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「コラボ後の深夜通話――秘密の距離感」
コラボ配信が大盛り上がりで幕を下ろした翌日、夜10時過ぎ。
自室でPCを立ち上げたまま、ベッドに寝転んでいた俺(悠真)のスマホにDiscordの通知が入った。差出人はもちろん“MIZUKI”。
画面を開くと、「今、ちょっとだけ話せる?」という短いテキストが飛び込んでくる。
「……“ちょっとだけ話せる?”か。なんかドキドキするな……」
思わず口元に笑みがこぼれる。少し前まで、俺は人と電話で話すこと自体に強い抵抗があったのに、いまや“彼女”からの連絡に嬉しさが混ざっている。
すぐに「大丈夫だよ、どうしたの?」と返すと、MIZUKIから「通話してもいい?」と返答があり、そのままコールが鳴った。
ヘッドセットを装着し、深呼吸をしてから通話ボタンをタップ。
「――もしもし、ユウマくん? こんな時間にごめんね」
やわらかい声が耳元に流れ込むだけで、胸が軽く弾んだ。やっぱり彼女の声は心地いい。
「いえ、全然大丈夫です。むしろ嬉しいかも……どうかしたんですか?」
自分でも素直すぎる返事だと少し恥ずかしくなるが、MIZUKIは「ふふ」と笑ってくれた。
「なんか、昨日のコラボで大騒ぎになったでしょ? SNSでも色々言われてて……それは嬉しいんだけど、ちょっと戸惑っちゃってね。ユウマくんは大丈夫かなって思って」
「ああ……たしかに、コメント欄も“公式カップリング”とか“付き合っちゃえ”って雰囲気でしたもんね」
言葉に出してみると、改めて顔が熱くなる。付き合うなんて、そんなのまだ先の話――いや、そもそも本当に付き合うことになるのかもわからない。だけど“意識”してしまうには十分すぎる話題だ。
MIZUKIは小さく息をついた。
「うん。私、あんまりそういう恋愛ネタで押されるのは得意じゃないんだけど……今回ばかりは、変に否定するのも嘘くさいかなって思って。あなたはどう思ってるの?」
どう思ってる、とは? 彼女の声のトーンがどこか探るようで、でもどこか期待しているようにも感じられる。胸がざわつき、心臓がドキドキする。
ここで“いや、そんなつもりじゃないよ”とバッサリ言ってしまえば、何か大事なものを壊してしまいそうな気がする。かといって、正直に「好きかもしれない」とは言えない臆病な自分がいる。
「……俺も、あまり経験ないから正直どう反応していいか分からないんです。でも、嫌じゃないんですよ。むしろ……ちょっと照れるけど、嬉しいなって思ってます」
これがいっぱいいっぱいの告白めいた言葉だ。返ってくる彼女の反応が怖い。だけど黙って待つしかない。
するとMIZUKIは、少しだけ息を詰めたような空気を伝えてから、そっと囁くように言葉を続ける。
「そっか……私もね、なんだろ、今までこんなふうに誰かとコラボして、ここまで意識してしまったことはなかったの。だから余計に戸惑ってる」
「戸惑ってる、んですね。……そりゃ、俺も同じです」
恥ずかしくて笑いそうになるが、胸の奥は甘酸っぱさで満たされている。これが“もどかしい恋心”というやつだろうか。
お互いに言葉が見つからず、一瞬沈黙が落ちる。夜の静寂と彼女の呼吸音だけがかすかに混ざり合い、かえってドキドキを加速させる。
それでも、通話を終えたくはない――そう思った矢先、彼女がちょっとだけ明るい口調で声を上げた。
「……ところで、今度またコラボしようか。今回は短めの雑談でもいいし、2人の空気感を大事にした配信にしてみる、とか。どうかな?」
提案に乗るや否や、俺は反射的に「もちろん!」と答える。少しでも彼女と一緒の時間を共有できるなら、配信でもなんでも歓迎だ。
ただ、その一方で脳裏にはひっかかる疑問がある。――彼女はいつ、俺の“正体”をはっきり言い出すのだろう。おそらく察しているであろう“幼なじみ”の事実を。
「じゃあ、また近いうちに日時決めよう。ありがと、ユウマくん。……おやすみなさい」
「はい……おやすみ、MIZUKIさん」
通話が切れたあともしばらく胸の高鳴りがおさまらない。明日になれば、またいつもの不登校引きこもりの日常がやってくる。それでも今だけは、甘い余韻に浸っていたかった。
画面を暗くし、布団をかぶって目を閉じる。さっきまで彼女の声が耳にあったせいで、まだドキドキが止まらない。
