金色の記録官
アグリに跨った騎馬隊が、トゥルアの眼前で一斉に進行を止めた。
光玉が揺れ、蹄が大地を打ち鳴らす。記録官たちは手綱を引き締め、灯喰いの群れに向き直った。
その一連の動作に迷いはなく、瞬く間に列が整えられる。鋼鉄の波が再び戦場に姿を現した。
「……あなたたちは?」
思わず漏れたトゥルアの問いかけに、列の中央の男が応えた。金色の鎧を纏い、その声は重く、鋭く、まるで鐘の音が胸の奥を震わせるように響いた。
「――侮るな」
彼が背中越しに応えた時、一瞬横顔がちらりと見えた。艶やかに輝く長髪、威厳と知性が滲む整った彫りの深い顔。
トゥルアの瞳が大きく見開かれる。
金色の男はただ一言そう告げると、槍を高々と天に掲げた。稲妻のごとき声が、戦場全体に轟く。
「この場にいる全記録官に告ぐ!」
低く響いた怒声は、瞬く間に広がり、誰一人として逆らえぬ力で胸を打った。
「この腑抜けどもがッ!! 目を覚ませェッ!!」
大気が震え、光玉が震動に揺れる。
騎馬の列が一瞬にして緊張を帯び、全員の眼が再び前方を射抜いた。
「貴様らは――何のために武器を持っているッ!!」
金色の男は槍を構え直し、号令を叩きつける。
「――突撃ぃぃぃぃッ!!」
その声を合図に、騎馬隊が一斉に駆け出した。
地を揺るがす轟音とともに、隊列は怒涛の奔流となって灯喰いの群れへと雪崩れ込む。
「うおおおおッ!」
闇の中に、鬨の声が轟いた。
鋼鉄の鎧が一斉に鳴り響き、蹄が大地を砕きながら突き進む。騎馬隊は光玉を掲げ、暗黒を切り裂く矢となって突撃していく。
灯喰いどもは牙を剥き、闇そのものをまとって迎え撃つが、鋼鉄の奔流の前ではただの影にすぎない。
槍と剣が閃くたび、異形の体は次々と弾き飛ばされ、鮮血の代わりに黒い霧が空へと四散した。
「な、なんなんだ……」
盾の隙間から顔を覗かせたクローが、呟きを洩らした。
「記録官が、俺たちのために……戦っているのか……?」
その声は戦場の轟音に紛れ、誰の耳にも届かない。だが彼の目は確かに、その異様な光景を捉えていた。
キィィィィンッ!
ブシュゥゥゥッ!ザシュゥゥゥッッ!
甲高い金属音、肉を断つ鋭音、そして異形の断末魔が入り混じり、戦場は音の奔流と化していた。
鉄と灯と闇が衝突し、地は震え、空は唸る。
その最前で、ひときわ目立つ存在があった。
金色の鎧を纏った記録官――ただ一人、他の誰よりも鮮烈な輝きを放つ男。
彼はアグリの背から軽やかに飛び降りると、迷いなく敵の群れに身を投じた。
その動きは荒々しくもなく、むしろ舞を思わせるほどに滑らかで無駄がない。
槍が大気を裂くたび、雷光のような閃きが闇を刻み、灯喰いの体を容赦なく断ち割っていく。
ブシャッ! ザンッ! ズバァァァッッ!
音は次々と重なり、黒霧が嵐のように吹き荒れる。
彼の動きは速く、鋭く、そして美しい。
まるで雷鳴が人の形を取り、戦場を駆けているかのようだった。
村人の目に映ったその姿は、恐怖と絶望に沈んでいた心に、抗いがたい力を刻み込む。
「す……すげぇ……」
「これが……記録官……なのか……?」
村人数人が、思わず声を洩らす。
それは畏怖であり、同時に希望の萌芽でもあった。
金色の鎧を纏った男は、槍を大きく振るいながら声を張り上げた。
その声は単なる咆哮ではない。戦場を震わせると同時に、聞く者すべての胸を撃ち抜く雷鳴のような力を宿していた。
「俺たち記録官が守るべきは三つある!
