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第一章:スクランブルの鼓動、止まる刻(とき)

挿絵(By みてみん)


渋谷のスクランブル交差点は、いつだって蠢いていた。


まるで巨大な生き物の心臓だ。人間の波が、脈打つように四方から押し寄せ、青信号と同時に炸裂し、次の瞬間には別の方向へと吸い込まれていく。その混沌の美しさに、俺、レオン・ミヤザキはいつも魅せられていた。大学の授業なんかより、よっぽど面白かった。


今日は特に、その鼓動が妙に聞こえた。ざわめきが、まるで遠い雷鳴のように脳の奥で響く。俺は、薄汚れたパーカーのフードを目深に被り、その音の根源を探すように周囲を見渡した。渋谷のあらゆる情報が、網膜に、鼓膜に、皮膚に、直接流れ込んでくるような感覚。それは、俺が幼い頃からずっと持っている、とんでもない「能力」だった。


そう、俺は一度見たものは絶対に忘れない。一度聞いた音は、全て覚えている。


バカげてるだろ? でも、それが俺の全てだった。そのせいで、人々の微細な感情の動きや、看板の隅に書かれた小さな文字、交差点の真ん中で落とされた小銭の音まで、全てが頭の中にデータベースのように蓄積されていく。たまに、あまりの情報量に脳がショートしそうになる。


「またぼんやりしてる」


背後から、凍てつくような声がした。振り返ると、そこにはカノン・アザワが立っていた。彼女はいつも、黒を基調とした服を身に纏い、まるで夜の帳そのものだ。ショートカットの髪は風になびくこともなく、ピンと張り詰めた空気を纏っている。左耳に走る、細い傷跡が、彼女の過去を静かに物語っているようだった。


「カノンさん。今日は、いつもと違う気がして」俺は正直に言った。


彼女は俺の言葉に反応せず、ただスクランブル交差点を見つめていた。その瞳は、まるで深淵を覗き込むように冷たかった。彼女の職業は表向き、フリーランスのボディガード。だが、その裏の顔こそが、俺が今、彼女の隣に立っている理由だった。


彼女は、俺たち「クロノス・ギルド」のエージェントであり、俺の指導役だ。武術の腕前は、文字通り「人間業」じゃない。どんな修羅場も、彼女の冷静な判断と卓越した身体能力がなければ、俺たちはとっくに潰されていただろう。ギルドのメンバーは皆、表の顔とはかけ離れた、とんでもない「秘密」を抱えている。


「レオン、警戒態勢だ」


カノンの声が、スピーカーの指示のように響いた。その瞬間、スクランブル交差点の喧騒が、まるで巻き戻しテープのように──


止まった。


人の波が、ピタリと止まる。話し声も、車のエンジン音も、遠くの工事の音も、全てが、一瞬で「無」になった。


時間の流れが、ねじ曲がったような感覚。


まるで、巨大な映画のセットに閉じ込められたみたいだった。しかし、俺の目には、その止まったはずの世界の中で、極めて微細な「揺らぎ」が見えた。まるで、空中に浮かぶ蜃気楼のように、空間そのものが震えている。


「歪みだ……」カノンが呟いた。


その直後、止まったはずの交差点の真ん中で、まるで蜃気楼が実体を得たかのように、何かが「産まれ」始めた。それは、透明な膜に包まれた、歪んだ「影」だった。その影の中心には、わずかに光る、青白い「何か」が蠢いている。


「あれが、今回のターゲットか?」俺は、心臓の鼓動が早まるのを感じながら、カノンに尋ねた。


カノンは答えない。ただ、ゆっくりと右手に構えた、まるで彫刻のように美しい、特殊な「デバイス」を握りしめていた。そのデバイスの表面には、複雑な回路が走っており、わずかに青い光を放っている。


「アヤト、応答しろ」


カノンの声が、デバイスを通じて響いた。その声は、止まったはずの空間に、奇妙に響き渡った。この異常事態の真っ只中で、俺たちの秘密結社「クロノス・ギルド」の、新たな任務が始まったのだ。

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