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光の旗印

「うおおおおおおおおおおッ!!」


シンが浮上する瓦礫を蹴り、弾丸のように跳び上がる。

炎の剣が紅蓮の尾を引き、夜空を裂く閃光となってヴァルターへと迫った。


「……そんなものが、届くものか!」


ヴァルターは眉一つ動かさず、杖を振り抜く。

周囲の瓦礫が呼応するように宙を舞い、青白い守護の灯を纏って合体した。

瞬く間に、幾重もの石の盾が塔の上空に展開する。


ガキィィィィィィン――ッ!!


炎と青白い光が激突した。

炎の剣が青の壁を削り、瓦礫の盾が火花を散らす。

爆ぜた熱風が吹き荒れ、塔の外縁に火の粉が舞った。


シンは反動を利用して身を翻すと、別の石床に着地。

足場が沈む間もなく、呼吸ひとつで再び剣を構える。


「はァッ!!」


振り下ろされた刃が、音もなく炎をまとって消える。

次の瞬間――シンの姿も闇に溶けた。


「……む、また消えたか」


ヴァルターは杖を構え、周囲を睨む。

微かな熱の揺らぎを探るように、瞳が細められる。


「闇に紛れて行動するには都合がいい……」


低く響く声が、背後から届いた。


「――あんたが教えてくれた、炎の使い方だッ!! ヴァルターァァッ!!」


ヴァルターの目が見開かれる。

振り返る間もなく、炎の軌跡が一直線に閃いた。


ガアァァァァンッ!!


衝撃が爆ぜ、炎と灯が交錯する。

ヴァルターの守護の灯が軋み、光が弾けた。

風が荒れ狂い、塔の残骸が唸り声を上げて吹き飛んでいく。


再び炎が消え、空気がわずかに揺らいだ。

シンの姿が、陽炎のように溶けていく。


「小賢しい!」


ヴァルターは目を細め、杖を握り直した。

空気がわずかに震え、塔の残骸の間から青白い光が立ち上る。

呼応するように瓦礫が次々と浮かび上がり、彼の周囲へと吸い寄せられていった。


――


崩れゆく記録の塔。

地平の彼方――ココは負傷者の傷に手を当て、灯を流しながらそれを見上げていた。ルーミアが傍らに、砂塵を防ぐように首を垂れている。


頂は抉れ、青の閃光が断続的に点滅する。

隙間を縫うように橙の光が見え隠れし、塔が呻くたび、地を這う低音が腹に響いた――飢えた巨人の呼吸のように。


「……シン。ヴァルターさんと、戦っているの……?」


かすれた声が漏れる。

別れ際、シンは語った。――記録官長ヴァルター・ウォールデンは、自分の師匠だと。


ココは胸の奥をきゅっと掴まれるように痛めた。

自らの師と決別し、信念を懸けて戦う。

秩序と自由――交わらぬ理想。

どれほどに辛く、孤独な戦いなのだろう。


けれど、いま彼の戦いが、人々の運命を左右することも分かっていた。


ココは小さく息を吸い、視線を下ろす。

――信じるしかない。

自分を導き、救ってくれたあの人の想いを。


ココはゆっくりと立ち上がり、ルーミアの額に手を伸ばした。

温かな毛並みに触れ、そっと撫でる。


「……私の使命は、ここにいる人たちを守ること」


小さく呟き、ルーミアに微笑みかけてから振り向いた。

その瞳は決意の光を宿している。


周囲には怯えながらも武器を手にした民が立ち尽くしている。

その中心で、トゥルアが声を張り上げた。


「今、私たちは――巫女の灯によって、戦う力を得たのです!

 この灯があれば、私たちはもう恐れない!

