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第十話 スキル『不運』の条件

「はい、あんたらの部屋はここ。あんたはこっちの部屋よ」

「ありがとうございます」


 不機嫌そうな顔のまま、ミシェルはシエステラたちを部屋まで案内した。


 シエステラとフィーラには二人部屋が、ニコラにはそのすぐ隣に別室が、合計二部屋用意されていた。

 しかし、その内装は外観と同じく、お世辞にも清潔とは言い難いものだった。


 しかも、壁も薄いようで、別部屋にいるニコラの足音まで鮮明に聞こえてしまう。


 ある程度は予想していたとはいえ、シエステラは誰にも気づかれないように嘆息を漏らした。


(まあ、贅沢は言えませんか)


「ありがとうございます。ミシェルさん」


 内心の不満を隠し、聖女らしい完璧な笑顔で感謝を伝えた。すると、ミシェルは部屋を出ていこうとしたところで唐突に止まる。


「ミシェルさん?」


 声をかけてからしばらく間があった後、ミシェルがようやく振り向いた。ミシェルはブスッとふてくされた顔をしている。


「そ、その、さっきは……、……がと」

「え? すみません。よく聞こえませんでした」


 ボソボソと虫の鳴くような小さな呟きだったためシエステラが聞き返すと、ミシェルはさらに眉を寄せて不機嫌になる。そして、自棄になったのか、叫ぶように言った。


「さ、さっきは、ありがとって言ったの! それだけ!」


 そう言って、ミシェルは逃げるように走り去ってしまった。


「本当に無礼な子です」


 ミシェルの態度にフィーラは呆れながらも、さっきよりは柔らかい表情をしていた。


「そうですね。素直で可愛らしいです」


 シエステラは仕方がないとばかりに優しい笑みを浮かべた。


「さて、私たちも休みましょうか」


 シエステラは魔法で部屋の音が外に漏れないように遮断し、バフッとベッドに飛び込んだ。


 安物のベッドなので、そこまで気持ちよくはなかったが、旅の疲れもあり、すぐに眠れてしまいそうだ。


「シエステラ様、先に着替えてください」

「まあまあ、良いではないですか。今はフィーラしかいませんし」


 シエステラはリラックスした様子で身体を伸ばした。他人には見せない油断しきった姿。


 フィーラはそんなシエステラを陶酔したようにうっとりと見つめていたが、ハッと我に返って頭を振った。


「駄目ですよ、シーラ。先に着替えなさい!」

「はうっ」


 強い口調で言うフィーラに、シエステラがビクッと肩を震わせた。


「ほら、これからのことをきちんと考えないといけません。座ってください」

「はい」


 渋々だが、素直に言うことを聞くシエステラ。


 ちなみにシーラというのは、フィーラだけが使うシエステラの愛称だ。


 シエステラにとっては、聖女に与えられる『シエステラ』という名前ではない、本名を思わせる特別な名前だった。


 しかし、フィーラがシーラという名前を使う時は、シエステラとの上下関係がなくなり、はっきりと物申したい時なので、シエステラはなるべく逆らわないようにしている。


 なんだかんだ言っても、年上であり、姉のような存在であるフィーラの言うことは、意外なほど素直に聞くシエステラなのだった。


 言われた通り、旅の服から普段の服へと着替えたシエステラは、きちんと姿勢を正して椅子に座った。


 それからフィーラはニコラも呼んで、これからのことを話すことにした。



 ◇◇◇◇◇◇



「さて、私たちの目的地を再確認しましょう」


 地図を広げて、フィーラが一点を指差す。


「私たちが目指しているのは、このネフィリウムの泉です」


 ネフィリウムの泉。女神様が魔王と対決する前に身体を清めたとされる神聖な泉だ。


 今でもその泉には魔物が近付くことができないとされており、女神の力が眠る神聖な場所として教会が管理している。


「旅のスケジュールとしては、だいたい一ヶ月程の予定でした」

「それで、今は何処でしたっけ?」

「残念ながら、ここです」


 次にフィーラが指差したのは、シエステラたちが出発した地点からほんの少しだけ先に進んだ町だった。


 その町から目的地までの距離は、スタート地点からほとんど変わっていない。


 ほとんど進んでいない状況に、三人は無言で地図を見つめる。


「これは、何か作戦を考える必要がありますね」


 重苦しい沈黙を破り、シエステラが呟いた。


「確かに。何の対策もなくこのまま進むのは、あまりにも非効率的ですね」


 今日進んだ距離は、予定の二割程度しか達していなかった。このままでは目的地までどれだけかかるのか、予測も難しかった。


「ちなみに、この町に入ってから魔物は近付いてきていますか?」


 フィーラの質問に、シエステラが結界に意識を向ける。すると、結界の外側に蠢く魔物の気配を感じた。


「そうですね。結界の外側に、少しですが魔物の気配があります。さっきまでよりは大分少ないですけど」

「距離が離れると、影響も少ないということでしょうか?」

「そうかもしれません。ニコラ様のスキルはあくまで運が悪くなるだけのようです」

「となると、荒唐無稽な事象ではなく、現実的に考えられる範囲の不運が起きるということですか」

「そうなります」


