表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/60

交錯する信念

挿絵(By みてみん)




ココは、倒れた労働者に灯を与え続けていた。

どれだけ癒しても、彼らはただ無言で持ち場へ戻っていく。感謝の言葉もなく、疑問の色もなく――まるで機械が修理され、再び稼働するかのように。


シンは仮面をつけたまま歩き、監視役の記録官に不自然に見えぬよう、淡々と振る舞っていた。


「……誰も、顔を上げないな」


彼が低くつぶやく。


「…うん、みんな、休んでない…」


ココが顔を上げると、目の前に巨大な羽根車がそびえ立っていた。鉄の羽根は低い唸りを響かせ、中心部には異形のランタン装置が据えられている。そこから青白い灯が脈動するたび、羽根はゆっくりと回転し、坑道へと風を送り込んでいた。その風は、地の底に潜む暗闇を押し返す唯一の息吹に思えた。


「あれは、何?」


「送風機だ。灯をエネルギー源にしている。あれが止まれば坑道は酸素を失い、すぐに墓所と化す。あれは……この採掘場の心臓だ」


「へぇ…」


ココがしばらく見つめていると、青白い光が不規則に明滅し始めた。


「あっ……」


「記録官が配給する灯は、お前のものと違い、純度が薄い。寿命だ。あれは危険だぞ」


次の瞬間――。


ゴゴゴゴゴ……。


轟音が途切れ、羽根の回転が止まる。風が消え、場に重苦しい沈黙が落ちた。


「おい、止まったぞ!」


「灯が……途絶えた!」


労働者たちの声がざわめきとなり、緊張が現場を走る。


すると、ココがさきほど癒やした労働者たちが彼女のもとへ押し寄せ、切実に訴えた。


「あんたの灯なら……動かせるんじゃないのか?」


「頼む、嬢ちゃん……!」


ばらばらに頭を下げる労働者たち。


「……私の灯を使えば」


背後から、シンの声が割り込んだ。


「やめておけ、あれには本来の制御灯がある。合わぬ灯を流せば――」


「でも、このままじゃみんな困るでしょ! お願い、ちょっとだけ…!」


シンはわずかに考え込む素振りを見せ、やがて小さく頷いた。


ココは迷いながらも、ミュレットの書を開いた。掌に生まれた純白の灯を両手で抱え、ランタン装置へとそっと注ぎ込む。


ガンッ……!


直後、機械は低く唸りを上げた。

ゴゴゴゴゴ……。


止まっていた羽根が再び回転し、風が坑道へと吹き込む。重苦しい沈黙が破られ、労働者たちの口から歓声が上がった。


「直ったぞ!」


「すげぇ、また動いた!」


「ありがとう、お嬢さん!」


粉塵まじりの空気に、ひさしく聞かなかった笑い声が広がった。


ココは少しだけ胸が温かくなった。

「また働ける」ばかりだった労働者たちが、はじめて歓喜の顔に変わったからだ。


これまで感じていた空虚さが、ようやく晴れていくようだった。


その時――


「……下がれ。私が通る」


低く重い声が、場の空気を震わせた。労働者たちがざわめきながら道を空ける。

現れたのは一人の男。


蒼い記録官の装束に身を包み、翻るマント。

白髪の混じる短い刈り髪、幾度もの戦場を渡り歩いた者にしか刻まれぬ厳しい皺。

その背には、堂々たる戦斧が沈黙の威圧を放ちながら背負われていた。


「……グレイブ」


シンが仮面の下で息を呑む。

ココも直感した。この男は、ただの記録官ではない。


グレイブはゆるやかに足を止め、シンの前に立つ。

労働者たちは一斉に頭を垂れた。だが、その鋭い眼差しだけは逸れず、まっすぐにシンとココを射抜いていた。


「裏切り者――シン。そして……君が、灯の巫女か」


声に怒りはなかった。あるのは興味、そして静かな評価。

冷徹な観察者の視線であった。


「シン。私は君と話がしたい」


「……話、だと?」


「そうだ。私は秩序を守る記録官であり、この労働者たちを監督する者だ。だが、君の行動には……少しばかり興味がある」


二人の視線が交錯する。

灯を資源とみなす男と、灯を希望と信じる者。

相容れぬ二つの意志が、沈黙の中でぶつかり合った。


「灯など与えて何になる。労働者は労働をする。それ以上でも、それ以下でもない。それが彼らの役目だ」


「でも……放っておけなかった。苦しんでいたのに……!」


ココの声は震えていた。


「君が癒やした男は、今ごろまたツルハシを振るっているだろう。それで何が変わった?灯を与えても、役目を与えられた人間の心は変わらんのだ」


「ならば、彼らの苦しみは何だ?誰かが与えた仕組みの中で、血の一滴まで搾り取られている。あれを苦しみと言わずして、何と言う!」


「苦しみ……?違うな」


グレイブの声は冷たく響いた。


「当然の結果だ。努力を怠った者が、報いとして労働に就いた。ただそれだけのこと。我々の制度は公正だ。自由とは、選び取れる者のためにある。彼らは選ばなかった。ただそれだけだ」


