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第三十七話 思わぬ遭遇

 洞窟の出口に近づくにつれて、地面を揺るがすような轟音は、一層激しく、そして鮮明になってきた。


 それは、まるで巨大な質量同士が激しくぶつかり合い、そして叩きつけられるような戦いの音。これほどの規模の衝突は、尋常ではない。


(こんなに大規模な戦いなんて、いったい、何が戦っていると言うのでしょうか?)


 不安と緊迫感を胸に、シエステラが光の差す洞窟の外へと飛び出した、その瞬間。


 彼女の眼前に広がった光景は、戦いの音以上に彼女の心臓を鷲掴みにした。


「二、ニコラ様!」


 そこにいたのはニコラだった。


 ニコラは空を覆うような巨鳥と戦っていた。激戦を繰り広げていたのか、ニコラの上半身は裸になっている。


「ど、どうしてここに、ニコラ様が?」


 ニコラが対峙していたのは、オオヤマトリという種類の鳥だった。


 雛鳥でも翼を広げれば人間くらいの体躯を持つこの鳥は、特に長く生きた個体となると、ドラゴンにも匹敵する大きさになるとも言われている巨鳥だ。


 もちろん、そこまでの大きさになるのは本当に稀な話だが。


(あれは、この辺りのヌシでしょうね。周りに小さなオオヤマトリも飛んでいます。どうやら何らかの理由で縄張りに侵入してしまったのでしょう)


 シエステラはすぐに結論付けた。他でもない、いつものニコラのスキル『不運』が、またしても発動したのだと。


 彼女は迷わず、最大の声でニコラに向かって叫んだ。


「ニコラ様! どうして、ここに!」

「え? シ、シエステラ? そっちこそ、どうしてここに、って、うおっ!」


 その隙を逃さず、オオヤマトリのヌシは、岩をも砕く巨大な嘴をニコラ目掛けて振り下ろした。


 体が大きい分、その動きは決して俊敏ではない。避けるのは容易で、反撃の隙もいくらでもあったはずだ。


 しかし、ニコラはそれをせず、ひたすらに攻撃を避け続ける防戦一方の姿勢を貫いていた。


(動物への攻撃は躊躇してしまうようですね)


 大きな怪我はないものの、ニコラは防戦一方だった。


「くっ。これじゃあ、キリがない!」

「任せてください。今、眠らせて」

「グワワワワッー!」


 シエステラが近付こうとすると、オオヤマトリのヌシは大きな雄叫びを上げた。それに呼応するように小さなオオヤマトリたちがシエステラの行く手を塞ぐ。


 図鑑でも見たことのない統率された動きを見せるオオヤマトリたちに、シエステラは素直に感心していた。


「これは、あのオオヤマトリのヌシを中心に完璧な組織体制が構築されているようですね。ただの動物にしては、素晴らしい知能です」


 小さいとはいえ、それはヌシと比べての話。このオオヤマトリたちですら、シエステラよりも大きな体を持っている。


 翼を広げて威嚇するオオヤマトリたちだが、シエステラは少しも怯むことはなかった。


「残念ですが、相手が悪かったですね」


 しかし、シエステラは静かに魔法を唱える。


「彼の者に眠りを。スリープ」

「グワッ!」


 魔法をかけられたオオヤマトリたちは、一瞬にして意思を奪われた。ゆっくりと地に伏していくオオヤマトリたちを見て、オオヤマトリのヌシは大きく翼を広げる。


「グワワワッー!」


 オオヤマトリのヌシは突如、全身の羽を大きく震わせ、一気に上空へと飛び上がった。


 そして、小さな群れを引き連れて、まるでシエステラの存在を恐れるように、その場を急いで去っていく。


「野生の勘ですか? 悪くない判断ですね」


 逃げるオオヤマトリを追う必要はない。

 シエステラは魔法を収めた。


 しかし、その安堵は一瞬で崩れさる。


「いや、駄目だ! 待てっ!」

「えぇ! どうして追いかけるのですかっ!」


 理解できない光景にシエステラは絶叫した。

 なんとニコラは逃げ去るオオヤマトリのヌシの足にしがみついたのだ。


「すまないシエステラ! すぐに帰るから、安心して待っててくれー!」

「安心できる要素が微塵もありませんっ!!」


 オオヤマトリは足にぶら下がるニコラのことなど、まったく気にせずに逃走を続ける。


 どうやらオオヤマトリにとっては、ニコラを気にするよりも、シエステラから逃げる方が遥かに重要なようだった。


 一つの羽ばたきで遥か先まで進んでいくオオヤマトリは、すぐにでも姿が見えなくなりそうだった。


(ニコラが一人で帰ってこれるはずがありません)


