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第十八話 聖女の決まり

「二番隊が負傷により後退! 三番隊も負傷者多数! 右翼側が押されています」

「くっ。まずい。押しきられるぞ」

「私が行きます!」


 ノールの森では、フィーラたちが魔物に苦戦していた。


 最初はフィーラの活躍もあり、魔物を押し返すことができていたのだが、奥へ進めば進む程、魔物たちが強くなり、逆に追い込まれる形になってしまった。


「魔物の数も強さも最初とは桁違い、ですね」


 フィーラは騎士団を守りながら、ほぼ一人で魔物たちを駆逐していく。しかし、ここに来て、フィーラの体力も限界に近付いていた。


 すでに魔力は付き、魔法は使えない。今は単純な槍術のみで魔物たちと戦っていた。


 魔物の肉を切り裂くだけの力を振るいながら、息も切れている。


「一度、後退したいところですが……」


 限界が近いことを理解し、魔物たちは執拗にフィーラを狙う。死をも恐れぬ苛烈な攻めにフィーラは冷や汗を流した。


(魔物に恐れを抱くのは久し振りです)


 二体の魔物がフィーラに襲いかかる。後ろには負傷した騎士団。避けることはできず、二体を一気に倒せる体力も残っていない。


 フィーラは瞬時に二体同時に倒すことを諦め、一体の首を槍で貫き、もう一体の攻撃を歯を食い縛って耐えた。


「ぐうっ!」


 魔物の爪がフィーラの右足を貫き、ガクッと膝を付く。それでもフィーラは怯むことなく、下がろうとする魔物の足を掴み、地面へ叩きつけて腹を槍で貫いた。


「グギャ!」


 魔物たちはフィーラが負傷したのを、ほくそ笑むように口を歪める。


「フィーラ様! ご無事ですか?」

「問題ありません。私よりも他の方を治療してあげてください」

「し、しかし……」


 フィーラの後ろにいる騎士団員の中には重傷を負い、意識を失っている者も多い。


 衛生兵は全く足りておらず、このままでは命を落とす者も増えるだろう。


 まだ動けると判断したフィーラは、自分の身を後回しに考えていた。


 痛みに顔を歪めながらも、フィーラは魔物たちの前に立ち塞がる。


 先程まではニヤついていた魔物たちも、フィーラの風格に余裕をなくしたようだ。


「ググググッ」


 魔物たちはフィーラ一人に狙いを絞った。

 一気に押し寄せてくる魔物たちを、フィーラはなんとか捌いていく。しかし、数の多さには敵わず、全てを受け流すことはできなかった。


「くっ。加勢に行けない!」


 騎士団員たちも目の前の魔物たちを相手にするのが精一杯で、フィーラを見守ることしかできなかった。


 自由に動けないフィーラだったが、それでも魔物たちを次々に斬り伏せていく。


 しかし、すべてを防ぐことはできず、小さな傷が増えていく。息も上がり、動きは少しずつ遅れていった。


「くっ。かはっ」


 遂にフィーラはまともに魔物の攻撃を受けてしまう。木に叩きつけられたフィーラは、苦しそうに呻く。それに追い討ちをかける魔物の一撃が、フィーラの肩を貫いた。


「ああぁ!」


 肩が燃えるように熱くなり、耐えきれず槍を落としてしまったフィーラに、トドメを刺さんと魔物たちが群がった。


「くっ」


 なんとか槍を掴み直し構えるが、どう見ても捌ききれる数ではない。


(これは、流石に)


