【5000PV突破先行公開】プロローグ②変わりゆく世界
本話は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の続編です。
灯の断章はおかげさまで、SNSや宣伝なしにも関わらず5000PVを突破しました。
静かに読まれ続けてきた物語です。
本当にありがとうございます。
今回はその記念として、第二部プロローグ第二話を先行公開します。
――建国から五年。
灯は巡り、国は形を成しました。
ですが、その“仕組み”は、すでに軋み始めています。
プロローグの第二話では、物語を再び綴る為の“事件”が巻き起こります。
第二部本編の執筆はまだ時間がかかりますが、物語の核に触れる内容になっていますので、ぜひお楽しみください。
初見の方も灯の断章に興味を持っていただけたなら、ぜひこちらからどうぞ。
第一部 →https://ncode.syosetu.com/n5378ky/
外伝 →https://ncode.syosetu.com/n8441lj/
バルナーク領・北の宿舎町――
仮設記録官訓練所。
乾いた春風が、雪の残る訓練場を吹き抜けていた。
「はぁっ!!」
「やぁぁッ!!」
木剣がぶつかる音。
足元の土を蹴る音。
若い息遣い。
粗末な木柵で囲われた広場では、新たに記録官へ志願した見習いたちが、汗を飛ばしながら剣を振るっていた。
ある者は村の猟師上がり。
ある者は炭鉱夫。
ある者は、幼い頃に家族を失い、孤児院で育った若者。
戦い方など知らない。
隊列も乱れ、呼吸も合わない。
それでも――その瞳には、新しい時代を信じる光が確かに宿っていた。
「止まるな! 次ッ!!」
木剣を振り下ろした少年が足をもつれさせて転ぶ。
「っと……!」
すぐ隣にいた少女が手を差し伸べた。
「リョウ、大丈夫?」
「エリー、悪い!」
「謝ってる暇があったらさっさと構えなよ!」
「う、うるさいな! 今に見てろ!」
周囲から笑い声が上がる。
その様子を、少し離れた丸太のそばで三人の男が眺めていた。
灯の国ルミナ・サンクティア記録官長、シン。
バルナーク領・領主、金色の上級記録官ガイウス。
そして、記録官長補佐に昇進したロイ。
ガイウスは腕を組みながら、口元をわずかに緩めて言う。
「久しぶりだな。北の宿舎町でお前を見るのは。
記録官長という立場は、そう暇でもないだろう?」
シンは訓練生たちから目を離さないまま、小さく肩をすくめた。
「ああ。北方輸送路の視察の途中だ。雪解け後、ちゃんと荷車が通れるか確認していてな」
少し間を置き、自嘲するように笑う。
「あと……記録官長は望んでなったわけじゃない。
本来なら、俺は記録官長殺しの罪人として、罪を負わなければならないはずだ……」
ガイウスは腕を組んだまま、静かにシンへ視線を向けた。
「だが、お前をその座に就かせたのも――ヴァルター・ウォールデンの遺志だろう」
シンはわずかに目を伏せた。
「ああ……。
あいつが最後の死に際に、俺に全てを託したんだ。
共に死ぬはずだった俺を、生かしてまで……。
俺ごと、全部を放り投げてな」
ガイウスは静かに目を細めた。
「ヴァルターが最後に、真の信頼を置いたのは――弟子のお前だったという訳だな」
「そうかもな……」
短く答えたシンは、話を切り替えるように顎を訓練場へ向ける。
「ついでに今年の新米たちの顔も見ておこうと思って寄ったんだ。粗は多いが……どうやら威勢のいい奴が揃っているようだ」
その言葉に、ガイウスは小さく頷く。
「毎年、新たに記録官に志願してくる者は増えている。巫女が残した希望は、確かに根づいている。
まさに“光の芽”だな」
かつての記録官は、人々に恐れられる存在だった。
灯を管理し、分配し、記録し、時には徴収する。
塔の命令を伝える“支配者”。
だが今は違う。
灯を運び、村を守り、共に戦う者。
少なくとも、この北の地では、そう変わり始めていた。
木盾を並べた見習いたちが、陣形訓練を始める。
その様子を眺めながら、ロイが静かに口を開いた。
「ですが記録官長」
「……?」
「ココ様が灯を償還してから今まで、灯喰いの出現報告は一件もありません」
風が吹く。
ガイウスの金髪が揺れた。
