表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/60

掲げる者達

ルーミアが地を蹴る。


ドンッ――! 


しなやかな肢体が宙を舞い、瓦礫を軽々と飛び越えていく。


隣を並走する白いアグリの背から、フレアは弓を引き絞る。


ギィィ……ッ――ピシュゥゥン!!


光の矢が閃光のごとく放たれ、夜気を裂いて突き抜けた。


ドガァァンッ!!


前方から鉤爪を伸ばして迫る人型の灯喰いが爆ぜる。


「邪魔ッ!」


続けざまに、上空から降下する鷲型の影が閃光に貫かれ、闇に溶けていく。


「まだ来るわよッ!」


フレアが腰を沈め、後方へと身を翻す。

追いすがる狼型の群れを見据え――


ヒュゥゥゥン――バシュゥゥゥン!!


放たれた矢が幾筋にも分かれ、炸裂する光の花が群れを切り裂いた。

爆風と閃光が夜を裂き、空気が焼ける。


ココは風を受けながら前を見つめる。

掌に宿る灯が彼女の髪と衣を照らし、まるで後光のように輝いていた。


その身体が激しく上下に揺れ、息を吸うたびに胸が波打ち、風が頬を打つ。

ルーミアが瓦礫を踏みしめるたび、ドドドッと重い振動が全身に伝わってきた。


「ルーミア、お願い――!」


その声に、ルーミアは応えるように首を低くし、身体の重心を滑らかに変える。

まるで彼女の意志を理解しているかのようだった。


ココが視線を向ける先――倒れ伏す人々の影を見つけるたび、ルーミアは自ら進路を修正した。

塔から落ちてくる瓦礫の間をすり抜け、崩れた地面を跳び越え、灯を必要とする者の元へと導いていく。


「そこよ、お願い……もう少しだけ!」


ココの声が風に乗る。

ルーミアはそれに応えるように蹄を強く打ちつけ、瓦礫を蹴散らす。

その反動に耐えながら、ココは両手を伸ばした。


――パァァァ……!


掌から放たれた光が、夜気を裂いて飛ぶ。

倒れた子どもの傍らに転がる割れたランタンが、その光を受けて再び輝きを取り戻した。


「大丈夫……もう、大丈夫だから!」


彼女が掌を向けるたび、傷ついた者や泣き叫ぶ子どものランタンに、純白の灯がともる。

灯を抱いた人々の傷は癒え、焼け爛れた皮膚が再び滑らかに戻る。呻いていた者が、次々に立ち上がる。


「灯の巫女だ……!」


誰かが掠れ声で叫んだ。


その光は、暗闇に新しい星が生まれるように、点々と広がっていく。

戦場を駆け抜けながら、ココとフレアは次々に希望の灯をともしていった。


風が荒れ、砂塵が渦を巻く。


――ドゥゥゥゥン……!


地鳴りが響く中、前方に異様な影が姿を現した。


「……あれは……採掘場に現れたやつッ……!」


地面を這う巨大な脚。

それは塔の崩れた礎石をも容易く砕く、巨蜘蛛の灯喰いだった。

赤黒い甲殻がうねり、無数の眼が妖しく輝く。


次の瞬間――


バリバリバリバリィィィィッ!!


雷鳴が大地を裂いた。

閃光が夜を切り裂き、蜘蛛の頭上を貫く。


「げっ……ガイウスッ!?」


フレアが叫ぶ。

その声には驚愕と呆れが入り混じっている。


「この雷帝ガイウス・バルナークが、命に代えても貫き通すッ!!」


その頭上に、黄金の鎧を纏った男がいた。

稲妻を纏う槍を両手で握りしめ、蜘蛛の甲殻に突き立てたまま張り付いている。

雷光が全身を奔り、蜘蛛の体表を焦がしていく。


「このままじゃ……振り払われるッ!」


フレアが息を呑んだ、その刹那――


「させませんっ! 引いてっ!!」


澄んだ声が戦場に響く。

暴れる蜘蛛の背後――そこにはトゥルアがいた。

彼女の手に握られた太いロープが、ガイウスの槍の根元に繋がっている。


「うおおおおっ!!!」


採掘場の労働者たちが一斉にロープを引く。


ギギギギギィィィ……ッ!!


