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光の剣

シンは手の中に宿る光の剣を確かめるように構え直した。

次の瞬間、踏み込みと同時に一閃。


――残光が走った。


振り抜かれた軌跡は光の線となって宙に焼きつき、わずかな闇さえも切り裂いた。

ノエヴィアの剣がそれを迎え撃つ。


キィィィィー!!


だが、触れた瞬間、甲高い金属音とともに弾き返される。


「……なにッ!」


ノエヴィアがわずかに顔を歪めた。


振るうたびに光の尾が伸び、剣圧が波紋のように押し寄せる。

たとえ刃が届かずとも、その圧だけでノエヴィアの足が下がっていく。


シンの剣にはもはや力を加える必要がない。左肩は撃たれたまま血をにじませている。しかし、右腕一本の剣筋には、わずかな揺らぎすらない。

灯に支えられた刃が、彼の全ての痛みと迷いを飲み込み、ただひたすらまっすぐに敵を射抜いていた。灯の力が、彼の一挙一動を支える。


「……来いよ、ノエヴィア」


声は低く、だが確かな決意を帯びていた。


ノエヴィアは仮面の下で唇を吊り上げる。だがその目の奥には、初めて生まれたわずかな警戒の色が宿っていた。


「シン殿、お手柔らか頼みますよぉ……」


ノエヴィアは剣を構え、床を蹴る。瞬間、横薙ぎに一閃――


キィィィンッ


だが刃はシンの剣圧に弾かれ、甲高い衝撃音が空気を裂いた。


「ぐっ……!」


体勢が崩れかけるも、ノエヴィアは踏みとどまり、今度は真上から振り下ろす。


キンッ


しかしシンは受け止めるだけで、逆にノエヴィアを一歩押し返した。


「なんて力なんだ……!」


手が痺れる。骨が軋む。それでもノエヴィアは歯を食いしばり、さらに踏み込みもう一振り。


「無駄だ……!」


キィィィィィン!


シンの一閃が弾き返す。その衝撃でノエヴィアはよろめきながらも、仮面の下でにやりと笑った。

懐に忍ばせていた小さな鉄の器を抜き放つ。


「これならどうだッ!」


バァァンッ――!


火薬の爆音とともに火花が走る。至近距離から放たれた弾丸がシンを穿たんと迫る。

刹那、シンの目が見開かれる。身体を捻り、振り抜かれた剣が閃光のように走った。


――ガキィンッ! ドバァァァンッ!!


弾丸は切り裂かれ、破片が炸裂。爆発音が剣圧に弾かれ、逆流した衝撃がノエヴィア自身を襲う。


「がっ――!」


彼の身体は部屋の端まで吹き飛び、石壁に叩きつけられる。


――ドゴォォォンッ!


石がめり込むほどの衝撃。天井の梁が震え、そこから瓦礫が崩れ落ちる。


――ガラガラガラッ!