――こんな気持ち、久しぶりだ。引きこもりの自分にも、こんな“青春っぽい”感情が残っていたとは。相手があの瑞希なら、もしかして小学生の頃から始まっていた小さな縁が、今になって形を変えて戻ってきたのかもしれない。
そんな思いを胸に、俺は眠りについた。
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「瑞希の揺れる胸――“委員長キャラ”の檻」
同じ夜、別の場所。
通信を切ったばかりのスマホをそっとベッドに置き、篠原瑞希――あるいは“MIZUKI”として活動する彼女は、一人で大きく息を吐いた。
頭の中には、悠真……否、“ユウマ”の声がこだまする。ほんの数分の通話だったのに、どうしてこんなに胸がいっぱいになるのだろう。
瑞希は自分の心に、はっきりと芽生えている想いを見つけていた。それは“彼ともっと喋りたい、そばにいたい”という望み。
でも、同時に自分が“委員長キャラ”という仮面をリアルでも配信でも被り続けてきたことを思い出す。
中学時代、クラスをまとめる立場として常に優等生を装い、人前で取り乱したり本音をぶつけたりすることを避けてきた。おかげでクラス内の信用は得たが、いつしか誰かに頼ったり甘えたりする自分を押し込めてしまった。
そんな自分が、Vとして「素の自分」を出せるようになったのは大きな転機だった。たとえ清楚系お姉さんキャラを演じる部分はあっても、少なくとも“委員長”ではなく“自分の感性”で語る時間が得られたから。
なのに、いざ悠真と再会してみると、またしても“隠し事”を抱え込んでいる。それは――「私があの篠原瑞希なんだよ」という事実。
「なんで……いまさら怖がってるんだろう。あの頃、私は悠真に何もしてあげられなかった。むしろ、見て見ぬふりをしてしまった……」
ベッドに腰かけ、膝を抱える。自室の壁には、委員長として表彰された時の賞状や、真面目に取り組んだクラス行事の写真が飾られている。しかし、それらを見るたびに胸が痛んだ。
中学時代。悠真は“女の子みたいな顔”とからかわれ、SNSに写真を晒されて笑い者にされた。瑞希はそれを知っていたのに、表立って止めることができなかった。
本当は何度も注意しようとしたけれど、「みんなの空気を悪くしたくない」「委員長として波風立てたくない」という思いが先行してしまい、結果的に悠真は不登校への道を辿った。
“それが私のせいだ”と断定はできないが、罪悪感は消えない。だからこそ、今こうしてVの世界で“彼と繋がっている”のが嬉しい反面、申し訳なさにも苛まれる。
「……委員長キャラを捨てるって、言ったのに」
声に出して呟く。配信では“真面目系お姉さん”として振る舞っていても、そこには少なからず演技も混じっている。高校では周りに合わせて大人しい優等生を続けてしまっているのも事実。
いつまで“仮面”を被り続ければいいのか――そして、悠真に対して“幼なじみの瑞希だ”と告げることは、本当に正しいのか。
考えれば考えるほど頭が混乱していく。そっと目を閉じると、コラボ配信での楽しいひとときが鮮明に蘇る。あの時の悠真の声、楽しそうな笑い、そして甘いアドリブ。
その全てが愛おしく思えて、同時に自分はそんな資格があるのかと不安になる。
「でも……今度こそ、逃げちゃダメだ。もう、委員長としての責任とか、仮面とか、そんなのを言い訳にしたくない……」
瑞希は胸に手を当てて決意を固める。いつかこの“秘密”をちゃんと打ち明けたい。悠真がどう思うかはわからないけれど、これ以上嘘を重ねるのは嫌だった。
“だから、その時はきっと、自分の本当の気持ちも一緒に伝えよう”――あの頃、言えなかった気持ちを。
瑞希はそう心に誓いながら、スマホを静かに握りしめる。画面にはDiscordのアイコンが表示されたままだ。彼とまた話したい。でも今夜はもう遅い。
“また今度”を期待して、そっと目を閉じた。胸は高鳴ったままだが、ほんの少し“前に進める”予感がしたのも、確かだった。
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「不登校の日常と、ささやかな一歩」
それから数日、俺はいつものように家で過ごしていた。学校には相変わらず行っていない。朝は遅く起き、昼食をなんとなく済ませ、夕方以降に配信の準備やドールハウス背景の加工などをする日々。
