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裂け目の王

――ギィィンッ!


剣が閃き、時が戻る。


反射的に、シンの身体が跳ねた。

手首をひねり、光剣を閃かせてヴァルターの剣を弾き上げる。火花が弾け、空気が震えた。


ヴァルターの刃先がわずかに逸れた隙に、シンは即座に後方へ跳ぶ。

靴底が石床を滑り、数歩の距離を置いて体勢を整える。

息が荒い。だが、眼だけはまだ死んでいなかった。


過去の記憶が脳裏をよぎる。

かつて灯を共に掲げた夜。

ヴァルターの背中。

導きを求め、問いを投げかけた少年の日。

すべてが瞬きのように流れ込み、揺らぎかけた心をひとつ、強く振り払う。


ヴァルターは動かない。

ただ、微動だにせず、剣を下げたままシンを見つめていた。

まるで、弟子の反応を確かめる師のように。


記録の塔頂上。


風は荒れ、暗雲は黙々と拡がり、赤黒い空に溶け合っていた。

天を裂くように走る異質な裂け目から、青白い灯が空に輝き、塔の中心からはかすかな振動が絶え間なく響く。

複雑な歯車の機械と管は黒煙を吐き、まるで世界そのものが息をしているかのようだった。


その最果てで、二つの影――かつての師と弟子が対峙していた。


ヴァルターの瞳が細く光る。

風が塔の上を走り抜け、シンのマントを大きく翻した。


「灯の国などと……そんなものを今さら再建したところで何になる?

貴様が――王になるとでも言うのか?」


その言葉には嘲りではなく、わずかな諦めが滲んでいた。

シンは玉座を一瞥し、静かに首を振る。

握る光剣の灯が、夜風に揺らめく。


「王……だと?……王に頼る国じゃない」


「なに?」


「民が、民のために灯を掲げ、民のために生きる……。

そういう国を――俺は創りたいんだ」


ヴァルターの眉がわずかに動く。

だが口元は苦く歪んだ。


「理想だな。美しいが、脆い……」


ヴァルターは静かに目を伏せ、やがてわずかに顔を上げた。

塔の下から、遠くかすかな喧騒が響いてくる。怒号、悲鳴、刃が弾かれる音。


「……聞こえるか、シン」


低く、押し殺した声だった。


「下の喧騒が。記録官の制度が揺らげば――民はすぐに灯を奪い合い、その先には灯喰いがすべてを食い潰す。

それが貴様の言う“灯の国”の果てだ」


「違う!」


シンの声が割れた。

炎のような光剣が、彼の叫びに呼応するように明滅する。


「お前が灯を“支配”したから、記録官は灯を恐れるようになり、民は枯渇した。

かつては――誰もが生きるための希望に溢れていたはずだ!」


「希望など、ある日突然予期せず燃え尽きる。カリヤの死を……グレイブの死をお前は見ただろう?」


胸の奥を抉るような名前に、シンの剣がわずかに震えた。


ヴァルターの声は低く、深い哀しみを滲ませていた。

そして一拍の沈黙。杖の石突が床を叩く。


「この世には、抗えぬ理がある。だが、私は守るために記録官長となった。せめてウィズの夜の様な、同じ過ちを――二度と繰り返さないためにだ!」


――カンッ。


杖の音が響いた瞬間、ヴァルターの姿がかき消える。

空気が裂けるような音。シンの反応が、わずかに遅れた。


「っ――!」


――ガァンッ!!


閃光。衝突。

ヴァルターの剣が光を裂き、シンの脇腹を狙う。

咄嗟に構えた光剣がその刃を紙一重で受け止め、ぶつかり合う。

凄まじい衝撃が二人を押し返し、塔の床に亀裂が走った。


シンの腕が痺れる。

それでも、彼は歯を食いしばって踏みとどまった。

ヴァルターの瞳が鋭く光り、わずかに体を引く。


刹那、ヴァルターの剣が流れるように弧を描き、今度はシンの反対側の脇腹を狙う。

彼は杖を突きながら、まるで滑るように動く。

その一撃は重く、速く、迷いがなかった。


シンは必死に光剣を返し、辛うじて受け止める。


――ギィィィィィン!!


火花が散る。

互いの剣圧が押し合い、塔の空気が唸りを上げた。


「くっ……!」


息を荒げながら、シンは歯を噛み締める。

だがヴァルターの踏み込みは重く、杖を支点にした体捌きはまるで地を這うように正確だった。


「民が民の為に生きる国? 希望?

