第一話 歴代最高の聖女と、勇者?
これは遥か昔、神話の時代の物語。
神々すらも畏怖する強大な力を手に入れた魔王ルシフルがいた。魔王ルシフルは世界の理を乱す程の強大な力を持っていた
その絶対的な闇に敢然と立ち向かったのが、女神シエステラである。聖なる純白の光を纏う彼女は、神々の威光を背に魔王と対峙した。
女神と魔王の戦いは熾烈を極めた。
魔王の力は女神の想定を遥かに越え、女神一柱では抗えなかった
そこに、一筋の希望として現れたのが、人間の勇者だった。
(そして、戦いの果てに女神は力尽き、その力のほとんどは地上へと降りてきた。その力の多くを継承した人間を、人々は聖女と呼んだ)
聖女には、その証として刻印が刻まれており、一つの時代に一人しか存在し得ない。
彼女たちは聖女神教会によって女神と同じ名を継承し、シエステラと名付けられる。
そうして現代、歴代最高と称される才能を持った聖女がいた。
「おぉ、聖女様、今日も麗しゅうございます」
「聖女様。どうか我々にご加護を」
多くの者に崇められる聖女シエステラは、教会の外に集まる信徒たちに向かって、窓辺から優雅に、そして優しく手を振る。
もはや一言の言葉も必要ない。その至高の麗しさと慈愛に満ちた微笑みこそが人々にとって生きた奇跡だった。
彼女の姿を一目見ようと、教会の周りには信徒たちの波が日々途切れることはない。
シエステラは慈愛に満ちた表情を浮かべ、静かに窓辺から姿を消した。人々は至福の時間に満足しつつも、残念そうな溜め息を漏らす。
これがシエステラの日常だった。
シエステラが教会の大理石の廊下を歩く。しかし、その表情は先ほどまでの慈愛に満ちた表情とは一変していた。
「はぁ、今日も皆さんから羨望の眼差し。気持ちよかったぁ」
シエステラは陶酔にも似た恍惚の表情を浮かべ、自分に向けられた視線を反芻していた。
シエステラは物心ついた頃から、聖女として厳しい教育を受けてきた。
その反動から、自分を尊敬し、敬い、崇める人々の反応がたまらなく心地よかったのだ。
崇拝の仮面の下に隠された緩んだ表情。それは教会という聖域の中で一部の人間だけが知るシエステラの真の姿だった。
「さて、これからの予定は」
「シエステラ様!」
「フィーラ?」
シエステラを呼ぶ切迫した声が聞こえてきて、そちらに視線を向けると、一人の女性が慌てた様子でシエステラの元は走ってきた。
赤く長い髪をたなびかせる女性は、シエステラ付きの神官の中でも、神官たちを束ねる神官長フィーラだった。
「どうしたのですか? そんなに息を切らして」
「た、大変です! 勇者様が見つかったとの報告が入りました!」
「っ! 勇者様が?」
シエステラが驚愕に目を見開く。
勇者とは、古の時代に女神と共に魔王を封印した人間のことを指す。勇者もまた時代と共に受け継がれるものだ。
しかし、聖女とは違い、全ての時代に存在するわけではなく、世界の危機が迫った時にのみ生まれるとされていた。
「私の神託が当たっていたということですか?」
シエステラは女神の生まれ変わりとして、稀に天からの声を聞くことができる。それは神託と呼ばれ、様々な情報をもたらしてくれる。
そして今回、シエステラは神託によって、勇者の誕生を知ったのだった。
シエステラはすぐにフィーラに事情を伝え、極秘裏に勇者の捜索をさせていた。
そうして一ヶ月が経った今、勇者を見つけたという報告が来たのだった。
「すぐに会えますか?」
勇者が誕生したということは、つまり世界に危機が迫っていることを示している。そして、その危機とは魔王の復活だと考えられていた。
魔王は女神と勇者が協力し、初めて封印することができる程の強大な力を持つ存在。
例え歴代最高の聖女とされるシエステラであっても、そんな魔王に一人で立ち向かうことは難しいだろう。
シエステラが世界を救うためには、勇者の協力が必要不可欠だった。
その存在が見つかったとあって、すぐにでも会いたいと願うシエステラに、報告に来たフィーラは、やや気まずそうな表情を向けた。
「うっ。当然、そうなりますよね」
「当たり前でしょう?」
フィーラが躊躇う理由がわからず、シエステラが首を傾げた。
