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プロローグ

「ニコラ様、危ないっ!」


 銀色の美しい髪を靡かせ、氷のように透き通った青い瞳が鋭く光る。


 指先から放たれた聖なる光が弾け、それは光の盾となり、灼熱の熱線から勇者ニコラを守る。


「助かった、シエステラ!」


 ニコラは聖女シエステラの魔法による援護を信じ、目の前に立つ漆黒のドラゴンと対峙した。


 山にも例えられる巨大な魔物、ドラゴン。


 その強さは世界を破滅させると謳われる程で、人間が叶うような魔物ではなかった。


 そんなドラゴンを相手に、ニコラとシエステラは華麗なコンビネーションでドラゴンを追い詰めていく。


「彼の者に道を授けよ。ホーリー・ロード」


 光によって生み出された円盤がドラゴンまでの道筋となる。ニコラはドラゴンの吐く炎を紙一重で避け、一気に間合いを詰めた。


「グギャアァ」


 ニコラの速度に翻弄されながら、ドラゴンが大きく咆哮を上げる。


 空気がビリビリと振動する中、ニコラはシエステラの魔法によって、さらに加速する。剣には聖なる力が付与され、一瞬のみ、ドラゴンに匹敵する程に剣身が巨大化した。


「今です!」

「あぁ、これで終わりだ。はあぁぁ!」


 反撃する隙もなく、ニコラの剣はドラゴンの硬い鱗を紙切れのように切り裂いた。


「ガッ!」


 神速の早さで切り裂かれたドラゴンは、悲鳴を上げることもできず、全身の力を失い倒れる。


 ズズゥンと大きな地響きを立てて倒れたドラゴンは、近くの木々を派手になぎ倒していった。


 こうしてドラゴンは倒され、脅威は完全に去った。

 すべてが終わり、ニコラがフゥと安堵の息を漏らす。


「お疲れさまでした、ニコラ様」

「あぁ、シエステラもお疲れ」


 ドラゴンとの戦いの勝利に喜ぶ二人。

 これで解決。


 しかし、それからすぐに雲行きが怪しくなる。


 倒れた木々から鳥たちが逃げるように飛び上がり、空が鳥たちで埋め尽くされていった。


 辺りが薄暗くなるくらいの大量の鳥たちに、シエステラは嫌な予感を覚えていた。


「ニコラ様。すぐにこの場を離れませんか?」

「え? 急にどうし……」


 ギャアギャアと暴れる鳥たちは、ドラゴンの襲来や大きな地響きのせいで、すでにパニック状態だった。


 鳥たちはどこに向かえば良いのかもわからずに、ただただ縦横無尽に飛び回る。

 前を向いて飛ぶこともままならず、ぶつかっては落ちて、避けてはぶつかってを繰り返していた。


 そうして徐々に鳥たちが下降していく。

 そして、そこにちょうど立っていたのは、ニコラだった。


 鳥たちはニコラのことなんて見えていないかのように暴れまわる。


 にも拘らず、その混沌の中心には、常にニコラがいた。


「う、うわあぁぁぁ!」

「ニ、ニコラ様ぁ!」


 ニコラは、落下と突進を繰り返す鳥の嵐に巻き込まれ、瞬く間にもみくちゃにされてしまった。


 魔物からの攻撃であれば完璧に守ることができるシエステラの防御魔法も、自然の動物を傷付けないように設定されているため、ニコラを守ることはできなかった。


「あ、あうぅ、ど、どうすれば」


 鳥たちからの体当たりからニコラを守るための防御魔法を使えば、硬質な壁に衝突するのと同じ衝撃を鳥たちを与えてしまい、命を奪ってしまうだろう。


 聖女として動物の命を奪うような行動はできず、シエステラは動けなかった。


「へぶぅ!」


 魔物界の頂点に君臨するドラゴンに勝利した勇者は、たかが鳥の群れの体当たりによって、見るも無惨にもみくちゃにされている。


「ニコラ様っ! あぁ、もう!」


 シエステラが仕方なく空に向かって閃光を放った。その光は遥か上空で爆発し、驚いた鳥たちが一斉に何処かへと逃げていく。


 空が再び静寂を取り戻したのを確認し、シエステラは慌ててニコラに駆け寄った。


「ニコラ様。だ、大丈夫ですか? うっ!」


 もみくちゃにされたニコラは、鳥の群れの汚物にまみれた目を覆いたくなるほど無惨な状態になっていた。


 そこから漂う形容しがたい不快な臭気に、シエステラはそれ以上近寄れない。


「あ、あぁ、だ、大丈夫だ」


 しかし、大きな怪我はなく、ニコラは親指を立てて無事をアピールした。それにシエステラは安堵したが、やはり近付くことはできなかった。


「ドラゴンを倒すことができたというのに、こんなことになるなんて。本当にニコラ様は『不運』ですね」

「はは、まあ、上手くいったならそれでいいよ」


 シエステラは、乱れ一つない銀髪を指先で整えながら、深い溜息を漏らした。


 そして浄化の魔法を唱える。その瞳には、ニコラへの心配よりも、目の前の不潔な存在に対する隠しきれない苛立ちが宿っていた。


 野暮ったい茶髪にこびり付いた汚れが消え、鍛え上げられた若々しい肉体が露わになる。


 不快な臭いの一片も残さず、彼女の審美眼にかなう清潔な勇者へと戻していく。


「ありがとな、シエステラ」

「いいえ、大したことはありませんよ」


 表面上は微笑ましい光景。しかし、二人の心の内は正反対の思惑で渦巻いていた。


(やっぱりシエステラは優しいな。こんなに運の悪い俺をいつも助けてくれるんだから)


 ニコラの頭の中を占めていたのは、聖女の優しさという一点の輝きだけ。しかし、


(私が直々に加護を与えているのに、まるで治らない、この不運は本当に何なんですか? 本当に腹立たしいです。なんとしてでも、この不運を消し去ってみせます)


 シエステラにとってそれは、彼女自身の輝きを際立たせるための証明でしかなかった。

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