「違う……!誰も好きでこんな場所に来てるんじゃない!働きたくて働いてるんじゃない!」


ココは声を振り絞った。


「君のような者が、同情という毒を撒く。その灯で痛みを癒し、救われたと錯覚を与える……」


「……だから、配るなと言うのか。希望を与えるなと!」


シンが鋭い眼光を向ける。

グレイブの手が、ゆっくりと背の戦斧にかかる。


「君は優秀な記録官だった、シン。だが――理念が甘すぎる」


シンは剣を引き抜いた。鋼がこすれ合う音が、場の空気を裂く。


「それでも……俺は、この子の行動に、意味があると信じる!」


――


坑道の奥深く、薄闇に沈む送風管がうなりを上げていた。

だがその表面に、蜘蛛の巣のような細い亀裂がじわじわと走り、やがて――プシュッ、と音を立てて裂け目から風が吹き出す。


逃げ場を失った風は、壁や床に積もった黒い粉塵を巻き上げ、視界を濁らせる。

労働者たちは咳き込み、涙で目を細めながら手探りで奥から戻ろうとした。

だが風が乱れるたびに粉塵は渦を描き、肺を焼くように押し寄せてくる。


岩の隙間からは、シューッという音と共に、冷たいガスが噴き出した。

鼻を突く硫黄の匂いが立ち込め、頭の芯を痺れさせる。

一人が膝をつき、額を押さえて呻いた。


「……息が、できねぇ……!」


仲間が腕を引こうとするが、足元は粉塵に滑り、息を吸うたびに胸が苦しい。

奥からはなおも管が裂ける音が響き、風と粉塵とガスが入り乱れて坑道を呑み込んでいった。


――


シンが地面を蹴った。

次の瞬間、グレイブも足を踏み込み、二人の武器がぶつかり合う。


キィィィィン――ッ!!


鋼と鋼が擦れ、火花が宙に散った。


シンが低く踏み込み、剣を押し込む。だが、グレイブの戦斧が重さをもって押し返した。


「夢や希望を与えたところで、彼らにとって価値はない。考えようとすらしないだろう!」


「彼らは犠牲者だ!」


シンは身を沈め、横へ回り込みざまに剣を払う。


「考える術も、余裕も……すべて記録官によって奪われた!」


ガァンッ!


斬撃は戦斧に受け止められた。衝撃で石畳に音が響く。


「我々にとって管理は業務!」


グレイブが吼え、戦斧を押し込む。


「搾取ではなく、労働は施しだ!」


次の瞬間、戦斧の力に弾かれ、シンの身体が宙を舞う。荒く息を吐きながら、よろめいて着地した。


「……ッ!」


「灯を撒けば、灯喰いを呼ぶ」


グレイブの声音は低く重い。


「君はそれを知っているはずだ。命は救えても……同時に別の命を危険にさらすことになるぞ」


「……!」


遠くで見守っていたココは、その言葉を耳にした瞬間、全身に稲妻のような衝撃を受けた。


――灯を撒けば、灯喰いを呼ぶ。


胸の奥で、呪いのようにその言葉が反響する。


「チッ……!」


再び刃と斧が交錯する。


カァンッ、キィィン!


火花が散り、風圧が吹き荒れ、土埃が舞い上がる。金属の衝撃音が幾重にも弾け、採掘場全体に響き渡った。


シンの速さと、グレイブの重さ。

打ち合うたびに、信念と信念がぶつかり合う。


その時だった。


ゴオオオオオッ……!!


突如、坑道から強風が吹き上がった。


「た、助けてくれぇ――!」


「い……息が、く、苦しい……!」


坑道から数名の労働者が這い出してきた。顔は青ざめ、胸を押さえ、必死に地を掴む。


ゴゴゴゴゴ……!!


送風機が不穏な唸りを上げ、羽根が軋むように震えていた。

『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』を読んでいただきありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価をお願いします。励みになります。


『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』も投稿しております。合わせて楽しんでいただけると幸いです。

→ https://ncode.syosetu.com/n8441lj/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