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エピローグ 始まりの朝

本話は物語のエピローグです。

もし『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』に興味を持って、お楽しみいただける方は、プロローグからお読みいただくのをお勧めします。

一年後――


すっかり平和が戻った大地には、黄金の波が広がっていた。

風に揺れる小麦の穂が、朝の光を受けてきらめく。


トマスと共に白いアグリが一頭、背に小麦の束を載せてゆっくりと歩く。

そのすぐ後ろを、二頭の小さな子アグリが跳ねるように追いかけていた。

母の足跡を真似るように、まだ不器用な足取りで、黄金の穂をかき分けて進む。


穂先が擦れ合うたび、柔らかなざわめきが辺りを包む。

その音は、まるで――

新しい時代を祝福する歌のようだった。


――


谷を隔てた向こう側には、かつて天を貫いていた“記録の塔”があった。


だが、今はその姿を雲の向こうにすら見つけることはできない。

塔は中層から抉り取られたように途切れ、

その下層部分だけが静かに残されていた。


いま、その場所は人々の集う拠点となっている。

記録官たちは瓦礫を整え、崩れた壁を修復し、

灯を保管するための穏やかな祠として塔の下層を改装した。

そこに保たれるのは、戦いの果てに残された“灯”たち――

もはや力の象徴ではなく、人々を導く希望の光だ。


記録官たちは、その灯を村々へと運び、

畑を照らし、井戸を温め、学び舎を灯し、

それぞれの土地で人々と共に暮らしている。


塔の支配が終わったいま、

彼らはもう“管理者”ではなく、“共に歩む者”となった。


「記録官長ーーッ!」


慌ただしい足音が、長い廊下に響いた。

扉の向こう、小さな部屋、木漏れ日のあたる窓辺では、ひとりの青年が静かに羽ペンを走らせている。


黒い髪。白い簡素な祭司服。

左手に握られたペン先が、淡く灯を反射していた。


バタン、と勢いよく扉が開く。

若い背の低い記録官が駆け込んでくる。


「記録官長ッ! なにを落ち着いて書いてるんですかッ!

 今日が何の日か、忘れたわけじゃないですよねッ!?」


青年は顔を上げ、少し苦笑を浮かべた。


「……何だ、ロイか。今日が何の日か? もちろん分かっているさ。

 だが、俺は……そういう式典のようなものは、どうにも苦手でな」


「だからフレア様にも“暗い”って言われるんですよ!

