もうひとつの夜明け
その日の夜、俺は再び配信ソフトを立ち上げる。
昨日よりは少しだけ心が落ち着いている。話したいことも、頭の中で整理できている。それに、自分の声が「悪くないかも」だなんていう小さな自信もある。
開始の合図を出す前に、ふと手を止める。ヘッドホンをつけ、マイクを軽く撫でながら自分に言い聞かせるように呟く。
「俺、今までは“顔”でしか評価されてこなかった。……でも、これからは“声”で勝負できる。顔を見せなきゃ、誰も俺を“美少女”なんて茶化さないから」
ここには、自分をバカにするクラスメイトも、陰でSNSに投稿する連中もいない。コメントを書き込むリスナーはいるかもしれないけど、その人たちに見えているのは俺のアバターと声だけ。
――だからこそ、自由に話せる気がする。むしろ、俺の中にある“好き”や“熱量”を、全力でぶつけられそうだ。アニメやマンガの名言を交えたトークだって、誰に遠慮することもない。
「さて……行こうか」
俺は配信画面の「Start」ボタンをクリックした。
夜の静寂が、また新しい物語の扉を開く合図になる。深く息を吸って、ヘッドホン越しに自分の声が返ってくるのを確認する。
――小さな光が差し込むような気分。きっと、今日の配信は昨日よりもスムーズに話せるはず。少しだけど、そんな予感がある。
これが俺にとっての“もうひとつの夜明け”だ。窓の外は夜なのに、不思議と心には朝日が差してくるような明るさがある。
いつか本当に朝日を浴びながら、胸を張って“外の世界”を歩く日が来るのだろうか。その日はまだ想像できないけれど――今はそれでもいい。
声だけでいいから、誰かとつながりたい。顔を隠してでも、自分の想いを伝えたい。そんな小さな想いが、確かな希望へと形を変えていく兆しを感じながら、俺は再び配信の世界に飛び込んだのだった。