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幽樂蝶夢雨怪異譚

民子の生霊

作者: 舞空エコル

 これは放送しなかったというか、収録しなかったお話

 だったと思います。つまり未発表作品ですね。これを

 書いたときにはもう放送が終わっていたか、諸事情で

 没にされたか…… しかし前にも書きましたが、番組の

 ディレクターは(酒癖はあれだったけど)たいへんに

 鷹揚で度量があり、どんな微妙な話でもついぞNGを

 出された記憶はありません。だからきっとあらかじめ

 先行して書いてたけど、番組が終わってしまったので

 お蔵入りした脚本ですかね。民子と知哉という名前は、

 当時ラジオの脚本構成以外にも声優さんのオリジナル

 CDなども制作していた私が、そのCDの優秀な制作

 スタッフさんの名前をネタ的に拝借アレンジしたもの

 と思われますが、昔々、はるか銀河系の彼方でのこと

 なのでよく覚えていません。自分としては怪談という

 よりは、所謂リドル・ストーリーのつもりで頑張って

 書きましたが、ちゃんとリドルできてますでしょうか。

 あ、リドルの意味ですか? あれです、ゲッター2の

 左腕の(←それはドリルや)では読んでくださいまし。


挿絵(By みてみん)

        うらめしやなのだ~♪

 昼間のバイトで疲れていた私は、その夜は、珍しく

 早く床につきました。ところが深夜十二時を過ぎた

 頃、急に息苦しくなって、目を覚ましました。誰か

 が体に乗っている…… 恐る恐る顔を上げると、胸の

 上に、タンクトップを着た女が跨っていました。

 つい最近別れたばかりの、民子でした。


(どうやって入ってきたんだ?)


 声を出そうとしましたが、民子が首を締めてきて、    

 私の意識は遠のきました。気がつくと朝でした。


 民子とは合コンで知り合って、しばらくこの部屋で

 同棲していたのですが、やがて彼女の方から別れ話

 を切り出してきて、荷物を纏めて出ていったのです。

 それが…… 今頃、なぜこんなことを?

 私は大学のキャンパスを歩いていた民子を見つけて、

 腕を掴むと、昨夜の訳を言えと詰め寄りました。


「お互いに、変なしこりは残さないように、とことん

 話し合ったじゃないか! それをこの期に及んで……」


 民子は、きょとんとしてこう言いました。


「昨日の夜なら、私、友達と新宿にいたよ」


 そういって、昨夜新宿のゲームセンターで撮ったと

 いうスマホの写真を見せてきました。友達も一緒に

 映っていました。嘘ではないようでした。


「知哉…… 疲れ過ぎてるんじゃない? 大丈夫?」


 心配して私の顔を覗き込む民子にボソボソと詫びを

 言って、その場を去りました。

 

 しかし、その夜もまた、民子は現れたのです。私が

 ウトウトしかけた頃、ドシンと胸に飛び乗ってきて、

 再び首を締めようと…… しかし、今回は心の準備が

 できていました。民子の手首を素早く掴むと、身を

 起こして、彼女の体を布団の上にねじ伏せます。


「やっぱり来てたんじゃないか!」


 そのとき、電話が鳴りました。ジタバタと抵抗する

 民子を押さえつけたまま、電話に出ました。


「…… もしもし?」

「もしもし。民子です…… ごめんね、こんな夜中に。

 昼間の知哉、何か変だったから気になって…… 」


 民子? では、私が押さえつけているこの女は…… ?


「もしもし? 知哉? 聞いてる? 大丈夫?」

「あ、ああ…… ごめん」


 気づくと布団の上には、私一人しかいませんでした。

 民子は生きているのに、幽霊が私の元に現れている?

 これは、いわゆる…… ?