縄が軋み、筋肉が裂けんばかりに張り詰める。

蜘蛛の巨体が悲鳴を上げ、足をもつれさせて崩れ落ちた。


ドガァァァァァンッ!!


地面が大きく震え、土煙が空へ舞い上がる。


「今です! 仕留めてッ!!」


トゥルアの声が号令となる。


「おおおおおおッ!!!」


執事と村人たちが鎌や鍬を手に突撃する。

赤く光る蜘蛛の眼が一つ、また一つと砕け、黒い体液が地を染めた。


「すごいっ……!」


ココはその光景を横目に息を呑む。

ルーミアと共に駆け抜けようとしたその瞬間――


「ココ、危ないッ!!」


ズズズズズッ!!


地面が裂け、そこから巨大な百足の灯喰いが飛び出した。

無数の脚がうねり、咢を鳴らしながらココに跳びかかる。


「――ッ!!」


ココが目を見開いたその瞬間――


「灯の嬢ちゃんだッ!! お前ら、守れぇぇぇッ!!」


ドゴォォォォッ!!


横合いから、黒い影が突っ込んだ。

盾を構えた男――クローが、百足を体当たりで弾き飛ばす。

鈍い衝撃音と共に、甲殻が砕けた。


「クロー、お前ばっかりいい格好はさせねぇ!」


「そうだ! お前だけじゃねぇ! 俺たちが――盾の民だッ!!」


後方から仲間たちが雪崩れ込む。


ドゴン! ガン! ガン!


大小さまざまな盾が連なり、鉄壁の壁となって百足を押し返す。

それはまるで、希望の防壁。


「お前らっ……俺まで押し潰す気かよッ!」


クローは尻もちをつきながらも、口元を緩めた。


ルーミアと白いアグリが蹄を止めて振り返った。

砂塵の中、少女と赤い記録官――ココとフレアが地に降り立つ。


「灯の巫女さまだ!」


「巫女さま!」


「違うよ!ココだよ!コ・コ!」


小さな子どもたちが歓声を上げて駆け寄る。

かつて彼女の灯に憧れた村々の子らが、その光を求めて、ココの前に集まった。

ミルレ村の子どもが胸を張ってココの名を口にする。

子どもたちの小さな掌に、かすかな光が瞬き始めた。


人々の間で老婆が両の手を合わせ、深々と頭を垂れた。


「灯の巫女様が……わたしらを救いにきてくださった!」


その顔に刻まれた皺の奥で、かすかな涙が光る。

――ノルト村で、ココが足を癒したあの老婆だった。


「やめてよ、おばあちゃん!」


ココは照れくさそうに笑い、頬をかいた。


「まったく、あんた人気者ね」


フレアは息をつき、目を細めて笑った。――その笑みのまま、そっと視線を逸らす。


「へへ……」


希望の叫びが波のように広がる。


人々の列をかき分け、煤と血にまみれた男が駆けてきた。

荒れた息。それでもその瞳だけは、涙で揺れていた。

――トマスだった。


「ココ……! ココォッ!!」


喉が裂けるような声。

その響きには、長く失われていた“家族を呼ぶ”ような熱が宿っていた。


まだ幼かったはずの少女が、今――

人々の希望の象徴としてそこに立っている。


「おじさん……!」


ココの声が震えた。

それは懐かしさと喜びと、安堵の入り混じった響きだった。


トマスは駆け寄り、泥を跳ねながら膝をつく。

両腕を広げ、ためらいもなくその小さな身体を抱きしめた。


「ココ……! 無事だったんだな……! 心配したんだぞ……! あぁ、ココ……よかった……!」


ココの瞳から、静かに涙が零れ落ちる。

その背を抱き返しながら、彼女は小さく、けれどはっきりと微笑んだ。


「もういいんだ……帰ろう。こんなところにいちゃいけねぇ……!

