第三十五話 行方不明の聖女様
「な、な、な、何やってるんですかぁ!」
雷のような怒号が響き渡る。
シエステラを見失ったニコラは、すぐにフィーラの元へ報告に戻った。
憤怒の形相を浮かべたフィーラは、ニコラの首根っこを掴んで振り回す。
視界が激しく揺れるニコラだったが、今回ばかりは弁明の余地もなかった
「ほ、本当にすまん。まさか、あの一瞬で見失うなんて」
心底反省した様子のニコラに、フィーラは舌打ちをして、その手を離す。
「くっ。あなたの不運の結果でもあるのでしょうが、おそらくシエステラ様が意図的に逃げたのでしょうね」
フィーラは冷静にシエステラの行動の理由を分析する。
呆れたように吐き出された深い溜息には、主の性格を熟知している者特有の諦念が混じっていた。
「買い物に行く前に、シエステラ様のことを悪く言いすぎたのが原因でしょう。ですが、ここまで幼稚なことをするとは」
「すぐに探した方がいいよな」
ニコラはすぐにでも飛び出して行きたそうな雰囲気だったが、自身の境遇を理解しているため、なんとか踏みとどまっている。
「えぇ。ですが、あなた一人で探しに行かなかったのは正解ですね。何が起きるかわかりませんから」
ニコラのスキル『不運』のことを考えれば、一人で行動すれば、更なる不運が起きるであろうことは火を見るよりも明らかだ。
そうでなくても、不運は起きるが。
「とにかく、シエステラ様は私が探します。ニコラ様は大人しくしていてください!」
そう吐き捨てて、フィーラはニコラを置いて家を出ていく。残されたニコラは言われた通り、家の隅で密かに待つことにした。
流石のニコラも動かなければ、そこまで大きな不運が起きることはない。
しかし、ニコラの不運は、自らが行動しようとしなくても発動することはある。
「ガットさーん。いますかー?」
唐突に玄関の方から聞こえてきたのは、聞き覚えのない声だった。今は家主が不在のため、ニコラは出るべきか迷ったが、
「ガットさーん?」
呼ぶ声は途切れなかったため、仕方なく、ニコラは細心の注意を払って出ることにした。
「はい! ちょっと待ってくださいね!」
物に当たらないよう、床が落ちないよう、一歩一歩を丁寧に歩いていく。
その甲斐あってか、何事も起きることなく、ニコラは玄関まで辿り着くことができた。
しかし、そこから先も油断していいわけではない。ニコラは警戒をしたまま、訪ねてきた男性に事情を話す。
「すみません。ガットさんは今留守で」
「あら、そうだったんですか。これ、渡そうと思ったんだけど」
訪ねてきたのは近所に住む男性で、どうやら最近、旅行に行ってきたので、そのお土産を買ってきてくれたらしい。
(よかった。これなら、受けとるだけで大丈夫そうだな)
「それじゃあ、俺の方から渡しておきますね」
「お? そうかい。助かるよ」
ニコラは男性からお土産を受け取った。
その瞬間。
「へ?」
「え?」
シュパッと、突然、お土産が消えた。
男性は何が起きたのかわからなかったようだが、ニコラにはその一瞬の出来事が見えていた。
「鳥がっ!」
「クルルルッ」
鳥がお土産を足に掴んで飛んでいる。ニコラからお土産を奪ったのは、翼を広げれば子供くらいの大きさはあるだろう大きな鳥だった。
「ありゃあ、オオヤマトリだ」
「オオヤマトリ?」
「あぁ、森や山の方にいる鳥なんだが、餌のためにどこまでも遠くまでやって来るんだよ」
オオヤマトリは足で掴んでいる男性のお土産に眺め、満足そうに何処かへと飛んでいこうとしている。
「あれは追えないなぁ。喜んでもらおうと思ってたんだが」
男性は残念そうに、肩を落とす。そんな様子にニコラはいても立ってもいられなかった。
「あれ、取り返してきます!」
「え? いや、そんな気にしなくても」
「いえ、俺がしっかりと掴んでいれば、こんなことにはならなかったので」
ニコラはオオヤマトリを追って走り出した。男性が何か言う暇もなく、駆けて行ってしまったニコラは、もうどこにも見えない。
そんな中、呆然とする男性の背中に声がかかった。
「おや? マーティンか。どうかしたのかい?」
