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進化の道

挿絵(By みてみん)



カァン――ッ!

カァン――ッ!


夜の空気を裂く音が、静寂に響き渡った。

ココは一心に、灯の槌を振り続けていた。

火花が散り、並べられた武器に光が宿り、彼女の汗が宙に舞う。


人々は息を呑み、その姿を不安と期待の眼差しで見つめていた。

闇の中、群衆の影に囲まれ、ただひとり――少女の影だけが、燃えるように浮かび上がる。


手が熱い。

伝わる熱が、痛みに変わっていく。

腕に乳酸が溜まり、全身が重くなる。

それでもココは――打つのをやめなかった。


カァン……カァン……!


音が、祈りのように響く。

光が、槌から武器へ、武器から人々へと流れ込んでいく。

ひとつ、またひとつ――鍛えられた武器が形を変え、輝きを増していく。


静寂の中、ひときわ深い息づかいが響いた。


――トマスだった。

泥に汚れた顔、震える唇。

彼は、娘を見るような目でココを見つめ、かすれた声を漏らす。


「ココ……お前……」


それ以上、言葉が続かなかった。

彼の喉が震え、胸の奥から嗚咽が込み上げる。

光の反射で、頬を伝う涙がわずかに輝いた。


「もう少し……もう少しだけ……!」


ココの息が震え、目の奥が熱く滲む。

そして――


パァァァァァッ!!


眩い光が爆ぜた。

最後の一撃を放つと同時に、槌の先から奔る光が列をなして広がっていく。

打たれた武器たちは、まるで神々の息吹を得たかのように輝き出した。


「……できた!」


その瞬間、誰もが息を呑んだ。

闇の中、光は命のように脈動し、武器の一つひとつが新たな“灯”を宿していた。


「これが、巫女の力なのですか……!」


トゥルアの声が震える。

光の反射で、彼女の瞳にも涙が浮かんでいた。


「すげぇ……」


クローが呆然と呟く。


「これが……真の雷槍の姿……!」


ガイウスさえ、驚愕と敬意を込めて声を漏らした。


フレアはココを見つめ、静かに微笑む。

その時――


「お嬢様!」


執事が指を差した。


「また灯喰いが現れようとしております!」


全員が一斉に振り向く。


荒野が歪み、瓦礫がねじれ、裂けた空間から影ともつかぬ影が次々と現れた。

獣の群れが牙を剥き吠える。その奥には、巨大な熊の影が――一匹ではなく、何頭も蠢いている。


「そんな……!やっとの思いで倒したってのに……!」


「ダメだ、あんな数じゃ勝てねぇ……!」


絶望の声が漏れる。

狼の群れが目を赤く輝かせ、一斉に駆け出した。

灯を求め、闇が襲いかかる。


「グルゥアアアアッ!!」


その咆哮に対し、一人の男が一歩前に出た。

手にした盾を握りしめ、目を細める。

――クローだった。


恐れも焦りもない。ただ、自分の腕に宿る“灯の盾”を信じていた。


「嬢ちゃん……」


クローはココに横目を向けて言った。


「初めて会った時は……怖がらせて、すまなかったな」


ココは一瞬驚き、すぐに柔らかく微笑んだ。


「もう怖くないです、クローさん」


「……へへっ、その言葉、救われたぜ」


クローは笑い、迫る群れへと視線を戻す。

盾を突き出し、腰を沈めて足を踏ん張った。


――軽い。まるで何も持っていないようだ。

だが、その盾には確かな熱があった。血が滾る。心臓が戦のドラムを打つように鳴る。


かつて、灯の国の北境を守り抜いた民族がいた。

彼らは剣を持たず、盾のみを掲げた――盾の民。

鉄壁の防御であらゆる敵を退け、国を守った防人たち。


なぜ彼らが“盾だけで最強”と呼ばれたのか――その答えは、ただひとつ。


彼らは、恐れなかった。

敵の刃にも、闇の咆哮にも、死の影にも。

己の命より、隣に立つ者を守る誇りを選んだからだ。


クローの筋肉が膨れ上がり、盾が眩い光を帯びる。

空気が震え、地が唸る。


狼型の灯喰いが、真っ直ぐに跳びかかった――


ドンッ!!