 もう、しっかりしてくださいよ!」


「俺は記録官長だ。帳簿は見るさ。

けど、民の声と共に歩くのは、あいつらの役目だ。

俺が口を出すことじゃない。――信じてるんだ」


ロイは半ば呆れ、半ば笑いながら肩をすくめた。

青年――シンは、静かにペンを置き、頭をかいた。


「分かった、分かった。……今行くよ」


そう言って立ち上がり、式典用の豪奢な外套を羽織る。

少し不恰好を気にしながら、ゆっくりと部屋を出ていった。


「早くしてくださいッ!!扉はちゃんと閉めてくださいよッ!!」


「……はいはい。お前、あの婆さんに似てきたな……」


扉が閉まると、部屋に静寂が戻る。


窓から吹き込む風が、机の上の紙を一枚、ふわりと揺らした。


残されたのは一冊の書。

書きかけのまま、インクの香りがまだ新しい。


その表紙には、淡い金の文字でこう記されている。


『灯の断章』 著V.W


窓から射す光が、その文字をやさしく照らした。


――


塔の北の丘陵地。


そこには、まだ建設途中ながらも、白い石造りの壮麗な議事堂がそびえていた。

新たな時代の象徴――人の手で築かれる‘’灯の国‘’の中心である。


議事堂のテラス下には、多くの民衆が集っていた。

風が吹き抜け、掲げられた金と赤の旗がひるがえる。

旗に描かれたのは、不死鳥の紋章――再生と誓いの印。


そのテラスの中央の壇上に、トゥルアが立っていた。

深紅のドレスを纏い、まっすぐに胸を張る。

彼女の背後には、金の鎧をまとったガイウス、

大統領補佐官のセバスティアン、

そして新たな記録官長・シンの姿があった。


石段の下、無数の人々が息を呑む中、

トゥルアはゆっくりと口を開く。


「一年前、この地に――私たちは聖域を築きました。

ここにいる皆さんは、灯喰い……巫女の言葉を借りれば、ツクヨミ族と共に戦い、生き延びた仲間たちです。


そして今日、この地にあらたな国を興します。

ここに、灯の国ルミナ・サンクティアを建国し、

 トゥルア・ハルトフェルドが皆さんに推挙され、その初代大統領を務めます!」


群衆がどよめき、続いて大きな拍手と歓声が湧き上がる。

子どもたちが手を叩き、大人たちが涙ぐみながら笑う。

旗が高く掲げられ、光を受けてきらめいた。


「私たちの国は、かつて塔の支配のもとにありました。

人が灯を奪い合い、ツクヨミ族と争い、

世界は憎しみと恐れによって分断されました。


けれど、巫女ココはその闇の中で祈りました。

奪う灯ではなく、返す灯――償還の灯をもって。

彼女は人とツクヨミの間に新たな契りを結び、

灯を再び世界へと還しました。


私たちは、その祈りを受け継ぐ民です。

かつての支配も、過去の罪も、すべてを受け入れた上で、

今度こそ、共に歩む国を築かねばなりません。


ルミナ・サンクティアの名は、ルミナ聖域サンクティアを意味します。


戦の最中、私たちは寄り添い、灯を分かち合い、

絶望のただ中で灯を掲げた――

その記憶を、決して忘れないという誓いの名です。


我々は塔を持たない。

けれど、塔よりも強い意志を持つ。


それは、民ひとりひとりの胸にともる灯――

他者を思い、共に分かち合う心の光です。


私はこの国に約束します。

もう誰も、灯を独占することはない。

もう誰も、灯を恐れることはない。


私たちは手を取り、灯の本質――信と調和をもって、

再びこの世界を照らしていくのです。


どうか皆さん。

今日を“終焉の翌日”ではなく、“始まりの朝”と呼んでください。


そして誇りを持って言いましょう。

我々こそが、灯を返し、灯を繋ぎ、

未来をともす――灯の国の民であると!」


歓声が大地を震わせた。

人々は涙と笑いの入り混じった表情で手を掲げ、

まるで空に“灯”を掲げるように、拳を高く突き上げた。

それはかつて塔の下で見上げた“支配の灯”ではなく、

いまは民自身が放つ“自由の光”だった。


トゥルアは微笑み、両手を広げた。


「そして――この国の真の立役者。

 この世界を救い、均衡を取り戻した“灯の巫女”を!

