“声”だけを褒められた日
配信を切ったあと、深夜の静まった部屋で独り、顔を覆った。
自分がネットを通じて“外の誰か”とやり取りするなんて、ほんの少し前までは想像もできなかったのに。
しかも“声”を褒められるなんて。今まで生きてきて、容姿の話題以外で褒められた記憶はほとんどない。幼なじみだった篠原瑞希――通称・学級委員長の“瑞希”が、「あなたの声、わりと好きだよ」と言ったことがあった……そんなことを思い出す。
「瑞希……今、どうしてるかな」
小学校時代は家も近所で、一緒に登校したり放課後に遊んだりしていた。でも中学ではクラスも違って、それっきり。いや、同じ中学でも、あの子は“優等生の委員長キャラ”を貫いていて、俺に干渉してくることもなかった。
あの頃は俺もまだ学校に通っていたけれど、顔のことでからかわれるのが嫌で、あまり人目に立たないように過ごしていた。いつのまにか、瑞希とも疎遠になっていった。
変わったのは俺だけじゃないのかもしれない。瑞希だってあんなに元気で笑顔の子だったのに、いつしか真面目すぎるくらい硬い性格になっていた気がする。
そんな思い出を巡らせながら、俺はふとスマホを手に取る。初配信のアーカイブを確認しようと思ってアプリを立ち上げると、
――驚いたことに、俺の切り抜き動画がすでにアップされていた。
「嘘……もう切り抜き? しかもコメントがついてる……」
「声が癒し」「初配信とは思えない落ち着き」といったコメントがちらほら。いいや、落ち着いてなんていなかったけれど、そう見えたなら何よりだ。
それにしてもたった30分の初配信が、誰かの手で編集されて拡散されているなんて。Vtuberというカルチャーの勢いを感じずにはいられない。
思えばこの世界では、声や話題のセンスさえあれば“バズる”可能性があるし、ファンがつけば大勢に応援してもらえる。そんな夢物語みたいな現象を、いま目の当たりにしつつある。
ただ一方で、もし顔や本名が特定されてしまえば――中学時代と同じように、からかいのネタにされる危険もあるわけで。
希望と不安が交錯する中、俺はどうにか眠りにつく。枕元には、まだヘッドホンが置かれたままだった。
……その夜、珍しく夢を見た。
夢の中で、誰かが俺の声をほめてくれていた。「君の声、すごく響くね」と。
だけど、その“誰か”の顔ははっきりしない。女の子のようでもあり、男の子のようでもある。あるいは、どこかで聞いたアニメキャラのようでもある……。不思議な夢だった。
――少なくとも、悪い気分じゃなかった。