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第十一話 便利なスキル

 暖かな朝日が窓から差し込んでくる朝。

 シエステラは静かに目を開いた。


 小鳥のさえずりが心地よく、ゆっくり起き上がると、グイッと身体を伸ばしてほぐす。


 ふと隣のベッドを見ると、そこで眠っていたはずのフィーラの姿がなかった。


 代わりに、部屋の外からは食欲をそそる美味しそうな香りが漂ってくる。


 それから間もなく、コンコンと扉がノックされる。


「はい」

「失礼いたします」


 ガチャリと扉を開けて部屋に入ってきたのは、既に身だしなみを整えたフィーラだった。


「朝のご用意をさせていただきます」

「えぇ、お願いします」



 これがシエステラのいつもの光景だった。


 着替えから髪のセットまで、すべてをフィーラにしてもらう。

 別にシエステラ一人でもできるが、フィーラにやってもらうのが一番早くて綺麗であるため、いつも任せていた。


「シエステラ様のお髪。はぁ、良い香り」


 用意の途中のこうした行動は玉に瑕だが。


「朝食もできておりますよ」

「ありがとうございます」


 数分とせずに全ての用意を終えたフィーラは、そつがない動作でシエステラを案内する。


 部屋を出てリビングに向かうと、そこには恐縮した様子のルーシィとポカンとした表情のミシェルがいた。


「あ、あの、申し訳ありません。聖女様の神官長様に私たちの分まで準備をしていただくなんて」


 ルーシィはビクビクとしながら言う。


「構いません。私たちは宿をお借りしている身ですから。むしろこれくらいのことをしなくては聖女様に叱られてしまいます」


 フィーラが恭しく頭を下げる。


 そんなフィーラの言葉に、ルーシィは瞳を輝かせ、尊敬の眼差しをシエステラへ向けた。


 ちなみにシエステラは、別にそんなことはお願いしていないし、今までにそんなことで叱ったこともない。ただ、シエステラの印象を良くするためにそう言っているのだ。


 フィーラに限らず、神官たちは皆、シエステラの印象が良くなるような言動や行動を徹底的に心がけている。それは聖女のイメージを保つための教会の総意だった。


「なんか、嘘くさ」


 しかし、ミシェルだけは疑うような目を向けている。


 フィーラはそれにピクリと眉を上げたが、流石に子供相手にムキになることはなく、少しだけ息を吐いて話題を変えた。


「ニコラ様は鍛練のために朝早くから町を出ており、朝食は別に取るそうです」

「あら、そうなのですか」


 シエステラは少し残念そうに呟く。


「何か?」

「な、なんでもないです」


 そうして朝食を終えた頃、見計らったかのようにニコラが帰ってきた。

 帰ってきたニコラはかなり汚れており、ルーシィの提案でシャワーを浴びることになった。


 それから身綺麗になって戻ってきたニコラと共に、シエステラたちは今日の予定を決める。



「やはりまずは買い物ですね。しばらくここを拠点にするならば、必要なものは多くあります」

「そうですね。では、買い物は私とニコラ様で行きましょう。フィーラはミシェルさんたちのお手伝いをしてください」


 しかし、シエステラの指示にフィーラは怪訝な表情を浮かべた。面白くないと全面に物申したそうな顔にシエステラは面倒くさそうに尋ねた。


「何か問題でも?」

「私ではなく、ニコラ様と買い物ですか?」


 ブゥブゥと唇を尖らせるフィーラは、およそ神官長という立場どころか、年上にも見えない不貞腐れた顔をしている。


 当然の話だが、シエステラは聖女として、常に護衛を伴っている。それは今回の旅でも例外ではなく、フィーラとニコラは旅の仲間であり、護衛でもあった。


 そして、ニコラとフィーラを比較した時、より護衛として相応しいのは自分であると、フィーラは信じて疑わない。


「まさか、ニコラ様とデートするために、その分担にしたわけではないですよね?」

「そんなわけないでしょう。貴女と一緒にしないでください」

「本当ですか? いつもなら、何よりも私とのデートを優先するのに、今日に限ってニコラ様を選ぶなんて」

「色々とツッコミたいところはありますが、理由は簡単かつ明確です」


 呆れた様子で言うシエステラだったが、フィーラは尚も疑うような視線を向けている。

 仕方なく、シエステラは理由を説明した。


「ニコラ様のスキルのことを考えると、お一人にするのは危険だと判断したのです」

「…………まあ、確かに」


 何を言っても反論しようと考えていたフィーラだったが、あまりにも的確な説明に納得せざるを得なかった。


 ◇◇◇◇◇◇


「えっと、あの」


 結局、シエステラとニコラが買い物を担当することになり、案内はルーシィがしてくれることになった。