「あ、ガットさん」
本当に間が悪く、ガットはミシェルたちと帰ってきたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「シエステラ様の反応は?」
『ありません。どうやら魔法を使って隠れているようです』
フィーラは魔法による連絡を取り合い、シエステラの所在を神官たちと共に調べていたが、どうにも見つけられなかった。
『シエステラ様が本気で隠れてしまえば、我々には見つけられません』
「くっ。無駄に高度な魔法を……」
何の手がかりもなく、フィーラはシエステラとニコラが買い物をしていたルートを探す。
しかし、シエステラの痕跡はなかった。
シエステラは完璧に自分の痕跡を消しており、フィーラたちが追ってくるのを妨害しようとしていたようだ。
ニコラが最後にいた店の近くに、シエステラのメモを見つけたため、フィーラの予想が当たっていたことはわかったが。
『一人で買い物をしてきます』
「まったく。人騒がせな人ですね」
フィーラは苛立ちを隠さずに吐き捨てる。
それからも通行人に話を聞くが、シエステラの目撃情報がぱったり聞かれなくなる地点があった。
「おそらくこの辺りで姿を変えたのでしょう」
フィーラが周りを見渡す。
ニコラの話を聞く限り、見失ったのはこの辺りで、隠れられる場所は多い。
しかし、人通りは多いため、完璧に姿を隠して移動することは難しそうだった。
となると、ここからはシエステラを探すのではなく、シエステラがどんな姿に変装したかを推理する必要があった。
「テスラ。どう思いますか?」
『そうですね。シエステラ様が一人での買い物に固執していたのなら、特別扱いされるような姿は避けるでしょう。さらに言えば、私たちの追跡を掻い潜るため、目立たない容姿をしていると思われます』
テスラの分析は的確で、さらにフィーラの考え付いた結論と同じだった。
「つまり、印象に残らない一般的な女性の姿というわけですね」
『おそらくは。しかし、それがわかっても、探すのは困難ですね』
テスラの言う通りだった。
どれだけシエステラの行動パターンを読みきっても、目立たない容姿をされてしまえば、探しだすのは困難だ。
フィーラは頭を抱える。聞き込みも頭打ちとなり、途方に暮れるフィーラに、テスラの冷静で淡々とした声が届く。
『しかし、フィーラ様。シエステラ様がここまで姿を隠す必要があるとは思えません』
「どういうことですか?」
『いくらシエステラ様でも、フィーラ様をここまで心配させる必要はないということです』
テスラの言葉に、フィーラはハッとした。
シエステラの行動原理が、買い物ができることを証明するというものだったとしても、それは買い物を終えれば済む話だ。
そして、買い物など、そう時間もかからずに終わる。しかし、空を見ると、日は傾き赤く染まってきていた。
人の波も帰る流れになりつつあり、普通に買い物をするには遅すぎる時間となっている。
「確かに。ただ買い物をするだけなら、こんなに遅くなるなんてあり得ません」
シエステラのことを心配していたフィーラではあったが、シエステラがそこまで常識がないとは思っていない。
突発的なイレギュラーへの対応に心配はあったものの、何事もなければ買い物はできると思っていた。
それはつまり。
「イレギュラーが、起きた?」
『その可能性が高いです』
テスラの声は冷たいくらいに冷静だったが、声音からはその深刻度が伝わってくる。
「そうなると、未だに魔法を使って姿を変えているのにも理由がありそうですね」
『ほぼ間違いなくそうでしょう』
フィーラはしばらく思案するように目を瞑る。テスラはフィーラの指示をただ待った。
そして、しばらくした後、フィーラはテスラに次の指示を出した。
「テスラ。シエステラ様の捜索範囲を町の外まで広げてください」
『畏まりました。直ちに』
それを最後に魔法の通信が切れる。
「本当にもう! 人を心配させることしかしないんですから」
通信を終えたフィーラは、神官たちに見せる冷静な態度を崩し、シエステラを捜すために走り始めた。