“みんな”が学校で当たり前のように送っている青春とはかけ離れた生活。でも、俺には“配信”という新たな居場所があり、そこで待ってくれているリスナーや、声を掛け合えるMIZUKIがいる。
だからか、不思議と孤独感は以前ほど強くない。むしろ一人の時間が価値あるものだと感じるようになった。アニメやマンガを掘り下げる時間、配信で語るための準備をする時間――そうした“インプット”が、俺にとっては大切な活動の一環になっている。
ただ、叔父との何気ない会話の中で、彼がちらっと言ったのが気になった。
「そろそろ、親御さんに報告のメールでもするか? お前が最近元気に配信やってるって」
両親は海外勤務でほとんど日本におらず、俺の不登校生活についても詳しくは知らない。叔父がざっくりと連絡している程度だが、“配信”のことはまだ言っていないはずだ。
俺は少しためらった。親は“顔で苦労している”とはあまり理解していない気がする。彼らは「海外でいくらでも綺麗な子がいる」とか言って、あまり深刻に捉えていないフシがあるからだ。
「まだ……言わなくていいかな。なんか、話がややこしくなりそうだし」
「まあ、そうかもしれないな。下手に構われると逆にストレスになるしな。でも、少しずつでもいいから外に目を向けろよ。お前の配信活動も、外とつながる手段の一つなんだから」
叔父はそれだけ言って、再びドールハウスの細工に集中し始めた。干渉しないが気遣ってはくれる――あの人なりのやり方で俺の味方でいてくれる。
顔を出さずとも、“声”と“作品”で世界とつながる。叔父と俺は似ているのかもしれない。
そんなことを考えながら、夕方の空を見上げる。そろそろ日が落ちる時間帯。ふと「夕暮れの景色って、配信背景にできたら綺麗かも」とか想像が浮かぶ自分に気づき、苦笑する。
……こうして、“不登校”の日常の中でも、ほんの少しだけ前向きになれている。それはやはりMIZUKIの存在のおかげが大きい。
「また通話、できるかな……」
そう思ってスマホを開くと、彼女がちょうど「今夜配信するよ~」とSNSで告知していた。
彼女のソロ配信か……顔を出さなくても“中の人”は同じ高校生だと考えると、なんだか変な気分になる。でも、それが彼女にとっての“素の表現”なら、俺も応援したい気持ちがある。
“委員長キャラ”として頑張っていた昔の瑞希を思い出すと、今の生き生きとした彼女がより愛おしく思えてしまう。いや、まだ確信したわけじゃないけど、限りなくグレーじゃなくて白に近いグレーだ。
こうして俺はまた配信サイトを開き、MIZUKIのチャンネルへ足を運ぶ準備をする。リアルでは学校に通えなくても、こうして“誰か”とつながっている場所がある――それだけで人生が少しずつ色づいていく気がした。
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「二人きりの“深夜トーク”――思わず触れた想い」
それから夜に入って、MIZUKIのソロ配信をチェックしてみると、彼女の声がいつになく上機嫌な様子だった。視聴者からの質問に答えつつ、歌をちょっとだけ口ずさんだりして、珍しく弾けた感じ。
コメント欄には「今日テンション高め?」と指摘する人もいたが、彼女は「そうかもね」と流している。俺はそれを聞きながら、なんとなく胸が温かくなる。きっと配信が楽しいのだろうし、俺とのやり取りも少しは影響しているのかもしれない。
配信の最後、MIZUKIは「実は近々またコラボするかも……詳細は後日ね」と含みを持たせて締めた。リスナーは当然「ユウマくんとのコラボ?」とざわつくが、彼女は笑って誤魔化すだけだった。
――その配信が終わってすぐ、俺のスマホに通話リクエストが届く。
「お疲れさまのタイミング、狙ってたんですか?」
通話が繋がると、俺は軽い冗談めかして言う。するとMIZUKIは照れ笑いを含んだ声で応じた。
「うん。今ならちょうど空いてるかな、って……迷惑じゃなかった?」
「全然。むしろ大歓迎です。今日、すごく楽しそうでしたね」
すると彼女は、少しだけ声を落として言った。
「うん……楽しかった。最近は配信がどんどん好きになってる気がするの。前は“委員長キャラ”の延長でやってたところがあったけど……今は違う。“素”の私でもいいんだって、思わせてくれる人がいるから……かな」