次の瞬間、盾から横一線の衝撃波が奔る。

狼たちはまとめて吹き飛ばされ、砂塵の中に消えた。


クローの目に、力強い光が宿る。

盾はさらに輝きを増し、まるで意志を持つかのように脈動した。


――かつて盾の民を束ねた頭領は、

すべての闇を弾き飛ばす“灯の盾”を掲げていたという。


そして今、その光が再び甦る。

ここに、盾の民は――完全に復活した。


クローが開いた道を――

三つの光が駆け抜けた。


蒼き閃光、雷槍のガイウス。

紅の流星、弓のフレア。

そして、桃色の灯をまといし剣士――トゥルア。


彼女の眼前に、巨熊の影が立ちはだかる。

その威容は、かつて多くの記録官を一撃で葬った脅威だった。

地鳴りが鼓膜を震わせ、胸を締めつける。


――怖い。

体が震える。足がすくむ。


だが、その手の中で脈打つレイピアが、優しく温もりを伝えてくる。

桃色の光が柄から走り、まるで彼女の背を押すように包み込んだ。


「がんばれ、がんばれ、トゥルア。

あなたの名はトゥルアよ。

意味は――慈悲の心。

人の苦しみを取り除き、人を愛し、幸福を願う者になりなさい……」


脳裏に響く、懐かしくも知らない声。

一度も話したことのない、顔も見たこともない母の声。記憶の底に微かに残っていた温もりが、今、灯のように蘇る。


トゥルアは震える唇を噛みしめ、瞳を見開いた。

巨熊の足を見据え、レイピアを構える。


「……慈悲の名において、あなたを鎮めます」


桃色の光が奔った。

レイピアから放たれた光線がしなやかな帯となり、熊の四肢を絡め取る。

トゥルアが腕を引く――


ズシィィン!!


巨体が大地に叩きつけられた。

彼女の髪が風に舞い、光の綱が次々と伸び、他の熊たちの足をも縛っていく。

その動きは優雅でありながら、怒りでもなく、憎しみでもない。

“人を守り、活かす為の剣”だった。


「ありがとう……お母様! お父様!」


トゥルアの声が戦場に響いた。

その瞬間、彼女の灯がさらに輝きを増し、桃色の花弁のような光が空に舞う。

慈悲は恐怖を超え、希望そのものとなって戦場を照らした。


フレアが弓を構え、光の矢を放つ。

矢は幾重にも分かれ、倒れ伏した巨熊へと雨のように降り注いだ。


バシュゥゥゥゥゥン――!!


次の瞬間、熊の巨体が閃光に包まれる。

その隣から、金色と蒼の光が疾駆した。


「蒼き閃光よ――闇にひしめく巨影を、貫けッ!!」


ドガァァァァァァァンッ!!


雷鳴が爆ぜ、金と蒼の光が交錯する。

閃光の槍が巨熊の胸を穿ち、その衝撃で大地が裂けた。


ガイウスは即座に宙へ跳んだ。

空気がざわつき、振り上げた雷槍の刃に稲妻が吸い寄せられていく。

刃に集束した雷が渦を巻き、圧縮された蒼い雷玉が形成された。


「……雷帝の裁き、ここに示す!」


空が震える。

雷鳴が一瞬、止まった。


次の瞬間、落下と同時にガイウスは全身の力を槍に叩き込んだ。


「――蒼雷轟断槍そうらいごうだんしょうッ!!」


ズガァァァァァァァンッ!!


雷槍がもう一体の巨熊を貫く。

炸裂する光が闇を焼き尽くし、閃光の奔流が地を這う。

巻き上がった雷の奔流は鎖のように広がり、周囲の熊型灯喰いをも次々と呑み込んでいった。


火花が弾け、稲妻の余波が戦場を照らす。


フレアは耳を押さえ、雷鳴の余韻が残る戦場を睨みつけた。

霧散していく巨熊の群れ。その中心で、蒼い稲妻を纏ったガイウスが雷槍を肩に担ぎ、ゆっくりと立ち尽くしていた。


「――ほんとうるさい奴ね……! やっぱり昔っからちっとも変わってない!」


思わず叫ぶフレア。耳の奥がまだジンジンしている。


その背後から、怒気を帯びた声が飛ぶ。


「ちょっとあなたッ!」


「……え?」


「“あの方”の勇姿に口を挟むとは――私が許しませんよ!!」


振り返ると、トゥルアがレイピアを構えたまま、眉を吊り上げて立っていた。

その眼差しはまるで聖女のように真剣だ。


「え……ッ!? えぇぇぇーーーッ!?」


フレアが思わず後ずさる。

ガイウスの残した雷光がまだ地を這い、空気がパチパチと弾けている。

その中で、二人の女性が言い争うように向かい合った。


「……まさか、あんた……!」


「私は“雷帝”ガイウス・バルナーク様の信奉者です!」


「聞いてないわよそんなの!!」


フレアが叫び、ガイウスが遠くでくしゃみをした。


その光景を見て、村人、採掘場の労働者、記録官たちは歓喜に沸いた。


「やったな、クロー!」


「お嬢様、お見事でございます!」


「雷帝万歳ッ! フレア様最高ッ!」


歓声が波のように広がる。

その横で、ココは風に髪を揺らしながら、穏やかな笑みで彼らを見つめていた。


ルーミアが静かに歩み寄り、鼻先を寄せる。

ココはしゃがみ込み、優しくその額を撫でた。


――人の歩む道。

それは痛みと共に進む“進化の道”。

たとえその先にどんな苦難が待っていようとも、ここに集う者たちが灯を掲げる限り――きっと乗り越えられる。


ココの予感は確信に変わった。


灯とは、人々の想いに寄り添い、無限に形を変え、互いに呼応するものなのだ、と。

『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

新人作家ゆえ、新作リストではすぐに埋もれてしまい、なかなか多くの方に見つけていただくのが難しい状況です。


もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価をいただけると大変励みになります。

応援が大きな力となり、物語を続ける原動力になります!

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