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第二十話 聖女の宿命

 ドラゴンを討伐してから一週間が経ち、シエステラたちは平穏な毎日を送っていた。


「お祖父ちゃん、体は大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だよ。最近は症状も収まってきているからな」


 掃除をするガットに、ミシェルは心配そうに問いかける。しかし、ガットは元気そうに返事をしていた。


「それでも、まだ本調子ではないのですから、ご自愛ください。私も片付けを手伝いますよ」

「あぁ、フィーラ様、ありがとうございます」


 フィーラはガットが持つ食器のいくつかを受け取り、共にキッチンへと向かった。



 ガットの病はブラックドラゴンの討伐をしてから、少しずつ回復に向かっていた。


 医師の話では、ノールの森に発生していたブラックドラゴンの瘴気により、多くの薬草で有害な物質が確認されたようだ。


 それらは魔物の瘴気による変質で、一般的な検査ではわからないものだったらしく、住民たちは市販の薬から魔物の瘴気を少しずつ摂取することになり、病が広まっていったのだとか。


 今は瘴気も薄れており、住民たちの病も少しずつ回復に向かっているようだ。


 騎士団はブラックドラゴンの出所を調査するために、一度この町から去っている。


 そのため、シエステラたちが泊まることができる宿も多くなってきているのだが。



『出ていってしまうのですか? 聖女様』



 という寂しそうな顔のルーシィに絆され、シエステラたちは継続して、この宿に泊まることにしたのだった。


「ふふん、ふふーん」

「ちょっと、ルーシィ。危ないわよ」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」


 ルーシィは山積みになった皿を軽々と運んでいく。心配そうにしているミシェルだが、ルーシィは楽しそうに言う。


 上機嫌なルーシィに、ミシェルは呆れた様子で溜息を漏らす。


「前はそんなことにスキルは使わなかったのに」

「だって、使い勝手がいいんだもん」


 ルーシィは嬉しそうに笑う。


「そのスキル、使うようになったのですね」

「はい。使ってみると、すごく役に立ちますね」


 ルーシィは器用に皿を重ねていく。


 ルーシィのスキル『重量操作』は、日常生活において、かなり有用なものだった。


 今までは地味なことしかできず、あまり人前で使っていなかったルーシィだが、以前にニコラたちに褒められたことで、積極的に使うようになっていた。


「それにしても、ルーシィさんがスキルを持っているということは、もしかして、ミシェルさんも?」


 スキルとは、万人に与えられらものではない。


 スキルを持つだけでも特別とされているが、双子などが生まれる時、その両方にスキルが与えられることは珍しくなかった。


「教えない」


 ミシェルはぶっきらぼうに言う。


「お姉ちゃんもスキルは持ってますよ。スキル『隠れ蓑』です」

「ちょっと!」

「隠れ蓑、なるほど」


 シエステラはスキル名を聞いて頷いた。


 スキル『隠れ蓑』は、自分の気配を薄くして、さらに他の物へ移すことができる。スキル名の通り、何かを隠れ蓑に姿を隠すことに特化したスキルとなっている。


 スキルの種類としては有名なもので、スキルを持つ者の中では、同じようなスキルを持つ者は少なくない。


「すごいスキルじゃないですか」

「でも、私のは日常生活では使いづらいわ」


 ミシェルの言う通り、スキル『隠れ蓑』は戦闘において重宝されるスキルだが、日常生活で必要となる場面は少ない。


「怒られた時に逃げるとか?」

「私は怒られるようなことはしないのよ。あんたと違って」


(失礼なっ!)


 シエステラは思わずムッとしてしまった。


(私だって別に、そんなに怒られてませんよ。少しです、少し)


 シエステラは頭の中で言い訳を浮かべながら、思い返す。


『シーラ。人が見てないからって、だらしない格好はしないでください』


『お菓子の食べすぎですよ。今日はここまでです』


『シーラ! また勉強をサボりましたね!』


 思い返せば、すぐに頭に浮かぶのはフィーラの怒った顔。シエステラはジトッとした目を向けるフィーラをスルーして、一つ咳払いをする。


「こほん。まあ、とにかく、驕ることはいけませんが、スキルを持っていることは、恥ずかしいことではありませんよ」

「ニコラみたいなスキルでも?」

「………………ふぅ」


 シエステラは何か反論しようとしたが、何も思い浮かばず、天井を見上げ、息を漏らした。


 そして、考える。何か反論を。


 最初は何も思い浮かばなかったが、ふと、一つだけ思い付いたものがあった


「ニコラ様のスキルも役に立つ時はあります。この前のドラゴンを発見したのは、ニコラ様のお陰ですね」


 シエステラがドラゴンを見つけたのは、突然、地面が崩落したからだ。それは普段のシエステラであれば、起こり得ないことで、ニコラのスキルが原因であることは、疑いようがない。