委員長――またしてもそのワードが俺の耳をくすぐる。けれど、ここで深く突っ込むのはまだ早い気がして、胸の奥に小さな波を感じながら聞き流す。
「そっか。それは……俺も嬉しいです。俺がそう思わせてる部分も、少しはあるのかな」
聞いてみたくて、でも恥ずかしくて声がやや裏返る。彼女は小さく笑った。
「うん、だいぶ大きいと思うよ。――あのさ、今からちょっとだけ、2人で話したいことがあるんだけど……いいかな? 大したことじゃないんだけどね」
「もちろん。何でも……聞くよ」
こっちまで心臓が高鳴る。彼女が“2人で話したいこと”といえば、だいたい想像がつくような、つかないような――まさか、いまここで正体を明かされるのか、それとも別の話題か。
ところがMIZUKIは、ため息交じりに意外な言葉を漏らした。
「……実は今、学校のことでちょっと悩んでて。私、委員長やってたくらい真面目って思われてるけど、本当はもっと自由でいたいの。配信がその手段だったはずなんだけど、リアルではまだ仮面を外せなくて……」
やはり彼女は“学生”なのだ。俺と同世代である確証こそ得たが、同時に“委員長だった”と過去形で言っているあたり、中学か高校か――。きっと高校でも真面目路線を続けてるんだろう。
何か言葉をかけたいが、俺自身も学校に行けない立場だ。下手なことは言えない。けれど、同じ“悩み”を抱えてきた者として、彼女に寄り添いたい気持ちが強くなる。
「……無理に仮面を外さなくてもいいんじゃないですか? 俺だって、顔出せないし、配信で“声”だけ出してる。でも、そこからゆっくり変われることもあると思うんです」
それが俺なりの、精一杯の励ましの言葉。MIZUKIはしばし黙ったあと、ぽつりと呟いた。
「そうだね……。顔を隠しても、声は本物。私も“委員長”って仮面をかぶってても、こうして配信で好き放題喋ってるし……そこから一歩ずつ、変わっていけるかもしれない」
その言葉を聞いて、心がじんわりと温まる。もしかして、俺たちは同じように“仮面”を脱げないでいるのかもしれない。その意味では似た者同士なんだ。
そして今、こんなにも自然に“二人きりの時間”を共有できている。この安らぎはなんだろう。俺は、気を抜くと「好きだよ」と言ってしまいそうなほど、胸に熱を感じていた。
「ありがとう、ユウマくん。話せてよかった。……あのね、もうちょっとだけ、このまま話しててもいい?」
「……もちろん」
二人の間に甘い沈黙が落ち、夜はさらに深まっていく。まるで、遠い昔に戻ったような、あるいは新しい扉を開いたような、不思議な感覚に包まれながら――俺たちは小さく、でも確実に想いを通わせる時間を味わっていた。
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「外野のざわめき――SNSで揺れ始める噂」
そんな甘酸っぱい時間を重ねる一方、俺とMIZUKIの間には少しずつ“外の世界”の足音が迫り始めていた。
ある日の午後、配信の準備をしようとPCを開いていたら、匿名掲示板で俺の名前がちらっと話題になっているのを見つけてしまったのだ。
《謎の新人V“ユウマ”ってやつ、実は顔が女みたいで有名だったやつらしい》
《なんか昔、女子にまぎれてイジられてたって話きいたぞ》
ぞっとする。まだ具体的に「蒼井悠真」という本名が広まっているわけではないようだが、“女みたいな顔の男子”という話題が出始めているのは確かだ。
そのスレッドはそれほど大きく伸びていないが、俺の胸を冷たい手で掴まれるような感覚が走る。もしこれがエスカレートして正体が拡散されたら……またあのトラウマが蘇るかもしれない。
顔を見られるのが嫌だった。あの頃のSNSでの晒し行為が、どれだけ俺を傷つけたか。思い出すだけで息が苦しくなる。
しかし、配信活動を始めた以上、無関心な人ばかりではない。誰かが興味を持って過去を探ろうとするかもしれないし、下世話な噂を広めようとする人だっているだろう。
そう思うと、怖い。“自分は配信で生き生きとしている”なんて言いつつ、本当はいつ追い詰められるかわからない状況なのだ。
「……大丈夫、大丈夫。MIZUKIだって、バレたら困ることあるかもしれないのに、あんなに堂々としてるんだ。俺も負けてられない」
自分に言い聞かせながら、震える手をパソコンの机に置く。誰もが匿名を利用する時代、いじめっ子もいれば、無関係な外野もいる。