理想を掲げるのはいい。だが理想では何も守れん。だから私は、“痛みを伴っても守る秩序”を選んだのだ!」


ヴァルターの声が静かに落ちる。

その一言に、シンの心が揺らいだ。

だが彼の脳裏にカリヤ、グレイブ、そして――

ココの迷いながらも微笑む顔が浮かんだ。


「カリヤは、死してなお命を繋いだ……!」


シンの声はかすれていたが、その響きには揺るがぬ力が宿っていた。


「グレイブは、絶望から立ち上がり責務を全うした……!」


握る光剣の灯が、微かに強く脈打つ。


「そして俺は――ココから、再び灯を掲げる“希望”を得た……!」


その言葉は、ヴァルターの胸の奥をかすかに震わせた。


シンは一歩踏み出す。

塔の風が二人の間をすり抜け、過去の記憶が火花のように弾ける。


「……たとえ何度間違っても、何度挫折しても、もう一度やり直せるのが“人”なんだ」


声が震える。

それはまるで、自分へ言い聞かせるような言葉。

瞳は決して揺らがない。


「――あんただけが……」


シンは叫ぶように言葉を叩きつけた。


「あんただけがまだ、あの夜から止まってるんだ!」


シンは一歩踏み出した。

目の奥に燃える光は、かつて少年だった頃の純粋な信念そのもの。


ヴァルターの瞳が、かすかに――

かすかに揺れた。


それは、一瞬だけ――

人の心を取り戻したかのような揺らぎだった。


「……シン……」


その名が、どこか遠くから響くように漏れた。

風が止まり、塔を包んでいた裂け目の光がわずかに弱まる。


回転していた巨大な歯車の音が、きしむような金属音を残して徐々に静まっていく。

管から絶え間なく吐き出されていた黒煙が途切れ、塔全体の鼓動が――止まった。


ヴァルターは剣に込めていた力を抜き、ゆっくりと石床に突き立てたまま、肩が小刻みに揺れる。

そのままよろめくように後退り、玉座に手をついた。


冷たい石の感触が、掌に伝わる。


その姿を見つめながら、シンの胸に一瞬の希望がともる。

――届いたのか? 自分の言葉が、ようやく。


「ヴァルター……! 俺は、あんたも救いたい!

 自分自身を赦せなくなった“あんた”を――

 その呪縛から……!」


だが、その光はすぐに――黒く塗り潰された。


「……くだらぬな、シンよ」


低く湿った声が空気を震わせる。

ヴァルターは静かに顔を上げた。


その声音は、確かにヴァルターのものだった。

だが同時に――別の何かが重なっていた。

響きの奥に、冷たいものが潜んでいる。


「……ッ!?」


シンが声を漏らすと裂け目の奥から低く重なるような声が響いた。

まるで塔そのものが喋っているような、古く反響する声。


「私は王だぞ。人の理を超え、この塔と灯を統べる存在である……」


「王……? なにを……言っている……?」


シンの声が震える。


ヴァルターの周囲の空気がわずかに歪んだ。

左手に握られた杖の先端が脈動し、淡く青白い光を放つ。

それは呼吸するかのように膨らみ、床に細かい亀裂を走らせた。


止まっていた風が逆流しだす。

塔の内部を、先ほどとは真逆の激流が駆け抜ける。

裂け目が再び光を取り戻し、今度は眩いほどの青白い閃光を放った。

空気が震え、歯車が再び回り出す。

管の奥から黒煙が轟音とともに吹き出し、塔全体を覆う。


「王は間違わぬ。王は挫折せぬ。

愚かな人間め……頭が高い。

貴様ら如きが、秩序も灯も、何もかもを代償なしで得ようと言うのか!」


ヴァルターの声は次第に重なり、低く反響していく。

その響きは、もはや彼のものではなかった。


「……違う、やめろヴァルター!」


シンの叫びが塔に響く。


「自分を王の座に据えて、すべての罪を――責任を――一人で背負おうとするな!」


しかし、ヴァルターは何も答えなかった。

その手がゆっくりと杖を掲げる。


――カン……。


音が鳴った瞬間、塔全体が脈動した。

周囲の空気が歪み、壁に埋め込まれた鉄片と瓦礫が次々と浮かび上がる。

それらは見えぬ意志に導かれるように宙を巡り、青白い光を帯びて渦を巻いた。


「これは……まさか、灯の力……!?」


シンの声は驚愕と恐怖の入り混じったものだった。


「灯を帯びた霊木で作られた古の杖。灯の国の遺物は、ミュレットの書だけではない……!」


ヴァルターの声が低く響く。

その手に握られた不死鳥の紋様が、脈打つように光を放つ。


「物言わぬ物質を自在に動かせる灯。

 この塔そのものが――私の肉体だ!!」


低く響いたその声と同時に、杖が振り下ろされ、次の瞬間、塔全体が軋み、先端から奔る光が迸った。


――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


渦を巻いていた無数の鉄片と瓦礫が、唸りを上げてシン目掛けて放たれる。

それらはまるで意思を持つ生き物の群れのように、うねりながらシンへと殺到していく。


「くっ……!」


咄嗟に身をひねり、迫る鉄片を剣で弾く。


キィン!


金属が光剣の表面を滑り、火花が散った。

ひとつを弾けば、背後から別の瓦礫が唸りを上げて襲いかかる。避けるたびに空気が震え、塔の頂上は耳鳴りのような轟音で満たされた。


ヒュンヒュンヒュンヒュン――!


壁や床に突き刺さった瓦礫が再び浮かび上がる。

それは引き寄せられるように宙を舞い、獲物を狙う獣のような軌跡を描いて再び襲来した。


ヒュインッ!


「ちぃ……ッ!」


シンは足元を蹴り、回転する瓦礫の嵐の中を駆け抜ける。


キィン、カン、チィン――


斜め上から迫る鉄片を剣で受け流し、跳ね退いた瞬間、別の瓦礫が頬をかすめて通り過ぎる。

熱い血が滲み、赤い線が頬を走った。


「逃げ惑え! 王の前に――ひざまずくがいいッ!!」


轟音。

瓦礫の竜巻が天を突き上げ、青白い光が渦を巻く。

その中心に、王として君臨する者の影が立っていた。

『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

新人作家ゆえ、新作リストではすぐに埋もれてしまい、なかなか多くの方に見つけていただくのが難しい状況です。


もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価をいただけると大変励みになります。

応援が大きな力となり、物語を続ける原動力になります!

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