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第二話 聖女の加護、発動!!

「聖女シエステラ様。私はニコラと申します。本日は聖女様にお目通りさせていただきますこと、誠にありがたく……」

「いえ、あの、申し訳ありません。それよりもまず、どうしてそんなに包帯でぐるぐる巻きにされているのか教えてもらえませんか?」


 おそらく神官たちに教え込まれたであろう台詞を口にするニコラに、シエステラは堪らず言葉を遮ってしまった。


「え? えっと」


 ニコラは戸惑ったように、きょろきょろと周囲を見回す。その仕草から神官たちの厳格な命令が、彼の頭の中を駆け巡ったことが容易に察せられた。


 事情を察したシエステラは、完璧な微笑みをニコラに向けた。


「あぁ、堅苦しい言葉でなくても構いませんよ。普通に話してください」

「あ、よかった」


 緊張を強いる教会の雰囲気に慣れていなかったのだろう。ニコラは心底から安堵した様子で、堰を切ったように口を開いた。


「えっとこれは、まず、ここに来る途中、突然ドラゴンが現れて……」

「ドラゴン!」


 ドラゴンは魔王に匹敵する、極めて危険な魔物とされていた。


 人の前に姿を現したという報告は皆無に等しく、人里から遥か離れた山脈の奥地にひっそりと潜んでいるとされているが、ひとたび暴れ出せば、人間では太刀打ちできない、圧倒的な脅威とされていた。


(なるほど、あの伝説級のドラゴンと死闘を繰り広げたというのなら、この痛々しい姿も深く納得がいきます)


「……は、なんとか追い返すことができたんだけど」

「………………は?」


(それだけで、大偉業ですが?)


「その後に、足元にあった石に躓いて、崖から転げ落ちちゃったんだよな。まあ、それもいつものことなんだけど、その後に転げ落ちた先が鳥の巣だったみたいで、大量の鳥に襲われてこうなった。というわけ」


 シエステラは、たっぷりと数秒間、思考を完全に停止させた。それから、蚊の鳴くような小さな声を漏らした。


「え? ちょ、ちょっと待ってください。最初からいきなり話が頭に入ってこなかったのですが、え? ドラゴンが現れた?」

「あぁ、びっくりしたよ」

「いやびっくりで済ませられる話では決してありませんが」


 シエステラは頭を抱えてフィーラの方を見た。

 フィーラは無言で頷く。


 どうやら本当にドラゴンは現れたようだ。そして、それが問題になる前にニコラがドラゴンを撃退したということらしいが。


「ドラゴンは山にも例えられる巨大で強大な力を持った魔物です。そんなドラゴンを倒したというのですか?」

「いや、倒したっていうか、ギリギリで追い返したって感じかな」

「ほぼ、同じようなものです」


 ドラゴンに対抗できるのは聖女のみとされていた。しかし、ニコラはそれを倒すには至らずとも退けるという偉業を成した。


 それだけでも、世界を揺るがす大事件と言えるだろう。


 しかし、シエステラが気になっているのは、そこだけではない。


「その後に石に躓いて崖から落ちた?」

「あぁ、よくあることだろ?」


(よくあるわけないでしょう!)


 思わず目の前の机を叩きそうになるのを理性で抑え、シエステラはなんとか質問を続けた。


「それで、鳥の巣に突っ込んでしまって、鳥に襲われてしまった、と」

「そうそう。それもよくあるだろ? え?」


(え? ないの? みたいな、こっちがおかしいみたいな顔はやめてください!)