 さあ、皆さん! 盛大な拍手を!!」


会場がどよめく。

人々が空を仰ぎ、あたりを見回す。


だが――どこにも、その姿はない。


静寂。

そして、トゥルアの声が少し裏返る。


「……あれ? ……ココさん? ……出てきなさいよッ!!」


民衆の間にざわめきが広がる。

一瞬、何かが足りないような――それでもどこか、温かい沈黙。


と、その時。


「ハッハッハッハッ、ハーハッハッハッ!!」


壇上の後方で、金色の鎧のガイウスが腹を抱えて笑い出した。

その笑いはあまりに豪快で、ロイをはじめ護衛の記録官達が吹き出し、次いで最前列の民が笑い、やがて広場全体に波のように伝わっていく。


笑いながら誰かが叫ぶ。


「巫女様らしいな!」


「またどっかで世話焼いてるんだろ!」


壇上の後方――シンが小さく息を吐き、呟いた。


「あいつはそういう奴さ。何にも縛られたりしない」


その静かな苦笑に、セバスティアンもそっと吹き出す。

それが再び波紋のように広がり、

観衆の笑いは次第に拍手へと変わっていった。


トゥルアは頬を真っ赤にして拳を握る。


「あの子、借りを返しなさいよッ!!」


会場は爆笑と喝采に包まれる。

そして、風が旗を鳴らし、トゥルアのドレスを揺らした。


彼女は空を見上げ、もう一度叫ぶ。


「――覚えてなさいよーッ!!」


民衆の笑い声が風に乗り、遠くまで響く。

シンは微笑み、静かに空を見上げた。

その青空のどこかに、彼女がいるような気がして。


――


アーゼの村・酒場にて


「今日はあのご令嬢の大統領就任式だろ? 行かないのか?」


古びたカウンターの向こうで、マスターが木杯を布で磨きながら尋ねた。

朝の光が斜めに差し込み、埃の粒が静かに舞っている。


がらんとした店のカウンターの片隅、

粗末な椅子にもたれて腰を下ろす男――クロー。


「建国だとか大統領だとか……」


と、ぼそり。


「ま、勝手にやってりゃいいさ。俺にゃ関係ねぇ。

 もし戦がまた始まったら――

 そん時は、“盾の民”を呼べばいい」


マスターは木杯を棚に戻し、

しばし黙ってから、ぽつりと答えた。


「……そうならんことを、祈るよ」


クローは小さく笑い、

木杯を手に取って、淡い酒を一気にあおった。


木の香りが鼻を抜け、

微かな苦味が舌の奥に残った。


杯を静かに置き、外の光を見上げる。


壁に飾られた盾がその光を反射し、目を細めた。

その口元に、ほんの一瞬――

わずかな笑みが浮かんだ。


――


「ココー! ココー!」


とある村の一軒家。

フレアの呼び声を背に、ココは軒先の少し離れた墓地で、子どもたちと並んでいた。

並べられた石の前には、小さな花束。

色とりどりの花が風に揺れ、朝露が光を受けてきらめいている。


ココは静かに膝を折り、両手を合わせた。

その横で、子どもたちも真似をして手を合わせる。

目を閉じたまま、ココの表情は穏やかだった。

けれど、頬を伝う風の冷たさに、ほんの少しだけ寂しげな影が差している。


やがて、彼女はゆっくりと目を開け、立ち上がった。

白い服の裾が風に揺れ、指先でそれを押さえながら、静かに呟く。


「よし……そろそろ、行かなくちゃ」


「えー、ココ行っちゃうのー?」


「もう少しいてよー!」


子どもたちが駆け寄って、ココの裾をつかむ。

ココは驚いたように目を丸くして、すぐに柔らかく笑った。


「えへへ……ごめんね。また帰ってくるから」


その笑顔は、光を映したようにやさしく、少し切なかった。


「ココ、ここにいたのね」


振り向くと、フレアが立っていた。

やわらかな陽光の中、穏やかな笑みを浮かべている。


「今日はルミナ・サンクティアの建国式と、トゥルアの大統領就任式でしょ。……いいの? 本当に行かなくて」


フレアの声は柔らかくも、わずかに寂しさを帯びていた。

ココは一瞬、言葉に詰まり、少し笑ってごまかすように肩をすくめた。


「うん。私、もう“灯”は使えないし……ただの娘だから」


その言葉を聞いて、フレアは静かに目を細めた。

唇がわずかに震え、けれどすぐに柔らかな微笑みを取り戻す。


「そう……だったわね」


二人の間に、柔らかな風が吹き抜けた。

花びらが舞い、遠くで鐘の音が響いた。


「もう行くのね?」


フレアの問いは穏やかだったが、その奥に名残惜しさが滲んでいた。

ココは小さく頷き、顔を上げる。

雲の切れ間から差し込む光が、彼女の髪を透かし、金色の輝きを放つ。


「うん。この広い世界を、もっと見てみたいの。

 まだ知らない人も、まだ知らない場所も――たくさんあるから」


その言葉は、まるで風に乗って遠くへ届く祈りのようだった。

ココはフレアに微笑みかけ、小さく手を振る。

風が吹き、花がひとひら、彼女の肩に舞い落ちた。

それをそっと指先で払うと、彼女は静かに背を向けた。