砕けた石片と埃が舞い上がり、一瞬、世界は音を失った。


沈黙。


ココとフレアは、声を発せず、シンはただ息を潜めて光と煙の中に佇んでいた。


その静寂の中で、最初に動いたのはココだった。


「ロイ……!」


彼女は散乱する書類を踏み越え、シンの後方で仰向けで倒れているロイへと駆け寄る。


「ココ、危ない!」


フレアもすぐに後を追い、ココの背を守るように弓を構える。


「ロイ、大丈夫?しっかりして!」


ロイの顔は苦悶に歪み、呼吸は浅く速い。先ほどノエヴィアに踏みつけられた腹部には、まだ生々しい痛みが刻まれていた。


「……く、苦しい……。僕……もう……」


「ダメよ!そんなこと言わないで!」


ココはすぐさまミュレットの書を開き、灯を呼び起こした。白い輝きが指先から溢れ出し、やがてロイの身体を包み込む。


「お願い……どうか、ロイを助けて……!」


灯の光がロイの胸に吸い込まれていく。骨の軋むような音が、ほんのかすかに響いた。折れた肋骨がゆっくりと元の位置に戻り、呼吸が楽になっていく。


「……あ……はぁ……!」


ロイの瞳が開かれ、荒かった呼吸が落ち着いていった。


「ロイ……!」


ココの目が潤む。


「大丈夫……、もう大丈夫だから」


フレアも弓を握ったまま、ちらりとココとロイを振り返った。その目には安堵の色が浮かんでいたが、すぐにノエヴィアの方へ向き直る。


「……ココ、ロイを任せるわ。あなた達は私が守るから」


ココは頷き、なおも灯をロイへと注ぎ続けた。


「シン、待ってて!ロイを癒したら、すぐ行くから!」


「ああ……」


だが、シンが見つめる瓦礫の向こう。

割れた石片の隙間から、ゆっくりと、何かが動く気配がした。


ズズ……ズズ……


重い布を引きずるような鈍い響きが、静まり返った部屋に広がっていく。


次いで、荒い呼吸。


ひゅう、ひゅう……


と、煙にかすれた息が、肺の奥で絞り出される。

それは生気を失った亡霊の呻きのようでありながら、確かに生者の熱を孕んでいた。


煙と影の帳の中から、ゆっくりと、立ち上がる影。

それはまだ形を結ばぬのに、場の空気を圧し潰すほどの存在感を放っていた。


「……ふふっ……」


嘲るような、いや、愉悦に酔うような声が、影の中から漏れる。

一歩進むごとに、その笑いは長く尾を引き、空気を震わせた。


「ふふっ……ふふふふふ……」


不気味な嘲笑。その声が響くたび、緊張がじわじわと広がり、場に居合わせた者たちの背筋を、冷たいものが這い上がる。


やがて、砕けた壁際に立ち尽くす影が、ゆっくりと顔を上げる。

覆い隠していた白い仮面に、深い亀裂が一本――。


――ピシリ。


乾いた音が走った。

続けて、髪を逆立てるような静電の気配。


ひび割れは蜘蛛の巣のように広がり、仮面を二つに裂いていく。

緊迫した空気の中、その一瞬さえ永遠に引き延ばされるかのようだった。


――パキッ。


最後の音が響いた。

ひと欠片、ふた欠片と、白い破片が宙を舞い、床へと落ちる。


パラパラ……パラ……


石畳に当たる小さな音が、やけに鮮明に聞こえた。


空気が凍りつく。

誰もが見たことのない顔が、そこに現れたからだ。


銀に光る髪。

氷のように澄み切った青い瞳。

褐色の肌に浮かぶ陰影は、この地の誰とも似ていない。

深く刻まれた彫りのある顔立ちは、異質そのものだった。


「まさか……異人!?」


フレアが声を上げる。驚愕と恐怖が入り混じった声だった。


「私たちと……肌の色が違う。目も違う……どうして……?」


ココの声は、押し殺したようにかすかに響いた。

問いかけというよりは、目の前の現実を理解しようとする心の叫びだった。


答えはない。

ただ沈黙だけが場を支配する。


答えを知っているはずのノエヴィアですら、仮面を失ったその素顔を隠そうともせず――

むしろ見せつけるかのように、ゆっくりと口角を吊り上げて笑っていた。


「ふふっ……。灯で、剣を鍛えるなんて……こんな灯の使い方は……見たことがありませんよ……。

……なんて、美しいんでしょう……!」


ノエヴィアは、恍惚とした笑みを浮かべながら額に手を当てた。

その姿は、光に酔いしれる狂信者のようでもあり、長い夢の果てに辿り着いた者のようでもあった。


だが次の瞬間、吐息が震えた。

笑みは崩れ、声の端ににじむのは抑えきれぬ憎悪。


「……はぁ……憎い。憎いですねぇ……!」


鋭い視線が突き刺さる。ノエヴィアの眼差しは、ただ一人、ココを射抜いていた。


その視線を受け止めながら、ココは眉尻をわずかに上げた。

怯むことはない。だが心臓が強く打ち、喉が乾くのを自覚する。


「……何なんですか、その本は。そんなに容易く灯を扱われては……」


彼の声は、震えから怒気へと形を変えていく。

積み重ねた年月、重ねてきた犠牲、その全てが崩れ落ちていく音が聞こえるようだった。


「僕らが――捧げてきたものは……ッ」


唇が歪み、血走った瞳がさらに光を宿す。


「一体何だったのかァッ!!」


ノエヴィアの叫びは、壁を震わせるほどの怒りと虚しさを帯びていた。

その声に、散乱した書類が微かに揺れる。


シンは無言でその姿を見据えていた。

仮面を失ったノエヴィアの相貌―― 異国の血脈。だが、それこそが今までの謎に結びついていく。


ノエヴィアは不死鳥の扉を開けられなかった。

もし彼が“異国人”であるならば、灯の国の血脈を持たぬ彼には認証を超えることができない。

だから待ち伏せるしかなかった。


さらに脳裏をよぎる。

青白く脈打つ“灯”――あれは果たして本当にこの地の光なのか。

あるいは、ノエヴィアの故郷から持ち込まれた異国の“灯”の残滓なのか。


もしそうであるならば――灯を“管理する”という記録官制度の根幹さえ、彼の異国の知識に基づいて歪められたものかもしれない。


ヴァルター、お前の思考を歪めたものは――


だが。


シンはその疑問を口にしなかった。

今は語る時ではない。

答えを暴くよりも先に、この男を倒すことが先決だ。


「……」


剣を握る右腕に力がこもる。

負傷した左肩がじりじりと熱を訴えるが、シンの瞳には炎が宿っていた。


胸の奥から込み上げるのは、衝撃でも困惑でもない。

――怒り。


「ノエヴィア……」


低く、しかし震えなき声音で名を呼ぶ。


「お前が異人だろうと、何を憎んでいようと……関係ない」


目が細められ、視線が刃のように研ぎ澄まされる。


「……この地を踏みにじった報いを、ここで受けてもらう」


シンは再び剣を構える。


ノエヴィアもにやりと笑い、ゆっくりと剣を構えた。仮面の欠片が床に散るたび、彼の青い瞳が冷たく光る。


「だったら……白黒つけましょうか……」

灯の断章 〜ココと記録の塔〜 を読んでいただきありがとうございます。1日1話投稿を頑張っておりますので、よろしければ、ブクマ、評価をお願いします。励みになります。

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