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灯の鳥

荒野に、風が泣いていた。


血に濡れた大地の上で、フレアは声を詰まらせ、ココの身体を抱きしめていた。

その隣で、ルーミアが脚を引きずりながらも寄り添い、かすかに鳴いた。


「ねえ……起きてよ……ココ……!」


声は震え、涙が頬を伝い、砂に落ちた。

ミュレットの書は開かれたまま、冷たい砂の上で静かに横たわっていた。


そのとき――


……トクン。


胸の奥で、かすかな脈動が響いた。

白い光が滲み出し、やがて身体全体を包み込む。

ルーミアが小さく鳴き、フレアが目を見開く。


「な……何……!? ココ……!」


フレアは思わず後ずさる。

ルーミアが尻尾を丸め、光に息を呑む。


ココの身体は、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。

風もないのに、衣が揺れ、髪が光を孕む。

まぶしさに目が覆われる。


「……ココ……何が起こっているの……?」


光はさらに広がり、

辺り一面を包み込むように輪を描いて膨らんでいく。

世界から音が消えた。

風も、叫びも、涙の音さえも――。


ただ、光の脈動だけがそこにあった。


フレアの髪が揺れ、頬を撫でる風が吹き抜ける。

ルーミアのたてがみが激しく波打ち、二人の顔がゆっくりと上を向いた。


次の瞬間――

ドン、と空気が弾けた。

光が収束し、天へと突き抜ける。


気づいた時にはすでに、ココの姿はなかった。

眩い残光だけを残し、まるで夜空がひとしずくの涙を流したように、静かに、幾千もの灯の粒が舞い降りる。


フレアとルーミアは、ただ立ち尽くす。

胸の奥が焼けるように熱く、息をすることさえ忘れる。

理解が追いつかぬまま、頬を伝う涙だけが止まらない。


「……ココ……?」


名を呼んだ声が風に溶ける。

そのとき、空の高みで何かが閃く。


一片の光――

それはゆらゆらと舞いながら降りてきて、

フレアの掌に、そっと落ちた。


淡く輝く羽根。

それは熱くも冷たくもなく、

ただ、やさしい灯のぬくもりだけを残していた。


フレアは震える唇で微笑んだ。


「……あなたの、灯……なのね」


ルーミアが短く鳴き、頬を寄せた。

風が通り抜け、羽根がふわりと光の粒になって消える。


――


瓦礫の影では、戦い疲れた記録官が肩を寄せ合っていた。

誰もが武器を落とし、息を整える力さえ残っていない。


丘の上では、白金の光が燃えている。

だが、もはや祈ることしかできない。

人々はただ互いの肩を寄せ、温もりを確かめ合っていた。


ロイは、ココの灯がともるランタンを、そっと地に置き座り込む。儚くも確かな、小さな光。


「ごめんよ、婆ちゃん。記録官になれば、何かを変えられると思ったんだ。そばに居られない僕を、許してほしい……」


そのとき――。


空を裂くように、一筋の光が通り過ぎた。

瞬く間に、闇の大地にまっすぐ伸びる軌跡。


その尾がほどけるように散り、幾千の灯の粒が静かに降り注ぐ。

頬に触れた光は、やわらかく、あたたかかった。

砂に埋もれたランタンが淡く光り、

やがて――ひとつ、またひとつと灯がともる。