「個々の武は必要です。ですが……ここまで連隊や連携訓練を徹底する必要があるのでしょうか?」
ロイは少し言いづらそうに長い前髪の下の眉を寄せ、シンの横顔を窺った。
「その……記録官の中には、記録官長を快く思わない者もいます。“旧ヴァルター派”などと名乗る連中です」
一度、口を閉ざす。
それでも補佐として伝えねばならないと思ったのか、申し訳なさそうに続けた。
「今のルミナに必要なのは、復興と開拓だ、と。ここまで連隊訓練を進めれば……その、反発する者も少なくないのではないかと……」
「……」
ロイはそれ以上言わず、わずかに視線を落とした。
シンは静かに視線を上げた。
遠く、澄み渡った春空の向こうを見るように。
「……廃城に残されていた大陸地図」
ぽつり、と呟いた。
「覚えているか?」
「はい。ルミナ建国後、禁断の森――改め“エルデン森林区”への立ち入りが許可されました。僕も定期調査に赴いた際、この目で確認しています」
ロイは静かに頷く。
「あれには、灯の国の他にも、国があることが示されていた」
シンの脳裏に、廃城で目にした古い壁画が蘇る。
青き龍。
黒き獅子。
白き三首蛇。
そして――翼を広げ、炎を纏う赤き不死鳥。
それぞれの紋章は異なる国を示す。
今も大陸図のそこに存在するのか。
であれば、どれほどの力を持つ国なのか。
まだ、何も分かってはいない。
ただ一つ、確かなことがある。
世界は、ルミナだけではない。
壁画は、それを物語っていた。
「俺たちは領土を広げたり、他国を侵略したりする気はない。武力とは、奪う為の力ではなく、奪わせない為の力だ」
「……」
ロイは黙り込んだ。
先ほどまで反論を口にしていた唇を閉ざし、わずかに眉を寄せる。
木柵に掲げられたルミナ・サンクティアの旗が、ばさり、と大きくはためく。
「だが――俺たちにその気がないからといって、他国も同じとは限らない。ルミナには、残された灯がある。それに、まだ手つかずの資源も山ほど眠っている」
シンはわずかに目を細める。
「外から見れば――この国は、宝の山だ」
「……なるほど」
ロイは小さく呟いた。
その横顔を見ていたガイウスが、ふん、と鼻を鳴らし、口の端を吊り上げる。
「ロイ、記録官長補佐として、貴様はまだ青いな!」
「……面目ありません」
ロイが気まずそうに眉尻を下げた。
だが、ガイウスは責めるでもなく、逞しい顎をくいと持ち上げると、春空を仰いで豪胆に笑った。
「はっはっは!今日の青空のように青い!
書物ばかり眺めていても、あの空の彼方に何があるかなど、知れはしない!」
その大声に、訓練中の見習いたちまで何事かと振り返る。
「ちょ、ちょっとガイウス様……!」
一斉に視線を浴びたロイは、たまらず俯いた。
耳まで真っ赤になっている。
シンはそんな二人を横目に、呆れたように小さく息を吐いた。
その時――
「シンさぁぁぁん!!」
場違いなほど大きな声が、訓練場に響き渡った。
「……?」
シンが振り向く。
木盾を並べていた隊列から、一人の少年が飛び出す。
木剣を片手に、こちらへ一直線に駆けてくる。
「リョウ! 勝手に抜けるなって――」
後ろから少女の声が飛ぶ。
だが、少年は聞いていない。
「シンさ――うわっ!?」
ぬかるみに足を取られ、身体が前につんのめり、そのまま派手に地面へ転がる。
「ぐえっ!」
同時に、握っていた木剣が手からすっぽ抜けた。
くるくると宙を回りながら、一直線にシンへ飛んでいく。
「記録官長!」
ロイが息を呑む。
だが――。
パシッ。
シンは身じろぎ一つしなかった。
左手を上げ、飛んできた木剣の柄を難なく掴み取る。
「……」
一瞬の静寂。
ガイウスが片眉を上げた。
シンは左手の木剣と、地面に突っ伏している少年を交互に見る。
「こらぁっ! リョウ!!」
少女が駆けてきた。
肩まで弾ませながら少年のそばまで来ると、その襟首をむんずと掴む。
「いってぇ!」
「何やってんの!? 記録官長様に怪我でもさせたらどうするの!」
「う、うるせえ……! わざとじゃねえよ!」
リョウと呼ばれた少年は少女の手を振り払い、泥を払いながら立ち上がった。
そして、何事もなかったかのようにシンの前までやってくる。
「シンさん!」
「……」
リョウは胸を張る。
「俺はあんたに憧れて記録官に志願した!