丘のふもとには、ルーミアが待っていた。

光を帯びた桃色の毛並みが風に揺れている。

彼女の姿を見つけると、ルーミアは嬉しそうに尾を振った。


ココは微笑みながら、そっとその額を撫でる。


「良かったの? 奥さんと子どもたちを残してきて……」


ルーミアは“ぴい”と短く鳴き答える。

ココはその仕草にくすりと笑った。


「行こう、ルーミア!」


ルーミアが身を低くして、ココを背に乗せる。

金の穂が揺れる道を、光に包まれながら二人はゆっくりと進み出した。


丘の上では、子どもたちが両手を振って見送っている。

フレアはその姿を見つめながら、ふっくらとしたお腹を優しく撫でた。

やがて小さく微笑み、風に溶けるような声で呟く。


「……行ってらっしゃい、灯の娘」


その声は祈りのように静かで、

吹き抜ける風がそれを運び、黄金の穂波をそっと揺らした。


ココの背には、小さなリュック。

その端に、桃色のリボンが結ばれた古い小さな布人形が吊るされていた。陽の光を受けて、それは見護るように静かに揺れていた。



      『灯の断章 第一部 完』





















































































































































































――


「もしも〜し、もしも〜し」


カタカタカタカタッ


時は戻り、ココが北の丘に降り立ったその数刻後。


瓦礫の中、崩れた塔の片隅。

千切れた白いマントをはためかせ、男は腰を下ろしていた。


膝の上には、折りたたみ式の小型《灯信機テレグラフ》。

瓦礫の隙間から一本の線が這い、そこに接続されている。

男は鼻歌まじりに、通信鍵キーを遠慮なく叩き続けていた。


「お、きたきた……」


灯信機の内部から、印字が刻まれた紙がスッと滑り出た。

男は浮かび上がった文字を目で追い、

まるで相手の声色まで耳元で囁かれたかのように――静かに笑った。


カタタタタッ


「こちらホープ。自治区第44号、監視対象ヴァルター・ウォールデン、消失を確認。灯生成機械ルメオティスの稼働率、ゼロパーセント。

ええ、現地の秩序は崩壊しました、と……」


最後の鍵を勢いよく打ち込み、男は指を離す。

短い静寂が訪れたのち、灯信機の印字機構が再び震えた。


カタ……カタ……


紙を見やり、男の口元が愉悦に歪む。


「罰? いやぁ〜……首を切られても、僕、死ねないんですけどねぇ〜」


手をひらひらと振って、軽く苦笑。

続けて通信鍵に指を乗せ、今度は迷いなく叩き込む。


カタカタカタカタッ


「探していたものは回収済み。そんなに怒らなくても、彼らなど脅威でも何でもありません。――しばらくは様子を見ませんか?」


だが、それきり返事はなかった。


飄々とした声音のまま、男はちらりと視線を足元へ落とす。

そこには巻物がひとつ転がっていた。

その存在を楽しむように、彼は薄く微笑む。


「ふふっ……きっと、面白いことになりますよ」


吹き抜けた風が白いマントを煽る。

布の隙間から覗いた褐色の背には、黒い三つ首の蛇の紋章が、まるで脈動するように刻印されていた。

『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』をお読みいただき、本当にありがとうございました。

ココの物語は、これでいったん幕を閉じます。

少しでも心に残る場面があったなら、とても嬉しいです。


もしこの物語を気に入っていただけたなら、

評価やブックマーク、感想などをお寄せいただけると嬉しいです。

皆さんの声が、続編の灯をともす原動力になります。


巫女が蒔いた灯が、どこかの誰かの物語へ続いていきますように。

また、いつかお会いしましょう。


『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』も投稿しております。合わせて楽しんでいただけると幸いです。

→ https://ncode.syosetu.com/n8441lj/

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― 新着の感想 ―
第一部完結おめでとうございます。 エピローグで、それぞれが前を向いてルミナ・サンクティアの民として歩み始めたことに感動しました。 と言いたいところで、最後、まさかの……。思わず「えっ」と声が出てしまい…
2025/11/07 15:25 退会済み
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