 シエステラは洞窟の方に目を向ける。


(ですが、人質の方々を放置するわけにも。まだフィーラも来ていないのに)


 捕らえられた人間たちは、シエステラにより聖女の加護が付与されている。


 それはちょっとやそっと攻撃では打ち破れない強固なものではあったが、だからといって放置するわけにもいかなかった。


 しかし、ニコラの方も放置をすれば、どうなるか想像もつかず、シエステラは難解な二者択一に頭が割れそうだった。


 そんな時。


「シエステラ様」

「テスラ!」


 シエステラの前に降り立ったのは、テスラとその部下の数人の神官たちだった。


「やっと見つけました。フィーラ様からの情報により、最も近くにいた我々が先に参上いたしました」


 テスラはシエステラに対して恭しく頭を垂れる。それに倣うように他の神官たちも頭を下げようとしたが、シエステラはそれよりも先に口を開いた。


「良いところに来てくれました。テスラ。あの洞窟の中に人攫いの組織と捕まった方々がいます。すぐに保護してください」

「畏まりました。ですが、まずはシエステラ様の身の安全を……」

「私は今すぐにニコラ様を追いかけます!」

「……は?」


 テスラは目を丸くした。普段から冷静沈着で、ふとすれば冷たい印象を与えるテスラの表情がキョトンと幼く見える程に。


「フィーラにも伝えておいてください!」

「ちょっ! シエステラ様っ!」


 テスラの静かな叫びが虚しく響く中、シエステラは構わず走り出してしまった。


 魔法で極限まで強化された彼女の速度は、訓練された神官たちですら、もはや追い付けない領域にある。


 一瞬にして視界から消え去ったシエステラの姿に、テスラたちはただ呆然と立ち尽くすしかなかったのだった。



 ◇◇◇◇◇◇



(あちらの方角は確か、トリトーラの街)


 空を飛ぶオオヤマトリを撃ち落とすわけにもいかず、シエステラはニコラを視線に捉えながら、必死に追いかけ続けていた。


 オオヤマトリが向かっている方角にはトリトーラの街がある。


 オオヤマトリがそこを目指しているわけではないだろうが、シエステラたちは図らずとも、次の目的地へと近付いていた。


(まさか、こんな形で向かうことになるとは思いませんでしたが)


 ニコラは今もヌシのオオヤマトリにしがみつきながら、周りのオオヤマトリにもみくちゃにされている。


 しかし、それでも手を離さずに何かを狙っているように見えた。


(ニコラが見てるのは、あの鳥? 何かを持っていますね。あれを取り返そうとしている?)


 シエステラはニコラの行動を推測していたが、行き着く結論はただ一つ。


(また何か不運なことがあって、奪われた荷物を取り返そうとしているのでしょうね)


 それしかなかった。


(全く。とりあえず、あの鳥たちが落ちても怪我をしない程度の高度に下がってきたら、なんとか眠らせてしまいましょう)


 そう思いながら、シエステラはチャンスを逃さないようにオオヤマトリたちに接近した。



 しかし、そんなシエステラを密かに追う小さな影があった。


 その影は、シエステラの魔法による驚異的な速度に遅れることなく、ピッタリと追走を続ける。息を殺し、一切の気配を消し、まるで本当にシエステラの足元の影にでもなったかのように。


 その瞳には、深い感情は映っていなかったが、ただ、真っ直ぐにシエステラの一挙一動に注目していた。


「…………」


 何も言わずに追いかける影は、何故、シエステラを追うのか。その理由は誰にもわからない。

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