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特別な日

フレアは矢を番えたまま、鋭い声を張り上げた。


「全員聞け!これより三班に分ける!

第一班―― 上級記録官を含む前線に近い者は、武器を持ち戦え!時間を稼ぎ、灯喰いを門に近づけるな!

第二班―― すでに救護に当たっている者は、引き続き救護と搬送にあたれ!救護は現場で応急処置、搬送は負傷者を抱えて安全圏まで運べ!

第三班―― 門の近くにいる者、まだ手が空いている者は避難路の確保!民の避難誘導も兼ねろ!

全員、民の避難が最優先!一班が時間を繋ぎ、二・三班が命を運べ!」


フレアの指示は鋭く、混乱の中、一瞬で人員を振り分ける的確さを持っていた。

記録官達は即座に動き、門の前に避難経路を作り、労働者達は列をなして逃げていく。


シンは一瞬、フレアの顔を振り向いた。フレアは矢を番えながらも、短く見返す。

二人の眼差しは冷静で、戦場にありながら一片の迷いもなかった。


「フン……フレアめ、いい指示をするではないか。さすが優等生といったところか」


グレイブは戦斧を構え、口元を緩ませながら、横目でシンを射抜く。


「……そうだな」


シンもまた応じ、剣を握り直す。


次の瞬間、記録官たちの喉から雄叫びが上がった。

場の空気が一気に変わり、恐怖で凍りついていた群衆の士気が、熱を帯びて燃え上がっていく。


「おおおおおおおおおおおおッ!!」


一方、ココは膝をつき、恐怖に押し潰されていた。

だが、目の前の労働者が、荒い息の合間にかすれ声を洩らす。


「あんた……ありがとう……命、助かった……」


その言葉に、ココは一瞬、戸惑いそして安堵し、シン達の戦いを見守る。


シンの剣が閃き、灯喰いの脚を鋭く刈り取る。


――ギィンッ!


その一瞬の隙を逃さず、フレアの矢が喉元を射抜いた。


――ヒュンッ、シュバッ!


矢は寸分の狂いもなく突き立ち、灯喰いは闇の残滓を撒き散らして崩れ落ちる。


フレアの矢は、一撃ごとに研ぎ澄まされ、まるで機械仕掛けのように無駄がない。


「シン、私は君を評価する。だが――記録官にとって、制度は絶対だ」


グレイブの戦斧が振り下ろされ、灯喰いの胸を叩き潰す。


――ブシュッッ!!


鈍い衝撃と共に、闇が弾け飛び、刃が引き抜かれる。


――ジュバッッ!!


「制度を守り、命を守る。それこそが、我ら記録官の責務なのだ!」


「……」


シンは答えない。


シンの剣は鋭い突きと切り返しで灯喰いの急所を狙う。

速さを極めた刃は、時に残像のように虚空を裂き、灯喰いの四肢を寸断していく。


その背を守るように、グレイブの戦斧が重く振り下ろされる。

一撃ごとに大地が震え、闇の躯を砕き散らす。

剛力と威圧で灯喰いを押さえ込み、シンの速さを活かす隙を作っていく。


そして遠くから、鋭い風切り音が戦場に溶ける。

フレアの矢だ。

彼女は冷静に、三歩先の未来を読むように矢を放つ。

矢は確実に急所を貫き、仲間の背に迫る脅威を寸前で削ぎ落とす。

その連射は、まるで戦場に刻まれる律動の鼓動のようだった。


――速さの剣。重さの斧。精密の弓。


三つの力が交わり合い、ひとつの陣形を形作る。

灯喰いが群れをなして襲いかかろうとすれば、シンが前へ飛び出し切り裂く。

力任せに押し潰そうとするものは、グレイブの戦斧が粉砕する。

影が死角から忍び寄れば、フレアの矢が確実にその頭を穿つ。


三人の動きが、嵐のごとく戦場を支配した。

黒煙を背景に、光と闇のせめぎ合いが続く。


だが――なおも歪みから、次なる影が這い出してくる。さきほどまでの灯喰いとはまるで違う。


見えない糸が千切れるような、かすかな張力の断裂音が聞こえる。

採掘場に灯っていたランタンの灯が、次々と、ふっと消え去った。


「な、なんだあれは……!?」


記録官たちが一斉にざわめき、武器を構える腕が震えた。


黒煙を割り、歪みの奥から這い出てきたのは巨大な影だった。

八つの硬質な脚が大地を叩くたび、「ドン、ドン」と鈍い衝撃が土を震わせる。


それはまるで蜘蛛のよう――


だがその輪郭は定かではなく、常に揺らぎ、歪んでいる。

背からは無数の赤い眼光が灯り、獲物を見下ろすように爛々と輝き、口元に並ぶ牙は、空気を切り裂くだけで「ギチギチ」と軋みを立て、耳の奥に刺さるようだった。


「く、蜘蛛の……灯喰い……!」


誰かがかすれ声で叫ぶと、戦場全体に恐怖が走った。


負傷者を癒していたココは、それを見て青ざめる。


その瞬間、蜘蛛の灯喰いは


「ギシャアアアアッ!」


咆哮し、八脚を広げて、粘つく糸を撒き散らす。

白濁した糸は空を切り裂きながら降り注ぎ、触れたランタンの灯を瞬く間にかき消していった。


「ぐっ……! 動けない……!」


記録官たちが絡め取られ、地に倒れ込む。労働者たちも粘液に足を取られ、身動きが封じられていく。


シンとグレイブは身を翻し、辛うじてその糸を避けた。

フレアが弓を引き絞り、三本の矢を同時に放つ。しかし矢は厚い甲殻に弾かれ、火花を散らすばかりだった。


蜘蛛の脚が振り下ろされる。大地が裂け、瓦礫が跳ね上がる。

シンは剣を閃かせながら避け続け、グレイブは戦斧で正面から受け止めた。


ガキィィィィーッン!!