 シエステラは心の中で叫びそうになる激情を、下唇を強く噛み締めることで耐え忍んだ。

 ヒクヒクと引き攣る彼女の作り笑顔が崩れ去らないか、フィーラはハラハラと見守っていた。


「じ、事情は理解しました。いえ、正直なところ全く理解できていませんが。今はひとまず、深追いはよしましょう」


(こんな人が現代の勇者? ……いや、でも、私自身の聖女としての力が、彼こそが勇者であると、強く訴えかけているのは事実です)


 事情を聞き終えてもなお、シエステラは混乱の渦中にあった。


 そんな時、一人の神官が少し慌てた様子で部屋に入ってきて、フィーラに何かを耳打ちした。


 それを聞いたフィーラは少しだけ何かを話し、その神官を下がらせる。


 それからフィーラは、場の空気を壊さぬよう、流れるようにシエステラに近寄り、そっと秘密めいた声で耳打ちをした。


「シエステラ様。ご報告が」

「何ですか?」

「神官たちが調べたところ、この勇者様には極めて特異なスキルがあるようです」


 スキル。

 それは世界からの祝福とされている。


 人によって様々だが、その者だけに与えられる特別な力のことを指し、例えば、自分の身体能力を底上げすることができたり、魔法とは別に不思議な力を使うことができる。


 それが世界を救うべき勇者となれば、さぞや輝かしい、強力なスキルが与えられているのだろうと、シエステラが期待を込めて興味を示すが、


「スキルの名は、暫定ですが、『不運』」


 聞いたことのないスキル名に、シエステラはポカンと目を丸くした。


「スキル『不運』? なんですか、それは?」


 聖女として教育されてきた膨大な知識を紐解いても、シエステラはスキル『不運』というスキル名に心当たりがなかった。


「前例はありません。ですが、スキルの特徴としては、その人間の運を発散してしまうらしく、結果的に不運な状態が続くとのことです」

「単純に不運になるということですか? そのスキルのメリットは?」


 スキルとは万人に与えられるものではない。

 スキルを持つだけでも、特別と言える。


 そのため、こうした一見使いづらそうに見えるスキルでも、大抵の場合は使いようによって、有用なスキルへと変貌するとされていた。


「確認される限り、皆無です」


 しかし、フィーラから返ってきた答えは、無情なものだった。


「相手の運を奪うことは?」

「できません」

「運が悪い状況が続けば、能力が向上したり?」

「しません」

「自分の不運に相手を巻き込むことは?」

「できるかもしれませんが、狙ってやるのは難しいと思われます」


 何を尋ねても、何の利点もない。


 シエステラは哀れなものを見るような目でニコラを見た。もちろん、傍目からは決して悟られないように。


(ただ不運になるだけのスキルなんて。なんとも悲しい人生ですね。まあ、別に勇者の肩書き以外は私にはどうでもいいのですが)


