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禁断の森

記録の塔・上層、記録官長室。

古びた書棚が静かに並び、机の上には金の天球儀。窓から差し込む淡い光に、細かな埃がゆっくり漂っていた。


コン、コン


ドアを叩く音。


「……入れ」


「失礼します!」


扉を押し開け、慌ただしい足音が響く。

一人の記録官が部屋の中央で立ち止まり、早口で報告を始めた。


「採掘場にて、灯の巫女と反逆者シンを確認! 直後に灯喰いの襲撃を受け……グレイブ上級記録官が――殉職されました!」


「……なんだと……グレイブが、死んだだと!?」


報告の声が重苦しい空気に吸い込まれる。


「採掘場も半壊し、作業の見通しが……つかない状況です!」


「ぐぬぬ……」


報告を終えると同時に、記録官は深々と頭を下げ、逃げるように部屋を後にした。

重たい音を立てて扉が閉じる。


……静寂。


窓辺の光に照らされながら、ヴァルターは微動だにせず、ただ眼を細めた。

老練なその瞳に宿るのは、悲嘆ではない。

怒りか、あるいは――冷酷な算盤のような光。


「……シンめ」


――


地面に置かれたシンの仮面が、焚き火に照らされていた。

川のほとり、ココは地面に膝をつき、うずくまり、肩を震わせている。

ルーミアはその背を守るように立ち、シンはただ小枝を炎にくべながら黙って見守っていた。


「……意味なかったよ……! 灯を配ったって、誰も救えないじゃない!!」


声が掠れて震え、夜気に溶けていく。


シンはただ焚き火を見つめ、沈黙で返す。


「坑道で働いていた人も……グレイブさんも、私の灯のせいで亡くなった。私が殺したんだ……!」


「――それは違う」


ココは顔を上げた。潤んだ瞳には、怒りと悲しみが入り混じる。


「グレイブさんは言ってた……! 灯を撒けば灯喰いが現れるって……! あれは一体何!? あんなの、救いなんかじゃない!! シンは……知ってたんでしょう!?」


「……灯を生み出せば、どこからともなく灯喰いは現れる。奴らに意思はない。ただ、灯を喰らい、目の前のものを壊すだけだ」


「分かってて……! よく平気でいられるよね!? 私は、シンが……あなたが配れって言ったから……!」


「――お前が、配ると選んだんだ」


「……分かってる……分かってるけど……酷いよ……!」


ココは再びうずくまった。両手で顔を覆い、嗚咽が焚き火の音に紛れる。


シンはしばらく彼女を見ていたが、やがて静かに口を開く。


「それでも……お前が救った命は確かにあった。立ち上がれた人間も、笑顔を取り戻した者もいた。――灯がある限り、希望は絶対に消えない」


「……」


「俺たち記録官は、本来、灯喰いを討つために生まれた組織だった。それが……ある事件を境に、灯を“管理”することで出現を抑える仕組みに変わった」


「……」


「そうして記録官は堕落した。村人達の灯は奪われ、権利も、自由も、尊厳も……生き方さえも奪われた」


シンは立ち上がり、川の向こうに目を向ける。焚き火がその横顔を揺らめかせる。


「だから――俺が証明する。灯は、誰かが独占していいものじゃない。分かち合えば、誰もが幸せに生きられる。……その灯で。お前の灯でな」


――


翌日、シンは川を渡り、びしょ濡れになりながらも、無心でココを乗せたルーミアの手綱を引き続けた。

泥に足を取られても、その歩みは止まらない。

それは――信念と、その先にある確信からのものだった。


ココは、ずっと俯いたまま揺られている。


やがて三つの影は、閉ざされた巨大な門の前へとたどり着いた。

鋳鉄と石が組み合わさった記録官の封印門。

その表面には掠れた文字で「灯の未許可使用を禁ず」と刻まれ、下には朽ち果てた空のランタンが吊るされていた。

門はまるで、この世界の理そのものを拒絶するかのように固く閉ざされている。


「……ここに、灯をともしてみろ」


シンの声に、ココは躊躇いながらもミュレットの書を開く。

小さな手から溢れた灯が、空のランタンへと吸い込まれた。


瞬間――門の縁に青白い光の波紋が広がり、静かに走る。

淡い灯火が線となって這い、ひとつ、またひとつと錠を解いていく。

やがて重い音と共に、門は左右へと開かれていった。


その向こうに広がるのは――森。

しかし、それはココが知る森ではなかった。


高く伸びた木々が空を覆い、絡み合った枝葉はひとつの天蓋のように閉じている。

地面は苔とシダに覆われ、無数の光虫が飛び交い、閉ざされた森を、まるで昼のように明るく照らしていた。