 灯喰いの脅威に、立ち向かえる!」


彼女の声は澄み、揺らがない。

その横顔を照らす灯の光が、かつて上級記録官の娘として何不自由なく育った令嬢を、今や戦場の指揮官へと変えていた。


暗い空を見上げ、トゥルアは唇を引き結ぶ。

まだあちこちで悲鳴が響き、灯喰いに抗う人々が孤立して戦っていた。


「……このままでは彼らはジリ貧です。助けなければなりません!」


トゥルアは地図代わりの地面に棒を突き、砂に素早く線を描く。

灯に照らされた指先が震えることなく動く。


「塔の周囲の地形はおそらくこのような形ですね?」


フレアは覗き込みながら頷いた。


「うん、大体合ってる。……あなた、お嬢様なのによく知ってるわね?」


「塔周辺は、父の物資輸送に同行した折、アグリ車からよく眺めておりましたの」


その穏やかな口調の裏には、戦場を冷静に見据える強さがあった。

フレアがわずかに口角を上げる。


「それでここまで把握するとは……ただ者じゃないわね」


「ふふ」


トゥルアは小さく微笑み、再び民衆へと顔を向ける。


「戦っている者たちは灯を分散して使っている。それでは灯喰いの脅威には太刀打ちできません。

 私たちは戦場の灯を一点に集め、“拠点”を作ります。」


「拠点……?」


クローが眉をひそめる。


「ええ。灯が生み出す“安定の場”。

 そこを光の中心にすれば、離れた者たちも位置を把握し、集まれる。

 散り散りの民が、一つの隊としてまとまる。

――そのための拠点です」


ガイウスが腕を組み、深く頷いた。


「なるほど……つまり……目印というわけだな」


「ええ。混乱する戦場で必要なのは、心をひとつにする光の旗印です。

 その拠点こそ、人々を導く“聖域”になります」


言葉を区切ると、トゥルアは地面に描いた砂の地図を見下ろした。

指先で塔の位置をなぞりながら、静かに言葉を続ける。


「本来なら塔こそ最も強い灯の集積地ですが、今の塔はなにやら不安定な状態です。

 あそこに近づけば、灯喰いの出現をさらに誘発しかねません。

 だからこそ――私たちは別の場所に、新たな光の中心を築かなければなりません」


彼女は砂の上を指で滑らせ、北を示した。

灯の反射がその指先を淡く照らす。


「この地形なら、北の丘陵地が最適です。

 高台から全方位を見渡せ、地形も防衛に向いています。

 ――ここに、私たちの“聖域”を築きましょう」


その言葉に、ココが思わず声を上げた。


「だけど……塔の周りにも、まだ戦っている人たちがいるの!