 お前がいれば、灯なんてどうなっても……!」


トマスの声は、安堵と恐れの入り混じった叫びだった。

ココはゆっくりと目を閉じ、静かに首を横に振る。


「ありがとう。でも……だめだよ、おじさん。

灯がないと、みんなが大変なことになってしまう。

 今も別の場所で、必死に戦ってる人たちがいるの」


彼女は目を開き、真っ直ぐにトマスを見つめる。

その瞳には、迷いのない光が宿っていた。


「みんなを救わなきゃ。灯を守らなきゃ。

 誰もが幸せに暮らせる未来なんて、来ないんだよ」


トマスの瞳が揺れ、眉尻が下がる。

かすれた声で、どうにか言葉を絞り出した。


「だが……しかし……!」


その時――


「やはり、あなたが“灯の巫女”でしたのね。……ココさん」


背後から澄んだ声が響いた。

トゥルアが、静かに前に進み出る。


「トゥルア……さん……?」


かつて花咲く屋敷で、外の世界を知らずに生きていた少女。

その彼女が、戦場の土埃を浴びながら、確かな意志を宿してそこに立っていた――


パァンッ!!


乾いた音が響き渡った。


風が止まり、時間が凍りつく。

ココの頬が、わずかに赤く染まる。

周囲の者たちが一瞬、息を呑んだ。

執事は無言で動かなかった。


「……っ」


トゥルアの肩が震えていた。

その目には、怒りでも憎しみでもない、どうしようもない痛みが宿っている。


「あなたが……灯を配ったせいで、私は……父を失ったのよ!」


声は掠れていた。

叫びではなく、喉の奥から滲み出るような告白。


「でも……それでも――あなたの灯を、否定できない自分がいるの……だから……今はこれで、一つ貸しです……!」


涙が頬を伝い、土埃に落ちた。

トゥルアは拳を握りしめ、うつむいたまま言葉を絞り出す。

その肩が小刻みに震えるたび、彼女の中の理性と感情がせめぎ合っていた。


ココはその場で、何も言い返せずに立ち尽くす。

ただ、痛みを受け止めるようにゆっくりと目を閉じ――


「……ごめんなさい。グレイブさんを助けられなかった……」


その声は、震えながらも真っ直ぐだった。


トゥルアは唇を噛み、泣きながら顔をココに向ける。

涙に濡れた頬を拭おうともしないまま、彼女はかすれた声で言った。


「無際限に現れる灯喰いに、奪われる側の私たちがどう抗えばよいのか――ずっと考えてきました……」


その声は静かだが、胸の奥に響く鋭さがあった。

トゥルアの瞳は濁りのない光を宿し、まっすぐにココを見据えている。


「‘’灯を使えば灯喰いが現れる。‘’それは、力を得るたびに新たな災いを招くということでしょう? 矛盾していませんか?」


その言葉に、ガイウスとフレアが視線を向ける。


ココは小さく頷く。

その手前――彼女の裾を掴んでいた子どもたちが、不安そうに顔を上げている。


ココはしゃがみ込み、穏やかな微笑みを浮かべて、子どもたちの頭を優しく撫でた。


「もう大丈夫。みんな少し下がっててね」


声は囁きのように柔らかく、それでいて不思議と子どもたちの心に届く。


彼女が手を振ると、子どもたちは素直に後ろへ戻っていった。

その小さな背を見送りながら、ココはゆっくりと立ち上がる。

ミュレットの書を胸に抱き、静かに息を整えた。


「それは確かにそうなんです。

 だけど、私は灯を配る旅の途中で、この地の――かつての王の言葉に出会いました」


風が吹き抜ける。

彼女の金の髪が光を受けて揺れる。


「灯を掲げよ。夜の闇を祓い、恐れず進め。

 灯を束ねよ。隣人を敬い、心を寄せ合え。

 灯を分けよ。命を助け、永く繁えよ。

 たとえ闇がこの世を覆うとも、

 旭日の日まで、灯は決して絶えぬ――」


詩のような響きが、戦場の喧騒の中に静かに溶けていく。


「おい、それって……吟遊詩人が歌ってた“王の詩”じゃねぇのか?

