにギルバートが驚愕する。
フィーラやニコラもシエステラの方を見るが、フィーラは何か思い当たることがあるようで、その表情が僅かに変わった。
「ちょうど私の知っているスキルだったので」
シエステラはフィーラの視線を受けながら説明をする。
「今回の犯行に使われたと考えられるのは、スキル『影潜り』です」
「影潜り? 申し訳ありませんが、それはどういったスキルなのですか?」
ヘイムは聞き覚えのないスキルに首を傾げる。
実はスキルにもレア度があり、ニコラの『不運』のように唯一無二のスキルもあれば、ルーシィの『重量操作』のように、スキル保有者が多いスキルもある。
今回のスキル『影潜り』は、かなり珍しい部類に入るスキルで、知らない人間も多い。
騎士団とはいえ、スキルの専門家ではない。特に知識のある者でもなければ、知らなくても仕方のないものだった。
「影潜りは、影に入り、繋がった影であれば、影の間を移動することもできるスキルです」
「なんと、そのようなスキルが。確かにその能力なら、今回の犯行は可能ですね」
騎士団員の影に入れば、誰にも見つからずに牢屋まで来ることも可能だろう。
そして、地下ということもあり、牢屋の中は影だらけだ。この中ではあれば、かなり自由に動き回ることができる。
今回の事件において、スキル『影潜り』は理想的な能力だった。
「そんなに珍しいスキルであれば、犯人を特定することも可能かもしれません。すぐにでも調査を始めます」
ヘカティアはすぐに駆け出した。それを追うようにギルバートと走り出す。
「貴重な助言をいただきありがとうございます」
「いえ、私に持っている知識で良かったです」
そうして騎士団は、影潜りのスキルを持つ者というヒントを元に調査を始めるのだった。
しかし、シエステラはコットンのことについて騎士団に何も教えることはなかった。