 ×     ×     ×     ×     ×


「いや、生霊なんてオカルティックなものではなくて、   

 あなたの未練と罪悪感から来る幻覚でしょうな」


 事の経緯と私の考えを聞いた心理カウンセラーは、

 煙草を燻らせながら、したり顔で言いました。


「何か具体的な心当たりは? 正直に話して下さい」


 そういえば同棲中に一度、民子が妊娠を仄めかした

 ことがあった。しかし、私がいつになく取り乱すと、

 民子は、あわてて冗談だと苦笑して、誤魔化して……

 彼女が出て行ったのは、その直後でした。


「ほらね! 明らかにそれが原因でしょう」


 カウンセラーは、寝る前に枕元に水差しを用意する

 ように提案しました。民子の生霊…… いや、幻覚が

 現れたら、怖がらずにその水をぶっ掛けてやれば、

 立ちどころに消えるはずだというのです。


「高ぶったあなたの感情に文字通り、水を差すんです。

 本当に生霊だったら、水で浄めることになりますな。

 いずれにせよ、それで答えが出ますよ」


 ×     ×     ×     ×     ×


 アパートに帰ってみると、ドアの前で、コンビニの

 袋を提げた民子が待っていました。


「だって電話、いきなり切るんだもん!」


 久しぶりに彼女が作った夕食を共にしながら、私は

 民子に経緯を話しました。笑い飛ばすかと思いきや、

 彼女は真剣な表情になって、こう言ってくれました。


「今夜は泊まってってあげようか? 心配だし…… 」


 少し躊躇しましたが、現実の民子と一緒にいれば、

 もう幻覚は見ないかも知れません。それでも枕元に

 水差しを用意しておくことは、忘れませんでした。

 民子は、寝巻き代わりのタンクトップ姿になると、

 布団に潜り込んで来ました。


「何か、懐かしいね!」


 はにかんで笑う民子に、愛しさが込み上げてきて、

 思わず彼女を抱きしめました。民子も、そっと抱き

 返してきました。柔らかな肌、温もり、髪の香り……

 これが現実なんだ、本物の民子なんだ…… もう一度

 やり直せるかも知れないな…… 私の動きに応えて、

 昔のように、熱く、早くなっていく彼女の息遣いを

 全身で感じながら、夢中になりかけた私の腕の中で、

 民子が急に体を強張らせ、震え始めました。


「どうかした?」


 民子は震えながら背後を指差しました。振り返ると、

 民子が立っていました。布団で抱きあう私たち二人

 を見下ろしながら、鬼のような形相で…… 上等だ!

 私は枕元の水差しを掴むと、目の前に立つ民子に、    

 思い切り水をぶっ掛けました。生霊でも幻覚でも、     

 知ったことか! 邪魔だ、消えろ! いなくなれ!


 しかし、幻覚は消えず、びしょ濡れで立ち尽くした

 まま、恨みがましくこう言いました。


「もう、何なのよ!?  心配して来てあげたのに!」


 なぜ消えない? これは一体どういうことだ…… ?

 狼狽した私は、救いを求めるように、同衾している

 民子を振り返りました。しかし布団には、私以外、

 誰もいませんでした。温もりも残り香もありません。

 では一緒に寝ていた民子の方が幻覚で、びしょ濡れ

 で立っている民子こそ、本物? もう、何が何だか

 分からなくなって、頭がおかしくなりそうでした。

 しかし、目の前に立っているのが本物の民子ならば、

 とにかく水を掛けてしまったことは謝っておこうと

 思い、顔を上げて口を開きました。


「ご、ごめん…… 実はその…… 」


 濡れた畳の上には、誰もいませんでした。

【ネタバレ含みます。本編を読んでから閲覧してね♪】



 初稿の時点では水をぶっかけられた民子さんは本物で、

 夕食を一緒に食べてエッチまでしかけた(と思われる)

 焼けぼっくいファイヤーモードの民子さんこそが実は

 幻覚というか生霊…… という解釈で、作者本人も納得

 していたのですが、この度のノヴェライズにあたって

 ラストを改変しました。どちらの民子も幻覚というか

 生霊だったとした方が、読後感も多分にモヤモヤして

 腰が落ち着かず、不安でキモくていいのではないかと。

 極論すれば、キャンパスで腕を掴んで詰問した民子も

 実は知哉がそう認識しているだけで、周囲からは知哉

 が無人の空間に話しかけてるように見えたかもです。

 さらにいうならコンパで知り合い同棲して妊娠させた

 かもだというのも全部、知哉の脳内ファンタジーで、

 知哉は実はメンタルがいろいろあれなだけなのかも……

 もちろん本当に生霊どころか、すでに民子は死んでて

 ガチ幽霊とか、いろいろ解釈を楽しんでいただけたら

 作者冥利に尽きます。読んだ人の数だけ正解があるか、

 あるいは絶対の正解などないかもです。私も若い頃は

 モヤモヤはスッキリ解決してこそナンボ(キリッ)と

 思うておりましたが、意外とそうでもなく、モヤモヤ

 をモヤモヤとして受け入れモヤモヤと楽しむのもまた

 人生の醍醐味なんではないかと、歳を経てそれなりに

 モヤモヤもとい、しみじみ思うようになってきました。

 人生なんて、所詮は未解決のモヤモヤの積み重ねです。

 モヤッと参上、モヤッと未解決。人呼んでさすらいの

 ヒーロー! 未快傑モヤット! 何や、文句あるんか?

 モヤットボールぶつけんぞ!(モヤットボール懐かしㇲ)

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