けれど俺には、配信という場所でしか得られない大切なつながりがある。それを守りたい。もう逃げ出したくない――少なくとも、MIZUKIが応援してくれているうちは。
そうして意を決して、俺は次の配信予定を発表した。「今夜は新しいドールハウス背景で歌ってみようかと思います」なんてツイートしてみる。
コメント欄では早くも期待の声があがり、「歌枠楽しみ!」というメッセージが増えていた。この温かさが、俺の不安をほんの少し和らげてくれる。
一方MIZUKIのほうは、リスナーから「ユウマくんとプライベートで仲いいの?」と突っ込まれたりしているようだった。SNSのまとめサイトでも「この2人、オフで会ってるんじゃ?」など無責任な憶測が飛んでいるらしい。
もちろん実際にはリアルで会ってはいないが、こうした外野の憶測がどんどん盛り上がっていくのは、ある意味“人気”の証だろう。
問題は、それがやがて“本名”や“昔のいじめの詳細”に行きつく可能性だ。
もしかすると、この先の展開次第で、“中学時代に蒼井悠真をからかっていた同級生”あたりが便乗して、新たな騒動を巻き起こすかもしれない。――嫌な予感を拭えぬまま、俺はキーボードを閉じた。
「大丈夫……きっと大丈夫。MIZUKIがいるし、陸だって……あ、陸に相談してみるのもいいのかも」
そう――桐ヶ谷陸、最近まったく顔を見せていないが、彼も俺たちと同い年の通信制高校生で、小学校の頃の友人だった。いずれ彼が登場してくれれば、きっと力になってくれるだろう。
まだ表舞台に出てきていない彼だけれど、俺たちの物語にどう絡んでくるのか……近いうちに会えたらいいが、と頭の隅で願う。
こうして、外野の動きがじわりじわりと俺の不安を煽りながらも、俺は配信活動を続ける道を選び続けるしかなかった――そして、その先には、さらなる“恋のもどかしさ”が待ち受けているとも知らずに。
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「“私、あんたのこと……”――それぞれの告白未遂」
週末の夜、俺とMIZUKIは2度目のコラボを開催した。前回同様、雑談と簡単な企画を挟む1時間構成だが、リスナー数は初回よりさらに増えており、一気に注目度が高まっているようだった。
軽妙なトークとコメント拾いで盛り上げ、時に“声劇”っぽい掛け合いをお披露目するなど、初回を超える一体感を感じる。コメント欄には「相性良すぎ」「もう公認カップルでしょ」など相変わらずの声が並んでいた。
終了後、MIZUKIはいつものように打ち上げ的な軽い通話を提案してくれた。俺としても断る理由はない。むしろ、2人きりで話す時間を心待ちにしている。
配信を終えて数十分後、再び繋がる通話。背景には先ほどまでの興奮がまだ残っている。テンションが上がったままの状態というか、興奮が冷めやらぬ空気感だ。
「今日もすごい反響だったね。ユウマくんの歌、想像以上に良かったし」
「いや……まだまだ緊張しますよ。顔見られてないからこそ、歌声で失敗したらごまかせないし……」
そう言いながらも、自分の歌を褒められるのは嬉しい。コメント欄でも好評だったのが救いだ。
すると、MIZUKIは少し言葉を詰まらせてから、ぽつりと言った。
「……あんなに綺麗な声なのに、“顔”がどうこうっていう理由で隠されてるの、やっぱりもったいないような気もする。いや、無理に出せとは言わないけど……私がもうちょっと勇気があれば、あんたを連れ出せたのかなって、思ったりするの」
あんたを連れ出す――その言葉に、俺の胸がぎゅっと締め付けられる。まるで小学生の頃、転んで体育館の床にうずくまった俺の腕を引いた瑞希の姿が頭に浮かぶからだ。
「連れ出す、ね。もしかして俺が引きこもってるの、気づいてるとか……? いや、単に“顔出ししない”ってことに対してかな」
「ふふ、さあね。どっちでもあるかも。……私、昔から“外に出よう”って言うタイプだったのよ。誰かが閉じこもっちゃうのを見てられないというか」
やはり彼女は昔をほのめかすような発言をする。これだけ状況証拠が揃っていれば、もう“彼女は瑞希だ”と断定してもいい気がするが、なぜかお互いに最後の一言を切り出せずにいる。
もしかして、彼女も“自分が篠原瑞希だ”と名乗るタイミングをつかめないのかもしれない。それは俺が“蒼井悠真だ”と素直に言えないのと同じ理由か――傷つくことが怖いのだ。