「本来、ドラゴンと遭遇するのは不運ですが、私にはそんな不運は通用しませんでした」


 一般的な人間がドラゴンと遭遇すれば、命はないだろう。まさに死ぬ程の不運だが、その不運に落とされながらも、シエステラたちは生還した。


 それは確かに、ニコラの不運が事態を好転させた例であった。


「でもそれ、結局あんたじゃなきゃ、駄目だったってことでしょ?」

「流石はシエステラ様です」


 ルーシィは嬉しそうにはしゃぐ。手に持った皿の存在を忘れてしまったような動きに、積まれた皿は大きく揺らいだ。


「ちょっ、危ないわよ!」

「え? あっ!」

「うおわっ!」


 重ねていた皿がフワリと浮き、宙を舞う。そして、それが飛んだ先はちょうどよくニコラの足元で、割れた皿が辺りに散らばった。


「おわぁ!」

「ああぁ! ご、ごめんなさい!」

「もう、何やってるのよ」


 ミシェルが溜息を吐き、すぐに片付けようとルーシィとミシェルが動き出す。シエステラもそれに加わった。


「私が破片を拾います。ルーシィさんはタオルを持ってきてください」

「わ、わかりました」


 シエステラは聖女の優雅な所作で、細かな皿の破片を拾い集める。


「ん? あ、おい、シエステラ」

「はい?」


 ニコラはシエステラの繊細な指先に目を留めた。シエステラの指先からは、微かに血が滲んでいる。小さな破片で切ってしまったのだろう。


 だが、シエステラは破片を拾うことに集中しているせいか、その怪我に全く気付いていないようだった。


「シエステラ。ちょっと、待て」

「ニコラ様。どうかされましたか?  この通り、すぐに片付きますから、ご心配なく」


 シエステラはいつも通り完璧な微笑みを向け、ニコラの言葉を気に留めず次の破片に手を伸ばそうとする。


「いや、違う!  怪我してるぞ!」


 ニコラが慌ててシエステラの手首を掴むと、シエステラは初めてその小さな傷に気付いた。


「え? あ、本当ですね」

「シ、シエステラ様! 結構切れてるみたいですよ! すごく血が出てます!」


 反応の薄いシエステラに対して、ルーシィは慌てて救急箱を取りに走る。


「なんで、気付かないのよ。すぐに指を消毒しなきゃ」


 ミシェルも動揺してルーシィを追いかけた。


 シエステラはそんな二人をやや困ったように笑みを浮かべながら見送る。


「ふふ、この程度、大したことないのに」

「いやいや、結構深いぞ? 痛くないのか?」

「痛く? いえ、それは……」


 シエステラは何かを言おうとして止まる。そして、やや気まずそうに苦笑いを浮かべた。意味不明な反応にニコラはキョトンとした。


 そこへ騒ぎを聞き付けたらしいフィーラがやって来た。


「はぁ、シエステラ様。治療をしますので、こちらへ来てください」


 ◇◇◇◇◇◇


「もう。聖女様の加護も、自分で傷を付けるのは防げないのですから、気を付けないと」

「わかってます。油断していました」


 シエステラたちは別の部屋へ移動し、フィーラは慣れた様子でシエステラの指を治療する。


 深く切れた指からはずっと血が流れていたが、シエステラはずっと平然としていた。


「ありがとうございます、フィーラ」


 そして、治療を終えると、シエステラはそそくさとミシェルたちの元へと駆けていった。どうやら掃除の手伝いに向かったらしい。


 部屋に残されたのは、フィーラと様子を見ていたニコラだけだ。

 ニコラはフィーラに素朴な疑問をぶつける。


「なぁ、シエステラって、痛みを感じない魔法でも使ってるのか?」

「どうしてそう思われるのですか?」


 フィーラは救急箱に道具をしまいながら目線も向けずに返事をする。


 気まずい雰囲気に、ニコラは次の質問を躊躇したが、気になる衝動には逆らえずに続きを聞く。


「さっきシエステラが指を怪我した時、シエステラはまったく気付いてなかった。あんなに血が出てたのに、だ。普通じゃないだろ?」


 指の怪我に過ぎない。そう考えてしまえばそれまでだが、まったく気付かないということに、ニコラは疑問が拭えなかった。


 しばらくフィーラは無言で手を動かしていた。しかしやがて、フィーラは諦めたように溜息を漏らす。


「この旅を続ける以上、あなたにも少しは知っていていただいた方がいいでしょうね」


 そうしてフィーラは真剣な顔で振り向き、ニコラへ語り始める。


「シエステラ様には女神様の力が宿っています。それは知っていますね?」

「あぁ、そのくらいは」

「ですが本来、女神様の力は人間には分不相応な力なのです」


 フィーラの視線は宙を向いていた。そこにいないはずのシエステラを想うように。


「シエステラ様は常に身体を切り裂かれるような痛みを抱えています」

「え?」


 ニコラは信じがたい話に目を見開いた。


「人間の身に余る力を宿しているため、シエステラ様の身体はその力に耐えきれず常に悲鳴を上げているのです」

「そんな……、今までの聖女もみんな?」

「えぇ、これは聖女様の宿命です。聖女様は皆、生涯その痛みを抱えて生きていきます」


 聖女としての過酷な運命に、ニコラは息を呑んだ。しかしそこで、一つの疑問が浮かぶ。


「でも、シエステラはそんな風に見えな……」


 フィーラの鋭い視線がニコラの言葉を遮った。


「シエステラ様は幼い頃から、聖女として育てられてきました。聖女様が痛がったり、苦しんだりする姿を見たいですか?」

「……いや、聖女だって人間なんだから、そういう姿を見せることだってあるだろ?」

「……、世間はそう考えません。そして、聖女神教会も」


 フィーラは唇を噛み締める。


「シエステラ様は物心付いた頃から、痛みに耐える教育を受けてきました。どんなに身体が痛もうとも、常に微笑みを絶やさず、慈愛を振り撒く完璧な聖女。それを体現するのが聖女様なのです」


 フィーラの悲痛な告白に、ニコラは唖然としていた。しばらく言葉が出せず、悲しみに暮れるニコラは、やっとの思いで口を開いた。


「そんなの……」

「ニコラ様。シエステラ様の聖女としての生き方は、ニコラ様が思うよりも重いものです。軽はずみなことは言わないでください」


 その一言で、ニコラはもう何も言えなくなってしまった。


「さぁ、戻りましょう。ニコラ様」

「……あぁ」

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