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第十九話 不穏な気配

「この度はご協力、誠にありがとうございました」


 騎士団団長のヘルムは深々と頭を下げてシエステラに感謝の言葉を述べた。それに続いてヘルムの部下たちも頭を下げる。


「いえいえ、当然のことをしたまでです」


 シエステラは笑顔でヘルムに答える。


 シエステラたちがいるのは、町の役場にある応接室の一つだ。


 ヘルムは大量発生した魔物の討伐への協力及びドラゴンの討伐に関するシエステラたちへの感謝を伝えに来ていたのだ。


「このような簡素な形になってしまい、申し訳ありません」


 ヘルムが言うように、魔物の大群とドラゴンを討伐したシエステラたちに対して、たった一部屋の中で感謝を述べるだけというのは、達成した事柄に比べればあまりにも質素なものだった。


 しかし、これにはそうしなければならない理由があった。


「構いませんよ。あまり大々的にやると、国王様にまで影響が出てしまいますから」


 聖女であるシエステラの今回の功績を、まともに評価するならば、国王が直々に赴き、大規模な祝宴を開くようなレベルの話になる。


 シエステラたちもそこまでのことは望んでいなかった。


 そのため非公式ではあるが、騎士団の団長が直々に感謝の言葉を述べに来るといった今の状況が生まれたのだ。


「お心遣い感謝いたします」


 改めてヘルムが頭を下げると、話は今回発生した事件の説明へと変わった。


「それで、あのドラゴンは何処から来たのかわかったのですか?」


 フィーラが尋ねる。

 それにヘルムが首を横に振った。


「残念ながら詳しいことはわかりませんでした。強いて言うなら、生まれてからだいたい百五十年が経っている個体と思われるくらいでしょうか」


(それは予想通りですね。となると、新たな情報はなしということですか)


 シエステラが予想していた年齢と騎士団の調査によって導き出された年齢はほぼ一致しており、シエステラは驚くこともなく受け入れた。


「いつからあそこに?」

「それも不明です。ですが、聖女様の推測通りだと考えるならば、病が流行り始めたのは五ヶ月程前なので、恐らくはその少し前からかと」


 ドラゴンの放つ瘴気が、この町で流行っている病の原因かもしれないということは、すでに伝えていた。


 今は騎士団でドラゴンの瘴気と病の関係性を調べているようだが、それにはもう少し時間がかかるようだ。


「ですが、ドラゴンの瘴気が関係しているとなれば、魔物の大量発生も病の流行も説明がつきます。何かしらかの関係があるというのは間違いないでしょう。問題は、何故、ドラゴンがこんな所にいたのかということですが」