 シエステラは心の内を悟らせない表情で、心配そうにニコラに尋ねた。


「ニコラ様は、ご自身のスキルについて、何かご存じでしたか?」

「スキル? いや、知らないな」

「彼は周りの村から離れて、一人で暮らしていましたので、スキルのことを知る機会はなかったのでしょう」

「なるほど」


 フィーラの説明でシエステラは納得した。

 スキルの内容を知るためには、教会で専門の術士による診断を受ける必要がある。


 目に見える劇的な変化が起きるスキルであれば、自力で気付くこともできるが、そういった機会がなければ、気付かずに一生を終えることも珍しくはなかった。


「それは大変お辛かったですね。ですが、もう心配することはありません。この私が、あなたの不運の呪縛を、解き放って差し上げましょう」

「え?」


 シエステラの言葉に、ニコラが困惑を隠せない。しかし、聖女の力を知る神官たちは、特に気にした様子もなく、成り行きを静かに見守っていた。


「あなたに聖女の加護を与えます。そうすれば、あなたに降りかかる不幸はすべて振り払われることでしょう」


 聖女には、女神の力が宿っており、そのうちの一部を、聖女の加護として相手に付与することができる。


 それは付与した相手に降りかかる災難、厄災を払うことができるもので、端的に言えば、不幸を寄せ付けない力だった。


 まさにニコラのスキルとは正反対の力だ。

 もちろん聖女の力は女神の力ということもあり、スキルよりも遥かに強い力を持っている。


「さぁ、聖女の加護を、貴方に」


 優しい光が部屋を照らす。まるで太陽の日差しが暖かくニコラを包み込むように、ニコラに聖女の加護が与えられた。


 他人の目には見えないが、ニコラには確かに聖女の加護が付与されている。これで、ニコラに降りかかる不幸は加護によって打ち消される。



 はずだった。


「お茶をお持ちいたしました」


 と、そんなところへ、神官の一人がお茶を持ってやってきた。


 何故、今なのか? と、その場にいた誰もが疑問に思ったが、そのお茶を持ってきたのは、まだ経験の浅い新人の神官だった


 先程からずっと神官たちは慌ただしく動き回っていたこともあり、上手く連携が取れていなかったようだ。


 フィーラもしまったという顔をしていた。普段の神官たちにしては珍しいミスではあったが、些細なミスだった。


 そのはずだった。


「ちょ、ちょっと、今は大事なお話し中よ」


 すぐに他の神官が間違いを指摘し、新人の神官も焦った様子で振り返る。


「え? あ、も、申し訳ありません! あっ!」


 しかし、焦った神官は運悪く足を滑らせてしまい、湯気の立つ熱いお茶が入ったお盆を盛大にひっくり返してしまった。


「え? 熱っっ!」


 ニコラはそれを頭からかぶる。


「あぁぁ! も、申し訳ありませんっ! って、きゃあ」

「へ? へぶぅ!」


 しかも、慌てて駆け寄ろうとした神官が、床に広がるお茶によって足を滑らせて、転けるのと共にニコラをグーで殴ってしまった。


「申し訳ありません! すぐに治療を!」

「い、いや、そんな慌てなくても……」


 殴られたニコラは、笑って神官たちを落ち着かせたが、その光景をシエステラは唖然とした表情で見ていた。


「私の加護が、負けた?」


 シエステラがか細い声で呟く。

 今の一連の出来事は明らかに不運だった。


 いつもは完璧な仕事をする神官たちの連携が乱れたことも、起こるはずのない事故が起きたことも、いつもの聖女の加護があれば、難なく振り払えたはずだった。


 しかし、それらは現実に起きてしまい、ニコラは運悪く、お茶をかぶり、さらに殴られてしまった。


 歴代最高と称される聖女の加護が、たかがスキルに敗北した。


(スキルで不運になっているだけ。それなら、私の加護で無効化できるはず。それなのに、不運なことが起きた? 私の加護が効かなかった?)


「そんなこと、ありえない」

「えっと、シエステラ様?」


 シエステラは包帯でぐるぐる巻きにされたニコラに近付く。


(効かないなんてあり得ない。私は歴代最高の聖女。たかがスキルに遅れをとるなんて、ありえないことです。あってはならないことです)


 シエステラはより強く、より重く、より厚く、ニコラに加護を与えた。


 もっと、

 もっと、

 もっともっともっと。


 もっと強く。もっと重く。

 もっと。


 シエステラは自身の力の限界まで、ニコラに加護を与えようとしていた。


「シ、シエステラ様! それ以上はっ!」


 もはや誰でも可視化できるような強力な光がニコラの周りに渦巻いて、聖女の加護が強く濃くなっていく。


 フィーラはシエステラを止めようとするが、シエステラは満足できないようで、尚も加護を与え続ける。


 シエステラにはわかった。これでもまだ、スキル『不運』を打ち消せていないと。


 まだ行ける。

 まだ。


 シエステラは歴代最高の聖女としてのプライドだけで、突き動かされていた。


「いや、あの、何をしてるんだ? シエステラ。辛そうな顔してるけど」


 しかし、これだけの加護を受けても、ニコラには認知できていない様子だった。


 そんなニコラに、シエステラが顔を歪める。


(私の加護を受けておいて、この無自覚な態度が、さらにムカつきます)


「いいから、黙っていてください」


 シエステラはさらに限界まで力を使う。歯を噛み縛り、骨が、神経が、悲鳴を上げているのを自覚しながら、更なる力を求める。


 その時、ふと視界が暗くなった。


「え?」


 そして、今度は世界が明滅し、反転する。そのまま目を回したシエステラは、糸が切れたように前のめりに倒れ込む。


「シエステラ様! シエステラ様ぁ!」


 そこでシエステラの意識は途絶えてしまった。

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