第二十六話 反撃の兆し
「くっ」
フィーラは振り向くことなく、槍を後ろへと飛ばした。しかし、それは壁に当たるだけで、相手を捉えた手応えはない。
そして、前からナイフが飛んでくる。
そこに気配は全くなかった。
「あぐっ」
フィーラはナイフが足を掠めて体勢を崩した。
槍を杖にしてなんとか耐えるが、今にも崩れそうなフィーラに、邪悪な笑い声が漏れ聞こえてくる。
(確かに気配は感じるのに、どうしていない!)
フィーラは確かに気配を感じている。
しかし、いるはずの気配が、どうしてもわからない。
(私の感覚が鈍った? いえ、気配を感じないならともかく、気配はある。でも、まるで気配が入れ替わってるような。……入れ替わる?)
その時ふと、つい先日のことを思い出した。
『お姉ちゃんもスキルは持ってますよ。スキル『隠れ蓑』です』
スキル『隠れ蓑』。自分の気配を薄くし、さらに他の物へ移すことができる。
ミシェルのスキルについて、シエステラから詳細を聞いていたフィーラはハッとした。
(この状況は、まさにそのスキルが使われているような)
スキルは同じようなスキルを持つ者もいる。
そして、『隠れ蓑』のような、姿を偽る系統のスキルは、スキルを持つ者の中ではメジャーなスキルだ。
今回の犯人が持っていても、何ら不思議ではない。
(スキル『隠れ蓑』の最大のメリットは、気配を他の対象に移し替えることができること)
そう考えれば、フィーラが相手のことを捉えきれない理由も、目の前に現れた時に姿を確認できたことも説明がついた。
(スキル『隠れ蓑』は、気配を移し替えるだけで、気配自体を消すことはできなかったはず)
フィーラは先程と同じように気配を探った。すると、今度はフィーラの右から気配を感じる。
フィーラは槍に魔力を込め、できる限りの範囲を攻撃した。そこに大きな円形の穴が壁に空くが、当然、そこに犯人はいない。
「はは、錯乱したか? 無駄だってわかってるんだろ?」
男の声が上から聞こえる。そして、フィーラはもう一度、さらに大きな範囲に攻撃を広げた。
攻撃が当たらないことを理解しながら。
フィーラはそれからも、何度も当たらない広範囲の攻撃を続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ふん。家をボロボロにしやがって。まあ、別にいいけどよ」
フィーラの動きは、疲労で鈍くなっていた。
声の主は勝ちを確信したように言葉を漏らす。
そして、最後の攻撃の気配が発せられた。
(ここしかない。一か八か)
フィーラは気配の感じた方向とは全く別の、少し上方向へと攻撃を放った。
「うおっ!」
すると、男の悲鳴が響いて、男が天井から落ちてきた。槍を掠めたようで、そのフードは破れている。
フィーラはもう二度と男を見逃さないように、鋭く睨み付けた。
「やっと、見つけましたよ」
「くっ。どうやって俺の居場所を?」
男は視線を微かに下げて懐に手を入れる。
しかし、フィーラはその手を槍の柄でそれを弾いた。飛び出してきたのは煙幕で、フィーラはそれを蹴り飛ばす。
「同じ手は食いません」
「くっ」
男は苦虫を噛み潰した顔をする。
そんな男にフィーラがタネ明かしをした。
「あなたを見つけたのは簡単なことです。ただ気配がしない方向に攻撃をしただけですよ」
「はぁ? それにしたって、そんなピンポイントに」
「まあ、一か八かであったのは確かです。が、確率は上げておきました」
フィーラは目線をそらさず、くいっと顎だけで、先程攻撃して空いた穴を指した。
男は意味がわからないまま穴を見る。それは一人を狙うにしては、明らかに範囲が大きすぎる攻撃だった。
相手の居場所がわからないからこその大雑把な攻撃。そうとしか思っていなかった。
そんな表情を浮かべる男に、フィーラは不敵に笑った。
「あの攻撃を見て、あなたはどう思いました?」
「あ? ただ我武者羅に攻撃し出したなって」
「そうでしょうね。それで、なるべく攻撃が飛んでこない場所に逃げようとしたのでは?」
「それは、……まさか!」
フィーラの広範囲に及ぶ攻撃に、男は余波を受けないよう、気配を移した先とは正反対の場所に身を隠していた。