一つ、規律! 二つ、民の命! 三つ、己の命!」
その瞬間、戦場の喧騒すら一瞬かき消されたかのように感じられた。
記録官たちの視線が鋭く揃い、民の瞳がわずかに揺れ、灯喰いですらその声に怯むように身を竦める。
金色の男は槍を握り直し、さらに力を込めて叫ぶ。
「規律は信念で守るものッ! ならば、俺たちの武は何のためにある!?」
その問いかけに、戦場全体が応えるかのように静まり返った。
そして、彼は雷鳴のごとく最後の叫びを叩きつける。
「灯喰いを倒し、民を守るためにあるッ!」
鋼鉄と蹄の衝撃、光玉の輝き、黒い霧を吹き飛ばす衝撃波の中で、その声は夜空に轟き渡った。
戦場のすべてが震え、恐怖と絶望に沈んでいた者の胸に、抗いがたい力と誇りの炎を刻み込む。
トゥルアの視線は、もはや彼から離せなかった。
荒れ狂う戦場のただ中で――その背中だけが、なぜか眩しく、胸に焼きついていった。
――父に……どこか似ている。
涙が込み上げる。
だが、胸の奥を満たしたのは悲しみではなかった。
失ったものを思い出させられる痛みと同時に、確かに心を奮い立たせる力があった。
その背中を追い続けるうちに、トゥルアの胸の奥で何かが変わっていく。
憧れとも、尊敬とも言い切れない。
けれど確かに、どうしようもなく心を奪われているのだと、気づかされていた。
――この人の言葉を信じたい。
――この人の背中を、見失いたくない。
恐怖に凍えていたはずの身体が、震えるほど熱くなる。
ただその姿に見惚れて、立ち尽くすしかなかった。
戦場の轟きも、獣の咆哮も、今は遠くに霞んでいく。
胸の中にあるのは、ただひとつ。
父の声と重なる言葉を告げ、黄金の槍を振るうその人の姿だけ――。
ザシュッッ! ブゥォォンッ! ヒュイッ! ズバッッ!
槍の軌跡が稲妻のように閃き、黒い影を次々と薙ぎ倒していく。
金色の男の姿勢は揺るがない。
炎と血煙の渦中に立ちながら、その背には確かに、記録官としての誇りと、民を守る決意が刻み込まれていた。
その光景は戦場にあってひときわ鮮烈であり、見る者すべてに希望を思い出させる灯火だった。
「誇りある記録官たちよッ! 恐怖を脱ぎ払い、この雷帝の槍について来いッ!」
轟く声が夜気を震わせ、記録官達の心を叩く。
「うおおおおおおおおッ!」
雄叫びとともに記録官たちが一斉に駆けだした。
槍と剣が掲げられ、鬨の声が戦場を覆い尽くす。
ブウゥーーーーンッ!
突撃の熱狂が広がったその刹那。
唐突に――世界が裂けた。
「……っ!」
次の瞬間、血飛沫が宙を舞った。
雄叫びを上げていた記録官たちの身体が、無惨にも宙を舞い、四肢を切断されて地へと叩きつけられていく。
バシャアアッ!
金色の男は血を浴び、その瞳を大きく見開いた。
ほんの一瞬、戦場が静まり返る。
――何が起きた?
黒煙の向こう、闇の裂け目から姿を現したのは、赤い揺らめき。
二つの巨大な光点が、じりじりと近づいてくる。
ズンッ……ズンッ……ズンッ……
その正体は、熊の灯喰いだった。
巨躯は塔の壁のごとく立ちはだかり、毛並みの隙間からは無数の赤い血が滴り落ちている。
咆哮一つで空気が震え、倒れた記録官たちの身体をさらにぐちゃりと押し潰していった。
「貴様……ふざけた真似を……」
金色の記録官は低く唸り、血で濡れた頬をゆっくりと拭った。
その仕草にさえ隙がなく、怒りと気迫だけが研ぎ澄まされていく。
――退く気配はない。
むしろその瞳は、獲物を狙う雷そのものだった。
「俺を誰だと思っている?」
彼は一歩、地を踏み鳴らした。鎧が鳴り、稲妻のような気配が奔る。
槍を両手で構え、穂先を熊の巨体へと向ける。
「雷帝ガイウス・バルナークだ。覚えておけッ!」
その名を告げた瞬間、周囲に残った記録官たちの胸が震えた。
絶望の中に、一筋の稲光が走るかのように――。
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