 フィーラは来る痛みに備え、目を瞑った。


 しかし、その瞬間。


「グガッ?」

「え?」


 突然地面が揺れた。地震というよりは、何かが爆発したような揺れだ。魔物たちも突然の揺れに攻撃も忘れて動揺している。


 しかしそれは、ほんの一瞬で止まった。


「収まった? ……きゃあ!」


 その揺れが落ち着いたかと思うと、今度はもっと大きな揺れがフィーラたちを襲う。そして、ゴゴゴッと地面に亀裂が走る。


「これは、まずいっ! つっ!」

「ギャア、ギャア!」


 フィーラはすぐに逃げようとするが、足に力が入らず動けない。


 そして、地面の亀裂が辺りに一体に広がり地面が抜け、魔物たちもフィーラも全てを飲み込んでしまった。


「きゃああぁぁぁ!」



 ◇◇◇◇◇◇



「やばいっ! 早く逃げないと!」


 洞窟の中にいたニコラはシエステラの手を掴んで逃げようとした。しかし、シエステラは落下してくる天井を見ながらも落ち着いた様子で言う。


「いえ、問題ありません」

「は? いやでも、これは」

「それに、助けないと」

「え?」


 シエステラは上に両手を構えた。


「万里の理を司る女神よ。その理に逆らう力を我に与えたまえ。グラビティ」


 そう言うと、落ちてくる瓦礫の速度が、まるで水の中に入ったかのように遅くなった。

 そして、それはさらに遅くなっていき、最終的には空中で動きを止める。


 シエステラが魔法で抑えている瓦礫は、先ほどのドラゴンなんかよりも遥かに重いだろう。


 涼しい顔をしているシエステラに、ニコラは呆気に取られていた。


「ば、化物かよ。……ん?」


 そうして上を見ていると、見知った姿が目に入った。


「あれって、フィーラさんじゃないか?」

「そのようですね。他にも落ちてきた方や魔物もいるようですが」


 言いながらシエステラが片手を下げる。すると、空中で止まっていた魔物たちが、吊り上げていた糸が切れたように落下していく。


「ギッ、ギャアァァ!」

「ガッ!」


 ボタボタと落ちてくる魔物たちは地面に衝突して粉々になっていく。


 容赦のない行動に、ニコラが少しだけ恐怖を覚えていると、シエステラはただ一点だけを見ていることに気付いた。


 その視線の先にいるのはフィーラで、シエステラはフィーラを慎重に、丁寧に地面へと下ろしていく。


 それにつられるように、一緒に落ちてきた騎士団員たちも地上へと下ろした。


「フィーラ。大丈夫ですか?」

「えぇ、問題ありません。ありがとうございます。シエステラ様」


 シエステラはフィーラの肩に触れようとする。が、フィーラがその手を掴みソッと離した。


「シエステラ様。負傷者は他にもいます。わかっておられますね」

「……えぇ、わかっています」


 一瞬、シエステラは唇を噛み、負傷した騎士団員の元へと駆け寄っていく。


「怪我をされた方は教えてください。私がすぐに治しますので。動けない方には手を貸してください!」

「おぉ、聖女様。ありがとうございます」


 シエステラは聖女の加護を使い、一気に数十人の傷が癒していく。意識を失っていた騎士団員たちも、傷が癒えると目を覚ましていった。


 治癒魔法なんて目じゃない程の、圧倒的な力。


 ニコラは感嘆の声を漏らす。


「やっぱり、シエステラはすごいな」

「えぇ、当然です。シエステラ様ですから」


 ニコラの呟きに、フィーラは肩を押さえながら自慢気に言った。


 その姿は痛々しく、ニコラは聞かずにいられなかった。


「どうして治してもらわなかったんだ?」


 シエステラは先程、フィーラの傷を治そうと手を伸ばしていた。しかし、フィーラはそれを拒否したように見えた。


 シエステラなら一瞬で治せたはずの傷だ。騎士団の人間を優先したにしても、不可思議な行動にニコラは怪訝な表情を浮かべている。


 そんな心意を感じたフィーラは、溜息を漏らして、小さな声で答えた。


「シエステラ様は、聖女様は、誰かの目がある所で、身内に聖女の力を使ってはいけないことになっているのです」

「え?」


 聖女にはいくつかの決まりがある。


 そのうちの一つには、聖女は私利私欲のために聖女の力を使ってはいけないことになっている。


 聖女の力とは、シエステラが使える力全般を指しており、聖女の加護に限らず、魔法も含まれている。


 私利私欲のため、という曖昧な表現は、解釈の仕方でいくらでも抜け道があるのだが、明確に禁止されていることがあった。


 それが身内に力を使うことだった。


「特に神官たちは、シエステラ様のために存在する者たちです。その者たちに力を使うことは厳しく禁止されています」

「いや、でも、この状況なら誰も文句は……」

「誰も文句を言わないから許されるというものでもないのですよ」


 ニコラの安易な言葉は、フィーラにあっさりと切り捨てられた。


「これはシエステラ様の義務なのです。簡単に考えないでください」

「……悪かった」


 ニコラは謝るしかなかった。

 シエステラやフィーラが住んでいる世界がどういうものなのか、ニコラには想像もできなかったから。


(でも、フィーラさんに治療を拒否された時、シエステラは確かに悲しそうな顔をしていた)


 普段は優しげな雰囲気を見せつつも、その根底にある傲岸不遜な姿が見えかくれするシエステラだったが、フィーラを心配する姿は、本当の姿に見えた。


 今も騎士団員に対して献身的に声をかけている。そんな中でも、フィーラのことを気にしているはず。ニコラはそう感じてしまった。


「フィーラさんは治癒魔法を使えないのか?」

「残念ながら、魔力が尽きてしまいましてね」


 フィーラは自嘲気味に言う。


「なら、俺の魔力を使ってくれ」

「え?」


 そう言うと、ニコラは握手をするようにフィーラの手を掴んだ。いきなりのことに固まってしまったフィーラにニコラは目の前で手を振った。


「フィーラさん?」

「っ! な、な、なな、いきなり何をするのですか!」

「へ? へぶっ!」


 顔を真っ赤にしたフィーラは、全力でニコラの頬を引っぱたいた。それはもう魔物にでも食らわせるのかという程の破壊力だ。ニコラは堪らず頭から地面に落ちる。


 もちろんその程度で怪我をすることはなかったが、真っ赤なビンタの痕を擦って、ニコラは抗議をする。


「いきなり何を、魔力さえあれば、自分で治癒魔法が使えるんだろ?」

「だからって、女性の身体に気安く触るなど、言語道断ですっ!」

「え? い、いや、身体って、それは、いや、でも、そんなつもりは」

「はっ! まさか、シエステラ様にもそんなに気安く触っているのではないですよね?」

「いや、そんなことは、……あ」


 ニコラは天井が落下してきた時、咄嗟にシエステラの手を掴んだことを思い出してしまった。


 明らかに覚えのある顔をしたニコラに、シエステラは青ざめた顔をして、それから禍々しいオーラを漂わせた般若のような顔へと変わる。


「貴方は、シエステラ様にも手を出していたのですね」

「いや、あれは不可抗力で……、というか、肩の傷はいいのか?」


 ニコラは必死に逃げる道を探すが、フィーラにそんな隙などなかった。


「えぇ、お陰さまで。肩の痛みなんてすっかり忘れてしまいましたよ。ですから、安心して逝ってください」

「ちょっ、まっ! ぎゃあぁぁ!」


(あの二人は何をやってるのでしょうか? まあ、フィーラが元気になったのならいいですが)

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