ひんやりとした空気は、しかしどこか温かい。


「……っ」


ココは思わず息を呑んだ。驚きが胸を満たし、暗かった表情が少しずつ和らいでいく。


シンが一歩踏み出すと、足元から苔に隠れていた石畳が現れる。

かつて人々が歩いた道。だが今は木の根に押し上げられ、角を丸め、緑に飲み込まれていた。


道の脇には崩れかけたアーチ。そこにリスのような小動物が巣を作っている。

まるで灯を映したような毛並みが光虫の光を受けてきらめいたが、ココが見つめるとぱちりと瞳を光らせ、すぐに茂みへと姿を消した。


次に現れたのは、背中に花を咲かせた小さな四足獣。近づくと花が閉じ、走り去った。

その先に目をやると、虹色の鱗を持つ長いトカゲのようなものが木の幹を登る。

木の上からぶら下がっていた果実に、ルーミアの舌が伸びると、果実だと思っていたものが、目を開き、のんびりと宙を泳ぎ逃げて行く。


森は異質な生命感で溢れていた。


さらに奥へと進むと、白い大理石の柱がツタに覆われて立っていた。

その周囲には直径一メートルを超える花が咲いており、まるで呼吸するかのように脈打っている。

ココが指先で花弁に触れると、ふわりと光の粒が舞い上がり、香りに誘われるように蝶のような虫が群れ寄った。


「ここは……街だった……?」


ココの小さな声に、シンは静かに頷いた。


「もう数百年は経っているだろう。なぜこうなったのか……もう誰にもわからない」


しばらく歩き続け、やがて木々が途切れ、開けた一角に出た。

中央には苔に覆われた噴水があり、縁の石には子どもが座ったような擦り減った跡が残っている。

水はとうに枯れていたが、そこに舞い落ちた露を吸って、小さな草花が咲き乱れていた。

かつてここが人々の憩いの場であったことを、静かに語っているかのようだった。


「今日はここで休もう」


シンはそう言うと、枯れ枝をかき集め、噴水の傍らで火を起こした。静かな炎が揺らめき、冷たい森の空気を押し返す。


懐から取り出したのは、道中で見つけた赤い果実だった。

無造作に一つを差し出す。


「……食ってみろ」


ココはおそるおそる受け取り、一粒を口に含む。

噛んだ瞬間、甘酸っぱい汁が広がり、思わず目を丸くした。


「……美味しいっ!」


火に照らされた頬が、ほんの少し赤くなる。

その様子を見て、シンは小さく息を吐いた。

胸の奥にあった重さが、わずかに和らいだ気がした。


「……シン、ごめん」


ココは小さく呟いた。焚き火のはぜる音に紛れるほどの声だったが、シンの耳にははっきり届いた。


シンは顔をやり、黙って続きを待つ。


「私も、やっぱり灯を配ることを諦めたくない……。でも、灯喰いは怖い……。私には、シンのように戦う力がない……。いつも、震えているだけで……」


言葉の端に混じる震えは、恐怖だけではなかった。悔しさ、もどかしさ、そしてそれを口にする勇気――その全てが揺れていた。


シンは少しだけ視線を落とし、旅の道中を思い返す。灯を求める村人たちの顔、笑顔、涙。ココが彼らにどう接してきたのかを。


「戦う力はなくても、お前には優しさがある。俺にはないものだ……」


焚き火にくべた枝がぱちりと弾ける。橙色の光に照らされ、シンの影とココの影が並んで揺れた。


「お前は灯を配りながら、沢山の人の心に寄り添った。共に悲しみ、共に泣き、共に笑い、共に喜ぶ。お前が救った人々は、決して灯だけに救われたんじゃない。お前の心に、救われたんだ。それが、本当の力だ。人を…動かす力だ」


ココはその言葉を黙って聞き、膝を抱えたまま視線を落とした。

けれど、そこにあるのは悲観ではなかった。胸の奥に小さく燃える、別の熱いもの。


「俺がお前を守る。たとえ灯喰いがどれほど現れようとも」


「うん、……ありがとう」


焚き火の炎がその瞳に映り、涙の残る光を揺らした。弱々しいけれど、確かに消えてはいない光だった。

『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』を読んでいただきありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価をお願いします。励みになります。


『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』も投稿しております。合わせて楽しんでいただけると幸いです。

→ https://ncode.syosetu.com/n8441lj/

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