第二十二話 不運の連鎖
シエステラは唖然としてヨロヨロとニコラの元へと歩み寄る。その横で膝をつき、ニコラの様子を見るが、特に外傷は見られなかった。
シエステラは縋るようにフィーラの方を見る。
「フ、フィーラ?」
「大丈夫です。どうやら気絶しているだけのようですね」
その言葉にシエステラは胸を撫で下ろす。
「これは一体どういうことなのでしょうか?」
「私にもわかりません。それにミシェル様たちも見当たらないというのも気になります」
「そうですっ! ミシェルさんは?」
「私がどうかしたの?」
慌てて立ち上がったシエステラに返事をしたのはミシェルだった。ミシェルは部屋の入り口の所で大きなゴミ袋を手にしている。
「ミシェルさん!」
シエステラは涙を浮かべながらミシェルに抱きついた。いきなり抱きつかれ、ミシェルは恥ずかしそうに顔を赤らめて困惑する。
「ちょっ! ど、どうしたのよ!」
「よかった。ご無事だったのですね」
「は? あー、これを見たらそう見えるわね」
ミシェルはシエステラの後ろを見て察したようで、疲れたように言った。
「ミシェル。そっちは大丈夫かい? おや、シエステラ様、フィーラ様。お帰りになっていたのですね」
そんなことをしていると、ガットもやって来た。
「ガット様もご無事のようですね。これは一体何が起きたのですか?」
事態を理解できず、フィーラも困惑している。
そんなフィーラたちにガットも苦笑いを浮かべ、何が起きたのかを説明し始めた。
「あー、何から説明すればいいのか」
◇◇◇◇◇◇
それはシエステラたちが買い物に出掛けてから、それ程しない間に起きた。
その時はまだ、ミシェルたちは穏やかに過ごしていた。ニコラは部屋で筋トレをしていて、ミシェルとガットはリビングでお茶を飲んでいた。
「久しぶりに静かな時間ね」
「そうだのぅ。最近は賑やかなことが多かったからな」
「うるさいくらいだったわよ」
ミシェルはブスッとした顔で言う。
「そうか? ミシェルも楽しそうにしていたと思うが」
「はぁ? そんなことないわよ。いつも面倒なことばかり起こして。迷惑だったわ」
ミシェルは顔を背けてぶっきらぼうに言う。
しかし、その頬は少し赤くなっていた。
ガットはそれ以上何かを言うことはなく、少しだけ笑みを浮かべていた。
そんな時、筋トレを終えた様子のニコラがリビングへとやって来る。
「ふぅ。すみませんが、何か飲み物をもらってもいいですか?」
「それよりも先に汗を拭きなさいよ」
ミシェルは慣れた様子でタオルを投げた。そして、ニコラが汗を拭いている間に、やかんにお湯を沸かしてお茶を用意する。
すでにニコラの行動を予期していたようで、その動きは手慣れていた。
「はい、どうぞ。飲んだら、シャワーも浴びてきてよ?」
「あぁ、ありがとう」
ニコラはミシェルが淹れてくれたお茶を飲もうとコップの取っ手を掴んだ。
しかし、それを口に運ぶ前に、取っ手が外れてしまった。
「あ!」
慌てて掴もうとするが、それは空を舞い、熱いお茶だけがニコラの手にかかった。
「あっちぃ!」
すぐに手を引っ込めるが、その拍子に後ろの棚に腕をぶつけてしまい、棚がニコラの方へと倒れてくる。
「おわぁっ! あぶなっ、って、うわぁ!」
「ちょっ、何やって……」
なんとか棚を支え押し戻そうとするが、今度は何かに足を取られ、前に倒れ込んでしまう。その勢いで壁を破壊してしまった。
「はあぁぁぁぁ? 何家壊してんのよ!」
「ぐへっ、す、すまん!」
しかし、さらなる不運は止まらない。
壊れた壁と連鎖するように、隣の棚までぐらつき始め、それらはミシェルやガットの方へと倒れかかってくる。
「ミシェル! 危ない」
「きゃあ!」
「くっ。うおぉぉぉ!」
