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第三十二話 ハッピーバースデー

「ハッピーバースデー! ミシェルさん!」

「ハッピーバースデー! お姉ちゃん!」

「……どうも」


 色とりどりの装飾に囲まれ、上機嫌なシエステラとルーシィに祝福されたミシェルは、面倒くさそうに視線を逸らした。


 しかし、隠しきれない羞恥がその頬を朱に染めているのは、誰の目にも明らかだった。


 今日は、ルシフル教団との騒乱で延期になっていたミシェルの誕生日パーティーだ。


 ルーシィとシエステラの強い希望で実現したこの日のために、家の中は賑やかに飾り付けられ、中央にはフィーラお手製の豪華なチョコレートケーキが鎮座していた。


「ミシェルさんは甘いものがお好きだと伺いましたので、チョコ尽くしにしてみました。どうです?  夢が詰まっているでしょう?」

「別にあんたが作ったわけじゃないでしょ」


 シエステラの得意げな自慢に毒づきながらも、ミシェルの視線は大きなケーキに釘付けになっていた。


 フィーラが腕によりをかけて作った料理の数々は、普段は見られないような豪勢さだ。



「さて、そろそろニコラ様の拘束を解いていいかもしれないですね」


 シエステラが指を鳴らすと、ニコラを縛り上げていた光の鎖が霧のように霧散した。


 手足だけでなく口まで封じられていたニコラは、ようやく深く息を吸い込む。


「ぷはっ! 誕生日おめでとう、ミシェル」

「……なんか、さっきのを見てたから、複雑な気分ね。まあ、ありがと」


 誕生日パーティーを開くにあたって、最大の懸念はニコラの不運だった。


 ニコラが料理を手伝えば食中毒の恐れがあり、飾り付けを手伝えば家が崩壊しかねない。


 唯一の安全策は「物理的に動かさないこと」だったのだ。


 ニコラ自身、自分のスキルの恐ろしさを理解しているため、甘んじてその拘束を受け入れていた。


 しかし、だからといって、ニコラも何も用意していなかったわけではない。


「ミシェル。これ、プレゼントだ」

「これ、犬のピンバッチ? なんか、不格好だけど」


 ニコラがプレゼントしたのは、不細工な犬のピンバッチだった。いや、犬であるかは微妙なところだ。辛うじて耳や尻尾で犬なのだろうと判別することができる程度。


 しかし、見たことのないデザインが、一種のアーティスティックな雰囲気を醸し出している。

 と言えなくもない。


「それ、俺が作ったんだ」

「え? あー、道理で」

 