――リョウだ!先のツクヨミ族との戦いじゃ、あんたがココを導いたって聞いてる!」
拳を握り締め、目を輝かせる。
「なあ! 俺と手合わせしてくれ!」
「……」
シンは眉間に皺を寄せた。
その横から、先ほどの少女が慌ててリョウの頬を片手で押し潰す。
「こら、リョウ! 記録官長様になんて口聞くの!」
「むぐっ……!」
「それにココじゃなくて、巫女様でしょ!」
そのまま少年の顔を押し退けると、少女はシンへ向き直り、申し訳なさそうに頭を下げた。
「す、すみません! こいつ本当にガキなんです。後できつく言っておきますので……!」
「誰がガキだ!」
リョウが負けじと少女の手を押し返す。
「エリーはほんっとうるさいな!」
「誰があんたのために謝ってると思ってんのよ!」
「頼んでねえ!」
二人の言い争いを前に、ロイが困ったように目を瞬かせる。
ガイウスは腕を組んだまま、面白そうに口元を緩めていた。
「……随分と威勢のいい光の芽だな」
「雑草の間違いじゃないのか……」
シンは小さく呟くと、ふと、何かに気づいたように目を細めた。
「……お前たち、ココを知っているのか?」
その言葉に、リョウがぱっと顔を上げる。
「ああ! ココはな――」
「み、こ、さ、ま、は――!」
エリーがすかさず遮った。
「おい!」
「巫女様は旅立たれる以前、少しの間ですが、孤児院で私たちの面倒を見てくださってたんです!」
その言葉に、シンの表情からわずかに険が消えた。
「そうか。お前たちは、あの孤児院の……」
エリーが頷く。
ココが旅立ってから、もう随分と経つ。
それでも――あいつが残していったものは、こうして今も、この国のどこかで芽吹いているらしい。
シンの視線が、左手に握った木剣へ落ちる。
何度か軽く握り直す。
「それで……リョウと言ったか」
「お、おう!」
シンは木剣を軽く振り、その切っ先を真っ直ぐ少年へ向ける。
「いいだろう。手合わせしてやる」
「……!」
一瞬。
リョウの顔が、ぱっと輝いた。
「いいのか!?」
「ああ。ただし一度だけだ」
「よっしゃああああ!!」
両拳を突き上げるリョウ。
その横でロイの顔色が変わった。
「ちょっ……記録官長!」
慌ててシンへ歩み寄る。
「あなたは右腕を失っているんですよ!?
自重してください!」
シンは左手の木剣を肩へ乗せ、口元をわずかに吊り上げた。
「たかが訓練生相手。左腕一本で十分だ」
リョウの眉が跳ね上がった。
「言ったな!?」
ガイウスが堪えきれず、くくっ、と喉を鳴らす。
シンは気に留める様子もなく、訓練場の中央へ静かに歩いていった。
右側の外套だけが、春風を受け、揺れていた。
――
二人が向かい合う。
リョウは予備の木剣を受け取り、両手で正眼に構えた。
先ほどまでの軽薄な笑顔はない。
腰を落とし、真っ直ぐシンを睨んでいる。
「一本取った方が勝ちでいいんだな?」
「ああ」
シンは左手一本で木剣を下げたまま答える。
構えようとすらしない。
リョウは一度だけ大きく息を吸った。
そして――。
「いくぞぉぉぉッ!!」
地面を蹴る。
真正面に、一気に間合いを詰め、木剣を頭上へ振り上げる。
シンは動かない。
「もらったぁッ!!」
木剣が振り下ろされる。
その瞬間――。
シンの姿が、半歩だけずれた。
「え――」
ヒュッ。
リョウの木剣が空を切り、
次の瞬間、シンの左腕が一閃した。
「うわっ――!?」
ドサッ!!