 あの人たちを置いていけない!」


ココの胸に、いくつもの顔が浮かんだ。

道を開いてくれたロイ。

自分を信じ、託してくれた記録官たち。

彼らの姿が、灯のように脳裏で瞬いていた。


トゥルアは息を飲み、しかしすぐに視線を逸らさず、静かに返した。


「……ココさん、今は決断の時です。

 私だって、救いたい。けれど――

 危険を犯して彼らを助けに向かうか、北に聖域を築 き、より多くの人々を導くか。

 どちらかしか、ありません。」


灯が二人の間で揺れた。

沈黙の中、風が砂を巻き上げる。


そのとき――重い声が空気を裂いた。


「アグリは何頭残っている!?」


トゥルアもココも振り返る。

ガイウスは勢いよく立ち上がり、控えていた記録官に怒号した。


「はっ……! 我々のアグリは、もう一頭しか!」


「ならばそれを俺によこせ!お前たちは村人と共に行き、護衛せよ! 塔周辺の戦力は記録官が中心。ならば上級記録官である俺が道を切り開く!!」


「は、はいッ!」


記録官が慌ただしく駆け出す。

風が唸り、瓦礫の間を砂塵が吹き抜ける。

その中で、ココが一歩前に出た。


「私とルーミアも行きます!」


ルーミアが静かに鼻を鳴らす。

その瞳には迷いのない光が宿っていた。


フレアは短く息をつき、弓を肩にかけながら答える。


「……そうね。私がココを守る」


「ガイウス様……」


一拍の間を置き、トゥルアは頷いた。


「わかりました。では――四頭のアグリ隊は塔周辺の民の救助と誘導に。

 残る隊は私が先頭に立ち、北の丘陵地に進軍します。二手に分かれて動きますが、目的地は同じ。

 必ず合流してください。……絶対に、です」


トゥルアが立ち上がる。


「お嬢様、私も隣でお供します!」


執事が即座に応じた。


その時――


「ココ、無茶するなよ!必ず一緒に帰るぞ!」


民衆の列の中から、トマスの声が飛んだ。

その顔は煤に汚れ、額には汗がにじんでいたが、瞳だけは強く輝いていた。


いつものように、優しい笑みだったが、その声にはどこか――

娘が遠くへ行ってしまうような寂しさが混じっていた。


「ありがとう、おじさん。大丈夫。――ルーミアが守ってくれるから!」


ココが振り返り、微笑む。

ルーミアが低く息を吐き、鼻を鳴らす。その仕草はまるで誇り高き返答のようだった。


「後ろは盾の民が守るぜ!」


クローがにやりと笑い、肩の灯の盾を軽く叩く。

彼の背後では、仲間たちが一斉に盾を構えた。

鈍い金属音が重なり、その音が、これから始まる“総反撃”の合図のように戦場へ広がっていった。


トゥルアは桃色に輝くレイピアを高く掲げた。

刃に宿る灯が、夜気の中で花弁のように揺らめく。


「――皆、聞こえていますね!」


彼女の声が、静まり返った戦場に凛と響く。

その光に導かれるように、人々の顔が一斉に上を向いた。


フレアと白いアグリが、ココの脇へ寄る。

フレアは弓を背にかけたまま、ココの肩にそっと手を置いた。


ココはその手の温もりを感じながら、ほんの一瞬だけフレアを見やる。

フレアは何も言わず、見上げていた。


不気味に揺れる塔。ココも静かに見をやる。


「……シン。どうか――」


風が吹き抜け、ルーミアのたてがみが翻る。


トゥルアはレイピアを掲げたまま、鋭く前方を見据える。

その刃先が北の丘陵を指し示す。


「――進軍開始ッ!!」


レイピアが振り抜かれ、桃色の光が弧を描く。

次の瞬間、民衆の間に歓声が広がり、無数の足音が大地を震わせた。


ガイウスがアグリの背に跨り、雷のような咆哮を上げる。

フレアが弓を構え、ココはミュレットの書を握りしめた。

クローたち盾の民が最後尾で後衛を組み、トマスが中心で鍬を振り上げた。


それぞれの灯が重なり合い、ひとつの流れとなって進む。

その光の波は夜を押し返し――

まるで、人々の祈りが戦場を照らす“暁”そのもののようだった。


――


記録の塔・下層


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――!


「はぁ……はぁ……っ!」


ロイは傷ついた記録官の肩を抱え、必死に支えていた。

腰に揺れるランタンの中では、ココから託された灯がかすかに揺らめいている。


「この揺れは……? ヴァルター様と、シン様が戦っているのか……?」


「おい、小僧! 急げッ!!」


取り残された記録官たちは、崩れかけた通路を走りながら塔からの脱出を試みていた。

だが――。


「うわぁぁッ! また入ってきたぞッ!!」


人型の灯喰いが、爪のような腕を振り回しながら塔の内部に侵入してくる。

赤い光を揺らめかせながら、黒く染まった皮膚が軋むように音を立てた。


キィン、キキィン――!


記録官たちは武器を抜き、必死に応戦する。

だが微震は止まず、床のひび割れがどんどん広がっていく。


「だめだ! 逃げ場がない!!」


誰かが叫ぶ。

次の瞬間――。


「ぎゃあああッ!!」


階下で肉が抉れる音。

鮮血が壁に飛び散り、ロイは思わず目を逸らした。


「はぁ……はぁ……、だめだ……もうお終いだ……」


ロイは崩れた床の影に身を寄せ、ランタンを抱えて祈るように蹲った。

その時――。


――カン……カン……カン……


上から、誰かが階段を降りてくる足音がした。

規則的に、ゆっくりと――。


(……ココ様……)


ロイは目を閉じ、震える唇で名を呼ぶ。


――カン……カン……カン……


布地が背中を擦り、風が通る。

――誰かがすぐそばを過ぎた。


(……誰だ?)


カン……カン……カン……


金属が擦れる。

次いで――。


チャキ……


(剣……!?)


その瞬間、階段の下方から響いた。


「グワァァァァァァァッ!!」


ズバァァァァァァンッ!!


一閃。

空気が裂け、金属を断つ鋭い音が回廊に反響する。

ロイは恐る恐る瞼を上げた。


ランタンの灯に、剣が一瞬だけ白く光る。

砂埃の通路で、白いマントが静かに翻った。


その人物は振り返らない。

倒れた灯喰いを踏まず、ただ階段の陰に消えていく。


(……助けられた……? 今のは――)

『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

物語はいよいよ佳境!


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