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第十三話 薬がなくなった

 それからもニコラの不運は続いた。


 ある時は町のチンピラに絡まれ、撃退したまでは良かったものの、自警隊に最後の場面だけを見られてあやうく捕まりかけたり。


 買い物をしようとした時には、買いたかったものが全部売り切れていたり。


 フィーラやミシェルたちが綺麗に直したはずの宿の床がいきなり抜けたり。



 とにかく不運なことばかりが起きた。



「はぁ。いい加減にしてよね」

「本当に申し訳ない」

「まあまあ、そんなに落ち込まず。私も手伝いますから」


 そして今日もまた、突然コップの取っ手が取れて水を溢し、さらにそれに足を取られて転けて、さらに机をひっくり返してしまったニコラ。


 今はそれをミシェルとニコラ、シエステラで片付けをしていた。ちなみにフィーラとルーシィは買い物中だ。


「もう少しでお祖父ちゃんが帰ってくるのに、こんなに汚れていたら、また疲れちゃうでしょ」


 ガットが患っている流行り病は、根本的な治療法は見つかっておらず、症状の緩和に効果のある薬を処方してもらっていた。


 薬は一ヶ月分が処方されており、今日はその定期の通院日だった。


「そういえば、ガットさんの体調もかなり良くなってきていますよね」

「まあね。元々、そのうち自然に治るとは言われていたから。それに、最近はあんたのお陰もあるみたいだけど」


 シエステラの威光は、ガットの病気を緩和する効果があり、最近は立って歩くこともできるようになっていた。


「あんたには感謝してるわ。でも、割りと迷惑受けてるから、もうチャラだけどね」


 ミシェルは少し恥ずかしそうに顔を背ける。


「う、すまん」

「ふふ、元々、見返りなんて求めてませんから、大丈夫ですよ」


 ミシェルの言葉を真に受けるニコラと違い、シエステラは静かに微笑みを浮かべながらミシェルを見つめた。


 まるで心の中まで見通すようなシエステラの瞳に、ミシェルはわずかに悔しそうな色を浮かべ、目を逸らした。


 そして、何かを言いかけ口を開いた時、それと同時に玄関の方で足音が聞こえてきた。


 軽快な足音を立てて帰ってきたのはルーシィとフィーラだった。


「ただいま帰りました。皆さん、紅茶とお菓子を買ってましたよ。みんなで食べませんか?」


 ルーシィは早くそれが言いたくて仕方がなかったのか、部屋に入ってくるなり買ってきたものを見せてきた。


 あまりにも突然のことに、ミシェルも不思議そうにしていたが、少し遅れて入ってきたフィーラが詳しい説明をする。


「実はルーシィさんが美味しそうなお菓子を見つけたので、私がそれに合いそうな紅茶を選んだのです。そしたら、ルーシィさんがみんなでお茶をしたいと言って、急いで帰ってきたわけです」