 灯を掲げし王がいたとか、なんとか……」


クローが呟いた。


「きっと、そうです」


ココは静かに答えた。


「みんなが灯を掲げ、恐れずに進めば――もう、闇に怯えることはない。

 王の言葉は、そう言っている」


風が止み、空気が澄む。

静寂が訪れ、戦場の空気が澄み渡った。


「確かに、私共は元はバラバラでした」


執事が静かに言った。声には押し殺した感慨が混じっている。


「生まれ育った村も違えば、抱えてきた痛みも違う。立場だって違った。――正直、そこの金ピカがいなかったら、記録官と肩を並べて戦うなんて、夢にも思わなかったぜ」


クローが横目で金色の鎧を見やり、屈託のない皮肉を投げる。


「金ピカ……だが、悪くない。共に戦った者の声として受け取っておこう」


ガイウスは微かに口元を緩めた。


そのとき、フレアが肩をすくめて笑う。


「あんた、変わったわね。見習い時代、シンがあんたを“雷バカ”って呼んだときは、顔真っ赤にしてブチ切れてたくせに」


「ふん……昔の話だ」


ガイウスは視線を逸らし、鼻を鳴らす。


その一言が触媒になったかのように、誰かがくすりと笑い、やがてその笑いが幾つにも連なって広がっていく。


ざわめきは次第に、確かな確信へと形を変えた。トゥルアはそっと目を伏せる。唇が小さく揺れ、頬にかすかな赤みが差す。クローは裂けた盾を肩にのせて泥を手ではらった。


執事が述べる。


「私共が力を合わせれば、強大な灯喰いさえ撃退できる――それは、紛れもない事実でございます」


その言葉は誰の胸にも温かく残り、冷えた空気の中で小さな灯をともした。


ココは周囲を見渡した。泥と煤で顔が汚れた人々、包帯で腕を縛った者、怯えきった子どもたち――ひとりひとりの視線が彼女に向けられる。掌の小さな灯が、微かにだが確実に光を強めた。


「そう、たとえ――」


ココの声に、彼女のこれまでの旅で培った確信が滲む。


「たとえ灯喰いが現れても、私たちはその先へ進む。

それは矛盾なんかじゃない……痛みと希望が、一緒に歩く“進化”なんです!」


ココは静かに膝を折り、地面にミュレットの書を置いた。古びた頁がひらりと開き、紙の隙間から淡い光が漏れる。彼女の掌で灯が静かに脈打ち、やがて形を取り始めた――小さな槌のような光の塊が、その手の中でこしらえられていく。


周囲の影が一歩、また一歩と後ずさる。まるで息継ぎをするかのような沈黙が場を支配する。


「私には、みんなを――もっと強くできる灯があります!」


その言葉は叫びではない。だが宣言のような確かさがあった。光の槌は彼女の意思と共鳴し、穏やかに、しかし力強く脈打つ。


「お願いです。みんなの武器を、私に貸してください!」


ココの声はまっすぐに、周囲に投げかけられた。そこには恐れも、見栄もない。ただ、救いたいという純粋な願いだけが宿っている。


村人たちの間に、微かなざわめきが戻る。誰かが、かすかに唇を噛む。トマスの目にまた光が宿り、ガイウスは鋭く視線を投げた。だが、その顔にはただの命令や支配とは違う何かがのぞいている。


――互いに異なる背景をもっていた者たちが、今、同じ向きを向いている。

光はまだ小さい。だが、確かに集まれば、闇を切り裂く力になる。


ココの灯は、静かに、しかし確実にその周囲を照らし続けた。

『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

新人作家ゆえ、新作リストではすぐに埋もれてしまい、なかなか多くの方に見つけていただくのが難しい状況です。


もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価をいただけると大変励みになります。

応援が大きな力となり、物語を続ける原動力になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