勇者捜索を命じ、その存在を強く求めたのはシエステラだ。見つけたならすぐにでも会いたいと言うのは、フィーラも予測できるはずなのだが。
「シエステラ様。勇者様はこちらの方に来られているのですが、本日はお疲れだと思われます。面会は明日の方がよろしいかと」
「まだ昼前ですよ? 連れてこられて放置する方がよほど失礼に当たるのでは?」
「それは、そうなのですが」
フィーラが戸惑いを隠せない表情を見せる。
「何かあったのですか?」
シエステラの知るフィーラは、こんなことで言い淀むような性格ではなく、むしろはっきりとシエステラにも諫言できる人間だった。
そんなフィーラがここまで躊躇するとなると、何か問題が発生したとしか考えられず、シエステラの表情が険しくなった。
そんなシエステラに、フィーラは慌てて口を開く。
「いえ、何か問題があったわけでは。ですが、今は少し、シエステラ様と会うには、あまりにも身だしなみが乱れているかと」
「身だしなみが?」
その言葉にシエステラが眉根を潜める。
現代の勇者がどのような出自で、どのような姿形をしているのか、シエステラは知らない。
当然、一般人生まれの可能性はあり、出自に難がある可能性もある。
もしかしたら、シエステラの横に立つのに相応しくない、みすぼらしい姿であるかもしれない。
しかし、本心は別として、シエステラは聖女として、どんな相手にも分け隔てなく接するのが表向きの姿勢だった。
それはフィーラも知っているはずだ。
「私がそのようなことを気にするとでも?」
「そういう意味の話では……。うーん。わかりました。すぐに準備をいたします」
不機嫌になったシエステラに、フィーラは最後まで煮えきらない態度のまま下がっていった。
シエステラは納得できない表情のまま、応接間へ移動して、勇者を待つことにした。
それから数分後、応接室で待つシエステラの元へフィーラがやって来た。
「シエステラ様。勇者様をお連れしました」
「わかりました。通してください」
「はっ」
扉が開き、差し込んでくる光の中に人影が浮かんだ。期待に胸を弾ませたシエステラは、入ってくる存在から目を離せない。
(女神と言えば、勇者様。これは神話のセットのようなもの。ということは、歴代最高の聖女に勇者様が備われば、私はより女神の領域に近付けるというもの)
シエステラは密かにほくそ笑んだ。
歴代最高の称号は、シエステラにとって自己を証明する揺るぎない玉座であった。彼女はそれを誇り、何よりも渇望していた。
歴代の誰よりも女神に近い存在として、自分の存在が誰よりも優れた存在だと信じて疑わなかった。
そのため、女神の伝承になくてはならない勇者が自分の近くにいるということも、自分が聖女たることを証明する重要なパーツだと考えていた。
(くふふ。勇者様がいれば、私への尊敬度はますます増すことでしょう。これで、わたしはもっと完璧に近付くことができます)
シエステラは期待に胸を高鳴らせ、入ってきた存在に目を向ける。
そして、そこに立っていたのは、
全身包帯でぐるぐる巻きの男だった。
「ミイラ男が侵入しましたっ!」
いきなり現れた異常な存在に、シエステラは即座に魔法で攻撃しようとする。
「シエステラ様、落ち着いてください!」
シエステラが全身包帯でぐるぐる巻きの男に向かって魔法を発動しようとしたところで、フィーラが必死にそれを制止した。
「フィーラ! ミイラ男が! そこにっ!」
「落ち着いてください、シエステラ様。あれが、あれが勇者様なんです!」
「………………は?」
フィーラの言葉にシエステラがポカンと目を丸くして固まった。
そして、もう一度全身包帯でぐるぐる巻きの男の方を見るが、その男は男であることが辛うじてわかるくらいで、それ以外のほとんどは包帯で隠されている。
シエステラがミイラだと勘違いしてもおかしくないくらい異常に包帯でぐるぐる巻きにされている存在だった。
シエステラは、眼前の現実とフィーラの言葉が結びつかず、口をパクパクと開閉させる。
声にならない疑問に、フィーラがもう一度はっきりと答えた。
「この方が現代の勇者様、ニコラ様でございます」
「え? えぇぇぇぇぇぇ!」