気づいた時には、すでにリョウの背中は地面へ叩きつけられていた。
その喉元へ――。
トン。
木剣の切っ先が、静かに添えられた。
「……」
訓練場が静まり返る。
リョウは仰向けのまま目を瞬かせた。
シンが見下ろしている。
「一本」
「……は?」
木剣を引く。
リョウはしばらく呆然としていた。
「え……ちょっと待て」
上半身を起こし、自分の身体を確かめる。
「今、何した!?」
「避けて、足を払った」
「それだけ!?」
「それだけだ」
「嘘つけ!」
ガイウスが堪えきれず豪快に笑い出した。
「はっはっは! 相手の力量も測れず真正面から突っ込むからだ!」
「くっそぉ……!」
リョウは地面へ拳を叩きつけた。
エリーは腰に手を当て、これ見よがしにため息をつく。
「だから言ったでしょ」
「うるせえ!」
リョウは立ち上がると、服についた土を乱暴に払い落とした。
「次は絶対に一本取るからな!
覚えてろよ、片腕の記録官長!」
ロイの顔が引き攣った。
「き、君……!」
だがシンは怒らなかった。
むしろ木剣を肩へ担ぎ、わずかに笑う。
「取れるものならな」
「ぐぬぬ……!」
その時だった。
「記録官長――ッ!!」
遠くから、切迫した声が響いた。
シンの笑みが消え、全員が振り返る。
訓練所の入口から、一人の記録官が息を切らし、何度も足をもつれさせながら、必死に駆け寄ってくる。
「記録官長! ガイウス様!」
ただならぬ様子に、ガイウスの表情からも笑みが消えた。
「何事だ」
記録官は膝に手をつき、肩で激しく息をする。
「そ、外に……!」
「落ち着け」
シンが低く言う。
「何があった」
記録官は荒い呼吸のまま顔を上げた。
その顔から、血の気が引いている。
「大勢の……見たこともない者たちが……こちらへ向かっています!」
空気が変わった。
シンとガイウスの視線が、一瞬だけ交わる。
つい先ほどまで話していた言葉が、脳裏を過ぎる。
――世界は、ルミナだけではない。
「行くぞ」
シンは木剣をその場へ放り、踵を返した。
「ロイ」
「はい!」
「ガイウス」
「ああ」
三人が足早に訓練所を出る。
「俺も行く!」
後ろからリョウが駆け出そうとする。
「馬鹿! あんたは待ってなさい!」
エリーが外套を掴んだ。
「ぐえっ!」
――
訓練所の外。
吹き抜ける春風が、一段と冷たく感じられた。
シンが足を止める。
その隣にガイウス。
一歩後ろにロイ。
遅れて訓練官や何人もの記録官たちが集まり、皆が同じ方向を見つめた。
誰も、声を発しない。
遥か遠く、雪の残る平原と、空とが交わる地平の先。
黒い点が見える。
一つではない。
十。
二十。
いや――もっと。
「……隊列だ」
ロイが呟いた。
大勢の人影が、こちらへ向かっている。
見慣れない装束。
見慣れない武具。
その歩みは遅い。
だが確実に、ルミナへ近づいている。
シンの目が鋭く細められた。
「……あれは」
人影の中央に、一人だけ明らかに様子の違う男がいた。
足取りは覚束ない。
頭を垂れ、両手を前で縛られ、何度も膝を折りそうになりながら、それでも歩かされている。
衣服は裂け。
全身は泥と血にまみれ。
顔にはいくつもの傷。
ガイウスの目が見開かれる。
ロイが息を呑む。
「そんな……」
春風が吹き抜ける。
シンの奥歯が、ぎり、と噛み締められた。
「……くっ」
その顔に、長く燻っていた何かが、深い皺となって刻まれていく。
ルミナ・サンクティアの旗が、背後で大きくはためく。
「――クローォォォォォォッ!!!」
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