第二十四話 ルーシィの行方
町の外にいた神官たちは二十人程。
彼女たちは町の喧騒に紛れながら、秘密裏にルーシィを探していた。
フィーラは各エリアの班長からの報告をまとめながら、怪しそうな場所を探っていく。
「西エリアは廃屋が多いです。隠れられる場所も多いので念入りに確認してください。南エリアは人通りが多く、紛れがあります。決して見逃さないように」
しかし今のところ、ルーシィに繋がりそうな情報はなかった。
(そこまで大きな町ではないとはいえ、全てを念入りに調べるとなると、やはり時間がかかりますね。しかも、そう簡単に見つかる場所ではないでしょう)
シエステラを誘拐しようとする者は、今までにも大勢いた。
聖女であるシエステラは、表舞台の上では不可侵の存在であり、犯罪に巻き込まれるなんて考えられないことだ。しかし、裏では多くの思惑が渦巻いている。
聖女を手に入れることができれば、世界の実権を握ることすら可能。
そう考える者も少なくない。
それ故にシエステラは子供の頃から誘拐の危険と常に隣り合わせだった。
そういった悪の手からシエステラを守ってきた神官たちは、調査能力も優れている。
そんな神官たちが、これだけ調べても手がかりの一つも見つけられない。
それだけ綿密な計画がされていたと考えることができる。
(それに誘拐されたのがシーラではなく、ルーシィさんというのも気になります)
シエステラの誘拐が可能か不可能かという話を置けば、真っ先に狙われるのはシエステラのはずだった。
しかし、今回狙われたのは一般人に過ぎないルーシィだ。
特にお金持ちというわけでもない。むしろ貧相な家庭の子供に過ぎないルーシィが誘拐されたことに、フィーラは悪い予感を覚えていた。
(とにかく今はルーシィの捜索が先決です)
「フィーラ様」
「テスラ。何かをわかりましたか?」
影に隠れてフィーラに話しかけてきたのは、現在シエステラの護衛のために離れているフィーラの代理で神官たちを束ねているテスラだった。
「はい。今回の誘拐にはルシフル教団が関わっているようです」
「ルシフル教団が?」
思いもよらぬ名前にフィーラが驚く。
「ルシフル教団がどうしてルーシィさんを?」
「先日のブラックドラゴンの一件で我々がルシフル教団が関係していると調べていることに、勘づかれたようです」
その説明を聞いて、フィーラは得心がいった。
「つまり、その調査を妨害するために」
「そう考えられます。ルシフル教団は今のうちに逃げる準備をしているのでは?」
「まんまとやられたわけですね」
フィーラは指を噛む。
ブラックドラゴンでの一件の後、神官たちはルシフル教団の調査を行っていた。
それはもちろんルシフル教団に気付かれないよう秘密裏の動きだったが、それがバレていたらしい。
「どうしますか? 少しでもルシフル教団の捜索に人を割きますか?」
「……いいえ、今はルーシィさんの捜索が先です。シエステラ様もそうお考えでしょう」
フィーラの指示にテスラは微かに怪訝な表情を浮かべていたが、何かを言うことはなく静かに頷き、また陰に隠れた。
「新たな情報があれば報告いたします」
「えぇ、お願いします」
フィーラは溜息を溢し、空を見上げる。
(シーラの神官としては間違った選択なのでしょうね。ですが、シーラが許さないでしょう)
フィーラは意を決したように息を吐き、ルーシィの捜索を再開した。
◇◇◇◇◇◇
「そうですか。引き続きお願いします」
状況を聞いたシエステラは、浮かない顔で通話を終えた。その表情を見て、ミシェルは不安そうにシエステラを見つめる。
「まだルーシィさんは見つからないそうです」
「っ! ねぇ、あんたならどうにかして探すことはできないの?」
「申し訳ありません。何処にいるかわからない人の居場所を調べる魔法はないのです」
数多の魔法を覚えているシエステラだが、何のヒントもなく人を探す魔法は存在しない。
「ミシェル。聖女様に無理を言ってはいけない。とにかく信じるんじゃ」
「わかってる! わかってるけど」
