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光の流星

記録の塔下層。


ココとフレアは階段を駆け降りていた。

下へ行くほどに、怒号と悲鳴がはっきりと耳に届く。

塔の内部は絶えず微震に揺れ、天井からは細かな埃が雪のように降りそそいでいた。

空気は血と金属の匂いを含み、塔の内部を生温い風が吹き抜ける。


「灯喰いが……内部まで……!」


フレアが息を詰めて呟く。

その眼下、踊り場では記録官たちが狼の灯喰いと交戦していた。

青白い灯を喰らい、黒く染まった獣が、壁を蹴って記録官の一人に飛びかかる。


「嫌だッ……死にたくないッ!」


フレアはすかさず駆け降りながら矢をつがえる。

放たれた矢が狼の頭を貫いた。

黒い霧が弾け、灯喰いは呻き声を上げる間もなく崩れ落ちた。


「フレア上級記録官……!」


誰かが叫んだ次の瞬間、フレアは次々と矢を放ち、そのどれもが的確に灯喰いの急所を撃ち抜いていく。 


「っ……助かった!」


記録官たちは安堵の息を漏らす。


その姿は、闇を切り裂く一条の灯そのものだった。


「もうすぐ出口よ! ココ、大丈夫!?」


「だ、大丈夫です……!」


息を切らしながらも、ココは必死に頷く。

二人は揺れる灯の中を駆け抜け、ようやく出口の門が見えた。


だが――その瞬間、塔全体が大きく震えた。

地鳴りのような衝撃に足を取られ、ココは前のめりに倒れ込む。


「ココ!」


フレアが駆け寄る。


ココは顔を上げ、振り返った。

つまずいた足元――そこにあったのは、無惨に引き裂かれた記録官の亡骸だった。

助けを求めるように突き出された手が、虚空を掴んだまま固まっている。


「っ……!」


フレアはそれを遮るように回り込み、ココを抱き起こした。

だが、その先に広がっていた光景に、二人は言葉を失った。


赤黒い空。

草ひとつ生えぬ荒野に、瓦礫の山がいくつも並ぶ。

爪に裂かれた記録官の身体が半ば埋もれ、折れ曲がった腕と足が風に揺れていた。

割れたガラスのランタンが、灯の残滓を宿したまま地面に転がり、かすかに光を放っている。


――それは、まるで地獄のような光景だった。


冷たい風が吹き抜け、揺らめく光が次々と消えていく。

ココの胸の奥に、得体の知れない痛みが広がった。

灯が消えるたびに、世界の命が削がれていくような――そんな錯覚。


その時だった。


瓦礫の山がうねりを上げた。

地面が裂け、そこから巨大なミミズのような形をした灯喰いが三体、這い出してきた。

ぬらりと光る黒い体表。

その口の奥で、奪った灯がぐずぐずと蠢いている。


「な……なに、あれ……ッ!」


フレアは即座に弓を構え、鋭く矢を放つ。

閃光のように飛んだ矢が一体の頭部を撃ち抜く――が、硬質な甲殻に弾かれ、火花を散らした。


「……ッ! こっち!」


フレアはココの手をつかみ、走り出す。

その直後、ミミズの頭が地を叩きつけた。

大地が裂け、破片が空を飛ぶ。


「ココ、伏せて!」


フレアは振り向きざまに二本の矢を同時に放つ。

矢は瓦礫の山に倒れかけた柱を撃ち抜き、軋む音を立てて崩れ落ちた。

重い石柱がミミズの頭を直撃し、進路をわずかに逸らす。


砂塵が巻き上がり、視界が白く霞む。

二人はその隙に瓦礫の陰へと身を滑り込ませた。


「はぁ……はぁ……」


呼吸が荒く、汗が頬を伝う。

フレアは崩れた壁の端からそっと外を覗く。

三体の灯喰いが、獲物を探すようにゆっくりと這い回っていた。


「これじゃ……動けない……」


フレアは小さく呟き、ココを見た。

ココはしゃがみ込み、ミュレットの書を開いている。


「ココ!? 何してるの!?」


瞬間、書が強く輝いた。