「えへへ。だって本当に美味しそうだったので」


 ルーシィが嬉しそうに広げたのは、クッキーやビスケットなどだった。

 精巧な模様が描かれたそれらは、見た目からも楽しむことができるようにデザインされたものだった。


「まあ、美味しそう! それに綺麗ですね。ありがとうございます! ルーシィさん」

「えへへっ」


 ルーシィはシエステラの隣の椅子に座り、嬉しそうに笑った。


 先日のモーギュウの一件から、ルーシィはシエステラと打ち解けており、今ではシエステラを姉のように慕う姿をよく見るようになった。


 そんなルーシィの様子に、ミシェルは面白くなさそうにしている。


「ミシェルさんも隣にどうぞ?」

「はぁ? いいわよ。私は別に」

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」


 ミシェルは面倒くさそうな顔をして、シエステラの正面に座った。


 反抗的な態度を見せるミシェルにフィーラは眉間を歪ませていたが、シエステラはただ微笑むだけだった。


 それからシエステラたちがお茶をしていると、また玄関のドアが開く音がする。その音にミシェルとルーシィがいち早く気付いた。


「あ、お祖父様!」

「おかえりなさい、お祖父ちゃん」


 ルーシィとミシェルは嬉しそうに走っていく。


「おぉ、二人とも、ただいま」


 抱きついてくる二人を抱えながら、ガットが帰ってきた。しかし、病院で薬を受け取ってきたはずの手は、空のままだったからだ。


 まだ気付いていない二人に代わって、シエステラはガットに尋ねる。


「お薬はどうされたのですか?」

「あぁ、いや、ははは」


 シエステラの指摘にガットは苦笑いを浮かべる。なんとも言えない雰囲気にミシェルやルーシィも不安げな顔になった。


 ◇◇◇◇◇◇


「薬が足りない?」


 どうやらガッドが服用している薬の原料が調達できなくなってしまったようで、薬をもらうことができなかったようだ。


「薬の原料は?」

「ピポテテ草という薬草です」


 ピポテテ草は世界中に自生する薬草だ。


 様々な薬の原料となっており、使用用途は多岐に渡る。生息範囲は広いが、暗い森の中でしか成長しない特徴を持つ薬草だった。


「ピポテテ草はこの辺りでは、ノールの森に生息していたはずですが」


 ノールの森はこの町から、少し東に行った所にある深く大きな森だ。


「そんなに近くにあるなら、簡単に採れるんじゃないのか? もしかして何かあったのか?」


 ニコラの疑問にミシェルが答える。


「ノールの森は最近、魔物が大量発生していて、許可なく入れなくなったのよ。騎士団の人たちが魔物の討伐をしてくれてるみたいだけど」


 その話を聞き、シエステラたちはこの町に来た時のことを思い出す。


『只今、遠征中の騎士団が宿泊しており、町の宿はほとんど埋まってしまっているのです』


 これは、町長イヴァンに言われた言葉だ。その時は理由までは聞かなかったが、今、その遠征の理由が判明した。


「今は騎士団の方々が対応してくれているようですが、今は他の町から取り寄せることしかできないようで、量も少なく、ごほっ」

「あぁ、ガッド様。お疲れでしょうから、とりあえず今日はお休みください」


 苦しそうに咳き込むガットを、フィーラが寝室まで連れていく。


 シエステラの威光によって体力は回復しているものの、根本的な治療のためには、やはり薬が欠かせない


(ですが、簡単に解決できる問題でもなさそうですね)


 騎士団が遠征に来てから、すでにかなりの時間が経過していたはずだ。しかし、魔物はまだ駆逐できていない。それだけ魔物の数が多いか、強力な魔物がいるということを意味していた。


 騎士団でも苦戦するとなると、状況の劇的な改善は難しいだろう。ミシェルとルーシィは悲しげにうつ向いてしまった。


 そんな重苦しい空気の中。


「その魔物たちを全部倒せば、ピポテテ草は手に入るってことだよな」


 ニコラが口を開いた。入れ替わりに戻ってきたフィーラが、その問いに冷静に答える。


「そうですね。今回の問題は原料がないことですから、物さえあれば解決するでしょう」

「なら、俺が騎士団を手伝ってくるよ」


 ニコラは迷うことなく言う。それが当たり前の行動だと信じて疑わないように。


「それは良い考えですね。ニコラ様なら騎士団の方々の助けになるでしょう」


 シエステラも賛同しかけたのだが、それに待ったをかける声が上がった。


「いいえ、シエステラ様。それは少し考えた方がよろしいかと」


 ここで待ったをかけたのはフィーラだ。


「どういうことですか?」

「シエステラ様。私たちのこれまでの旅路を思い出してください」

「え? あ」


 シエステラたちの旅路。

 それは魔物、魔物、魔物。そして、魔物。度重なる魔物の襲来の旅路だった。


 ただでさえ魔物が大量に発生している森に、ニコラが向かうということを想像し、シエステラだけでなく、本人のニコラまでもが何とも言えない表情になった。


 この場にいる全員が持つ共通認識。

 ニコラは不運である。という事実だ。


 旅のことを知らないミシェルやルーシィですらも、ニコラが魔物の討伐のために、騎士団の協力をすることに不安が強かった。


「い、いや、でもそこは少し離れた所で戦うとかすれば、なんとかなるんじゃないか?」

「……まあ、そうかもしれませんが」


 ニコラの不運は他人には影響しない。

 これはシエステラたちの推測であり、概ね正しいと信じられていた。


 しかし、ニコラが騎士団から離れた所で魔物の討伐に協力したとして、それが騎士団が討伐する魔物だったのか、それともニコラのスキルのせいで誘き寄せてしまった魔物なのかは判別することは困難だ。


(正直、ニコラが騎士団の助けになるのかは微妙ですね。戦力としては申し分ない分、もったいない気もしますが。……いえ、そうだ!)


「では、こうしましょう。フィーラは騎士団の皆さまと共に行動し魔物の討伐を。そして、私とニコラ様は魔物の発生源を探ります」


 魔物が発生するメカニズムは、完全には解明されていない。少なくとも人間や普通の動物とは基本的構造が異なっており、魔力が影響していることはわかっていた。


 最も有力な説は、何かの原因で魔力がその場にとどまり続け、徐々にそれが一つの塊になっていき、人の欲や恨みなどの負の感情に触れることで邪悪な存在になる。というものだった。


 それが真実かは不明だが、魔力の原因を取り除くことができれば、魔物の発生を抑制できることは知られていた。


「確かにそれなら効果がありそうですね。騎士団の方々にも迷惑をかけることはないでしょう」

「で、でも、危なくないの?」


 意外にもミシェルが心配そうに声を上げた。その瞳は不安に揺れている。


「あら? 心配していただけるのですか?」

「そ、それは……。だ、だって、これで怪我でもされたら、私たちの責任になるかもしれないでしょ!」


(素直ではないですねぇ)


 シエステラはミシェルに優しく微笑みかける。そして、同じく不安そうな顔をしているルーシィの頭を撫でた。


「何も問題ありませんよ。私たちは聖女と勇者、そして、神官長ですよ? 戦力は人類最強クラスです。安心して待っていてください」

「シエステラ様。はい!」

「別に心配してたわけじゃないけどね」


 シエステラは自信に満ちた口調に言う。その様子にミシェルとルーシィはホッとしたように表情を緩めた。


 しかし、そんなシエステラにフィーラは怪訝な表情を向け、密かにニコラに囁きかけた。


「ニコラ様。シエステラ様のお手を煩わせるようなことはしないでくださいね?」

「え?」

「シエステラ様が戦うような場面は作らないようにしてくださいということです」


 フィーラは鋭い表情で言う。


(まあ、聖女様を戦わせるなんてできないよな)


 と納得し、ニコラが頷く。


「あぁ、わかった」

「頼みましたよ。本当に」

「ん? わかった」


 その時はまだフィーラの言葉の意味を、ニコラは理解していなかったが、この後、その理由を知るのだった。

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