ミシェルは悔しそうに唇を噛む。
そんな表情を見て、シエステラも申し訳なさそうに目を伏せた。
そんな時、不意にニコラが立ち上がる。
「やっぱり、俺も探しに行ってくる!」
「え? ニコラ様!」
有無を言わさずにニコラは駆け出した。
「そんな、無茶ですよ!」
「それでも、いても立ってもいられないだろ!」
ニコラは家を飛び出した。
が、その瞬間に大雨が降りだした。
家を出たばかりなのに、すでにびしょ濡れになったニコラに、シエステラはやっぱり、という目を向ける。
「くっ。これはどうしようもないだろ! それにこのくらいならなんともない」
それでもニコラはめげずにルーシィを探しに行こうとするが、天気はみるみる内に悪くなり、雷鳴まで轟いた。雲はどんどん広がっていき、町全体を覆おうとしている。
このままだと嵐に変わりそうな雲模様に、流石のニコラも立ち止まってしまった。
「くっ」
「ほら、ニコラ様が外に出るから。……え?」
シエステラがニコラを連れて帰ろうとした時、異様な光景に目が止まる。
「あそこだけ、雲がない?」
雷鳴轟く雷雲の中、ただ一点だけ、雲がなく晴れ渡った空があった。まるで何かに守られているかのようにくっきりと丸い空が見える。
それを見て、シエステラはハッとした。
「フィーラ! そちらは雨が降っていますか!」
『えぇ、ニコラ様のせいですか?』
通信の先から聞こえてくるフィーラの声は若干苛立っている。どうやら突然の雨の被害にあっているのはフィーラたちも同じようだった。
ニコラは密かに申し訳なさそうに魔法具から目をそらした。しかし、シエステラはそれを待ってたとばかりに声を弾ませる。
「それなら、そこから空を見れば、一ヵ所だけ雲がない場所が見えませんか?」
「え? あ、そうですね。見えます。あれは?」
「私の加護が効いている場所です」
「それはつまり! 各員、すぐに現場へ向かいなさい!」
フィーラは意図を察して、即座に神官たちへ指示を出した。
「どういうこと?」
玄関の外まで出てきていたガットとミシェルはシエステラに尋ねる。シエステラは一瞬躊躇したものの、事情を話すことにした。
「実は今日の買い物はミシェルさんの誕生日プレゼントを買いに行っていたのです」
「それは、なんとなくわかってたわ」
ミシェルは難しい顔で頷く。
ルーシィがミシェルの誕生日プレゼントを買いに行く時は毎回同じ理由を言うため、ミシェルにはバレバレだったのだが、それをルーシィは知らなかった。
「そうでしたか。それで、プレゼントは買えたのですが、私もミシェルさんにプレゼントしたくて、実はこっそりとそのプレゼントに聖女の加護を付与していたのです」
「聖女の加護を?」
聖女の加護は物にも付与することができる。そして、その持ち主に影響を与える。
今回シエステラが付与したものはささやかなものだったが、それでもその持ち主の災難を払う力を持っていた。
例えば、突然の雨に当たらないような。
「ニコラ様に聖女の加護は通用しません。ですが、ニコラ様のスキルは他人に影響しません。だから、離れた場所にいるルーシィさんには聖女の加護が有効なのです」
「じゃあ、あの晴れてる辺りにルーシィが!」
シエステラが頷く。
「すでにフィーラたちが向かっています。聖女の加護があるので、ルーシィさんも大事には至っていないはずです」
ミシェルは膝から崩れ落ちた。ガットはそれを支えながら、目には涙を浮かべていた。
「あぁ、聖女様。本当にありがとうございます」
「ガット様。まだお礼を言われるのは早いです。ルーシィを無事に助け出さないと」
「そう、ですな。どうかお願いいたします」
ガットは祈るように手を合わせる。ミシェルも懇願するようにシエステラを見上げていた。
シエステラは二人に優しく微笑む。
それはまるで全てを包み込むような慈愛に満ちた表情だった。それを見るだけで、ガットとミシェルは気持ちを落ち着かせることができた。
シエステラの威光。
それが発動した瞬間だった。