「闇を照らす精霊――『しょうの灯』。

 小さき光は闇を裂き、人の胸にのぞみをともす。それは初歩の灯。

 命と想いの、いとたっとはらみなり」


人々は息を吹き返したように顔を上げ、

空を見上げた。


「あれは……まさか……!」


ロイは立ち上がり、その顔に驚きと、そして“希望”が、もう一度宿っていた。


――


塔へと真っ直ぐ貫かれた道筋。

死神の灯喰いの前で、ガイウスが膝をついていた。

失われた腕から血が滴り、握っていた雷槍は地に伏していた。


「……ここまでか……」


その瞳に映るのは、終焉の静けさ。


だが――。


ふと、肩に温もりを感じた。

それは彼の肩越しに伸び、死神の影へとまっすぐ差し出されていた。


「……誰だ……?」


声は震えた。

だが、その手は答えず、ただ静かに、影に囁く。


「――ごめんなさい。

 私たちが、あなたたちの灯を奪った……」


白い光が指先から溢れ、波紋のように闇を包み込んでいく。


死神の灯喰いの輪郭が、淡く揺らぐ。

黒い靄が溶け、代わりに無数の光の粒がこぼれ落ちた。

まるで、長い夢から目覚めるように。


次の瞬間――

地に落ちていた腕が、光の奔流に包まれた。

その輪郭がゆらめきながら浮かび上がり、

糸を引かれるようにガイウスの肩口へと戻っていく。


光の繊維が骨と骨をつなぎ、筋を編み、皮膚を縫い合わせた。

痛みはなく、ただ温かな脈動だけが身体を満たしていく。


ガイウスは呆然と自らの手を見つめ、掌を確かめるように再び開く。そして空を見上げた。


「……まさか……これが……巫女の灯か……!」


夜空に、光が突き上がる。

空へと伸びる光の道――その先を、白金の翼が翔けていく。


「薬草と花々――『治癒ちゆの灯』。

 痛みと傷を癒やす光なり。

 倒れし者のたまを包み、命の糸を紡ぐ。

 悲しみを抱きし者のみが、そのまことの温りを知る」



聖域では、喧騒の中、トゥルアの叫びが夜を裂いた。


「私たちは負けないッ! 一人でも多く、生きて――灯の下に帰るのです!」


桃色に輝くレイピアが帯のように伸び、閃光の鎖となって灯喰いを縛り上げた。


トゥルアが腕をピンと引いた瞬間、鎖の花弁が散るように弾け、薔薇の花が咲く。

刃の軌跡が宙に残光を描き、風が唸りを上げる。


「工匠の巨人――『たくみの灯』。

 鍛冶の火をもって形を与えし者なり。

 この灯は“力を創る”意志そのもの。

 人の願いを受けて武具へと変じ、友を護る」


最前線ではクローが眉を掲げた。


「絶対にここは通さねぇ!!

 盾の民の名に賭けて――

 俺たちの灯は、俺たちで守るッ!!」


盾が輝き、衝撃が灯喰いを弾き飛ばす。


ドオォォォォォォォン!!


「盾を掲げる兵団――『守護しゅごの灯』。

命を懸けて立ち向かう者の象徴なり。

恐れも嘆きも越え、心ひとつに結ばる時、

絶望を遮る“絶対防御の壁”を築く」


かつて、シンは語った――


「抵抗的な村には、統制用の配給酒が回される。依存性のある成分が添加されている。酔いは深く、意思は鈍くなる。

 飲む者の判断力と記憶力を奪い、配給への従属を施すためだ……」


「やめろォ!!」


怒号とともに、酒瓶が叩きつけられた。


「そんなもん聞きたかねえ……!