 しかし、案内を始めて早々に、ルーシィは目の前で起きたあり得ない光景に戸惑っていた。


「ルーシィさん。お気になさらず。これはいつものことなので」

「えぇ? こ、これが、ですか?」

「そうそう。だから、気にしないでくれ」

「うっ。そう言われましても」


 ニコラを見下ろしながら、ルーシィが言う。


 ニコラに比べて、遥かに小柄なルーシィがニコラを見下ろしている。


 どうしてそんな状況になっているのか。

 まずは、今の状況を説明しよう。


 ニコラは背中から地面に倒れ、頭と膝がくっ付くくらいに折れ曲がった体勢をしている。


 では、何故、そんな体勢になっているのか。


 それは誰かが捨てたバナナの皮が、ちょうどニコラの足元に落ちていて、それに足を滑らせバランスを崩したニコラが、さらに横から飛び込んできた猫に追突され、後ろに倒れてしまったのだ。


(ルーシィさん。まったく意味がわからないという顔ですね。私にもわかりませんが)


 シエステラはここ数日で見慣れてしまった光景だが、ニコラの不運を初めて見るルーシィには、信じがたい光景だった。


「シエステラ様」

「何ですか? ルーシィさん」

「ニコラさんはこれがいつも通りなんですか?」

「私もニコラ様とは、ごく最近一緒に行動するようになったばかりですが、いつも通りですね」

「その話し始めから、いつも通りと言えるんですね」


(まあ、この短期間でも、嫌という程に見てきましたからね)


 シエステラは悟ったように薄く笑った。


 魔物の大群に襲われるのも、荷物が川に流されるのも、不運であることに違いはない。しかし、ニコラのスキルは、そんな大きなものに限定したものではなかった。


 いきなり石が落ちてきたり、いきなり動物に衝突されたり、靴が壊れたり。そんな小さな不運も数えだしたらキリがない。


 もはやシエステラは、この程度の不運には反応しなくなっていた。


「さぁ、ニコラ様。早く起き上がってください。買い物に行きましょう」

「そうだな」


 ニコラはその体勢から、ヒョイッと飛び上がって起き上がる。そして、何事もなかったかのようにシエステラの隣を歩いた。


「まずは食材ですね。ルーシィさんも好きな食べ物があったら教えてくださいね」

「え? でも、私は」

「フィーラの料理は絶品ですよ。しばらくお邪魔させていただくのですから、遠慮なさらずに」


 何処までも普通の反応をするシエステラたちに、自分の感覚がおかしくなったのかとルーシィは心配になってきた。


「ルーシィさんの好物は何ですか?」

「……えっと、お肉です」


 子供らしい答えにシエステラが笑う。


「ふふ、それでは良いお肉を買わなくては」

「あ、でも、お姉ちゃんはお魚が好きです」

「あら、そうなのですか。じゃあ、どちらも良いものを買いましょうね」


 それからシエステラたちは、肉や魚、野菜を買い揃えていった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ニコラさん、大丈夫ですか?」


 ルーシィは荷物持ちをするニコラを心配そうに尋ねる。それにニコラは笑って答えた。


「あぁ、ルーシィのお陰でな。そのスキル、すごい便利だな」


 ルーシィはニコラが持つ荷物にスキルを使用していた。


「でも、このくらいのことしかできませんよ?」


 ルーシィのスキルは、重量操作と呼ばれるものだ。ルーシィの体重以内であれば、重さを自由に変えることができる。


 しかし、ルーシィの軽い体重では、操作できる範囲はかなり狭く、こうして買い物の時に荷物を軽くすることくらいにしか使っていなかった。


「いやいや、こんなに実用的なスキルなんだから、もっと自慢していいんだぞ?」

「そうでしょうか?」

「えぇ、スキルは持っているだけでもすごいことなのですから、もっと自信を持ってください」

「え、えへへ」


 ニコラやシエステラに言われて、ルーシィは嬉そうにはにかんだ。


(それにスキルを持っていても、悲惨な人もいますからね)


 そんなことを考えながら、シエステラはニコラが持つ荷物を見ていた。


 本当は荷物持ちはシエステラかルーシィが担当したかったのだが、聖女が荷物を持つのも、聖女が子供に荷物を持たせているのも、傍目からの印象が悪いため、結局ニコラが持つことになった。


(一応、守りの魔法を付与していますが)


 荷物には幾重にも魔法がかけられており、ちょっとやそっとの衝撃では壊れることはなくなっていた。


(それこそ、大型の魔物に踏まれたりしなければ大丈夫なはずですが)


 しかし、シエステラは理解していた。ニコラのスキルはそんな生易しいものではないと。


「あぶないぞっ! みんな逃げろっー!」


(ほらね)


 シエステラは口の中で溜息を溢す。

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