ニコラはなんとか立ち上がり、ミシェルとガットを突き飛ばした。そして自分は倒れてきた棚の下敷きになり、
「ぐへっ!」
ちょうど目の前にあった机の角に頭部を強打し気絶してしまったのだった。
「ちょっ! だ、大丈夫?」
「き、気絶しているだけのようだが、すぐに医者を連れて来た方がいいかのぅ」
オロオロと取り乱すミシェルとガットは、とにかく助けを求め、家を飛び出したのだった。
◇◇◇◇◇◇
「それで、お医者さんが見てもらったら、とりあえず気絶しているだけで問題はなさそうだって言うから、道具を持ってきて、そこから掘り出そうとしてたら、あんたたちがいたって訳」
「なるほど、そんなことがあったのですね」
シエステラはなんとも言えない表情で、ニコラを見る。
(ここまでの不運が起きるとは。いえ、ニコラならあり得なくはないですね)
今までに不運が起きた時は、近くにシエステラがいることが多かった。
聖女の加護が効かなくても、魔法で防ぐことできることもあるので、ここまでの大事になることは少なかった。
しかし、今回はシエステラや、フィーラさえもおらず、ミシェルやガットは魔法も使えないため、ここまでのことになってしまったのだろう。
(聖女の加護が効かないからと離れてしまいましたが、油断していたかもしれませんね)
シエステラは、ニコラを一人にしたことを後悔していた。
ニコラが一人で暮らしていた時、ニコラは町から離れた所で暮らしていた。
その理由は、スキル『不運』により他人に迷惑をかけないためだ。
ニコラのスキルは、他人を直接不運にさせるものではないが、近くにいることで、どうしても影響が出てしまうことはある。
今回のことが、まさにその例であった。
(不運を解消すると言っておいて、この体たらく。はぁ、少しショックです)
シエステラは不貞腐れたように、未だに気絶したままのニコラの頬をツンツンとつついた。
ニコラはまだ白目を剥いたままだったが、執拗につついてくる指に耐えられなかったのか、やがてゆっくりと目を開く。
「ん、んぅ?」
「起きましたか?」
「え? シエステラ!」
突然目の前に現れたシエステラに驚いたのか、ニコラはガバッと勢いよく起き上がった。
すると、シエステラはニコラのすぐ横に膝を付いていたため、お互いの顔が触れそうな程に顔が近付いてしまう。
「っ!」
予期せぬ接近にシエステラが息を飲んだ。そしてそれは、ニコラも同様で二人は顔を付き合わせたまま固まってしまう。
「す、すまん」
「い、いいい、いえ」
なんとか声を出せた二人だったが、顔を赤くして向き合う二人は中々動くことができず、結果、ただただ見つめ合うだけの時間が過ぎる。
が、
「いつまで、見つめてるんだ、この野郎っ!」
「へぶっ!」
フィーラに脳天を殴られ、ニコラがまた床に伏した。
「フ、フィーラ、怪我人になんてことを」
「シエステラ様と見つめ合うなんて、百年早いんですよ」
「ちょっと! ふざけてないで、あんたらも片付け手伝いなさいよ。ほとんどニコラのせいなんだから」
「はい」
言い訳なんてできる雰囲気ではなく、三人は素直に頷くしかなかった。
「はぁ、まったく」
ミシェルは呆れた様子で散らばってしまった残骸を集め始めた。
しかし、ふと何かを思い出したように顔を上げて、キョロキョロと周りを見る。そして、シエステラに一つ尋ねた。
「そういえば、ルーシィはどうしたの? 一緒じゃなかった?」
ミシェルの質問にシエステラが首を傾げる。
「え? ルーシィさんなら玄関の所で会いませんでしたか?」
「は? 会ってないけど?」
今度はミシェルが首を傾げてしまった。
「中に入るまで、あんたらが帰ってきてることに気がつかなかったんだから」
「…………え?」