「だが……」
「最初の私の攻撃を警戒しているあなたは、平面上には逃げないと思ってましたよ」
そして狙ったのが、気配の正反対の位置にある上の場所。そこから先は勘でしかなかったが、フィーラは見事にそれを当てたのだった。
「さぁ、もう逃がしませんよ」
「くっ。舐めるなよ!」
反撃してきた男に、フィーラは袈裟懸けのように一閃を入れる。
その一撃は簡単に避けられるが、フィーラはさらに続けて槍を振るった。
ナイフで弾かれた槍を大きく回転させて、勢いのままに横になぎ払う。
上に飛ばれて避けられると、フィーラも壁を走るように飛び上がり、追い討ちをかけた。
ただの一瞬も目を離さずに、フィーラはマスクの男を追撃し続ける。
最初は余裕でかわしていたマスクの男も、矢継ぎ早に続けられる攻撃に、徐々に余裕をなくしていった。
「くっ。いいのか? 俺にばかり集中して」
「えぇ、今の私の最優先事項は、ルーシィさんの救出ですから」
目の前の相手に集中し始めたフィーラの実力は、マスクの男を圧倒するものだった。
闇に紛れようとするマスクの男を、フィーラは距離を詰めて逃がさない。
槍の得意な間合いを捨てながらも、マスクの男のナイフを弾く。そして、石突でマスクの男の腹を打ち抜いた。
「がはっ!」
壁に叩きつけられたマスクの男は、その場で動けず踞る。フィーラは警戒を解かず、槍を構えたままマスクの男へ近付いた。
「ルーシィさんは何処ですか?」
「へ、へへ、さあな?」
決着はついていた。しかし、マスクの男は余裕を崩さず、笑みを浮かべる。
「もう聖女も終わりだ。あれが動き出したら、いくら聖女でも、どうすることもできない!」
マスクの男は狂ったような笑みを浮かべてフィーラに詰め寄る。フィーラは舌打ちをして、マスクの男の頭を石突で叩きつけた。
「ぐふっ!」
床にめり込む程の破壊力に、マスクの男は気を失う。完全に沈黙したのを確認すると、クイッと顔を揺らして合図した。
すると、陰に隠れていた神官たちが姿を現し、マスクの男を拘束する。それと同時に、他の一人がフィーラに報告する。
「ルーシィ様を保護しました。気を失っていますが、特に問題はありません」
「よかった」
フィーラは安堵する。しかし、その表情はすぐに真剣なものへ戻った。
「フィーラ様。シエステラ様は?」
「あちらは、ニコラ様もいますし、大丈夫でしょう。まずはルーシィさんを安全な場所へ」
「了解しました」
◇◇◇◇◇◇
『ルーシィさんが捕まっていると思われる建物を見つけた』
フィーラからの報告を受けた時、シエステラはほんの少しだけ安堵していた。
しかし、それ以降の連絡はなく、落ち着かない様子で時計を見ている。
いつものフィーラなら、見つからずとも状況の報告はしてくるはずだからだ。
それがないということはつまり、何かトラブルが発生しているということ。
そして、ルーシィを誘拐した犯人が相手となれば、そのトラブルの内容はなんとなく予想がつく。
(フィーラたちなら問題はないと思いますが)
そう考えながらも、シエステラは言い様のない不安を感じていた。
そんな時、町に張っている結界に不穏な反応があった。
「え? これは?」
結界の周りに集まる魔物とは違う桁違いの力の流れを感じ、シエステラは身構える。
次の瞬間。
「うおっ! な、なんだぁ!」
「きゃあ!」
「うわぁぁ!」
突如として地震が起きた。立っているのもやっとの大きな揺れに、ニコラやミシェルたちも悲鳴を上げる。
大きな揺れはしばらく続き、やっと落ち着いたかと思うと、今度は言い知れぬ重圧が辺りに立ち込めた。
ニコラの不運による雨雲や雷雲とは違う重苦しい雲、靄、霧、いや、得たいの知れない不穏な闇が空を覆い尽くそうとしていた。
「な、なんだ、あれ?」
誰もが目を疑う不気味な闇。そんな中でシエステラだけはその闇の脅威を感じ取っていた。
(あれは、まずい)
シエステラはふと足を前に出していた。聖女としての直感が、すぐに動かなければならないと警鐘を鳴らしている。
「ニコラ様は、ミシェルさんたちをお願いたします!」
「え? は? ちょっ!」
気付けばシエステラは走り出していた。
闇の元。異様な気配の先へと。