光は頁の間からあふれ出し、瓦礫に舞う灰塵が光を受け、金の粉のように舞った。


「待って、フレアさん……!」


ココの瞳がまっすぐにフレアの弓をとらえる。

その手は小刻みに震えていたが、瞳の奥には確かな炎が宿っていた。


「フレアさん――弓を貸してくださいっ!」


「えっ……?」


フレアは一瞬ためらい、だがすぐに決断するように弓を差し出した。

長年の使用で削れ、弦は血に濡れ、腕に馴染んだはずのその弓は、いまや限界を迎えていた。


「剣じゃないけれど……やってみる!」


ココは両手でそれを受け取り、ゆっくりと胸の前に掲げた。

ミュレットの書が強く脈打ち、光の筋が弓を包み込む。


――炉の火を握る。

――槌を振り下ろす。

――祈りをこめ、形を与える。


再び、見えない炉の幻がココの心の中に広がっていく。

彼女の指先から細やかな光の糸がほとばしり、弓を繋ぐ。

途切れかけた弦が、ひとすじの灯として再生していく。


「……あたたかい……」


フレアは思わず呟いた。


ココの掌が光を放つたび、弓の木部が柔らかく波打ち、まるで呼吸しているかのように形を変えていく。

焦げた黒が淡い金色へと変わり、亀裂が光に吸い込まれるように消えていく。


そして――音が生まれた。


カァン――ッ。

カァン――ッ。


灯の槌の音。


光の繭が弓を包み、やがて弾ける。

霧が晴れたその中心に、新たな弓があった。


金と白の細工が絡み合い、弦には灯そのものが流れている。

矢をつがえずとも、光が形をとり、音もなく揺れている。


フレアはゆっくりとそれを受け取った。

弦に触れた瞬間、指先に、かつて感じたことのない微かな熱が宿る。

それは命の鼓動と同じ速さで脈打っていた。


「……これは……」


フレアの唇が震える。

その瞳に、もう迷いはなかった。


「ありがとう、ココ。これなら――戦える!」


弓を構えた瞬間、風が吹き抜けた。

光が尾を引き、一本の矢が形をとる。


それは――

暖かで一途な、希望の灯を帯びた矢だった。


ココは胸に手を当て、微かに微笑む。


その瞬間――地が鳴った。


地面の下で何かが蠢く。

砂が波打ち、瓦礫が跳ね上がる。

三体のミミズの灯喰いが、灯の光を感知して地の底から這い出した。


ズズズッ……! バリバリッ!


地表を裂き、口を開け、灯を吸い上げるように空気を震わせる。


「ココ、下がって!」


フレアが叫び、矢をつがえる。

弓弦が光を裂いた。


ドシュッ!


放たれた矢は閃光となり、一体の頭部を貫く。

だが、巨体はうねりながら突進し、なおも灯を喰らおうと迫ってくる。


ズズズズズ……ッ!


「くっ……!」


フレアは後退しながら次の矢を放つ。


ヒュン! ヒュン! ヒュン!


放たれるたびに光が走り、灯喰いの体表が焼け焦げる。

だが、黒い瘴気がすぐに傷を覆い、再生していく。


ブシュウウッ……


「再生してる……っ!」


ココの声が震える。

フレアは息を吸い、目を細めた。


「だったら――届くまで撃つだけよ!」


弓弦が鳴り響く。


ビィン! ビィン! ビィン!


矢が連なり、まるで旋律のように空を舞う。


ヒュルルルル……パシュッ! パシュッ!


矢ごとに灯がほとばしり、空間に軌跡を刻む。

光はやがてひとつの輪を描き、フレアの周囲に円環を生み出した。


彼女の髪が風に舞い上がる。

赤いマントが炎のように翻る。

瞳の奥に――確かな決意と、シンの面影が宿る。


「見てて……シン。私は、もう迷わない」


フレアは天を仰ぎ、弓を高く掲げた。

矢は形を失い、無数の灯の粒となって弓先に集まる。

その輝きは夜空を焦がすほどに強く、

塔の頂上をも照らした。


「――灯よ、道を照らせ!」


――バシュウウウウッ!!!