 灯の王? はッ……夢物語かよ……!」


あの荒んだ夜、その従属から盾の民を立ち上がらせたのは――

他の誰でもない、ココの灯だった。


いま、クローのその目に、かつての淀みは一切ない。

燃えるような光の奥に、ひとりの戦士としての誇りが宿っていた。


「汚れを洗い流す湧水――『浄化じょうかの灯』。

毒と呪いを解く清き灯。それは偽りを祓い、まことを明かす灯なり」


その背後では、鍬を構えるトマスが叫んでいた。


――黄金色に波打つ小麦畑。

子どもたちがランタンの下で笑い、

大人たちは収穫を祝い、酒を酌み交わす。

その光景の真ん中で、少女が振り向き、笑いかける。


「俺はもう一度あの光景を……ココと一緒に見たいんだ!!」


「黄金の田畑――『豊穣ほうじょうの灯』。

実りの象徴なり。

労働の汗、分かち合いの喜び。灯は民の暮らしに息づき、希望として地に根づく」


その叫びに呼応するように、空が震えた。

雲を裂くように光が降り注ぎ、

人々が一斉に顔を上げる。


降り注ぐ灯の粒が大地を包み、

次の瞬間――灯喰いたちの輪郭が霧のように溶け、

ひとつ、またひとつと消えていった。


「この光は……あ、あなたは……!」


トゥルアが息を呑み、

クローは眉を下げ、静かに呟いた。


「嬢ちゃん……!」


泣いていた子どもたちが笑顔を取り戻し、

大人たちは祈るように手を合わせる。


「ココ……!」


トマスが名を呼ぶ。

声は風に乗り、光の中へと溶けていった。


そして――

彼女は小さく微笑み、光は高く、高く、高く、空の彼方へと舞い上がり、崩れかけた塔へと駆けていく。


まるで、

その翼が世界の夜明けを運ぶかのように。


――


記録の塔・頂上。


ヴァルターが放った瓦礫の眼が、青白い光を放ちながら空間を掃射する。

照射線は鋭く、闇の裂け目を舐めるように走り、浮遊する塔の残骸に潜む“異端の影”を探していた。


だが――影は笑う。


シンは息を殺し、崩れた柱の陰をすり抜ける。

床石を蹴る音さえ、風と同化する。

青の光が左を照らした瞬間、彼は右へと跳んだ。


ヒュンッ――シュバッ!


破れた黒のマントが翻り、瓦礫の上を音もなく滑る。

照射線をすり抜け、壁を蹴り、宙を舞う。

その身の動きは、まるで夜を支配する獣。


――黒の記録官、シン。


ヴァルターの咆哮が響いた。


「見つけたぞ……シンッ!」


ヴァルターは十拳とつかの剣を振り下ろす。

浮上する瓦礫、走る光の脈動。

重力を失った石片が、意志を持つかのように蠢き、

次々とシンに向かって射出される。


「鉄の竜馬――『操力そうりょくの灯』。

物質と機構を支配する灯。

鉄を組み、石を積み、道を築く。

その力は文明を興し、大地に秩序を刻む」


――だが、秩序は闇を掴めぬ。


シンは腕を振り、炎を瞬時に消した。

瞳が光を拒む。

次の瞬間、彼の姿は闇に溶けた。


ヒュゴォォンッ――!


残るのは、空気を裂く黒い残光だけ。


ヴァルターの背で、灯生成機械ルメオティスが唸りを上げる。

金属の悲鳴のような異音が響き、巨大な歯車が狂ったように回転する。


カシュゥゥン――ッ! ギャギィィン!


内部で重厚なピストン群が交互に動き、空気を押し出すたびに、獣の呻きのような怪音がする。

圧縮された蒸気が黒煙となって吹き出し、導管の継ぎ目から漏れる青白い灯。


「機械仕掛けの黄金の竜――『金龍きんりゅうの灯』。

技と力を司る灯。駆動の熱、創造の息吹。

この灯こそ、文明を動かす心臓にして、

巨大な機構と装置を目覚めさせる源なり」


蝙蝠型の灯喰いが空を覆い、群れを成す。

闇と影が渦を巻くその中心――

シンが紛れ込んでいた。


ヴァルターが歯を食いしばる。


「邪魔をするなッ! 虫ケラどもめッ!」


ヴァルターが剣を振り抜く。


ゴォォンッ! ズガガガガガッ!!


瓦礫が一斉に弾け飛び、蝙蝠の群れが光に焼かれる。

だが――その爆煙の中で。


影が疾走する。


ヒュッ! バンッ! シュンッ! ギュンッ! ヒュバッ!


