第十五話 不運中の幸い。なんてない。
「だ、大丈夫ですか? ニコラ様」
「あ、あぁ。シエステラのお陰でな」
穴に落ちた二人だったが、シエステラの魔法により、なんとか怪我することなく降りることができた。
お互いの無事を確認した二人は、改めて周りを見回す。
「ここは何処でしょうか?」
周りを見回すと、そこには大きく開けた空間が広がっていた。
それはただ地面が陥没したような自然の空間ではなく、人工的な空間だった。
見上げるとかなりの深さがあるようで、少なくともよじ登るのは無理そうだ。
「こんな森に、こんな空間があるなんて」
上に広がる森の規模を考えると、この穴の中の空間はどう考えても広すぎる。
「誰かが作ったのか?」
「それか何かが作った、のかもしれません」
シエステラの言い方は、この空間を作ったのが人間の仕業ではないことを示唆していた。その意図を察したニコラは、すぐに辺りを警戒する。
「確かに、何か不気味な気配があるな」
「えぇ、大きな存在のはずなのに、極端に気配が薄いですね」
シエステラとニコラは同じ方向を見ていた。
そこには奥へと続く通路がある。人間が通るような大きさの穴ではなく、もっと巨大な何かが通れるような通路だ。
そこからは何かの気配を感じる。しかし、二人の直感が示す危険度に比べてごく小さな気配しか感じられない。
(自分の気配を操作できるというのは、上位の魔物の特徴ですが。私でも関知が難しいとなると、これはかなりの)
そこまで考えて、シエステラはある懸念を抱いていた。
(まさか、こんな所に。いえ、でも)
シエステラはニコラの方を見る。
(ニコラのスキルの影響が出ているとしたら、あるいは……)
シエステラは密かに溜息を漏らす。
「ニコラ様。この空間はどう考えても怪しいです。少し調べてみましょう」
「そう、だな。もしかしたら、魔物の発生の原因があるかもしれないしな」
(恐らく、ほぼその通りでしょうけど)
シエステラはある予想をしながら、道の先を進むことにした。
◇◇◇◇◇◇
魔法により光を照らし、シエステラたちはどんどん深みへと進んでいく。
「シエステラ。あまり離れるなよ」
「えぇ、わかっています」
シエステラはニコラの半歩後ろを歩く。
周りを見ると、黒い煙のようなものが立ち込めているのが見えた。それは徐々に視界を奪っていき、息苦しささえも覚える程だった。
(これは息苦しそうですね。私には聖女の加護があるので問題ありませんが、ニコラには加護が効きませんし、辛いでしょうね)
ニコラは肩で息をしていた。普段のニコラであれば、この程度の距離で疲れるはずがないが、この黒い煙のようなものに体力を奪われているようだった。
「これは、瘴気ですね」
シエステラが呟いた聞き慣れない言葉に、ニコラが聞き返す。
「瘴気?」
「はい。魔力が溜まり、淀んだもののことです。これは魔物になる一歩手前の状態と言った方がよろしいでしょうか」
「そうなのか。じゃあ、やっぱり大量の魔物が発生した原因はここにあるみたいだな」
「そのようです」
ニコラは倦怠感の原因を理解し、少しだけ安堵していたが、シエステラは納得できない表情でニコラの様子を観察する。
(それにしても、疲れすぎのような。もしかしたら、ニコラのスキルはこういうところにも影響があるのでしょうか)
それからさらに歩いていくと、また少し開けた空間が見えてきた。それからシエステラはソッと光を消す。
「ニコラ様」
「あぁ、わかってる。何かいるな」
シエステラは先の方に目を向けた。真っ暗な視界の中だったが、聖女の加護があるシエステラは暗闇の中でも、まるで昼間のようにしっかりと前を見ることができた。
反対にニコラは、真っ暗な空間で何も見えていないようだったが、気配で何かがいることに気付いたようだ。
シエステラたちは気配を殺して開けた空間を覗き込む。すると、そこには真っ黒で巨大な何かがいた。