俺は鼓動を抑えきれず、思いきって踏み込んでみることにする。
「……ねえ、MIZUKIさん。もし、俺のことを昔から知ってるとして、いまこうして話してくれるのって……なんで?」
自分でも曖昧な尋ね方だとは思う。それでも、なんとか“本音”に迫りたかった。すると彼女は、息を呑むような間をおいてから、低い声で囁いた。
「……私、あんたのこと……ごめん、やっぱりまだ言えない。もうちょっとだけ、時間がほしい」
胸が締め付けられる。ここまで言われて引き下がるのはもどかしいが、彼女の声がほんのり震えているのを聞いてしまうと、これ以上追及できなくなる。
俺だって、同じように“正体”を言い出せない臆病者だ。だからこそ、相手にもそれを強要できないのかもしれない。
通話は、どこかフワフワしたまま続く。お互い気まずい空気になりかけたのを取り繕うように、軽く配信の反省会や雑談に切り替え、最終的には「おやすみ」という言葉で締めくくられた。
――あの一瞬、彼女は確かに「私、あんたのこと……」と言いかけていた。愛してるとか、好きとか、そんなストレートな言葉を続ける可能性は十分にある。けれど、それを言えない理由があるのだろう。
同じように、俺も「実は昔、不登校になった蒼井悠真なんだ」と彼女に打ち明けられない。下手をすれば、彼女が感じている“罪悪感”や“責任”を増幅させるかもしれないし、俺の心の傷も再び広がるかもしれない。
もどかしくて、切ない。それでも、こうして距離が縮んでいく感覚は確かにある。
いつか本音をぶつけ合える日が来るのだろうか。胸が苦しくなるほど恋しくなる気持ちを抱えたまま、俺は深夜の闇に沈み込んだ。
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「重なる期待と不安、そして次のステージへ」
コラボ配信を重ねるたびに増していく“2人のファン”からの声援、一方でネットの片隅では俺の過去に言及する匿名の噂が少しずつ増え始めていた。
MIZUKIへのコメントにも、「同じ学校の人らしい」「実は委員長キャラらしい」などの憶測が飛び交い、それを煽るかのように観察する人々。
ただ、今のところ大きな炎上や確固たる証拠の流出には至っていない。何とか“仮面”は保たれている状態だ。
――そんな中、俺たちの元に思わぬチャンスが舞い込んだ。それは、大手Vtuberグループ主催の“オンラインVフェス”から届いた招待。
人気急上昇中の新人コラボとして、俺とMIZUKIでステージをもってほしいという依頼が来たのだ。
「すごい……こんな新人ペアに声がかかるなんて」
俺は驚きと同時に、心臓がバクバクする。こんな大規模イベントで配信すれば、当然知名度は跳ね上がるが、それだけ“正体バレ”や外野の騒ぎも増す可能性が高い。
MIZUKIも同じように悩んでいるようだったが、彼女は“本気で配信に賭ける”決意を固めた様子で言った。
「やろうよ、ユウマくん。せっかくのチャンスだし……このまま2人で閉じこもってたって、何も変わらないもん」
閉じこもる、というワードにドキリとする。俺の引きこもりを暗に指しているのか、それとも彼女自身の“委員長キャラ”に縛られた日常を指しているのか――もしかしたら両方なのかもしれない。
俺は深く息を吐いて、「わかった。やろう」と答えた。顔出しなんてしないけど、声で表現できることは思い切りやってみたい。
こうして第2章のラストで、俺たちは新たなステージへ向かうことを決める。もちろん、不安と期待は同じくらい大きい。万が一、会場(オンライン上)で顔バレしたり、過去が暴かれたりしたらどうする? でもそれを恐れていては前に進めない。
MIZUKI――瑞希との“もどかしい恋心”は、まだ結末が見えない。しかし、少なくとも俺たちは同じ方向を向いて、手探りで一歩ずつ歩いている。それだけは確かだ。
こんなに切なくも甘い感覚を抱えながら生きているなんて、半年前の自分には想像もつかなかった。
“声”で繋がる世界は、こんなにも俺たちの心を揺さぶり、そして支えてくれる。――その事実を胸に刻みながら、俺はまた深夜のPCの前に座り、次なる準備に取りかかる。
この恋は、どこへ行き着くのだろう。真実を暴露し合う日が来たとき、俺たちは“恋人”になれているのか、それとも――。
期待と不安を抱えたまま、俺たちの物語はさらに加速していく。