瓦礫を蹴り、風を切り裂き、影は右へ、左へ、上へ――軌跡だけが残光となり、闇が切り裂かれていく。


一直線。

その刃のような軌道が、ヴァルターへ――迫る。


炎が走る。

剣が鳴く。

瞳が燃える。


「――ヴァルターァァァァ!!」


床石を蹴る音が、雷鳴のように空に轟いた。

燃え上がる剣が天を貫く。

その刃は怒りではなく、真実を裂く光。


ヴァルターが振り返り、剣を高く掲げる。

歯車の咆哮、灯の悲鳴――塔全体が軋む。


「シン……捨て身の特攻か……これで終わりだッ!!」


ゴォォォガガガガガガァァァァァァァァァァァン――ッッ!!!


二つの刃がぶつかり合う。

爆ぜる火花。揺らぐ塔。


地が鳴動し、瓦礫が宙を舞い、風が唸り、世界が軋み、炎と光が渦を巻き、そして――


衝撃波が彼方まで吹き荒れた。


――


光の羽根が、天へと駆け昇る。

瞬きの間に塔の頂を越え、夜空を貫く光の柱となる。


光の奔流が天と地をつなぎ――その中心に、少女がいた。


ココは、ミュレットの書を胸に抱き、ゆっくりと目を開いた。金色の髪が風に舞い、衣が光を受けてやわらかに波打つ。


「天球儀を抱く女神――『時折ときおりの灯』。

時を越え、魂を導く灯なり。

さかいの地にて、過ぎし者と今を生きる者を結び、過去と現在の狭間に“時の回路”を開く。

それは、失われた願いが再び形を得るための灯」


ココの胸に、灯の王エリアスの声が響く。


「人の子を再び導くために――

そなたに、“灯”の真髄を授けよう」


声は雷鳴のように、それでいて、不思議なほどに優しく、彼女の魂の奥に刻まれる。


「知恵の樹――『叡智えいちの灯』。

思考と知恵の象徴なり。

直感、学び、記録――それらすべてを支える知の灯。その光は混迷を裂き、未来を切り拓く羅針なり」


ココの身体がふわりと宙に浮かび上がる。眼下に広がる世界は――光と闇が溶け合う静寂の海。


――その背には。


千の灯の羽根が連なり、眩い輪を描いて広がる。

それは炎ではなく、命の光。

見る者の胸を焦がすほどの熱と輝きを放ち、

世界そのものを照らす“希望の灯”。


「空を翔ける鳳凰――『飛翔ひしょうの灯』。

 死と再誕の象徴なり。

絶望の淵にて目覚めしとき、背に“灯の鳥”の羽を得て、空を翔ける。

それは、世界が“生”を取り戻した証。滅びの中にあってなお、灯は絶えず巡る」


ボウッ……。


羽根の縁が虹のように揺らぎ、黄金と白銀の光が空を染める。

その姿は、まるで天を翔ける伝説の不死鳥――


ココはミュレットの書を開いた。

静かに息を吐く。


ページには――“天秤を掲げる守護者”の絵が描かれていた。


その瞬間、エリアスの声が再び降り注ぐ。


「されば――灯の巫女よ。

そなたが、一度すべての灯を“ならび”へと還し、新たに契りを結ぶのだ。

 それこそが、奪いし灯を赦し、再び世に循環をもたらす唯一の道なり。

 ミュレットの書、原初にしてついの灯――!」


ココの髪が逆立ち、

瞳が虹色に輝く。


そして、胸の奥から絞り出すように――

魂を震わせ、世界へと叫んだ。


「『償還しょうかんの灯』……!!」

『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』をお読みいただき、本当にありがとうございます。


本話は、手塚治虫先生『火の鳥』への敬意を込めて。

命の循環、赦し、そして希望――

その炎が、ココの物語の“灯”にも宿りますように。


もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価をいただけると大変励みになります。

感想があれば、裏話や設定なども語ろうかなと思います。よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
たくさんの灯が出てきて、それぞれに込められた誰かの想いを想像しながら読ませていただきました。 込められたのは誰の想いなのでしょうか。前話で存在だけ現れた「ミュレット」さんのものでしょうか。 記録官に縛…
2025/11/01 20:24 退会済み
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