 シエステラとフィーラがニコラのスキルについて考えをまとめていく。



 シエステラとフィーラの推測はこうだ。


 一、運が悪くなるのはスキル保有者のみ。他の人間に直接的に影響を与えることはない。


 二、不運なことが起きるのは現実的に起こり得る範囲内。あり得ない事象は起きない。


 三、スキルは常時発動型ではない。しかし、トリガー式なのか、ランダム式なのかは不明。



「今わかるのはこのくらいでしょうか。ん?」


 シエステラがふとニコラの方を見ると、ニコラは目を丸くしていた。


「どうかしたのですか?」

「あ、いや、こんな短期間でよくそこまでわかるなって。俺もよくわかってなかったのに」


 感心したように言うニコラに、フィーラは満足げに胸を張って口を開く。


「当たり前です。シエステラ様が、ただ美しいだけの穀潰しだと思いましたか?」

「いや、別にそこまで思ってた訳じゃないけど」

「フィーラ? それはまさか、あなたの日頃の感想なのでは?」


 ジトッと疑いの眼差しを向けるシエステラに、フィーラは必死に目を泳がせながら弁明する。


「そ、そんなわけ、な、ななな、ないじゃないですか!」

「……そうですか。普段、フィーラがどう思っているのかわかりました」

「ち、違います! 普段のお菓子を寝そべりながらだらしなく食べる姿も麗しく、可愛いと思っているのです」

「フォローになってないっ!」


 シエステラが怒り、フィーラがペコペコと謝る。およそこの世界の頂点に立つべき聖女と神官長のやり取りとは思えない俗っぽい光景に、ニコラは思わずふと笑ってしまった。


(最初は、聖女様と神官長と一緒に旅をするなんて肩身が狭いと思ってたけど、割りとユルいんだな。俺のスキルのことを知っても、俺のことを責めないし。本当に優しい人たちだ)


 肩の力が抜けるような安堵を覚えるニコラだったが、その笑みの意味を二人は勘違いしたようで、ムッとした顔でニコラを睨む。


「ニコラ様も私を馬鹿にするのですか?」

「ニコラ様、笑いましたね! シエステラ様を馬鹿にしているのですか?」

「こんな状況になったのが誰のせいだと思ってるのですかっ!」


 コントのようなやり取りに、今度こそニコラは大きく口を開けて笑ってしまった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ともかく、予定を大幅に変更する必要があるでしょう。途中の魔物のことを考えると、旅の用意が足りなくなる可能性があります」


 フィーラは荷物の中身をリストアップし、その上で足りなくなりそうなものを書き記していく。


「わかりました。しばらくはこの町に滞在し、旅の支度をすることにしましょう」

「そうなると、総本山である教会にも報告をする必要がありますね」

「そうですね。私から直接報告します」


 そう言って、シエステラは部屋の隅へ移動して魔法を使って教会に連絡をかけた。


「教会って、シエステラたちが所属しているところか?」

「えぇ。聖女神教の教会は世界中にありますが、今連絡しているのは、シエステラ様が聖女として籍を置く、聖女神エルミ教会です」



 聖女神エルミ教会。

 聖女神教の総本山であり、今代の聖女を認める唯一無二の権限を持つ。


 聖女神エルミ教会のあるエルミ王国は、この世で最も神聖な場所とされている。


 シエステラたちの旅は、聖女神エルミ教会の全面的な援助によって成り立っているため、予定の変更などは都度連絡しなければならないことになっていた。


「はい。なので、もう少し予定より時間がかかりそうで。はい、はい。それは承知しております」


 シエステラは真剣な声で受け答えをしていた。今まで見ていた奔放な雰囲気とはまるで違う威厳のある様子に、ニコラは息を殺してソッとフィーラに尋ねる。


「今連絡してるのって、もしかして」

「えぇ、教皇様です」

「やっぱり、そうなのか」


 聖女神教における教皇は、この世界において宗教的、政治的に最も重要な人物と言える。


 シエステラが聖女として世界中の人間に崇められているのと同じように、教皇はその指導者として世界中の人間に称えられていた。


 その立場もあり、教皇は聖女神教の正式な行事以外はほとんど人前に出ることはない。


 そんな雲の上の人物と魔法で易々と会話をすることができるシエステラは、やはり紛れもなく聖女なのだと、ニコラは改めて思い知ったのだった。


「それでは、また連絡いたします」


 それから程なくして、シエステラの会話が終わる。戻ってきたシエステラは、少し疲れたように見えた。


「ふぅ。やはり教皇様との話は緊張しますね」

「お疲れ様でした。教皇様は何と?」

「任せる、とのことです」

「いつも通りですね」


 シエステラは苦笑いを浮かべ、フィーラは少しだけ眉間にシワを寄せた。二人の反応の意図がわからず、ニコラは首を傾げる。


 しかし、それに気付いたシエステラは、何も言わずに微笑むだけだった。


「さて、今日はもう休みましょう。ニコラ様もお疲れ様でした」

「あぁ、お疲れ様」


 シエステラについては、まだ知らないことが多い。それを改めて思ったニコラだった。

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