放たれた光は、幾千もの矢が分かれ、夜空に広がる。

まるで流星の雨のように、上空から降り注ぐ。


ヒュウウウゥゥゥ……ザザザザァァッ……!!


純白の灯が尾を引き、無数の弧を描きながら落ちてくる。

三体のミミズの灯喰いは逃げ場を失い、

光の雨に飲み込まれていった。


ドォォォォォンッ――!!


轟音とともに大地が震え、

灯喰いたちは断末魔のような咆哮をあげて崩れ落ちる。


光の粒が荒野を包み、夜がわずかに明るくなった。

冷たい風が止み、

その静寂の中で――ココは確かに感じた。


フレアの放った矢が、

ただの武器ではなく、希望そのものだったことを。


あの光には、誰かを救いたいという願いだけでなく、

誰かを――ひとりの人を、強く想う心が宿っている。


フレアは弓を下ろし、静かに息を吐いた。

赤い髪が風を受けてなびく。


「……あんたの想い。私が必ず守り抜くわ。だから……」


風が吹き、光の雨の残滓が空へと還っていく。

それはまるで、彼女の祈りが塔の頂上へ届いていくようだった。


――


瓦礫の影。

崩れた壁の隙間で、小さな影が震えていた。

両腕にはひび割れた灯のランタン。

その小さな灯だけが、闇に逆らうみたいに、細く揺れていた。


「お母さん……どこに行っちゃったの……

 誰か……助けて……」


ザッ……ザッ……。


遠くから、地を這うような音が響いた。

湿った空気が震え、瓦礫の上を黒い霧が這う。

やがて、その霧は形を持ち――

四つ足の影となって現れた。


狼の灯喰い。


黒く焦げたような体表。

口の奥で、喉鳴りが低く響く。

その眼は、灯を見つけた獣のように、淡く光っていた。


「や……やだ……こないで……」


子どもの声が震えた。

涙が頬を伝い、ランタンの灯がかすかに瞬く。

恐怖の波紋が広がるように、光が乱れた。


そのわずかな灯の明滅に、灯喰いは反応する。

音もなく姿勢を低くし、獣の影が跳ねた。


「やだぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」


その叫びと同時に――

夜空を裂くような閃光が走った。


――ドドドドドドドッ!!


大気を震わせる轟音。

青い光が四つ、流星のように駆け抜ける。

光の尾が地を砕き、狼の灯喰いを吹き飛ばした。


爆ぜるような音。

黒い影は悲鳴を上げる間もなく霧散し、風に飲まれて消えていく。


子どもは目を見開き、ただ見上げた。

その先――瓦礫の向こうに、二つの影が立っていた。


青い光を揺らす、二つの影。

輪郭だけが光に縁取られ、顔は見えない。

それでも、確かに感じる。

あたたかい気配と、静かな息遣い。


まるで――神話の中から現れた守護の使いのように。


「サロ……! サロッ!!」


瓦礫の向こうから、息を切らした女性が駆け寄ってくる。

母親だ。

子どもを強く抱きしめ、震える声で名を呼ぶ。


「もう離れちゃだめ……お願い、もう……」


その声に、子どもは嗚咽を漏らしながら母の胸にしがみついた。

震えが、少しずつ静まっていく。


――その様子を、二つの影は黙って見つめていた。


ひとつがわずかに首を傾け、もうひとつが静かに頷く。

そして、光の揺らぎと共に姿を翻す。


青い灯が尾を引き、彼らは混沌の渦巻く戦場の方へと駆け出していった。


ドドドド……。

その足音はすぐに夜風に溶け、遠ざかっていく。


青い光が荒野を裂き、闇を縫う。

星の見えない世界で、それはまるで――

誰かの祈りを運ぶ、流星のようだった。

『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

新人作家ゆえ、新作リストではすぐに埋もれてしまい、なかなか多くの方に見つけていただくのが難しい状況です。


もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価をいただけると大変励みになります。

応援が大きな力となり、物語を続ける原動力になります!

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