それは静かに体を上下させていて、静かに眠っていた。
暗闇の中、なんとか僅かな光に目が慣れてきたニコラは、その巨大な何かを視認し、驚愕に目を見開いた。
「ド、ドラゴン?」
「そのようですね。こんな所に、まさかドラゴンがいるなんて」
ドラゴンはこの世界における最上位の魔物であり、人里から離れた地域にしか生息しない非常に稀有な魔物だ。
そんな魔物が、人の出入りがある森の地下にいるなんて、誰が想像できようか。
「ドラゴンなんて、人生に一度でも逢えば奇跡的な不運だというのに」
そう言いながら、シエステラはニコラの方を見た。
(確か、ニコラは以前にもドラゴンと出会っていたはずですよね)
それはシエステラとニコラが初めて出会った時の話。ニコラがシエステラの前に現れた時、ニコラは包帯でぐるぐる巻きになっていた。
その過程で、ニコラはドラゴンと遭遇しており、結果、人生で一度でも奇跡だというのに、ニコラは二度もドラゴンと遭遇してしまったのだ。
それはこの上ない不運だろう。
本来、人間がドラゴンと遭遇すれば、それは必死の状況だ。だからこそ、人生に一度しか出会うことはないはずだった。
「まさか、ここまでの不運があるとは」
シエステラも頭を抱えるしかなかった。
「どうする? 一度引くか?」
「いえ、そういうわけにもいきません」
シエステラはドラゴンの方を指差した。
「今までの瘴気は、あのドラゴンが原因のようです。そしておそらく今回の魔物の大量発生の原因でもあります」
「あのドラゴンが……」
ドラゴンの周りには、今までの道にあったよりも遥かに濃い黒い霧が立ち込めていた。
それは洞窟内の壁に染み付いて、黒い壁へと変化させている。それは地上にまで立ち上ぼり、魔物たちを生み出しているようだった。
「しかも、もしかしたら、ガットさんたちの病はこの瘴気が影響しているのかもしれません」
「どういうことだ?」
ニコラが尋ねる。すると、シエステラが自分の推測を語った。
「この森の薬草は、元から町で薬を作るために使われていたようです。ですが、ドラゴンの瘴気に当てられた薬草で作られてしまった薬は、むしろ人体に有害だったのでしょう」
ノールの森には様々な薬草が生息しており、町の薬師たちは基本的にこの森の薬草を使って、薬を調合していた。
それがいつの頃からかドラゴンが住み着いたことにより、薬草に瘴気が当てられてしまった。
瘴気は人間にとって有害だ。それが少しずつ薬として町に広まっていき、病が広がってしまったのだろう。
「そういうことだったのか。なら、あのドラゴンを倒せば、全部解決するってことか?」
「その可能性が高いでしょう。幸い、今は眠っているようですから、今なら楽に倒すことが……」
そこまで言って、シエステラは言葉を切った。
「シエステラ?」
ニコラが不思議そうに問いかけるが、シエステラは何かを思案するように目を伏せる。
(ドラゴンに遭遇することはこの上ない不運です。それは間違いありません。ですが、ドラゴンが眠っている状況は不運とは言えません。むしろ不幸中の幸いでしょう。ニコラのスキルがあるのに、そんなことが起きる? スキルが発動していないのなら、あり得るかもしれませんが、でも、もしそうでないのなら、はっ!)
シエステラは咄嗟にドラゴンを見る。そこにいるドラゴンは確かに存在があった。
しかし、確かな存在を感じすぎていた。
(さっきまでは、あれだけ気配を察知するのが難しかったのに!)
そこまで考えて、シエステラはハッとして上を見る。するとそこには、ギラッと光り、こちらを睨む双眸があった。
それはシエステラの視線に気付くと、瞬時に姿を消し、いや、ニコラの目の前に飛んできた。
「ニコラ様、危ないっ!」
「え?」
ニコラが気付く間もなく、それはニコラを丸飲みにしてしまった。
「ニコラ様っ!」
「グオォォォォン!」
ニコラを飲み込んだドラゴンは、次はシエステラだとばかりに咆哮を上げる。