鋼と異形の脚がぶつかるたび、鈍い衝撃が骨を震わせる。

蜘蛛の脚さばきは早く、二人は攻撃に転じられない。


その時、崩れた瓦礫をかき分け、一人の労働者が這い出てきた。

蜘蛛の眼が赤く閃き、即座に獲物を見据える。


「――ッ!」


シンの顔が凍りついた瞬間、影が割り込んだ。


「私の資源に……手を出すなッ!」


グレイブだった。

巨体を盾のように差し出し、振り下ろされる脚をその身で受け止める。硬質な脚が横腹を貫き、血飛沫が散った。


「グレイブッ!!」


シンの叫びが場を震わせる。


だが、グレイブは唇を血で濡らしながら、なお戦斧を振り上げた。


「まだ……終わらんッ!!」


全身の力を込め、突き刺さる脚の節を叩き割る。


すぐさま二本目の脚が彼の左腿を貫いた。膝が砕けそうに震える。


「ッ……!」


歯を食いしばり、もう一度、節を断ち切った。


容赦なく三本目の脚が右胸を貫き、肺を穿つ。

血が口から溢れ、息が荒れ、視界が霞む。

それでも彼は咆哮した。


「まだだ……! まだ終わらせん……ッ!!」


最後の力を振り絞り、戦斧が閃く。

三本目の脚も砕け落ち、蜘蛛の巨体が一瞬たじろいだ。


「……今だッ!!」


グレイブの叫びを受け、シンは跳んだ。

宙を舞い、蜘蛛の巨体に張り付き、眼窩に剣を突き立てる。

一つ、二つ、三つ――シンが剣に全身の力を込め、赤い眼が次々と潰え、黒い体が悲鳴のように揺らぐ。


そして最後の眼を穿たれた瞬間、蜘蛛の灯喰いは


「ギシャアアアア――!」


と断末魔を上げ、黒い霧へと崩れ落ちた。


灯喰いはすべて消え去り、戦場に残ったのは、ひざまずいたグレイブの大きな背と、それを見つめるシンの姿だった。


ココはおぼつかない足で、即座に駆け寄り、血に濡れた地面に膝をつき、必死にミュレットの書を広げた。

灯が彼女の手からあふれ、傷口を覆う。

だが、光は皮膚を塞ぐだけで、流れ去る命の深淵には届かない。


「お願い……お願い……! まだ……生きて……ッ!!」


涙がこぼれ、光と混じって血に溶けていく。


グレイブは苦しげに吐息を漏らしながら、わずかに首を振った。


「……私は……責務を……果たした。悔いは……ない……」


「そんなの……そんなのっ……いやだ……!!」


ココは声を震わせ、なおも光を注ぎ込む。


だが、その手を、彼は力なく払いのけた。


「……無駄に……するな……。私などに使う灯ではない……。君の灯は……世界を……変えられる……。救いとは……目の前に灯をともすだけでは……ない……」


言葉はそこで途切れ、彼の瞼は静かに閉じられた。

その表情は、不思議と安堵を帯びていた。


「グレイブさん……ッ! いやぁぁぁ……ッ!!」


ココの慟哭が、瓦礫の散らばる採掘場に響き渡る。


その声を断ち切るように、鋭い指笛が鳴った。

シンが駆け寄り、ココを力強く抱き上げる。


「シン……ッ!」


「もういい。行くぞ」


蹄音が迫り、闇から現れたのはルーミアだった。

シンはココを抱いたまま、ひらりとその背に飛び乗る。


「シン!!だめっ!!いやっ!!グレイブさんがっ!!グレイブさんがぁぁぁ…ッ!!」


「行け、ルーミアッ!!」


蹄が地を蹴り、砂塵を巻き上げて走り出す。混乱する群衆をすり抜け、外縁の森へと突き抜けていった。


高台にいたフレアは、弓を引き絞り、その背を正確に狙う。

矢羽が震え、今にも放たれようとした。


……だが、弦は鳴らなかった。


背後から記録官が叫ぶ。


「追いますか!?」


フレアは一瞬、視線を遠ざかる影に向けたまま黙り、やがて短く命じた。


「……負傷者の救助が先だ」


弓を静かに下ろし、ただ砂煙の彼方へと消えていく背を見つめ続けた。


――


トゥルアの屋敷。

深夜の玄関ホールは、息を潜めるように静まり返っていた。

壁掛け時計の針が、日付の変わりを告げる。


トゥルアは手に花束を抱き、そわそわと玄関口に立っていた。

待ちわびる胸は高鳴り、足元は落ち着かない。

――きっと、忘れていないはず。


チリンチリン……


玄関の呼び鈴が鳴る。

ぱっと顔を上げ、花のように笑みを咲かせてドアを開けた。


「お父様――!」


そこに立っていたのは、父ではなかった。

静かな眼差しで立つのは、記録官フレア。


トゥルアの声が、途中で途切れる。

フレアは無言で、ただ深く頭を下げた。


重たい沈黙。


トゥルアの手から、花束と一通の封筒が滑り落ちる。


カサッ。


床に伏した便箋の表紙に、整った筆跡が滲む。


『母上へ ――今日という日に 父とともに』


彼女の笑顔はもう、二度と戻らなかった。

『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』を読んでいただきありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価をお願いします。励みになります。


『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』も投稿しております。合わせて楽しんでいただけると幸いです。

→ https://ncode.syosetu.com/n8441lj/

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