 ミシェルは納得した。

 確かに手作り感のあるピンバッチだ。顔の形や各パーツは歪んでいて、色も滲んでいる。とても既製品には見えない出来だ。


 お世辞にも可愛いとは言えないデザインに、ミシェルは眉を潜めながらニコラに尋ねる。


「でも、どうしてこれを?」

「いや、俺ってさ、あまり買い物が成功しないんだよ」

「でしょうね」


 間髪入れずに言い切るミシェルと、素直に頷くシエステラとフィーラ。ガットやルーシィも曖昧な笑みを浮かべている。


 ニコラは苦笑いを浮かべながら話を続けた。


「これが良いなと思っても売り切れたり、買えたと思っても壊れたり。でも、自分で作れば、少しはなんとかなるかなって思ってさ」

「そういえば、あんた、最近よく夜遅くまで起きてたわよね」


 ミシェルが夜中にふと起きた時、ニコラの部屋から光が漏れているのを見かけたことがあった。何日も、夜遅くまで。


「もしかして、ずっとこれを?」

「あぁ、中々上手くいかなくてな」


 ニコラが失敗せずに納得のいくものを作り上げるには、何回も試すしかなかった。


 スキル『不運』は、彼の創作活動にも容赦なく干渉する。

 買った材料が悪くなったり、完成品が壊されたり、消えてしまったり。


 部屋に溜まった「犬になり損ねた残骸」の山が、その努力を物語っていた。


 今はすでにニコラの手を離れ、ミシェルのものとなっている。これでニコラのスキルの対象外となっただろう。


 ミシェルはそのピンバッチをギュッと握りしめた。ニコラがどれほど苦労し、不運を乗り越えてこれを完成させたのか、想像に難くない。


 不格好で可愛らしくない犬のピンバッチ。ミシェルはそれを胸の辺りに着け、微かに口許を緩めた。


「……ありがと」


 そして、もう一度、ミシェルは小さくお礼を口にした。


 それから、ルーシィ、ガット、フィーラとプレゼントをミシェルへと渡していく中、シエステラは、空気を破るように声を上げた。



「さて、それでは、大本命に移らせていただきますね!」

「面倒なのが残ってた」

「そんなこと言わずに!」


 シエステラはさらに満面の笑みを浮かべ、自慢のプレゼントを披露する。


 そこにあったのは、ニコラがプレゼントしてくれた犬のピンバッチと変わらないクオリティのピンバッチだった。


 シエステラの方は、猫のようだが。


 正直、どちらが犬で、どちらが猫なのか。一緒に出されてしまうと悩んでしまうレベルのクオリティだ。


「あ、う」


 ミシェルは何も言えずに黙ってしまう。


 シエステラのことを煙たがってはいても、プレゼントしてくれたものに対して文句を言うのは、流石のミシェルも良識的にできなかったのだ。


「ふふ、私もニコラさんのために手作りしていたのです。私も何度も作り直しましたが、ニコラ様と違って、私のは完璧を求めた結果ですが」


 シエステラは自信満々な様子だ。


 シエステラ以外の全員が微妙な空気になる中、ルーシィはなんとか声を出した。


「わ、わぁ! 可愛い猫さんですね」

「え?」

「え?」


 ……どうやら猫ではなかったようだ。


 シエステラはポカンと目を丸くした後、恥ずかしそうに頬を赤く染める。

 それに慌ててフィーラがフォローした。


「わ、わかりますよ、シエステラ様。これは、ライオンですね」

「………………」

「あ、えーっと」


 シエステラがうつ向く。

 どうやらライオンでもないらしい。


 フィーラは焦って、まだ発言をしていないガットの方を見た。


 ガットは慌ててピンバッチを見て、他の答えを考える。しかし、どう見ても猫くらいにしか見えないピンバッチに、ガットは頭を悩ませ、辛うじてそう見えそうなものを口にする。


「トラ、ですか?」

「……えぇ、トラでいいです」


 明らかに違う雰囲気だが、シエステラは死んだ魚のような目をして頷いた。わかってもらうことを諦めたように。


 なんとも言えない雰囲気に、ミシェルがゴンゴンとニコラの横腹を小突く。


「ちょっと、何か言ってよ。あんたなら、わかるでしょ?」


 小声でミシェルはニコラに言った。


「え? いやいや、わからないって。猫にしか見えないし」

「同じようなセンスしてんだから、わかるはずよ。なんとかしなさいよ」

「そんな、無茶な」


 ニコラは改めてシエステラのピンバッチを見る。それは猫のようなつり上がった瞳、耳があり、そして、髭のようなものまで生えていて、どう考えても猫にしか見えなかった。


 ニコラはジッとそれを見て、何かに手がかりがないかを探る。


 そして、


「い、ぬ?」

「っ!」


 シエステラが目を見開いた。


「あ、いや、すま……」

「やはりニコラ様にはわかりますか! この素晴らしい犬のデザインが!」

「へ?」


 シエステラはまるで水を得た魚のようにはしゃぎ出す。他の三人もポカンとしてしまう程に。


「これは以前に見た、可愛らしかった犬を思い出しながら作ったのです。口許に三本の縞が入っているのが特徴です」

「あ、これ、縞模様なのね」


 シエステラが満面の笑みで喜ぶ様子に、ニコラはホッとしていたが、その後ろでフィーラが恨めしそうな睨みを向けていた。


「くっ。今回こそは私が当てたかったのに」


 そんなフィーラにルーシィが小声で尋ねる。


「あの、シエステラ様って、えっと、手先が不器用なのですか?」

「いいえ、決してそのようなことは。シエステラ様は、頭の中にあるイメージを完璧に再現しています」

「じゃあ、頭の中のイメージが?」

「……そういうことです」


 フィーラはなんとも言えない表情で頷く。


 シエステラは芸術品を嗜むセンスはあるが、その感性はやや特殊だった。


 シエステラの世話をする神官たちですら、シエステラの創作物の正体を当てることは難しい。

 普段からシエステラのことを第一に考えているフィーラでさえも、正答率は五割を切っていた。


 シエステラの創作物は、ただ下手なわけではなく、シエステラの独自の感性でアレンジしてしまうため、単純な見た目で当てるのはほとんど不可能なのだ。


「さぁさぁ、付けてみてください。絶対可愛いですよ」

「わかったわよ。ありがとね」


 ミシェルは嫌そうな顔をしつつも、ニコラとシエステラからもらったピンバッチを胸の辺りに付けた。


 犬と犬(どちらも一見では犬に見えない)のピンバッチを付けたミシェルは、疲れた様子で溜息を溢しながらも、それらを撫でて、少しだけ口許を緩めていた。



◇◇◇◇◇◇



「ふふ、喜んでもらえて良かったです」


 シエステラは二人仲良く長椅子で眠るミシェルとルーシィに布団を掛けながら呟いた。

 シエステラの撫でる手に、ミシェルは眠りながら穏やかな表情を浮かべている。


 フィーラはガットと共に食器を片付け、ニコラは静かに机を拭いていた。


 束の間の穏やかな時間だ。


「この前は本当に怖い思いをしたでしょうに。強い子達です」


 先日のルシフル教団によるルーシィの誘拐事件は、国の騎士団も動く事態に発展した。あの場で捕えたルシフル教団の男たちは、今も黙秘を続けているらしい。


 その前に現れたブラックドラゴンについても、大した情報は得られていないようで、調査は難航していると報告を受けていた。


「ルシフル教団。厄介な相手ですね」


 正面から戦えば、シエステラには必ず勝てるという自信があった。


 しかし、ルシフル教団は姿を見せない。姿を見せない敵を相手にするのは、シエステラにも難しかった。


「今度会ったら、必ず仕留めてやります。ん?」


 もう二度とルーシィに起こったようなことはさせないと心に誓うシエステラだったが、ふと、魔法具に反応があった。


 それは遠くの相手との通話が可能な魔法具であり、普段、フィーラが神官たちと使っているものよりも遠距離での使用ができるものだ。


 魔法具による通信では、通話に指定された人間が気付けるようになっている。今回はシエステラに連絡が入っているらしい。

 シエステラは怪訝に思いながら、魔法具に触れる。


「はい、シエステラです」

『シエステラか。息災か?』

「教皇様!」

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