 ヘルムは悩ましげな溜息を漏らす。そんなヘルムを尻目にフィーラがニコラの方を睨んだ。


「まさか、貴方の……」

「うっ。やっぱりそうなのか?」


 ニコラも同じことを考えていたようで、気まずそうに眉を寄せる。しかし、シエステラは否定するように首を振った。


「おそらく今回のことは無関係です」

「え? そうなのですか?」


 はっきりと否定するシエステラに、フィーラが首を傾げる。


 今までの流れであれば、ドラゴンの出現、という稀有な現象は、ニコラのスキル『不運』が関係しているとしか考えられなかった。


 実際、今までにシエステラたちが魔物たちに襲われてきたことも、シエステラはニコラのスキルの影響だと言っていた。


 しかし、今回だけははっきりと否定するシエステラに、フィーラは騎士団に聞こえないよう小声で尋ねる。


「説明していただけますか?」


 フィーラの問いにシエステラも小声で答える。


「時期が合いません」

「時期?」

「ニコラ様のスキルの法則を覚えていますか?」


 シエステラの指摘にフィーラはハッとした。


 ニコラのスキル『不運』の法則。

 シエステラたちが推測したのは三つだ。


 一、運が悪くなるのはスキル保有者のみ。他の人間に直接的に影響を与えることはない。

 二、不運なことが起きるのは現実的に起こり得る範囲内。あり得ない事象は起きない。

 三、スキルは常時発動型ではない。しかし、トリガー式なのか、ランダム式なのかは不明。


「その内の一つ、運が悪くなるのはスキル保有者のみ。ニコラ様がこの町に来てから、ドラゴンが現れたのならわかりますが、今回の場合はそうではありません」


 騎士団の調べでは、ブラックドラゴンがノールの森の地下にやってきたのは、だいたい五ヶ月前ということだった。


 しかし、ニコラがこの町に来てから、まだ一ヶ月も経っていない。


 その間、不運に直接見舞われていたのは、この町の住民であり、ニコラ以外であった。


「私たちがドラゴンに遭遇したのは、確かにニコラ様のスキルが原因でしょう。ですがそれは、最初から、この場にドラゴンがいたからだと思われます」

「なるほど。私たちの推測が正しいとなれば、そういうことになりますね」


 フィーラは納得して頷いた。


「そうなると、原因は不明ですか」

「いいえ。一つだけ心当たりはあります」


 そこで、皆に聞こえるようにシエステラが告げる。


「え? 聖女様、それは……」


 ヘルムが答えを求めると、シエステラは神妙な顔で口を開いた。


「今回のドラゴンは、偶発的にやって来たとは思えません。本来、ドラゴンを使役することは不可能です。ですが、それがブラックドラゴンなら話は変わります」

「っ! ま、まさか、シエステラ様」


 フィーラはシエステラの言おうとしていることを察し、少し焦った表情を浮かべた。


「聖女様、フィーラ様。それはどういうことでしょうか?」


 ヘルムは意味がわからず、他の団員たちも同じようで首を傾げていた。


「ルシフル教団という名を聞いたことは?」

「ルシフル教団。それは、異端教の……」

「えぇ、そうです」


 ルシフル教団の名前が出ると、フィーラやヘルムの雰囲気が鋭くなった。


 しかし、ニコラだけはそれを知らない。


「すまん、ルシフル教団ってのは、何だ?」

「聖女神教を敵視する過激な組織です」


 ニコラの疑問にシエステラが答える。


 この世界で広く信仰されているのは女神シエステラだ。細かな差はあれど、信仰している存在は女神シエステラに変わりはない。


 しかし、この世で唯一、女神シエステラ以外を信仰する者たちがいた。

 それがルシフル教団の人間たちだ。


 魔王ルシフルを崇拝する者たちであり、今の世界は邪神シエステラによって奪われた偽りの世界だというのが、ルシフル教団の主張だ。


 魔王ルシフルは魔物たちの王であったことから、ルシフル教団にとっては魔物たちも信仰の対象となっている。


 そして、どういう仕組みなのか解明はされていないが、ルシフル教団は魔物を使役することができるとされていた。


 その中でも特にブラックドラゴンは、原初のブラックドラゴンが魔王ルシフルの側近であったとされていることから、ルシフル教団と協力関係にあるとされている。


「実際に見たことはありませんが、ブラックドラゴンがいたとなれば、その存在を疑わなければならないでしょう」

「ルシフル教団。もし本当なら大変です。すぐにでも国に戻り、報告しなければ」


 ルシフル教団は聖女神教を敵視しており、世界中で様々な犯罪を犯していた。

 各国もルシフル教団を危険分子と捉え、協力して調査をしている。


 しかし、今でも正体は霧に包まれているように掴めていなかった。


「ルシフル教団の目的はわかりませんが、この町に何かをする可能性が高いです。我々はすぐに本部へ戻り、援軍を要請したいと思います」

「えぇ、お願いいたします」


 そうして騎士団は本部のある首都へと戻っていったのだった。



「シエステラ様。ルシフル教団が動いているとなると、どんな目的があると思われますか?」


 騎士団が帰った後、三人になった所でフィーラが尋ねた。シエステラは少しだけ思案するように目を閉じた後、静かに口を開く。


「ルシフル教団の最終目的は、魔王ルシフルの復活です。その手段はわかっていませんが、もしかしたら、この当たりにそのヒントがあるのかもしれませんね」


(ですが、今回のことで、あちらも私のことを意識したはず。今度は何をするつもりなのか)



 ◇◇◇◇◇◇



「まさか聖女が出張ってくるとは」

「面倒なことになったな」


 とある場所にて、不穏な人影があった。


 そこにいる人間たちはローブで顔を隠し、闇に紛れて話をしている。


「しかし、聖女が旅に出るという話は聞いていたが、あの町を経由するという情報はなかったはずだが?」

「それについて詳細は不明だ。しかし、もうしばらくは滞在するらしい」

「そうなると計画を継続するのは難しいか?」


 一人が言った後、全員が黙る。

 しかし、それからしばらくして、その中のリーダーと思われる男がおもむろに口を開いた。


「いや、どうせ今回のことで聖女には怪しまれたはずだ。遅かれ早かれ我々の元に辿り着いてしまうだろう」

「なら、どうするんだ? ここを放棄して逃げるのか?」

「いいや、むしろこれは好機だ。ここで奴らを消してしまえばいい」


 一人の男が言った言葉に辺りは騒然とした。


「そんな馬鹿な! ブラックドラゴンを倒すような奴らだぞ」

「我らでどうにかなる相手ではない」


 ほとんど全員が反対する中、リーダーの男は余裕のある素振りで話を続ける。


「問題ない。あれを使う」

「あれ、だと? まさかっ!」


 驚愕、そして、静寂。重苦しい空気が部屋の中を埋め尽くす。誰もが口を開くことすら躊躇う。


 それを見てから、リーダーの男は笑みを浮かべ、今度は静かに話し始めた。


「あれの検証はもう最終段階だ。すでに本部からの実証実験の許可も降りている」


 周りから、おぉ、と声が漏れる。

 それは期待に満ちた声だった。


「なるほど。それなら聖女といえど、問題ないということか」

「そういうことだ。他に異論はあるか?」


 リーダーの男の問いかけに、少しの沈黙の後、一人の男が口を開いた。


「しかし、そのためには大規模な準備が必要だ。その動きに勘づかれたらどうするんだ?」

「それについても問題ない。奴らの目を他のことに釘付けにすればいいだけだ」


 そう言って、リーダーの男は一つの姿見を見せる。そこに写っている人物に、男たちから気味の悪い笑みが漏れた。


「なるほど。それはいい」

「これで異論はなさそうだな。それでは作戦を実行する」


 男たちが見る姿見に写っているのは、小さな少女の姿見だった。

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